ⅩⅩⅡ○Fortilus――絶望●

「間違いねぇ! 上級妖魔フォルティルスだ!!」


 紅の満月が語る閻空えんくう直下。私たち五人とペン太は、ついに現れた漆黒野獣――上級妖魔フォルティルスを見上げる。おぞましき尖爪に鋭牙、下級妖魔プラーボルとは一回り大きな邪体。そして今宵の満月と同色の瞳を宿し、けたたましい咆哮で威圧する。



「「「「――Nexusネクサス dirigeディーリゲ nosノース!!!!」」」」



「そんな……どうして……」


 四人が変身する最中、私だけは唖然と敵ばかり見つめてた。

 だって、この妖魔には見覚えがあるから。

 姿、形、何から何まで……私が初めて遭遇した妖魔と同じだった。


 白の美少女戦士が護ってくれた、あのときの妖魔と。


 だったらなぜ、出てきたの……?

 切断されたはずの脚は綺麗に揃ってるし、傷を負った様子も見受けられない。

 確かに消滅する瞬間は見てないけど……。



――あのとき、佳奈子ちゃんが倒したんじゃなかったの……?



「人々を襲い狂う、悪しき妖魔よ!」

「ウチらの魔法で、テメェを焼き潰す!」


「みんなに酷いことしちゃう、悪い悪い妖魔よ!」

「姉妹の魔法で、みんなを護ってさしあげますわ!」



 謎めく再襲に小口を開けたままの私。だけど時間は決して止まらない。四人の魔法使いがついに上級妖魔フォルティルスとの初対戦が始まる。


「先手必勝で一気にいくぜ!」

「ゆぅの言う通りね……いくわよ!」


 まずはゆぅ先輩と美雪先輩が先陣を切る。今日までに磨いてきた魔法の力で、先攻に駆ける。


魂火直球スパエラ・フランマ……オルゥゥア!!」

聖水檄連騨インブリス・フラゴーレ! ハアァァァァア!」


 一球入魂の火球と無限連弾の水球が、上級妖魔フォルティルスの巨体に降り立つ。激しい炸裂音と荒い砂ぼこりが舞い起こったけど。


「チッ……腹の足しにもならねーってか」

「ママ! 今度は果林がやる! ゆぅお姉ちゃんいこう!!」


 漆黒肌が無傷だとわかった刹那、続いてゆぅ先輩と果林ちゃんが前へ。強度が増した第二魔法で再挑戦。


尖鋭枝の一尽斬グラディウス・ラーミ!! テリャァァァァア!!」

猛炎拳槌プグヌス・ウルカニウス……ブッ飛べェェ!!」


 正面から背後へ斬り抜けた一斬の閃光に加え、妖魔の眉間に炸裂した炎拳の剛打。凄まじいインパクトを二人が奏で、誰もが良しと思った矢先だ。


「そんな……これでもダメ……」

「ムチャクチャかよこの化け物……っ! ウ゛アッ!!」

「ゆぅちゃん!!」


 まるで効果がない。しかもゆぅ先輩が巨足で蹴られ、大地に叩き付けられてしまった。慌てて朋恵先輩と駆けつけたけど、額からの鮮血が上級妖魔フォルティルスの凶暴度を表していた。


「いってぇ……トラックにかれるって、こんなカンジか……」

「ゴオォォォォァァァァア゛!!」


 世を震撼させる咆哮で、いよいよ上級妖魔フォルティルスの反撃。倒れたままのゆぅ先輩を抱き抱える私たち三人に、狙いを定めて突進してくる。


鉱岩石の加護ラピス・ディフェンシオ!! 止まって!!」

枝葉木の煌柵壁アルンドー・ラメンターリウス!! 絡まれェェ!!」



 目前の朋恵先輩と、即座に飛んできた果林ちゃんの二人で守護魔法。一度は敵の勢いを殺すことができたけど。



――バリィィィィン!!



 轟牙に噛み砕かれ、防壁は木端微塵こっぱみじんと化する。朋恵先輩はゆぅ先輩を、果林ちゃんは私を抱いて飛び立ち、何とか猛攻から免れた。


「――っ! コッチ向いてる……なんかヤバいかも!」

魔糾閃弾ディヴラスタだ!! 危ない!!」



 着地した私たちに向け、巨口を開き見せた妖魔。ペン太が告げた後に邪悪な闇のオーラを集め、禍々しき破壊光線の態勢を装う。



――ズガガガガァァァァン!!



「朋恵サポートして! 眞水流洸飲滅マレ・ウェルティケム!!」

「美雪先輩わかりました! 鋼鉄壁の守護フェッルム・プラエフェクトゥス!!」

「果林もできるよ! 枝葉木の煌柵壁アルンドー・ラメンターリウス!!」


 波動砲の如く発射された光線は真っ直ぐ私たちへ。そんな目の前で、水禍で吸収できる美雪先輩と、鋼鉄で跳ね返せる朋恵先輩、また果林ちゃんも再び防御術を繰り出し、三重の守護が包んでくれた。


 でも……。


「クッ、マズいわ……」

「威力が、半端じゃない……」

「もう……ダメ……」


 抑えられない濁流は更なる勢力で襲い、三人ごと爆発音で飲み込む。煙幕から出てきたときには身体中に負傷が見え、酷にも地に放り出されてしまった。


「みんな……そんな……」


 無傷の上級妖魔フォルティルス


 対して、重症の四人。


 聞いてはいたけど、


 一度は遭遇もしたけど、



――強すぎる……。



 四人それぞれの魔法全てを発動させても、まるで歯が立たなかった。あまりに悲惨な景色に、私は絶望の無心で座り込んでしまう。



「……ウゥ、冗談じゃねー。朋恵!」

「うん……まだ立てるから大丈夫!」


「ママ! 果林も平気だよ!」

「悪いわね、気を遣わせて!」



 諦めない心たちが、もう一度とこだました。震える膝頭を地から持ち上げ、健気に胸を張ってみせる。各互いに相槌を打ち、各互いの掌を握って。


「金の精霊たちよ、今ここへ」

「火の精霊たちよ、集結し給え」


「木の精霊たちよ、我らが元へ」

「水の精霊たちよ、今こそき給え」


 どんな逆境に立たされても、今までずっと立ち上がり続けてきたんだ。こんなとこで負けるような魔法使いなんかじゃない。



金火きんかが結んだ、きらめく絆の力で!」

「未来永劫、闇を光で包み込め!」


木水きみずが繋ぐ、由緒麗しき絆の力で!」

「混沌たる世界から、闇を消し光と照らせ!」



 私なりの願いを込めて、また恐怖するペン太も背中を押すつもりで叫ぶ。


「みんな……勝って!!」

「頼む!!」



「――Aurugnisアウルグニス nexusネクサス illuminoイルーミノー!!」


「――Arboquaアルボクア nexusネクサス candelaキャンディーラ!!」



 猛威的に反動を受け止めながら放たれる、四人の合体必殺技。数々の葉石を吹き飛ばし、邪悪に待ち構える妖魔へ直進。無事に命中し、以前と同様に四色カラフルドームが演出される。



 やった!!



 これで倒せた!!



 そう思ってた……。



――バリィィィィン!!



「「――ッ!!」」

「「――ッ!!」」


「そんな……」


 度重なる絶望の末、魂が抜けかけた。ただ一点を見つめ、無気力に等しいまま膝が落ちる。


 だって、


 四人の最終必殺技ですら、



――傷一つ無いんだもん……。



「――ッ!! オメェら危ねぇ!!」


――ズガガガガァァァァン!!



 あらかじめ溜めていたのだろうか。魔糾閃弾ディヴラスタが瞬時に再放出。最終必殺技が辿った荒野を更に拡げる勢いで、ほぼ魔力を使い果たした四人に直撃してしまう。


 結果は、残虐にも予想できていた……。


「――っ! みんな!!」


 恐ろしいまでの土煙が辺りを覆い、一寸先を闇に染める。

 紅の月明かりが照らす頃には、無惨に横たわる姿たちが映し出された。絶望の淵に投げ飛ばされたように、虫の息で起き上がらない。


「ゴオォォォォァァァァア゛!!」

「うそ……みんな!! みんなしっかりして!!」


 四人の元に駆けつけ安否確認。でも返ってくる言葉はどれも同じ色だ。


「雛乃ちゃんと、ペン太さんだけでも……逃げて」

「クソ……格が違いすぎる……」


「全然、届かないよ……」

「一体、どうしたら……?」


 平常を保つことで精いっぱいの状態だった。


 圧倒的な強さを知らしめる、邪悪な漆黒野獣。

 四人の魔法使いですら敵わない虚構。

 どんな抵抗を施しても末期を意図させる絶望。



――それが、上級妖魔フォルティルス



「ゴオォォォォァァァァア゛!!」

「――ッ!! 来る……」



 時間と似て、待つことを知らない悪魔。

 いよいよ私たちに止めを刺さんばかりに、ゆっくりと大地を潰しながら寄ってくる。微かな希望も踏みにじるかのように、紅の月を背景にしながら。

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