11 へんし~ん!!!~パンツになってクンクンペロペロ~

 黒川は文芸部に入部してから、放課後を部室で過ごすようになった。とはいえ、俺たちと同様、部室でただ読書しているだけだ。主にハードカバーの書籍を読んでいる。

 こうして、いたずらに日常生活を過ごしているうちに一月が経った。

 七月になり、青雲が空に輝いている。

 体育の課目にも水泳が組まれるようになった。

「イベントCGが開放される季節ね」

「イベントCG言うな」

 始業前、登校してからの半端な時間を俺と桐野は部室で過ごしていた。黒川はいない。

 桐野はくつろいでマンガ雑誌の『週刊少女ジャンプ』を読んでいた。

「随分のんびりしているな」

「今日、一、二限の美術が先生の病欠で休講だったのよ。登校して損したわ」

「同じ特別授業でも、こっちは一限から水泳だよ」

「やっぱりイベントCGじゃない」

 桐野は意気揚々と言った。

 俺は思わず憐れをもよおした。

「夏で連想するのがエロゲーか」

「あら、別におかしくはないわ。全国的に、夏で連想するのは水着のマッチョだもの」

 そう言うと、桐野は読みさしの『週刊少女ジャンプ』のカラーページを見せた。

 カラーページでは、男性キャラクターの水着の局部が並べてアップになっていた。ページの上部に《もっこり比べ》という表題がある。

 俺は悲鳴をあげた。

「なんだその変態的なイメージは!?」

 ページを覗きこんだ桐野が一ページ前にめくる。

「ああ。間違えたわ。こっちよ」

 カラーページの裏面は、筋肉や股間の膨らみを強調した画調の、水着の男性キャラクターたちの扉絵が描かれていた。

「こんなものが毎週二〇〇万部も発行されているのか…」

 俺は慄然とした。

「これはラブコメだから特別よ」

 桐野は言いわけして『週刊少女ジャンプ』を渡した。

 ページに目を通して言う。

「このヒロインがうっかりコケて、男の股間を揉むシーンは何の意味があるんだ?」

「それはラブコメのお約束よ」

「ラブコメ? ラブロマンスにもギャグにも思えないけど。それとも男の股間を揉んでいると笑えるのか? どうして?」

 俺は真顔で訊いた。

「違うのよ… これは世間のマジョリティで、私がおかしいのではないの。だからそんな眼で見ないで…」

 桐野は涙目で首を振った。


 異変がおきたのは一限目の授業が終わり、更衣室で着替えているときだった。

 笹木が叫んだ。

「パンツがない!」

 俺は制服に着替えると、全速力で文芸部に駆けつけた。扉を開け放つ。

「桐野!」

 俺の剣幕に、ソファに寝そべって『週刊少女ジャンプ』をふたたび巻頭から読み返していた桐野はビクッと体を震わせた。

 俺はその場に崩れ落ちた。床に手を着いて涙を零す。

「桐野… どうして下着ドロなんか…」

 あのような有害図書に日々触れている桐野のことだ。それでつい性犯罪をおかしてしまったのだろう。

「何のことかわからないわ」

「いくらモテないからって。パンツくらい欲しければ俺のをいくらでもやったのに…」

 後半だけが耳に入り、桐野はピクッと反応した。

「それは本当かしら」

「もし俺のパンツを渡したら、笹木のは返してくれるか?」

「何を言っているのかわからないけれど、考えてもいいわ」

 俺はソファの陰に屈み、ズボンのベルトを外した。パンツを下ろしてズボンを履き直す。

 パンツを差しだす。

 桐野はパンツを受けとると、そっとパンツの臭いを嗅いだ。

 俺は絶叫した。

「やめろー! それは人としてやめろー!」

「うるさいわね! これはもう私のものよ!」

 桐野にすがりつく。俺をふりほどき、桐野はパンツに顔を埋めて深呼吸した。

「やめろー! パンツはもうお前のものかもしれないが、人間の尊厳は万民のものなんだ!」

 背中を叩く俺を無視し、桐野は臭いを嗅ぎつづける。

 俺は真面目な語調に戻った。

「ところで、いい加減、笹木のパンツを返してくれ。俺がこっそり返しておくから」

「さっきから何のことを言っているのかしら?」

「え」

 コンコン、と部室の扉がノックされた。

「草鹿、いるか?」

 笹木だった。

「おい、二限もうはじまってるぞ。先生に呼びに来させられたよ」

「笹木。パンツは…?」

「ああ。今日、一限が水泳だろ? 制服の下に水着を着て登校したら、着替えの下着を教室に忘れて、取りに行ってもらったよ」

 笹木は「じゃ、俺は教室に戻るけどサボるなよ」と言いのこして去っていった。

 俺と桐野はしばらく沈黙していた。

「パンツ、返してくれ」

「嫌」

「お前がパンツを返してくれなければ、俺は今日一日、ノーパンで過ごすことになるんだ」

「ラノベやマンガによくあるエッチなハプニングね」

「ハプニング…? 百パーセント、故意なんだが」

 桐野はパンツでそっと目元を拭った。

「人間って残酷だわ」

「お前のことだよ!」

 その日、俺はスースーする感覚に耐えつつ、一日をノーパンで過ごした。


 帰宅後、俺は親に下着を無くしたことを告げた。

 どこで無くしたか尋ねられ、「漏らした」と答えた。

 一六歳になって失禁した息子を見て、両親は悲しそうな顔をした。

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