地球人の逆襲

─前編─


 ある日、地球に巨大な隕石がやってきた。――こんな書き出しだと、陳腐な人類滅亡ものだと思われるかもしれない。僕だって、生きている間にこんな日を迎えるとは思っていなかった。


 隕石の接近が発表された時の人々は、そりゃあもう大慌てだった。観測史上最大にして最速の隕石は、スナイパーが放った弾丸のごとき精度で地球に直撃する軌道を持ち、確実に地球を粉々に打ち砕くだろうと言われた。ニュースでは連日隕石の状況が報じられ、ある者は宇宙船を作って脱出しようと言い、ある者はどうせ滅ぶならと悪行の限りを尽くした。世界的に治安が悪化し、日本でも毎日電車が止まった。人類が何百万年もかけて築き上げてきた文明は、明らかに停滞の一途を辿った。


 結論から言えば、隕石は地球を砕かなかった。まるで生きているかのような挙動で、緩やかに大地に降り立ったのだ。――そして実際、それは生きていた。


 ニュースの内容は「隕石接近」から一転、「巨人出現」へと切り替わった。それは地球に存在するどの生き物よりも大きく、どの生き物よりも凶暴だった。

 旧約聖書の「ゴリアテ」、ギリシア神話の「ティターン」や「キュクロープス」、中国神話の「盤古」など、巨人の登場する神話や伝説は世界中にある。日本でも「ダイダラボッチ」などが有名だ。今にして思えば、こういった「巨人」の伝承が世界中に存在しているのは、“本当にそれが存在していたから”だったのかもしれない。

 身長5000mを超えると言われる“それ”は、降り立った場所から「アラスカの巨人」と呼ばれるようになった。


 一般に、生き物は好き好んで攻撃行動をとることはない。「食糧となる生物を捕らえるため」であったり、「天敵から身を守るため」であったりと、多くの場合は自分が生きるために仕方なく攻撃するからだ。

 だが、アラスカの巨人は違った。その行動には明確な殺意が込められていて、視界に映った人間の街を跡形もなく破壊した。逃げ惑う人々を執念深く追って殺した。それは誰が見ても、「人間を狙っている」というほかなかった。

 ニュースで流れる映像はごくごく限られている。残酷すぎる映像を流せないというのもあるが、一番の理由は「撮影できる範囲にいる人間はすぐに殺されるから」だった。


 巨人は極めて高い視力と、極めて高い知能を持つと推測された。あれほどの高さから地上にいる人間を目視確認できる上、その行動を予測したり、人間が築いた施設の意味を理解したりしているように見えたからだ。

 何より恐ろしいのは、凄まじい動体視力と行動速度も持ち合わせていることだ。その巨体から想像できるよりも圧倒的に早く、一度目をつけられた人間は決して生きて帰れないと言われた。


 現れてから数日――あっという間に北アメリカを滅ぼした巨人は、今度は南アメリカへと移動した。なおも都市を破壊し続け、その勢いは留まることを知らない。

 巨人の目的は何だろうか?次はどこへ向かうつもりだろうか?僕たち人間にはそれを知る手段はないし、わかったところでどうすることもできないであろう。


 僕たちは、ただ奴に殺される時をじっと待つしかないのだろうか?なんとかして反撃はできないだろうか?

 「地球人の逆襲」……それは生き残った人々の多くの願いであった。


─後編─


 家に帰ってきて、私は愕然とした。私が留守にしている間に、家中に虫の巣ができていたからだ。前の家が虫に食い潰されて住めなくなったからわざわざ引っ越してきたというのに、この家でも湧いてしまった。私の体にくっついてきたものか、それとも庭に植えた植物の種にでも混ざっていたものか……いずれにしても、本当に繁殖力が高くて厄介な連中だ。


 私はとりあえず、目についた巣を片っ端から潰した。巣はかなり発達しており、無駄に丈夫で壊しにくい。

 私の知り合いには駆除を諦めて共存することを選んだという者もいるが、言葉が通じるわけでもないこいつらと一緒に住もうという気は起きない。放っておけば私の住む場所がなくなってしまうのだから。


 私はこの家が気に入っている。立地もそれなりにいいし、程よく日があたって住み心地がいい。やや小さい家ではあるが、あまり大きくても持て余してしまう性分なので、これくらいコンパクトにまとまっている方が好きなのだ。

 だからこそ、そこで好き勝手する連中を野放しにしておくわけにはいかない。見つけ次第殲滅して、安寧を取り戻す必要がある。


 私が家を離れている間に、こいつらはここでコロニーを築き上げていた。こいつらにとって、この家は自分たちのものであるのかもしれない。だが、ここは私の家だ。おとなしく明け渡すわけにはいかない。悪く思うなよ。この殺戮は、私が家を奪い返すための“逆襲”なのだから。

 ――巣を壊されて逃げ惑う虫を念入りに潰しながら、そんなことを考えた。

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