悪の組織の企画担当

「──以上が私の提案する新計画です。この新型改造人間ならば、必ずやサンバディを打倒できることでしょう!」


 俺は声に力を込め、審査を務める幹部集団に向けて強く訴えた。……が、彼らの表情を見る限り、その反応は芳しくない。


「んーとね、悪いんだけどね……ハッキリ言って時代遅れなんだよね」


 白髪でヒゲを生やした白衣の幹部が最初に口を開いた。


「え……?」


「新型改造人間って言うけどね、そもそも『改造人間』自体が今の時代にそぐわないんじゃないかなって思うのよね」


「そんなことは……」


「それに、改造人間って1体作るためのコストもバカにならないし、実際にそれを運用しようと思ったら何十体、何百体と必要になるのよね。しかも君のこの企画、多分今使ってる改造人間よりも部品にお金がかかるのよね」


「それは……」


 痛いところを突かれた。人当たりの良さそうな顔と言葉遣いに反して、彼の意見は辛辣だ。反論に困る俺に対し、スーツに身を包みメガネをかけた女幹部が追い打ちをかける。


「それに、安久野あくのさんの企画は用途が限定的すぎます。我々XQの目的は世界征服。サンバディの打倒はその一環でしかなく、対サンバディ用に特化した改造人間はよほど確実性がない限り予算は下りないでしょう」


「いえ、この新システムを導入した改造人間ならば、今までの改造人間とは一線を画す戦闘スタイルを──」


「前にも言っていただろう、それは!」


 俺が話す声を、軍服を着た気難しそうなオッサン幹部が遮った。


「前回貴様がそう言って作った改造人間も、サンバディにあっさり倒されたではないか!」


「あれは搭載していた武装が何らかの不具合で正常に機能しなかったためで……」


「黙れ!いざという時に正常に機能せぬ改造人間など、何の意味もないわ!」


 俺はその迫力に気おされて、言われた通りに黙り込むしかなかった。しんと静まり返った空気をなだめるように、最初の老幹部が話し始める」


「んーとね、とにかくまた今度、新しい企画を持っておいで」


 彼は励ますつもりで言っているのだろうが、むしろ俺にとってはトドメの一撃だった。ああ、今回もダメなのか、と。


「あれぇ?安久野先輩。その様子だとダメだった感じですかぁ?」


 廊下をとぼとぼと歩く俺に、後輩の横島よこしまが声をかけてきた。


「ああ、ボロクソに言われたよ……お前はどうだった?」


「僕は結構好感触でしたよ。まあ、今すぐの実現は難しいだろうって言われちゃいましたけど」


「へー、何だっけ?お前の企画」


「肉体を強化するウイルスですよ。改造手術をしなくても手っ取り早く戦力を増強できるってことで評価してもらえたんですけど、今の組織の技術じゃ難しいだろうってことで、将来その辺の研究環境が整った時に向けて残しておくと言われました」


「なるほど、実質採用ってわけか……」


 俺はややふてくされながら、休憩室へと向かった。


 秘密結社XQ──第二次世界大戦中に秘密兵器を開発していたとある研究所の職員たちが中心となって結成した、世界征服を目論む“悪の組織”だ。20世紀ももうすぐ終わるというこのご時世、正直組織の目的そのものが時代遅れなのではないかという気はしているが、それでも俺たちは大真面目に世界征服について考え、それを実現する企画を提出しなければならないのだ。


「まあでも、先輩だって何か思うところがあって研究員になったんでしょ?」


「そりゃあな……俺はこの息苦しい世界をひっくり返してやりたいと思ってXQここに入ったわけだが……」


「……だが?」


「……俺の計画をあいつが邪魔するから……!」


 匿名戦士サンバディ──俺たち組織の計画をことごとく打ち砕く“正義のヒーロー”だ。その正体は一切わかっておらず、男なのか女なのかさえ不明。何しろ終戦直後くらいの時期から活動が確認されているため、当時20歳だったとしても今は60歳以上のはずなのだが、あの身のこなしはどう見てもそんな年齢ではない。組織では「世代交代しながら力を受け継いでいるのではないか」という考えが主流みたいだが、俺は戦時中に兵器として作られた改造人間の生き残りが組織に刃向かっているのではないかと思う。とにかく、あいつのせいで俺は出世できず、いつまでもこんな下っ端研究員の座に置かれているのだ。


「まあ、サンバディが憎いのはわかりますけど、あんまりそこに固執しててもしょうがないじゃないですか」


「うぐっ……」


 横島の発言は、先程のプレゼンでメガネの女幹部に言われたことと重なった。


「だって、あいつを倒さないことには何も……」


「例えば、サンバディに邪魔されないような計画を立ててみるとか」


「邪魔されない……?」


「サンバディだって所詮は人間なんですから、人間にどうこうできないことやっちゃえばいいんですよ」


「具体的には?」


「それは先輩が考えなきゃ~」


「あ、ああ……そうだよな……」


 悔しいが、横島は俺よりも優秀だ。そのため、こいつと話しているとつい聞きすぎてしまう。この間研究室にコンピュータが導入された時も、説明書を読んでもイマイチ理解できず、こいつに教えを乞う羽目になってしまった。

 ……ん、待てよ?


「そうか!」


「ど、どうしたんですか?先輩」


「思いついたんだよ!サンバディに邪魔されず、現実的に世界征服を達成できる計画を!」


「ホントですか!?」


「ああ本当だとも!ちょっと、今から企画書を書いてくる!」


「え、今からぁ!?」


 間抜けな声を発する横島を尻目に、俺は研究室へと走っていった。


◇◇◇


「──さて突然ですが、これからの時代、社会の中心に立つと考えられるものは何でしょうか?」


「んーとね……何だろうねぇ?」


「社会の中心と言われても、いろいろなものがありますから……」


「もったいぶらないでさっさと言ったらどうなんだ!」


「まあ落ち着いてください。私がこれから社会の中心に立つと考えるもの。それは……コンピュータです」


「こ、コンピュータぁ?」


「それは、コンピュータが人間に代わって社会を支配するようになる、ということでしょうか?」


「あー、なんかそういう映画があったねぇ。……何て映画だっけねぇ?」


「いえ、そういうことではありません。私が言いたいのは、『インターネット』に関してです」


「インターネット……」


「コンピュータ同士を電話回線で繋ぎ、世界中のコンピュータと情報のやりとりができるようになるというインターネット……おそらくこれは、今後の社会の中核を担うようになるでしょう」


 この辺りのことは、以前横島から聞いた話の受け売りだ。しかし、これまでになかった着眼点に幹部連中は唸っているようだった。


「世界中のコンピュータと情報のやりとりができるようになるということは、諸外国の重要な情報を盗み出すチャンスともなるわけです」


「な、なるほど……」


「そこで私が考えたのが、コンピュータの内部に入り込んで情報を盗み出す電脳生命体です」


「電脳、生命体……」


「これは電話回線を通じて離れた場所にあるコンピュータに侵入し、自分の意志で重要な情報を選択、それを盗んで持ち帰ってくる、というものです」


「……そんなことが可能なのかね?」


「可能かどうかは、今後の研究次第でしょう。技術と予算をつぎ込み、どの程度の効果が見込めるかを試してみる価値はあると考えます」


「ふむ……」


「ほう、面白い話をしているじゃないか」


「ボス!」


「ぼ、ボスぅ!?」


 プレゼン中の室内にふらりと現れた、ベージュのジャケットを纏ったこの長身の男が、XQのボスだというのか?XQのトップに君臨し、組織の人事管理を一手に担うというボス……話は聞いていたが、その顔を見るのは初めてだ。


「時代を見据えた先見性、世界征服を果たす上での汎用性、そして着眼点の新規性……どれを取っても申し分ない」


「あ、ありがとうございます!」


「ですがボス、コンピュータの中に生命体を送り込むなど、技術的に可能なのでしょうか?」


「今彼が言っていたじゃないか。可能かどうかは研究次第だって……私は面白いと思うし、やってみたいと考えているのだがね」


 ボスは落ち着き払った様子で椅子に座り、女幹部の意見具申を悠々といなした。


「で、では……採用していただけるのですか!?」


「まあ待ちなさい、ここからが大事だ」


 ボスは俺の方をギロリと睨み、声のトーンを落とした。


「……その企画の、名前は何だね?」


「名前……ですか?」


「名前は大切だ。世の中のすべてのものは名前一つでイメージが決まると言ってもいい。呼びやすく、洒落ていて、そのものが持つ可能性を感じさせてくれるような……そんな名前でなければ、私は採用しない」


 ……一応、仮の名前は考えてある。だが、洒落ているというより、質の低いダジャレというか……とにかく、こんな威圧感を放つボスの前で言っていいものなのかどうかよくわからない感じの名前だ。


「まさか、名前を考えていないなんてことはないよねぇ?」


「い、いえっ……もちろん、考えてあります!」


「ほう、聞かせてくれたまえ」


 ……ダメだ。この場でそれっぽい名前を考えて言おうかと思ったが、緊張で頭が回らない。ええい、イチかバチか、仮の名前のまま言ってしまうか……!


「な、名前は……この企画の名前は……」


 幹部たちが、ごくりと息を飲む。


「……『電子魚デンシミ』……本の紙を食べると言われる『紙魚しみ』と、電子機器の『電子』をかけて……『電子魚』、です……!」


 ──時が止まったような静寂が訪れる。幹部たちの視線が顔に突き刺さり、ヒリヒリとしたむず痒さを感じさせる。ボスが口を開くまでの一瞬が、何分にも、何十分にも思えた。


「……電子の紙魚で、電子魚……」


 ボスが小声で繰り返す。


「……くっ、ふふふ……はっはははははは!!面白い!!実に面白い!!採用だ!!」


「え、ええ!?」


「ボス!こんなふざけた名前でいいのですか!?」


「ふざけているだと?洒落ていると言え!」


「いや、しかし……洒落てるというよりただのダジャレではないですか!」


「黙れ!刃向かうなら下っ端戦闘員に格下げするぞ!」


「あっ、いえっ……素晴らしい名前であると思います!」


 ……どうやら、ボスは「電子魚」という名前が大層お気に召したらしい。俺はよくわからないまま電子魚開発班のリーダーに任命され、給料が増えた。


◇◇◇


「……で、僕に手助けしてほしいって言うんですか」


「だって……俺、コンピュータのことなんて全然わからなくて……」


「わからないならなんでそんな企画出したんですか……」


「いや、ほら……こういうのってアイデアが大事だからさ……」


「……まあ、いいですよ。僕も先輩と一緒に研究してみたいし」


「ありがとう……本当にありがとう……」


 ──こうして、俺と横島の共同研究という形で電子魚は完成した。この後の実験中に電子魚が勝手に変異し、電子データを食い潰して持ち帰らないようになった上、俺たちの管理下を離れて世界中に散らばってしまうこととなるのだが、それはまた別のお話。

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