無限回帰の召喚士

 一体、あと何回この時間を繰り返せばいいのだろう。いつになったら、俺が望む未来を手に入れられるのだろう。いっそのこと、この運命を受け入れて先へ進んだ方が楽になれるのではないだろうか。……いや、ダメだ。最初にリセットした時、俺は「絶対に諦めない」と誓った。何度だってやり直してやる。絶対に、彼女を……!


◆◆◆


 清々しく晴れた海の月の1日。今日は我がギルドに新入りの召喚士がやって来る日だ。去年入った連中にはナメられてしまったが、今年こそはお姉さんらしく振る舞わなくては。


 港に着いた船から、ぞろぞろと人が降りてくる。そのほとんどは商人で、「この街で儲けてやろう」という欲望に目をギラつかせている。

 そんな中、真新しい召喚士装束に身を包んだ少年が一人。おそらく彼がそうなのだろう。私は彼に気づいてもらおうと必死で手を振るが、商人の群れに埋もれて見えそうもない。せめて名前を呼べればいいのだけど、困ったことにギルド長から名前を聞くのを忘れていた。どうしたものかと途方に暮れていると、彼は真っ直ぐこちらに向かってきた。私がギルドからの迎えだとわかったのだろうか?なかなか勘の鋭い後輩だ。こいつは育て甲斐がありそうだな。


「はじめまして!君が新入りの――」


「カイトです」


「ああ!カイト君!いい名前だよね!うん!」


 よかった、自然なタイミングで彼の方から名乗ってくれた。これで入って早々に「うっかり屋でおっちょこちょいのリーダー」なんて汚名を着せられずに済んだ。


「私はシーナ!召喚士ギルド『ジェリーズ』のチームリーダーをしているわ!」


「よろしく」


 ……うーん、口数の少ない子だなぁ……仲良くなれるか不安だけど、彼の育成を任された以上、責任を持ってやらなくちゃ!


 ――カイト君をギルドに連れ帰り、チームメンバーの紹介とギルドの案内。その間、彼は終始不機嫌そうな顔をしていた。まるで「そんなことはもう知ってるよ」とでも言いたげな……。


「そして、ここが召喚室!我ら召喚士にとっては必要不可欠、神聖不可侵の領域ね!」


「はい」


 どうにも調子が狂う。召喚士としてのやる気がないわけじゃないんだろうけど、なんか無気力というか、別のことで頭がいっぱいな感じ。本当に大丈夫なんだろうか……。


「じゃあ、私が召喚のお手本を見せるから、ちゃんと見ててね!」


「はい」


 彼にやる気があるならここくらいは見てくれるだろうと信じて、私は召喚用魔法陣の方を向く。召喚する際は意識を集中しないと失敗してしまうからだ。

 腰に付けた袋から、虹色に輝く「マナクリスタル」を取り出し、魔法陣の中心に置く。これは空気中に存在するマナを結晶化したもので、召喚時に必要な魔力の供給源となる。これが発明されたことで召喚士の負担はグッと少なくなり、経験さえ積めば誰にでもできる技術になったそうだ。とはいえ、加工にかかる手間などから高価な代物であるため、そんなにポンポンと使えるものではない。結果として召喚士は専門職のままであってくれたので、剣士などの職業にお株を奪われることがなかったのは幸いか。

 続いて、床に置いていた「ロッド」を手に取る。これは召喚士を含む魔術職の必須アイテムで、これを通じて魔力を魔法に変換する。個体差が激しく、持ち主との相性も重要だ。カイト君も先程ギルドから支給されたロッドがあるが、一流の魔術師でもない限り、手にしてすぐのロッドを使いこなすことは難しいだろう。魔術職の最初の1年は、自分のロッドのクセを掴むことに費やされると言っても過言ではない。


「よし……」


 新入りの前で初めて披露する召喚は、いつも緊張する。うっかり弱っちい召喚獣でも呼び出そうものなら、一気に私の威厳と信頼を失う羽目になる。

 夜明けの湖面のごとく澄み渡った心を持って、強力な召喚獣――といっても私の手に負えるレベルのもの――をイメージしながら、体内を流れる魔力を一気にロッドに流し込んで――!


 刹那、凄まじい轟音が響き渡り、ギルドの壁と天井が粉砕された。見ると、上空に人を乗せた飛竜の群れがいる。その中央にいる一回り大きなドラゴンの背には、白抜きで独特の紋章が描かれた黒い旗がはためいている。あれは……盗賊団『ブラックゴースト』の連中か!


「おらおらァ!金目のモンは片っ端から貰ってけェ!!」


 ドラゴンによって破壊された街に、次々と盗賊どもが降り立つ。月初めで大量の品を抱えた商人たちが目当てだろうが、うちのギルドにだって盗られていいものはない。


「あいつらの好きにさせてたまるかっ!」


 ――と、召喚獣を呼び出そうとしたが、その手にロッドが握られていないことに気づく。室内を見回すと、ついさっき壊された壁の瓦礫の下で無残に潰れたロッドが目に映った。


「あっ……私のロッドが……!」


 慌てる私をよそに、カイト君が魔法陣の前に立った。手には彼のロッドを構えている。まさか……いきなり召喚魔法を使うつもり!?


「生命の母たる海よ、我が意志に応え、我に戦う力を授け給え」


 ――!詠唱は完璧だ。もしかして彼、召喚士としての基礎は知っている……?


 召喚室が白い光に包まれ、それが渦を描きながら魔法陣の中に収束する。そしてその光の中から現れたのは……。


「魔獣、ベリング・ウルフ!」


 鋭い牙と獰猛な性格を持つ、オオカミの姿をした凶暴な召喚獣だ。俊敏性やパワーに優れ、うまく扱えれば一線級の戦力になりうる。


「いけっ!」


 ベリング・ウルフは猛スピードで盗賊団に突っ込み、片っ端から倒してゆく。強い。召喚獣ももちろんだが、それ以上に操るカイト君が強い。相手の行動を完全に読み切り、先制して攻撃している。召喚士としての基礎なんてものじゃない。彼はどこかで戦闘訓練まで積んでいる。このギルドに来る前、一体どこで何を……?


 見える範囲にいる敵を一通り片付けると、彼は私の元に帰ってきた。


「君、いつから戦ってるの……?」


「えーっと、3日前」


「み、3日ァ!?」


 ウソだ。3日でこんなに戦えるわけがない。


「それより、追加の戦力が欲しいんですけど」


 彼は私の腰にある袋を見ながら言った。私が戦えない今、彼だけが頼りだ。


「カイト君、この袋に入ってるマナクリスタル、全部使っていい!あの連中やっつけちゃって!!」


 カイト君は私の差し出した袋をひったくり、中にあるマナクリスタルを魔法陣の上にまとめて置いた。


「生命の母たる海よ、我が意志に応え、我に戦う力を授け給え!」


 先程よりも力の込もった詠唱。一つ、また一つとマナクリスタルが消え、その魔力によって召喚獣が呼び出される。そして最後の1個が消えると同時に、召喚室が虹色の光に包まれた。天井の穴より覗く空から、稲妻のような光がほとばしる。今までに感じたことのないほど強い“圧”。そして、その光が晴れた時、魔法陣の中心に立っていたのは、紅色の長い髪をたなびかせ、白銀の衣を纏った少女。その神々しいまでのオーラは、明らかにほかの召喚獣とは格が異なることを示していた。


「天空獣、リュウグウノツカイ……!?」


 本で読んだことはあるが、実際に見るのは初めてだ。一流の召喚士が運命に導かれた時にのみ姿を見せると言われる、伝説の召喚獣……まさか、こんなところでお目にかかれるとは……!


 いかにカイト君と言えどもこれには驚いた様子で、口を開けたまま静かに笑っている。そして、彼はこう呟いた。


「リセマラ、終了……!」

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