ⅩⅩⅢ○Renatus――魔力●

「ゴオォォォォァァァァア゛!!」

「みんな!! しっかりしてください!!」


 邪悪で圧倒的な強さを放った上級妖魔フォルティルスが寄る一方、私は倒れた四人の元へ駆ける。


 朋恵先輩の衣装はボロボロ。

 ゆぅ先輩なんか頭から鮮血が。

 果林ちゃんも息を荒げてうつ伏せ。

 なんとか起き上がった美雪先輩だけど立てる程じゃない。


 魔力さえほぼ使い切ってしまったんだ。延長戦に持ち込める体力だって皆無なはず。


 このままじゃ間違いなく、られる……。


「雛乃ちゃん……あたしたちは、いいから……」

「逃げて、雛乃お姉ちゃん……」


 死生感が芽生える中、弱々しくも私を想ってくれた朋恵先輩と果林ちゃん。手も差し伸べられないまま、半開きの瞳を向けられた。


「で、でも……」

「いいから逃げろバカ!! オメェがどーこーできる相手じゃねぇだろ!!」

「ゆぅの言う通りよ、雛乃……あなただけでも、逃げなさい……」


 無理強いに声を張ったゆぅ先輩と、負傷した左腕を押さえる美雪先輩からも睨まれた。確かに、無力な私は一度も闘ったことなんてない。


「ゴオォォォォァァァァア゛!!」


 して紅月の今宵は上級妖魔フォルティルスだ。四人の力すら全く歯が立たなかった漆黒野獣に、勝算どころか敵う見込みすら望めない。

 分け入っても分け入っても、赤い酷だ。



 こんなとき、あの白の美少女戦士が来てくれれば……。



 あの日のように、みんなのことを護ってくれれば……。



 佳奈子ちゃん……。



 逃げることを拒み、辺りを見回した。でも案の定、助太刀が現れる気配など皆無。古びた外灯すら点滅してるくらいだ。



――それに、今の佳奈子ちゃんには魔力がないことも知った……。



 もう二度と、来ることはないの……?


 このまま漆黒野獣に殺されてしまうの……?


 仮に私だけが逃げたとして、四人はどうなるの……?


 あの強さから助かる訳がないのに、見過ごして逃げていいの……?


 でも、私が残ったとして一体何ができるの……?


 何もできない私が、何かできるようになるの……?



 やっぱり、死ぬの……?



 疑問の洪水に呑まれた弱い瞳が地に落ち、光が射さない角度を迎えた。




――『諦めないで!』




 ――っ! 


 この声、


 あのときの……。


 佳奈子ちゃんと千年桜を抱き締めたときと同じ音色――かん高い女の子の声だ。

 ただ、相変わらず誰かが来た訳ではない。正体がわからず仕舞じまいなのは今夜も同じみたい。


 でも……。



「ゴオォォォォァァァァア゛!!」


 目の前には絶望。


「雛乃ちゃん!」

「行けよポンコツ!!」

「早、く……」

「逃げなさい!!」



 辺りには絶叫。



――『あなたなら大丈夫!』



 そして内側を叩く名も無き助応じょおうが私を決断させる。


 今ここで、どうするべきか……


 正直……


 悩むまでもないと思ってた……



 無力な私にだって……



「逃げるなんてできません!!」



 人としての矜持きょうじがあるから。


 大切な先輩後輩を見捨てて逃げるほど、私は現代人じゃない。

 先を見越した計算なんて想像もできない、偏差値四十以下の中二だ。



 頭で判断できないから、心で決めるまで!



「ゴオォォォォァァァァア゛!!」

「お願い、やめてッ!!」



 ドシドシと踏み歩む上級妖魔フォルティルスに近づき、震える両腕を広げた。精いっぱいの言霊を投げ、微かな望みを信じる。


「雛乃ちゃん……」

「お前が先に死んで何になんだよ!?」

「危ない、よ……」

「戻りなさい雛乃!!」


 それでもみんなは必死に、全身揺らす私を止める。


「雛乃やめるんだ!!」


 ペン太の悲鳴だって聞こえた。


 みんな、私のことなんか心配してくれてる……。


 ありがと、みんな。


 いつしか感謝の気持ちが込み上げ、眉の姿勢がハからVに換わる。巨大な不安がちっぽけな安堵に繋がり、心は覚悟へ変異する。



――私が何とかしなきゃ!



「ゴオォォォォァァァァア゛!!」

「勝手なのはわかってる……でもお願い!! この人たちは、私にとってかけがえのない友だちなの!! だからもう終わりにして!!」


 そのとき、ついに邪の手が上がる。


「逃げないよ……だって、みんながいるから!!」


 大切な存在だから。

 いつまでもいっしょにいたい人たちだから。

 みんなのことが大好きだから。



「ゴオォォォォァァァァア゛!!」



 そして、命を奪う攻撃が降り下ろされた。



 目を閉じながら、顔をだけ背けた。



 依然として身体は妖魔に向かったまま。



 正直呼吸も忘れるほど恐怖に浸っていた。



 それでも逃げず立ちはばんだ。



 これでもかってくらい二本の足で踏ん張った。



 太い足で良かったなって改めて思った。



 ただじっと、悪足掻きに過ぎないのかもしれない。



 でも人として最低限の行いはやれてると思う。



 恨まれながら生きるよりも、感謝されながら死ぬ方がいいし。



 あの世ってどんなとこなのかな?



 今の生活より楽しくなれるのかな?




 ……ところでさ?



 長くない?




 攻撃をめたのかと、物は試しに恐る恐る目を開ける。



「――っ! ど、どどどどうなってんの!?」



 摩訶不思議な絶景。

 周りのみんなは絶句。

 だって私の目の前で、あの上級妖魔フォルティルスが攻撃を止められてるんだもん。



――半透明の薄い、光の壁で。



「護って、もらったの……?」

「ゴオォォォォァァァァア゛!!」

 何度も剛打を繰り返されたけど、破壊されるどころかひびさえ入らない。

 こんな強靭な光の壁、一体誰が起こしたんだろ?

 まずは朋恵先輩を窺ったけど、あの驚いている感じから当人ではなさそう。

 ならば果林ちゃんか美雪先輩かと思ったけど、お二方も同じく唖然と口を開けていた。

 ゆぅ先輩ではないのは確か。


 だったら、


 誰?


 え……?


 もしかして……?



「オイラじゃねー!! それは雛乃自身が出したんだ!!」



「……へー……え……エェェェェeeeeェェェェエ!?」

 なんで!?

 いやだってイキナリ過ぎない!?

 何か準備してたかって言ったら何もしてないのに!

 鼻からパズドラ~♪みたいな特別な訓練だってしてないし!

 せいぜい下敷きで髪の毛擦って静電気でイリュ~ジョ~ンくらいしかしてないし!


 そもそもだってほら、みんなみたいに素敵な衣装にすらなってないよ!?

 アウトレットで運良く見つけた安~~いトップスとボトムスだよ!?

 Armillaアルミッラ magicaマギカだって着いてないし!

 ほらピカーンって、奇跡の光ピカーンってなってないし!

 子ども会の廃品回収皆勤賞としてもらった腕時計だけだし!

 いつの間にか電池切れてるし!


「ゴオォォォォァァァァア゛!!」

「――っ! やめてッ!!」


 納得できる時間も待たない妖魔が、突進で向かってきたときだった。



「ゴオォォォォァァァァア゛!!」

「おぉ! 妖魔が吹っ飛んだ!」



 これまた不可解な出来事が起こった。さっきまで固く立ち護ってた光の壁―自称きらぴかスクリーン―がトランポリンのように軟化し、妖魔の凄まじい勢いを反発させたんだ。推定飛距離二十メートル超え。


 ただし傷までは負ってない。すぐに立ち直った妖魔は見慣れた構えを見せる。


魔糾閃弾ディヴラスタだ雛乃!!」

「えっ!? また来るの!? てかもう来るの!? どうしたら……」


 魔法使いの四人をことごとく傷つけた破壊光線が、いよいよ私単体にも襲い始めた。地響きと暴風が舞い起こる中、思わず両手を前に突き出す。


「――っ! 今度は吸い込んでる……」

――ズガガガガァァァァン!!

「あ! 出ちゃった!!」


 新たに現れた円形の渦板が、魔糾閃弾ディヴラスタを丸飲みするように吸収。妖魔の攻撃が終わると同勢力を保ったまま発射し、見事なまでに粉塵が立ち昇り直撃したみたい。



 ……なんかスゴいかも、私。



 よくわかんないけど、防御も攻撃もできてる。

 みんなみたいに技名もわからないのに、上手く闘えてる。

 若干みんなの魔法と似たところもあるけど、確かに私が出してるんだ。



――これが、創生の魔女の力なの……?



 何の変哲もないてのひらを見つめながら、今宵の奇跡を受け止めた。

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