ⅩⅩⅣ○Haesitatio――逃亡●

 あんなに強かった上級妖魔フォルティルスを、この私が圧倒してる……。



 理由はわからないけど、突如魔法が使えるようになった今宵。

 攻撃も防御も勝り、ついには漆黒野獣にも傷跡が見えるほど。

 負傷した四人の魔法使いが驚いてるけど、一番驚愕を放っているのは無論私自身。


 だって、さっきまで何もできなかったんだもん。

 なのに、四人ができなかったことができてるんだもん。


 ペン太に言われた言葉も改めて噛み締め、形勢逆転まで迎えた現実を飲み込む。



――これが、創生の魔女の力なんだと。



「ゴ……ゴオォォォォァァァァア゛!!」

「――っ! やっぱりまだ生きてる!」

「いけ雛乃!! 今のオメェなら上級妖魔フォルティルスを倒せるはずだ!!」


 粉塵を取っ払う咆哮と共に、邪悪の姿が現れる。

 でも威嚇行為のみで、すぐに飛び出しては来ない。いや、飛び出せるほど余力が残ってないんだと思う。


 こちらとしては、今が倒す好機チャンスだ!


 そう感じ、いざ身構えたときだった。




――『タ、ス……ケテ……』




 えっ?


 なに、今の声……?


 聞き慣れない青年のような声色だった。とても弱々しいまま

 囁かれ、ふと辺りを見回す。でも、新参者など皆目見当たらない。



――『ヤ……メ、テ……』



 まただ!


 今度は放たれた方向を意識し、即座に振り向く。

 ただ、結果として目を疑うことになった。

 思わず嘘だと口ずさんでしまうまでに。


 だって、


 視界が真っ先に捉えたのは、




「ゴオォォォォァァァァア゛!!」




 目前の上級妖魔フォルティルス以外何者でもなかったから……。




「もしかして……あなた、なの……?」


 絶望の淵から助けを求めるような声主。

 まさかと思いながら私は、上級妖魔フォルティルスへ一歩近寄る。

 けど、残念ながら明らかな返答がなく、苦しみ抗う咆哮ばかり浴びるだけだ。


「……」

「雛乃!? 何ボーッしてんだよ!?」


 声を荒げたペン太がそばに現れ、ふと我を取り戻す。

 今私たちの前にいるのは、生命を脅かす禍々しき邪魔じゃま

 大切な四人をボロボロになるまで傷つけたんだ。

 排除しなくてはいけないと思うのが普通だ。




 でも、心に突っ掛かる何かがあった。




「雛乃どうしたんだよ!?」

「ねぇ、ペン太……?」


 動かずとも猛威を顕にする妖魔を見つめ、私はペン太に尋ねる。この想いは間違っているのか、確認したかったから。



「“闘えるようになったから倒す”……それでいいのかな……?」



「は、ハァ!? こんなときに何言ってんだよ!?」




 ペン太からは猛反対をくらったけど、正直想定内だ。


 それでも、私は敵に背を向けてしまう。



「だって私、さっきまで命乞いしてたんだよ? なのに……」

「くだらねぇ慈愛は捨てろ! 今仕留めなきゃ、お前がられるかもしんねーんだぞ!?」


「でも私は無傷! 上級妖魔フォルティルスが逃げてくれれば、それでいい!」

「他に犠牲が出て良いってことか!? 四人みてぇに、また傷だらけにされちまう人たちが出るかもしんねーんだぞ!?」


「そ、そのときは……」


 ペン太の言葉はご尤も。ここで逃がしたところで、終戦が叶う訳ではない。また襲来されるのがオチだ。



 でも、自分自身が闘えるようになって初めて気づいたけど、こんな簡単に生命を絶やさせていいの?



 上級妖魔フォルティルスとは言えども、私たちと同じ生き物のはず。動物虐待はダメなのに、無慈悲に妖魔を倒すことは善たる正義なの?



 形勢逆転を経由した故に覚えた、相手への感情が迷わせる。端から見たら不相応な迷いかもしれない。

 それでも私が、弱った上級妖魔フォルティルスに眼差しを向けたときだった。



「――アイツらはもう、何をしたって戻んねーんだ……手遅れなんだよ……」



 え……?

 ペン太、今のどういう意味?


 隣で唇を噛み締めたペン太が映った。ただ以上の言葉は発信されず、どこか悔しそうに拳を固めていた。



「ゴオォォォォァァァァア゛!!」



「――っ! 上級妖魔フォルティルスが逃げてく!」

「きっと傷が癒えたんだ! 雛乃!! 早くトドメだ!!」


 ペン太の荒声に負け、私は妖魔の背へてのひらを放つ。


 ゴメンね……。


 可能ならばこのまま逃がし、生かしてあげたい。

 でも、それを願う者は誰もいない。


 田舎育ちの中二には酷過ぎる場面、目を瞑った私は光線発射を目論む。



 ところが……。



「あれ? 出ない……あれ!?」

「何やってんだよ雛乃!! 上級妖魔フォルティルスを倒すチャンスなんだぞ!?」


「わかってるわかってる!! わかってるんだけどさ、何も起きないの!! え、なんで!? さっきまでイメージしたことができてたのに!!」

「だったらもう一度やってみろ!! さぁ早く!!」


 とゆーことで、色々試してみた。


「発射~!!」


 ……不発。



「必殺!! 雛ビ~ム!!」


 ……不発。



「いない! いない! バァァア!!」


 ……不快。



「いつ出るの!? 今でしょ!!」


 ……不評。



「見~せて~あげる~……ア、ほーるニューわ~~!!」


 ……不様。



「雛乃いい加減にしろよ!!」

「わかってます~!! わかってますってばぁ……」



 ひたすら恥ずかしくなった……。

 何度突き出しても、四人のような必殺技ができない。空想を具現化できていた先ほどとは異なり、まるで御遊戯会の演技でもしているようだ。

 真面目にやっているだけに……痛い。



「ゴオォォォォァァァァア゛……」



上級妖魔フォルティルスが……」

「チッ……完全に逃げられたな」


 ペン太の舌打ちから数秒後、妖魔の姿は遠ざかり見えなくなった。千年桜の方角に逃げていったけど、今じゃ咆哮さえ訪れない。

 ふと見上げた夜空には、深紅から純白に染め変えた三日月――満月ですらなくなってる。

 まるで上級妖魔フォルティルスの存在その物が消えたように、妙な気配も嫌な寒気も失せた。



「……っ! みなさん! 大丈夫ですか!?」


 すぐに四人の安否を、ペン太と共に確認した。

 確かに傷は多く、立つこともままならないほどだけど。


「大丈夫だよ……ありがと、雛乃ちゃん」

「生きてりゃ勝ちさ、こーゆーときはな」


 目を合わせて微笑む朋恵先輩と、流血ながらもはにかむゆぅ先輩。


「ペンちゃんも、痛いことされなかった?」

「ちょっと……気安く果林に触らないでよ」


 逆に心配する果林ちゃんと、冷たげな突っ込みを入れる美雪先輩。



 それぞれに意識はある。


 みんな生きてる。



 良かった。



 私たちは結局、今宵襲来した上級妖魔フォルティルスを倒すことはできなかった。圧倒的な力の差が顕在で、きっと今もどこかで生きてるに違いない。



 今度は、絶対に……。



 色んな思いはある。でも、現時点で倒せるのは恐らく私だけ。

 また大切な誰かが傷つけられるのならば、許す訳にはいかない。


 そう俯いたときだった。



――「まだ、この程度とは……」



 聞き覚えのある男低声。私だけでなくみんなも振り向くと、やはり想像通りの空想が宙に浮かんでいた。



「いやーハデにやられたねーお嬢ちゃんたち! ズタボロだし、マジだいじー?」


「逆に、よく生きてると思うよ。あんな化け物と対峙してさ~」


れど、四人に関しては最早時間の問題だ」




 チャラ優男やさお武士男ぶしお。そしてリーダー格の男が頷き、私たちを見下ろしたまま意味深長に紡ぐ。



「――四人の魔法使いたちよ。君たちの魔力は枯渇こかつした……じきに力を失い、二度と魔法使いに戻れなくなるだろう」



 謎の男性四人衆まで現れたことで、ヴァルプルギスの夜はまだ続く。

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