Caput Ⅴ○Malefica et Magus――魔女と魔法使いの章●

ⅩⅩⅠ○Luna russa――漆黒●

「いってきます、お母さん!」

「気を付けてね~」


 桃吹雪から緑の芽吹きに換わった季節。ひょっこりと頭を覗かす土筆つくし、黄と赤のパンジーには蝶々が舞い、芝生が整った河川敷そばでこいが跳ねていた。


 いよいよ四月が終わる……。


 そう語りかけるような田舎景色だ。


「みなさ~ん! おはっす~!!」


「はい雛乃ビリー。ザブートキャンプー」

「ゆぅちゃんイジワルしないの」


「朋恵お姉ちゃんの言う通り! 今日の雛乃お姉ちゃん、昨日より二分早くなったんだから! 成長成長!」

ね……」


 遅刻の神様にでも取り憑かれてるんじゃないかな……ちなみに昨日は五分遅れ。

 私は相変わらずの仕打ちを受け、今日もみんなと朝を迎えた。


 みんなの中には、もちろん彼女も。


「じゃ、行こっか……」

「うん、佳奈子ちゃん!」


 佳奈子ちゃんが新加入してから早一週間。

 微笑みまでは無く、表情がまだ曇ったまま。けど、六人での登校も慣れてきたところで、私的観測では良い方向に向かってると思う。


「明日からゴールデンウィークだね」

「つーか宿題あり過ぎー。単身赴任か思うわ」


「ねぇママ! 明日いっしょにカレーライス作ろ! きっとペンちゃんも喜ぶから!」

「ま、まさか果林……あの雄なんかのために……」


「ペンちゃん……? 誰のこと……?」

「えっ? ま、まーその……ああああれだよ! 最近果林ちゃん家によく来るぅ~……そ、そう小鳥! 小鳥だよ!」

「小鳥ってカレー食べるんだ……」

「ほら、成長期なんだよきっと!」


 内容はまーこの通り。取るに足りない、小もないことばかり。

 でも、それはありふれた平和な一時とも言える。

 変な話し合って、

 変に驚き合って、

 みんなで笑合う。

 普通って愛おしいよね。

 こんな時間がいつまでも続けばいいと思う。


「……ん? 佳奈子ちゃんどうしたの?」


 ふと立ち止まった佳奈子ちゃんが気になり、私だけでなくみんなも揃って振り返る。逸れた身体と視線から辿る辺り、近くの千年桜を見つめてるようだ。


「千年桜……」

「うん……でも、もう散っちゃったね」


 足下にはかつて花吹雪を放っていた、花びらたちの桃溜まり。でも見上げてみた大樹には、陽を揺らす緑葉が新たに宿っている。ホントに桜木だったのかと疑わしくなるくらい、暖かな一色が抜けていた。


「もっと、見たかったのにな……」

「仕方ないよ、季節限定だしさ」

「うん……」


 悲しげに見えた佳奈子ちゃんの隣に寄り、去り際の春にふける。千年桜のこと、気に入ってくれてたんだなー。だからこそ抱き着いてくれたんだし、何だか地元民として嬉しかった。


「また来年か……長いかな?」

「んーどうだろーね。長くなりそうだし、いざ振り返ってみたら短いかもだし」

「わたしは……長くなると思う」

「どうして?」

「何となく……何となく、そう感じるんだ」


 “待ち遠しい”

 それは文字通り、人は“待つ”という行動を起こした途端、時間の進みが緩やかだと錯覚してしまう。いつの時代も、どんな人でも。


 でも長かろうが短かろうが、私の中で台詞は決まってた。自ずと佳奈子ちゃんの手を握って、自慢の笑顔と併せて。



「来年もまた、いっしょに見ようね。佳奈子ちゃんが良ければ再来年も、その次の年も、またその次だって」



「雛乃ちゃん……うん」

「おーおー待てよ雛乃ー!」

 いいカンジに決まったと思った矢先、チンピラゆぅ先輩が私と肩を組む。ちょっとダウンタウン感がいなめなかったけど、ヤンチャな笑みを見せながら紡ぐ。



「――いっしょに、だろ?」



 ゆぅ先輩の言葉をきっかけに、朋恵先輩はもちろん、果林ちゃんと美雪先輩も寄り添ってくれた。春と似て、暖かな微笑みたちが集まる。

 こりゃー逆に決められちゃったな。

 でも、決して悪い気分じゃなかった。元気に頷き、六人並びで千年桜を目に灯す。


 命を抱いて生きてる限り、私たちに永遠はあり得ない。

 だからこの限られた時間内で、できるだけみんなといっしょにいれたらなって思う。

 明日も明後日も、

 来年でも再来年でも、

 五年先十年先だって、

 何なら死ぬまでずっと。


 そんな想いを込めて、佳奈子ちゃんと約束した。



――またみんなで、千年桜を見ようねって。



 ○Luna russa――漆黒●



 放課後の私ん家。


「まー茶菓子でも食いながら談合すっぺよ」

「茶菓子がカレーライスけ……」


 佳奈子ちゃんが抜けた五人と一羽で、私の部屋に集まった。バイト代という名のカレーライスを持って帰ってきたペン太を中心に、雲掛かる月夜をバックにあの本題へ入る。


「みんなもわかってる通り、今夜はヴァルプルギスの夜だっぺ」


 ヴァルプルギスの夜――四月三十一日と五月一日の狭間。この前、謎の男性四人衆に告げられてから、私たちはこうして集合している。


「でも、あれっきり現れなくなっちゃったね」

「ビビったんじゃね? 所詮は口だけだったら助かるんだけど……」


 朋恵先輩の言う通り、結局今日まで再来することはなかった。ホントに謎だらけの集団だよ。冗談半分とはいえ、ゆぅ先輩の言葉も信じたいところ。


「相変わらず妖魔は現れるんだけどね」

「えぇ。ただ下級妖魔プラーボルばかりだから、上級妖魔フォルティルスじゃないだけ増しね」


 果林ちゃんと美雪先輩の言葉も御尤ごもっとも。正直今の四人なら下級妖魔プラーボルは相手じゃない。問題は上級妖魔フォルティルスがいつ襲来してくるかだと思う。いや、こちらも再来と言うべきか。


「兎にも角にも、謎の集団が来る確率は今日が高いっぺ。四人には悪いがいつでも行けるよう、厳戒態勢でいてほしいっぺよ」


「はい!」

「りー」

「わかったよ、ペンちゃん!」

「仕方ないわね」


 ホントに四人には頼ってばかりで申し訳ないあまりだ。私が総理大臣になったら即国民栄誉賞をあげたい。まー今世紀中は無理だと思うけど。



 私にも……ちょっとでも、戦える魔力があれば……。



 ふと自分の掌を見つめた。四人に嫉妬してる訳ではないんだけど、最近よく思うようになった。


 私も戦えたら、みんなの負担も多少なりとも減るだろうし。

 私も戦えたら、自分の力で誰かを護ることができるだろうし。


 私も戦えたら……



――SHINE♪

「……佳奈子ちゃんからだ!」


 SNSアプリ――SHINEシャインの通知で、思わず瞳が煌めく。佳奈子ちゃんが私からの友だち申請を許可してくれたみたい。


 “雛乃ちゃんよろしくね、桜マーク”だって~!

 佳奈子ちゃんかわいい~!

 早速両手打ちで御礼返信し、ついスマホを抱き締める。


「雛乃ちゃん、ホントに白石さんのこと好きなんだね」

「いつもベタベタして、小判鮫こばんざめかよ?」

「いーじゃないですか別に!! お二方には迷惑かけてないでしょ!!」


「雛乃お姉ちゃん、また佳奈子お姉ちゃんから返信来てるよ?」

「あら。“ゴールデンウィーク中ならいつでも大丈夫”ですって」

「ちょっと私のプライベート覗かないでくださいよ!!」


 遅刻時同様とんだ仕打ちを受けながら、再びスマホ画面を点灯。するとやはり、佳奈子ちゃんと二人旅行プランに関する返事が記されていた。最近駅前に新しいクレープショップができたらしく、今度いっしょに行こうって約束したの……旅行じゃないか。


 ついに!

 ついに!!

 佳奈子ちゃんとのデート!!

 テンションウィンウィン!!

 サイコーのゴールデンウィーク到来!!


「よっしゃ~!! キタキタキタ~!! 令和れいわが見方してる~!!」


「雛乃ちゃんが壊れた……」

「元からだろ。悪化しただけ」

「ママ~」

「こら、見ちゃいけません」



 完全アウェイに立たされつつも、歓喜に包まれたが故の握り拳を掲げた。もっともっと叫びたい気持ちは言うまでもなく、ふと窓の景色に振り向いたときだった。



「――っ! 満月……」



 私の一言で、みんなの表情が冴える。雲から現れた光は、欠片もなき円形。いつものパターンが起こるのかと思いきや。


「ペッ!!」

「ペン太どうしたの?」

「いやその、なんかビリビリって……スゴく嫌な予感がするっぺ……」


 急に震えだしたペン太は明らかに怯えている様子だ。瞬間的に現れる拒否反応を思わせ、寒くもない部屋の中で凍えていた。


「ゆぅちゃん、行ってみよ!」

「チッ……警備員は楽じゃねーな」


「ママ! 果林たちも行こ!」

「えぇ。晩ごはんまでには終わらせないと」


 時刻は七時手前。

 ヴァルプルギスの夜までの時間はまだあるけど、四人とペン太(人間ver)もいっしょに部屋を出る。


「……そうだ! 皆さん先に行っててください!」


 ふと思いだった私は立ち止まり、みんなが家を退出する一方でリビングに残る。

 お母さん、もーそろ帰ってくるかもしれない。

 あまり心配かけないために、一応手紙を置いておこう。


「“ちょっと四人で出掛けます。できるだけ早く帰ります”……よしっ!」


 シャーペンとメモ帳で完成させ、念のため戸締まりを一通り確認。

 洗濯物も取り込んだところで、いよいよ私も玄関から出る。ペン太とみんなは既に見当たらず、どこへ向かったか辺りを見回したときだった。



「――っ! うそ……あかくなってる……」



 薄気味悪い紅夜風景――それもそのはず。

 だって、上空から照らす満月が紅く染まっていたから。



 あのときと同じように……。



――「ゴオォォォォァァァァア゛!!」



「あっちだ!」

 やはり起こされた禍々しき咆哮。

 何度聞いても聞きなれない凶暴。

 決して近づきたくない虚構。

 そんな相手だとわかっていながら、私はこだました方角へ突き進む。

 田舎だからか、人気が皆無な田んぼ道。

 時が止まったように動かない、無風を表す河川野原。

 嵐の前の静けさが広がる世界を駈け、まずは四人の後ろ姿が見えてきた。変身していないことから、まだ戦闘は始まってないようだ。


「で、デカくない?」

「マジで真っ黒……ヴェノムかよ……」


 朋恵先輩とゆぅ先輩が告げた通り、今宵の妖魔は異質だと私にも見えた。一回り大きな巨体、全身黒の生命体。


「ママ……なんか怖い……」

「イメージはしてたけど、さすがね……」


 眉を潜める果林ちゃんが美雪先輩に抱き着く中、漆黒の妖魔に危険視を飛び交う。


 もちろんその相手は、人一倍震え上がるペン太が語る。



「間違いねぇ! 上級妖魔フォルティルスだ!! みんな気を付けてくれ!!」



 暴君のよだれを溢す巨大顎に、地を圧する四足。

 そして、満月と同じ紅い色の瞳。



「うそ……どうして……?」



 みんなが間もなく変身しようとするとき、私一人だけ凍り付き見上げていた。


 だって、あまりにも見覚えがあったから……。



 私が一番最初に見た妖魔と……



 白の美少女戦士が戦った妖魔と……



 私を護った佳奈子ちゃんが倒したはずの妖魔と……




――まるでそっくりだったから。

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