星を創る者

「例えば、人間の街で暮らす猫は塀の上や側溝の中を通路にするけど、彼らはそれを人間が作ったものだと認識してはいない。人家に棲みついたシロアリも、自分たちの家がほかの生き物の家の一部であるとは理解していないだろう。古くなって海に沈められた船は魚たちの住処になるけど、彼らもまた、それが元々何であったかを知ることはない」


「それが……今のこの状況とどう関係あるってんだ?」


「つまり、君たちが『地球』と呼ぶこれは、私たちが創ったものということだよ」


 目の前の人物が淡々と言い放ち、俺は頭を抱えた。


 ──アラスカの巨人が地球に襲来してから、どれほど経つだろうか。あの日以来、世界は変わってしまった。……いや、「終わってしまった」と言った方が正確かもしれない。人類の文明はあの巨大生物によって蹂躙され、壊滅的な被害を受けた。巨人そのものは核ミサイルによって死んだが、事態はそこで終わらなかった。世界情勢はアメリカを失ったことによって大きく乱れ、やがて次なる“支配者”を決める戦いが始まった。いわゆる第三次世界大戦だ。そうして様々な非人道的兵器が使用された結果、地球上はこのような「死の世界」と化してしまったのだ。


 俺は今日、そんな虚無の世界を彷徨っている中でこいつと出会った。「俺以外にも生き残った人間がいた」と思って話しかけてみたのだが、それがこのザマである。……いや、あるいは自然なことなのかもしれない。俺もつい先日まで人格が分裂し、一人二役で会話などをしていた。周囲に人間がいなくなった時、人間は壊れてしまうのだ。おそらくこいつも、俺と同じように狂気に飲まれた人間なのだろう。

 「星を創る者」──それが奴の名乗った名前。その後に呼びづらいから「ユオ」でいいと言ってきたが、ほかに話す者もいない今、呼び名など意味を持たない。「俺」と「お前」で事足りるのだから。


「災難だったね。えっと……『アラスカの巨人』だっけ」


「他人事みたいだな」


「まあ、他人事と言えば他人事だからね」


「お前はあいつについて何か知っているのか?」


 別にこいつの話を信用しているわけじゃない。しかし、この状態の人間に「お前はただの人間だから目を覚ませ」と言っても無駄な気がしたし、ヒマなので付き合うことにしてみただけだ。たとえ作り話だとしても、今の俺にとっては俺以外の人間と会話できるというだけで十分有意義なのだ。


「あれは君たちと同じように、惑星を縄張りにする生物だ。この星は、君たちが文明を築くずっと前から彼のものだった」


「なんだと……?」


「彼にしてみれば、ちょっと留守にしている間に小さな虫が大繁殖していた、といったところだろうね」


 なるほど、なぜあんな巨大な生き物が食うわけでもなくこんな小さな人間を狙って殺していたのか疑問だったが、それなら筋が通る。こいつはなかなか楽しめそうだ。


「もっとも、私にとっては面倒な“侵略者”だったわけだけど」


「というと?」


「私は君たち人間に興味を持っているからだよ」


「興味?」


「研究対象、とでも言えばわかるかな。この宇宙に住む生物の中でも、特に君たちに注目していたんだ」


「へえ。そりゃあまあ、お前の見た目とそっくりだもんな」


 俺は暗に「お前もその人間だろ」という意味を込めて言ってみた。


「今のこれは、君たちと話をするための体だ。本来の体じゃない」


「ほーう。本来の体はどんななんだ?」


「君たちより遥かに大きいよ。多分、その状態で接触しても君たちは認識できない」


「で、どうやってその体に?」


「私たちは、元々自由に体を換えられる。君たちが車を乗り換えるように、私たちは体を乗り換えるんだ」


「そりゃまたおかしな生物もいたもんだな」


「元々は違ったんだけどね。私たちは“魂”を取り出して移し替える技術を手に入れたから」


「……とんでもねえ次元の話だな」


「別に、君たちにもできるはずのことだよ。やろうとしなかっただけで」


「そもそも、お前らはどこで生活してるんだよ。地球の外なんだろ?」


「地球の外というより、宇宙の外かな。この宇宙自体、私たちが創ったものだから」


「何のために?」


「うーん、難しいな……君たちの概念で言うと『ガーデニング』が近いかな」


「趣味で創った、と?」


「趣味ともまた違う。私たちは『宇宙を創る』ことを生業としているから。魂を移し替える技術も、それに必要だったから編み出しただけ」


「生業、ねえ……じゃあ、この宇宙に存在する生物も全部お前らが創ったってことか?」


「それは違うな。私たちも起源としては君たちと変わらないから」


「……どういうことだ」


「そうだな……君たちの生命の起源は、私たちの住む世界……『中心世界』とでも呼ぼうか。そこから来たものなんだ」


 生命の起源……少し前、俺が二重人格に苦しめられていた頃、そんな話を“あいつ”とした覚えがある。


「生命の起源は中心世界を飛び出し、私たちが創ったほかの宇宙のあちこちに広がった。やがてそれぞれの環境に合わせて進化したのが現在の生物だ」


「じゃあ、地球にもそれが届いたってわけか。何億年も前に」


「アラスカの巨人……あれこそが、この地球に“生命”をもたらした存在なんだよ。本人としては不本意だったようだけどね」


「随分勝手な話だな」


「所詮は生き物だからね」


「ははっ、神様は言うことが違うねぇ」


「私たちは神様なんかじゃないよ。君たち人間が家畜を管理するように、この宇宙の生物を管理しているだけ」


「管理、ねぇ……もうちょっと早く来てくれれば絶滅せずに済んだような気はするが」


「それは仕方がない。アラスカの巨人はともかく、その後に滅亡へと導いたのは君たちの喧嘩だからね」


 いつの間にか、俺はこいつと普通に話していた。こいつが本当に「星を創る者」なのかどうかはさておき、こいつの話は俺の中にはない、新しい視点の話だからだ。当初は久々に出会った人間がこんな奴とは、と思っていたが、今では何時間でも何日でも話を聞いていたいとさえ思える。


「……お前らには、天敵とかっているのか?」


「テンテキ?」


「お前らの命を脅かすような敵だよ」


「うーん……いるとすれば、あれかなぁ」


「あれって?」


「えーっと、君たちの言葉に訳すと……『イミテーター』とか呼べばいいのかな」


 イミテーター……「imitator」だろうか。「模倣する者」みたいな意味の単語だったはずだ。


「あいつは本当に厄介だ。決まった形を持っていなくて、文明を持つ者が生み出した『架空の存在』を模倣して現れる」


「架空の存在……神とかか?」


「多分、やろうと思えば神にでもなれるだろうね」


「やろうと思えばって何だよ」


「あいつは、あいつの基準で『面白い』と思ったものに化けて、そのルールに従って行動するんだ。要するに、ごっこ遊びをしているようなものだよ」


「ヒーローごっことかそういうノリか」


「どっちかというと、怪獣ごっこみたいなことをしている方が多いかな」


「暴れるのが好きってことか」


「しかも、あいつは次元に囚われない。いつの時代、どこの場所にでも現れることができるんだ」


「そいつは厄介だな」


「私たちも宇宙の好きな場所に行く技術は持っているけど、あいつは体一つでどこにでも行けるし、時間も飛び越えられる」


「よくそんな奴を見つけられたな」


「普段はある程度限定された時空の範囲内で活動するからね」


「限定された?」


「私たちと同じ時間の流れの中で、私たちと同じように空間を移動して行動するってこと」


 そんな都合のいい話が、と思ったところで、そこに広がる“道路だったもの”が目に入った。すっかりボロボロになってはいるが、まだ道路としての形は留めている。そしてそれを見て、ある一つの記憶が蘇った。「横断歩道の白い部分以外を踏んだら死ぬ」ゲームだ。どうやら小さな子供にはよくあることらしく、俺も何度か子供がやっているのを見たことがある。イミテーターにとって、時空とは横断歩道のようなものなのかもしれない。


「……そんな奴がいるなんて、お前らの世界も大変だな」


「いや、地球にも来たことがあるよ」


「なに?」


「私が知るだけでもかなりの回数……人間を襲ったこともあるはず」


 ……心当たりがないが、そもそも俺たちが認識できる範囲で被害が出ていなければ知るはずもない。


「……1匹だけなのか?」


「知らない。複数同時に観測されたことはないけど、もしそういうことがあったとしても、同一個体が時空を超えて同時に存在している可能性があるしね」


 どうやら、星を創る者にとってイミテーターは脅威ではあるが、だからと言って関心が高いわけでもないらしい。あるいは天災のように「どうしようもないもの」として割り切っているのだろうか。


「さて、そろそろいいかな」


「何がだ?」


「君を別の世界に移し替える準備だよ。今日ここに来たのはそのためなんだ」


「ど、どういうことだよ」


「さっきも言ったように、私は君たち人間に興味がある。だから、私なりに養殖しているんだ。こことは別の宇宙でね」


「人類を、養殖……?」


 聞き慣れない言葉ではあるが、そもそも宇宙創造を「ガーデニング」と呼ぶこいつにとっては普通のことかもしれない。


「この地球と同じような環境の星を創って、同じような文明を与えた。その結果、君が知る『地球』にかなり近い環境ができあがっているんだ」


「地球の形のビオトープってわけか」


「見ての通り、ここはいろんな出来事の末に滅んでしまった。君は数少ない『天然の人間』の生き残り。私としては、私が創った地球に移り住んで、そこで生活してもらえないかなーと思ってる」


「……」


 この世界は、死んだ。俺以外の人間は確認できる範囲に生存していないし、故郷であるこの街も変わり果てた姿になった。食糧も尽きつつあるため、このままここで生き続けることは不可能だろう。だが、だからと言って今から新しい地球を与えられて「ここで生活しろ」と言われても、それもまた難しい話だ。俺がこうして生き残ったのはただの偶然なのか、それとも運命なのか……。


「どうする?」


「……俺は──」

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