半ゾンビ少女
「失礼します。この付近でゾンビの目撃情報が入っているのですが、何かご存じありませんか?」
「いえ……ついさっきまで昼寝をしていたもので……」
「そう、ですか……」
「すみません、お役に立てなくて」
「いえ、ご協力感謝いたします」
警備隊の人はぴしっと敬礼をすると、後ろで待機していた車に飛び乗り、そのまま走り去っていった。
「もう大丈夫だよ」
僕がそう言うと、ソファにかけられた毛布がもごもごと動き、ポニーテールの少女が顔を出した。
「……ありがとうございます」
少女は不安そうに口にした。
──世界は今、大きな戦乱の中にある。人々の間で「第三次世界大戦」と呼ばれるそれは、アメリカが国家としての機能を停止したことに端を発する、過去最大の戦争だ。開戦までの過程で大量の核兵器が使用されたこともあり、各国とも倫理のタガが外れ、ルール無用、非人道的兵器も平然と使われる最悪の事態となっていた。
だが、この日本列島は直接的な戦火よりも身近な脅威にさらされていた。“ゾンビ”──そうとしか呼びようのない怪物が、辺りに蔓延っているのだ。発生源はよくわかっていないが、人体にウイルスが感染することによって変異し、身体機能が大幅に向上する。同時に理性を失い、本能のままに行動するようになるという危険な化け物だ。国内では対ゾンビ警備隊が発足し、各地でゾンビを殲滅している。
今日、
「さて……何があったか、話してくれるかな」
「はい……」
少女はそう言うと、思い詰めたような表情で語り始めた。
少女の名は
「なるほど……でも、こうして普通に話せているよね。検査ミスじゃないの?」
「それが……私にも、心当たりがあるんです」
「心当たり?」
「検査の少し前くらいから、身体の調子がおかしいというか……以前よりも食欲が増してすぐにお腹が空くし、全体的に筋肉が増えてきた感じもして……」
確かに彼女の身体は引き締まっていて、少し筋肉質に見える。何かスポーツをやっているのかと思ったけど、どうやらそういうわけでもないらしい。とはいえ……。
「こんな世の中だから生きるだけでもエネルギーを使うし、よく食べるようになったなら筋肉だってつくよ」
「それならいいんですけど……」
このゾンビウイルスについて、僕たちは何も知らない。どこから発生したのか、どうやって感染するのか、発症までの潜伏期間はどれくらいなのか……。それゆえ多くの憶測が飛び交い、「ゾンビの疑いがある市民 対 見境のなくなった市民」という混沌とした戦いが繰り広げられているのだ。
これは僕の考えでしかないが、ゾンビウイルスは空気感染しないのではないかと思う。仮に空気感染するのであれば、辺りはもっとゾンビに溢れているはずだからだ。実際、発症例のほとんどが「ゾンビに襲われて噛まれた」と伝えられている。口の粘膜から血中に入り込んでいると考えるのが妥当だろう。
「まあ、しばらくうちで過ごすといいよ。幸い、ここにはいろいろと貯えもあるしね」
「本当にいいんですか?私、ゾンビかもしれないのに……」
「僕は君がゾンビだとは思わないし、仮にそうだとしても『理性のあるゾンビ』と『理性を失った人間』のどちらに味方するかと言われたら、答えは明らかだからね」
お、今のセリフちょっとカッコよかったな、などと思うが、彼女は俯いて返事をしない。
「ちょうど姉さんが使ってた部屋が空いてるから、そこを使ってくれるかな。服も残っているはずだから、着替えに使って」
「……本当に、ありがとうございます」
彼女は俯いたまま、震える声でそう言った。おそらく、ここに来るまでに大変な思いをしたのだろう。僕は彼女の肩にそっと毛布をかけ、姉さんの部屋を片付けるために2階へと上がった。
──
「おっ、おはよう。よく眠れた?」
「はい、おかげさまでぐっすり眠れました」
昨夜、瑞香はそのままソファで寝てしまっていた。僕は彼女を一旦起こし、部屋へと連れて行ってから寝てもらった。逃亡生活の疲れもあるのか、彼女の眠りは深かった。
その日から、僕と瑞香の生活が始まった。彼女はきっちりした女の子で、一人暮らしの僕が溜め込みがちな家事を軒並み片付けてくれた。女の子にしては力も強く、二人分の洗濯物が入ったカゴも片手で軽々持ち運ぶ。僕が「それくらいは自分でやる」と言っている間に、彼女はせっせと作業を終わらせてしまう。人目につかないよう外に出るタイミングには気をつけなければならないが、それ以外には何の問題もない、最高の同居人となった。
──そんなある日、事件が起こった。隣町でゾンビウイルスが大量感染し、50人超のゾンビ集団がこちらに向かってきたのだ。ゾンビと人間が1対1で戦うのは危険なため、警備隊では原則としてゾンビの倍以上の人数で応戦することが決められているのだが、この街の警備隊は30人弱で、隣町と合わせても50人を超えない。よりによってその隣町が僕の家から近いため、家のすぐそばが戦場となっていたのだった。
「怯むな!頭を狙え!」
「くそっ、放せこの野郎!」
夕闇の中、警備隊員たちの怒号が飛び交う。僕はただ、外の出来事に怯えることしかできなかった。
……あれっ?
「……瑞香?」
部屋を見回しながら呼びかけてみるが、返事がない。2階に上がって彼女の部屋を覗いても、やはり姿がない。
「……まさか」
僕は窓を開け、ゾンビと警備隊員が戦っている方角を見てみた。すると、そこに向かって走っていく人影が目に入る。
「瑞香!」
僕は階段を駆け下り、玄関を飛び出して、瑞香の後を追った。彼女の意図はわからないが、あの戦いに関わるのはあらゆる意味で危険だ。
「待て、瑞香!」
彼女は薄暗い道を軽やかに駆け抜け、ゾンビの大群へと突っ込んでいった。その手には、何やら棒状のものが握られている。
「──はあっ!!」
瑞香が飛び込んだ辺りから、2体ほどのゾンビが吹き飛ばされてきた。いや、正確には2体と半分だ。彼女は、手にした金属の棒一本でゾンビを薙ぎ払っている。
「君!危ないから下がってなさい!」
警備隊の人が僕に向かって叫んだ。
「それより、あの子を助けてください!ゾンビの中に人がいるんです!」
「なに!?こ、攻撃やめー!」
警備隊の人たちが攻撃をやめた。が、ゾンビはバタバタと倒れていく。
「なんだ、何が起こっているんだ」
「どりゃあ!!」
普段はおとなしい瑞香が、鬼の形相でゾンビを散らす。怪物に成り果てたとはいえ、人間の腕や脚が吹き飛ぶ様は見ていて気持ちの良いものではない。
──気がつくと、ゾンビは大半が倒され、残りは両手で数えられるほどになっていた。僕は隙を見て瑞香に駆け寄り、彼女の腕を掴んで引き寄せた。
「瑞香!何をやってるんだ!」
瑞香はふーふーと息を荒げたまま、僕の方に顔を向ける。
「……大、さん……?」
僕は無言のまま、彼女の目を見つめた。
「……ごめんなさい」
──家に帰ってから聞いた話だが、瑞香はゾンビが僕の家に近づいていることを知り、居ても立っても居られなくなって飛び出したらしい。その行動はほとんど無意識だったようで、記憶がおぼろげだという。
「大さん……私、やっぱりゾンビに……」
「違うよ。ゾンビはゾンビを殺さない。君は間違いなく人間だ」
「でも……」
「いいから、今日はもう寝なさい。そして、明日以降この話はしないこと」
「……はい」
瑞香は自分が筋肉質になっていることを気にしていたが、どうやら「気のせい」で片付けるのは無理な領域に達しているらしい。あの身のこなし、ゾンビを片手で投げ飛ばす怪力、そして、躊躇なくゾンビに戦いを挑む精神性……彼女は明らかに、人間の枠から外れつつある。しかし、だからと言って彼女を「ゾンビ」と呼ぶのはあまりにも抵抗が大きい。そう、例えば……「半ゾンビ少女」とでも呼べばいいのだろうか。おそらく、彼女がゾンビウイルスに感染したことは事実。ウイルスの進行が遅れているのか、それとも免疫か何かで耐性を獲得したのか、とにかく今は人間としての理性を留めているのだろう。僕は彼女を、どうするべきなんだ……?
──ゾンビと戦った少女の噂は、瞬く間に広がった。時に英雄的に、時に禍々しく。幸いにしてきちんと顔を見た者はいなかったようだが、女の子であること、連れと思しき男がいること、その男が「ミズカ」と呼んでいたことが人々の間で知れ渡っていった。そして、僕の家に女の子がいるらしいこと、連れの男が僕なのではないかという話が流れ始めるのも、そんなに時間はかからなかった。
「……瑞香。ご飯、ここに置いておくから」
彼女の部屋の前に夕食を置いてそう告げると、「うん」という返事にも、低い唸り声にも思える音が、ドアの向こうから聞こえた。僕は彼女にかける言葉を持ち合わせていない。原因の半分は僕にある以上、何も言ってやれないのだ。
「瑞香、何かしてほしいことがあったら何でも言って。僕にできる限りのことはするから」
返事はない……いや、布団の擦れる音と、こちらに歩いてくる足音が聞こえる。
「本当に、何でもしてくれるんですか?」
低くかすれた声で、彼女が尋ねた。
「ああ」
「……ごめんなさい、やっぱりやめておきます」
「……」
彼女が何を言おうとしたのか気にはなるが、それを問いただす権利はない。僕は夕食の片付けを済ませ、さっさと寝た。
その夜、隣の彼女の部屋から妙な音が聞こえてきた。ドン、ドンと壁にぶつかる音と、呻き声のような声。
“まさか、彼女は苦しんでいるのではないだろうか”──そう思った僕は、何も考えずに起き上がり、彼女の部屋に駆け込んだ。
「大丈夫か!?瑞香!」
「ひゃあっ!」
暗闇の中、彼女の聞き慣れない悲鳴が上がった。それと同時に、甘酸っぱいような変な香りが鼻をくすぐった。……しまった、そういうことだったか。
「ごめん!」
僕は慌ててドアを閉めた。悪意はなかったんだ。ただ、考えが足りなかっただけなんだ。……心の中で、何度も弁明する。
翌朝、昨夜の出来事を頭に抱えたままモヤモヤする僕の元に、彼女が降りてきた。顔を見るのは数日ぶりだ。
「……おはようございます」
「……おはよう」
食卓に、気まずい空気が流れる。なぜよりによって今日なのだろうか。もしかして、昨夜のことを抗議しに降りてきたのだろうか。
「……大さん」
「……なに?」
「……昨夜のことなんですけど」
「……うん」
「……私、やっぱりゾンビになってるみたいで」
思っていたのとは違う方向に話が動く。だが、結果的に話題は変わっていなかった。
「この間、食欲とか睡眠欲が強くなってるって言いましたよね」
「……ああ」
「あの時は言わなかったんですけど……その……実は、性欲も……」
そこまで言って、瑞香は顔を伏せた。
「だから、その……ごめんなさい……」
「い、いやいやいや……昨夜のアレは、明らかに僕が悪かったから……」
困ったことに、彼女は昨夜の出来事でさえ自分のせいであると思って抱え込んでいるらしい。
「……あの、大さん」
「なに?」
「やっぱり、そういうことしたらウイルスって感染しますよね……」
彼女が何を言っているのか理解するのに、数秒要した。
「……もしかして、感染経路に心当たりが?」
「いえ、そうじゃなくて……」
彼女は消え入りそうな声で続ける。
「私……大さんと、したいです……」
「えっ……」
あまりにも予想外の言葉だった。そりゃあ僕も男だし、彼女がうちで過ごすようになってから、何度かそういうことも考えてしまったことがある。だが、まさか彼女の方から言われるとは……。
「どうしてそんなことを?」
「だって、私……大さんのことが好きだし……こんなこと、大さんにしか頼めないから……」
僕は頭を抱えた。正直なところ、異性からこのようにストレートな言葉を伝えられるのは慣れていない。いや、そういうのは抜きにしても、この状況でどう答えればいいのかわからない。YESと答えてもNOと答えても、不親切で愚かな男のようになってしまう。そうして頭の中をぐるぐると熱いものが駆け巡った末、一つの言葉を吐き出した。
「また今度、ね……」
口にしてから、あまりにも間抜けな発言だと思った。YESともNOとも違う、最悪の選択だ。
「……はいっ」
そんな僕の言葉に対し、彼女の返事はあまりにも優しかった。肯定的に受け止めれば「いつまでも待ちます」というように聞こえるし、否定的に受け止めれば「だからそのうち必ず」というようにも聞こえる。僕は今、あまりにも無責任に責任を負った。
それからまた、彼女は部屋の外で生活するようになった。あの晩の出来事もお互いに触れず、明るく健全な日々が流れ始めた。そんな時間が、いつまでも続くと思っていた。
「桐生大さん。あなたの家にゾンビの女性がいるという情報が入っています。これは事実ですか?」
「……いえ、そんな人はいません」
「嘘をつくのは賢明とは言えませんね」
警備隊の男は、僕の家の窓から覗く瑞香の写真を取り出して見せた。
「この人物は誰でしょうか。あなた、ご両親もお姉さんも亡くして一人で暮らしているとのことですが」
「……恋人です」
「なるほど、ゾンビの恋人ですか……ですがゾンビをかくまうなら、あなたもゾンビの仲間として処分対象に──」
「彼女はゾンビではありません。人間です」
「……わかりました。では連れてきてください。今この場で検査をしましょう」
「……仮に検査結果が陽性だったとして、それは『ゾンビ』ということになるのでしょうか」
「なります。ゾンビウイルスを体内に保有している以上、理性の有無は問わずゾンビです」
「……間違っているとは、思わないんですか?」
「私たちの目的は、人間に危害を加えるゾンビの駆除じゃない。ゾンビウイルスの根絶なんですよ」
「……」
「検査をして白黒はっきりつけるか、検査を拒んでグレーのまま撃ち殺されるか……明日までに決めてください」
警備隊の事務所を出た僕の足取りは重かった。こんな決断、僕に下せるわけがない。どう転んでも彼女を救うことができない。彼女はゾンビじゃない。だけど、いくらそう主張しても通らない。何もない……何も考えられない……。
「……ただいま」
「おかえりなさい」
瑞香は、暗く沈んだ面持ちで帰ってきた僕を笑顔で迎えてくれた。こんなに優しい少女の命を、僕に委ねないでくれ……。
「大さん」
「……なんだ?」
「警備隊の人に何て言われたんですか?」
「……どうして、それを……」
「ゴミ箱に警備隊の封筒が入っていたので」
「……」
しまった、警備隊からの通達書類の封筒をそのまま捨ててしまっていた。通達が届いた段階で頭の中がいっぱいになっていたから、そこまで気が回らなかった。
「私は、殺されるんですか?」
「……そんなことはさせない」
「でも──」
「瑞香、逃げるんだ」
「えっ?」
「君のことはなんとかしてごまかす。だから、ここではないどこかへ逃げるんだ」
瑞香は俯いて、じっと黙り込んだ。かと思うと、不意に口を開いた。
「イヤです。どうせここを出ても、別の場所で追われて殺されるだけです」
「瑞香」
「それに、私を逃がせば大さんが殺されます。そうでなくても、ここで生きるための人権は失うでしょう」
「……」
「だから、私を差し出してください。そうすれば、大さんは助かります」
「僕もイヤだ。瑞香を殺させてまで生き延びたくなんてない」
「じゃあ、私と一緒に死にますか?どうせ私はどこに行ったって殺されるんですから。大さんが生き延びたくないと言うなら、一緒に死ぬしかないですよ」
瑞香が語気を強める。それはきっと、僕を突き放すためにあえてそう言ったのだろう。でも、僕は違う意味で受け取った。
「……そうだな、それがいいか」
「えっ……」
「お互いに相手を見捨てることができないんだったら、いっそのこと心中した方が幸せなのかもしれないな……」
僕は半分真剣に、半分うわごとのようにそう言った。実際のところ、僕の精神は既に限界を迎えていて、これ以上のことを考えられなかったのだ。
「……わかりました。私は、どこまでも大さんにご一緒します」
僕は深く息を吐いて、低く重い声で「決まりだな」と告げた。これが僕の人生で最後の、そして最大の決断となるのは明らかだった。
翌朝、僕たちはこの冬に備えて買っておいた灯油と、バイクの中に残っていたガソリンを家中に撒き散らした。奴らの目的が「ゾンビウイルスの根絶」であるなら、僕たちもそれに協力してやろうという皮肉じみた魂胆だ。この家も、僕たちも、ゾンビウイルスも、すべて業火で焼き尽くしてくれよう。
「ねえ、大さん」
「なんだ?」
「約束、覚えてる?」
「約束?」
僕はしばらく考えた後、一つのことに思い当たった。
「ああ、わかったよ」
僕は服を脱ぎ、続けて彼女の服を脱がせた。ウイルスの影響で筋肉質になった彼女の肉体は美術品のようで、残酷なほど美しい。
瑞香の身体を抱き寄せ、唇を重ね合わせる。おそらく感染者の何割かは、このような粘膜同士の接触によって感染したのだろう。僕も今から、彼女に染まる。彼女と同じ色になるのだ。舌を絡ませ、唾液を流し込む。ねっとりと濃密に、この世の楽しみのすべてを味わい尽くすように。
瑞香の身体が熱を帯びる。彼女の秘部が蜜を垂らし、リビングの床に滴り落ちる。僕の陰部も怒張し、彼女の肉体を貪ろうと脈打つ。死を決めた今、僕たちの身体は子孫を残そうと必死なのだろう。だが、仮に僕たちの間に子供が生まれたとしても、胎内で感染するためにゾンビとなって生まれてくるはずだ。それはそれで面白そうな気はしたが、子供には僕たちと一緒に地獄に付き合ってもらう。
「くっ……んんっ……!」
瑞香の中に、僕が入ってゆく。暴力的な肉棒の侵入を、彼女は慈愛に満ちた肉壁で迎え入れる。それはまさに、瑞香の人間性を表しているように思えた。
僕はゆっくりと腰を動かし、彼女の膣内を隅々まで愛撫した。粘膜が擦れ合い、二人の体液が混ざり合う。荒い息遣いと嬌声が、二人で暮らした家に響き渡る。互いの肉体が激しくぶつかり合って、そのたびに生きているという実感が湧いてくる。僕たちが人間なのかゾンビなのか、そんなことはどうでもいい。こうして二人で生きていて、二人で愛し合っている……ただ、それだけだ。
瑞香が僕の身体を強く抱き締める。その力強いハグは、僕の肌にくっきりと彼女の痕を残した。どうせ死ぬのだから、どうなっても構わない。今の僕たちは、たとえ手足を失うことになろうとも、それが気持ち良ければ是とするだろう。
「瑞香……いいか……?」
「いいよ、大さん……!」
僕はぐっと力を込めて、彼女の中にありったけの精液を吐き出した。瑞香は身体を大きくよじらせて、それを膣内に馴染ませる。
──行為を終えた僕たちが全裸のままソファに座っていると、死刑を宣告するインターホンが鳴り響いた。
「……来たね」
「うん……私たちの答え、教えよう」
つい先程オーガズムに達したばかりの僕の頭はクラクラしていて、まともに思考することができなくなっている。おそらく、彼女も同じような状態だろう。僕たちは今、正気を失っているのだ。……そして、それはきっと幸福なことなのだろう。こんな狂った世の中に生きる者は、多少壊れているくらいがちょうどいい。僕たちの答えは、昨日からずっと変わっていないのだから。
僕はライターを手に取り、灯油で湿らせた新聞の束に火をつけた。それをリビングの中央に放り投げて、すぐに階段を駆け上がる。そうして二人で手を繋いだまま、僕の部屋に飛び込んだ。
「……これで私たち、もう後戻りできないね」
「後戻りするつもりなんてないよ。僕たちは、この不幸な世界からさっさと脱出してやるんだ」
「わかってるって」
そういえば、彼女はいつからタメ口になっていただろうか。あまりにも自然で、一切の違和感を抱かなかった。いや、死を共にする間柄に上も下もないのだから、これでいい。むしろ、どうして今まで敬語だったのかと思うほどだ。
「さて……燃えるまでもう少し時間があるけど、どうする?」
「私は、さっきの続きがしたいかな」
「僕も同じ気持ちだ」
僕たちは再び唇を重ね、身体を絡み合わせた。互いに相手の肉体を余すところなく味わい、意識がなくなるその瞬間まで、快楽を貪り続けた。熱い、熱い、冬の朝の出来事だった。
名無しの短編集 妖狐ねる @kitsunelphin
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