06 処女宮
元の世界のラノベの大半が失われたことを知った俺は、やることもなく、文芸部に日参しては、自分の知るラノベとこの世界のものの異同を調べていた。部室に桐野と二人きりになる。
文芸部で、応接机を挟み、俺と桐野はそれぞれラノベを読んでいた。
しかし、本当にこいつはラノベしか読まないな… これが仮にラノベだったら、桐野のような黒髪の美少女が読むのは古典文学などではないだろうか。
桐野はパタンと文庫本を閉じ、顔を上げた。
「おかしい。部室でひとりラノベを読んで過ごしているオタクの元に、美少年が現われて居座るようになったら、そろそろイベントが発生しているはずだわ」
俺は呆れて桐野を見た。
「ちなみに、ここで美少年というのはキャラクター属性のことで、顔の美醜とは関係ないわ」
「言わなくていいことを…」
桐野はテーブルを叩いた。
「せっかく毎日部室に男子と二人きりなんだから、クーラーが壊れて二人とも薄着になるとか、届けられた落とし物の中にエロ本が紛れ込んでいるとか、そういうイベントが起きてもいいじゃない!」
「そういうイベントが起きるのはエロ漫画の中だけだ!」
「それが毎日毎日、何が楽しくて、目の前にリアル男子高生がいるのにラノベを読まなければいけないのよ」
「ラノベを楽しめばいいんじゃないか?」
俺はツッコんだ。
桐野は溜息をついた。
「そもそも、生まれてから一七年間、親以外の異性と会話したことのないオタクにとって、同じ部屋に同年代の男子がいるのは落ち着かないのよ」
そう言う桐野は苛立たしげだった。
「ああ。その感覚はよくわかる」
俺も異性と会話をするのは苦手な方だ。しかも、桐野は黙っていれば美少女だ。読書に没頭する桐野を見て、その整った顔立ちにギクッとすることがある。落ち着かないのは俺も同じだった。
が、その言を聞き桐野は激昂した。
「黙りなさい! 男は会話が下手でも、奥手そうとか、女慣れしていなさそうとかいってチヤホヤしてもらえるのよ。この清楚系ヤリチンが!」
「清楚系ヤリチンって何」
桐野は歯噛みした。
「ただ、悔しいけれど、男子がそばにいると気分が華やぐのも事実だわ」
俺は眉をひそめた。
「その言い方は、男の人格を無視してないか?」
「むしろ、人格はない方がいいわ」
桐野は平然と言った。
「最低の発言を平然としないでくれ」
「あなたが部室に来るようになってから、飲み物に睡眠薬を混ぜて、体の自由を奪って好きにする妄想を何度もしたわ」
「最低のさらに下を行った!」
桐野は遠くを見た。
「どうしてセックスにハードルがあるのかしら。もし私がイケメンにTS(性転換)したら、知り合いのオタクみんなに手マンしてあげるのに」
俺は聞かなかったことにした。
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