ⅩⅨ○Mysterium――因果●

「今日は、ありがと……」

「こちらこそだよ佳奈子ちゃん!」


 春夜七時の児童公民館前。

 四人もいっしょに、佳奈子ちゃんとサヨナラするところだ。


「また明日逢いましょうね、白石さん」

「いい夢見ろよ」

「はい、金森先輩、焔先輩……」


 朋恵先輩とゆぅ先輩の、夜中でもわかる灯った微笑み。


「夜は冷えるから風邪引かないようにね、佳奈子お姉ちゃん!」

「遅くなってしまって悪かったわね」

「とんでもないです、水蓮寺さん、水蓮寺先輩……」


 せやから不器用かて……果林ちゃんと美雪先輩もお辞儀を放った。


「それじゃあ、また明日……」

「うん! また明日ね!」


 最後に私が手を振ることで、佳奈子ちゃんは背を向け歩む。まばらな外灯ですぐに見えなくなっちゃったけど、もう少しだけ見送ることにした。


 今日は今までで、一番長い時間を共に過ごした。無理矢理に付き合わせてしまったかもしれないし、笑顔など一切見受けられなかった。


 それでも、私たちと“また明日”を約束してくれた。


 ありがと、佳奈子ちゃん。


 感謝の念が尽きない。まだまだ謎多き彼女だけど、私は既に心を預けている。これからは佳奈子ちゃんの力になれるようにと願うほど。迷惑ばかり掛ける訳にはいかないと。



「白石佳奈子、か……」



 ふとゆぅ先輩が沈黙を破り、他三名も染々と頷いた。


 そういえば今日は、みんなの様子が何だかおかしい気がする。妙に静かだったり、佳奈子ちゃんのことじっと見てたり。


「みなさん、どうかしたんですか?」

「ねぇ雛乃……白石さんとは、ホントに逢ったばかりなのよね?」

「美雪先輩……おもちろんドンハーツですけど……」


 うたぐり深く問われ、更に眉間の皺が寄る。確かに不思議な子ではあるけれど、佳奈子ちゃんと運命的な出逢いを果たしたのは先週の始業式。やっと一週間が経とうとしてるところだ。


「どうして、そんなに“逢ったばかり”のことを気にするんですか?」


 すると、いぶかし気な四人はそれぞれ目配せで再度頷き合う。一致した意見の内容は、代表して美雪先輩が伝える。

 ただ、衝撃こそ付き物だった。



「初めて逢った気がしないのよ……」



「え……みなさんも、ですか!?」


 当初私も抱いた情意だった。


“「私たち、どこかでお逢いしましたっけ?」”


 思わずそう呟いた初回と同じ感覚に違いない。


「はっきりとは、わからないんだけどね……」

「ずーっと前にどっかで見たような、懐かしい感じでさ……」


 佳奈子ちゃんが見えなくなった暗路を見つめる、朋恵先輩とゆぅ先輩。


「さっき果林も、つい“佳奈子お姉ちゃん”って呼んじゃったし……」

「今だから正直言うけど、うちら今朝からずっとそう思ってたのよ……」


 果林ちゃんと美雪先輩も続き、気づけば私以外が佳奈子ちゃんの方角を眺めていた。疑うというよりかは、悩ましく心配するように。


 どうして私たちは、そう感じているんだろ……?


 いつどこかで逢った記憶は、残念ながら皆無。


 でも、出逢いではなく再会な気がしてならない。


「これは、うちの勝手な憶測だけど……」


 五人同じ向きでたたずむ中、美雪先輩がスクールバッグを握り締める。白石佳奈子ちゃんという一人の少女について、警戒の目付きで紡ぐ。



「――あの子と、うちら魔法使いに……何らかの因果いんががある」



「え……ど、どうしてそんなこと……」

 半信半疑のまばたきを繰り返し、美雪先輩たちと向かい合う。どうにも悪く聞こえてしまい、重い内容だと否定できなかった。



「長くなるけど、よく聞いて……確か雛乃と白石さんが初めて出逢ったのは、先週の始業式。でもその晩、あなたは初めて妖魔とも遭遇した。それに妖精であるペン太ともすぐに。以降の数日間、今度はうちらにも妖魔が見えるようになったし、ついにはこうして魔法使いになった。でもそれだけじゃない……うちらが魔法使いになってから、白石さんはまるで別人のように暗く内向的に変わった……全ての事象が、この僅かな日数の内に、同時期に起きているのよ」



 返す言葉が無かった……いや、返すことができるほど心に余力が無かったんだ。美雪先輩の台詞は確かで、時系列で書き出してみたらなお確証を抱ける。


「納得できる根拠はないけど、否定できる理由もない……」

「えぇ、朋恵の言う通り……確かにうちの憶測は“悪魔の理論”に過ぎないわ」


「いくら偶然だっつっても、こんなにも連続したら……実は必然だったりすんのかもな」

「だとしたら、ママの考えは正しいって感じちゃう……」


 恐れた様子の四人が映し出され、今度は揃って下を向いていた。空気こそ不穏に染めて。


「佳奈子ちゃんが……だとしたら……」


 私たちとの間に、どんな因果が潜んでいるのだろう?


 善なのか、悪なのか。


 その判別すらわからない。


 真っ暗な道先を眺めているときだった。



――「ゴオォォォォァァァァア゛!!」



「――っ! うそ……」

 このタイミングで、禍々しくも御出座おでまし。

 振り向けば虚構。咆哮響いた私たちの背後には、この世の生き物とは思えぬ獣影がそびえていた。


 しかも……。



「よ、よよよ四体!?」



 いつにも増して多い、曇天ウルトラ迷惑還元セール!

 全て四足歩行でショベルカー並の大きさだけど、姿形は歪に異なっていた。


 猪のように固そうな球体。

 牛のような図太い巨体。

 馬のようにムキムキと浮き立つ鋼体。

 羊のようなモコモコが魅せる煙体。


 揃って私たちを威嚇し、今にも襲いかかろうと睨んでいる。


「どんなに多くのわざわいが来ようとも……」

「ウチらの“やること”は変わんねーさ」


「そっちが四人なら、果林たちだって四人で!」

「さぁ、今宵もいきましょうか!」


 朋恵先輩とゆぅ先輩、果林ちゃんと美雪先輩がそれぞれ手を繋ぎ、魔法使いの証たるブレスレット――Armillaアルミッラ magicaマギカを光らせる。児童公民館と私を背に置きながら、初の四人同時で幕開けだ。


「みなさん!! お願いします!!」



「「「「――Nexusネクサス dirigeディーリゲ nosノース!!!!」」」」



 神聖の輝きに導かれ、絢爛と煌めく姿で世に再誕。

 この世界を護るため、脅かす妖魔を倒すため。

 そして絶望を希望に変えるために、四人の美少女戦士が立ち振る舞う。


「人々を襲い狂う、悪しき妖魔よ!」

「ウチらの魔法で、テメェを焼き潰す!」


「みんなに酷いことしちゃう、悪い悪い妖魔よ!」

「姉妹の魔法で、みんなを護ってさしあげますわ!」


 激熱~!!

 だってスゴくない!? 四人同時だよ四人同時!!

 この瞬間を生で観られて感動だわ~!

 明日のトップニュース載るんじゃない!?



「「「「ゴオォォォォァァァァア゛!!!!」」」」



 すみません、浮かれてました……。

 妖魔たちの咆哮が吐かれると、四人は各々別れて対峙。朋恵先輩は猪で、ゆぅ先輩は牛と。果林ちゃんは馬で、美雪先輩は羊と形成を取ることで戦闘開始。


鋼鉄壁の守護フェッルム・プラエフェクトゥス!! 止まれぇぇ!!」


 まずは鉄壁の朋恵先輩。鋼鉄の板で猪突猛進を見事に阻止。いや、ひるんだ相手の様子から撃破とも言っていいくらい。


猛炎拳槌プグヌス・ウルカニウス……ハン、バー、グゥゥ!!」


 次に炎魂のゆぅ先輩。烈火の拳を撃ち込み、巨牛の図体を宙へ浮かした。とはいえ何だ? このお腹が空きそうな一言は。


尖鋭枝の一尽斬グラディウス・ラーミ!! この剣に、斬れない物はない!!」


 枝なんですけどね、それ……。

 それでも刹那の果林ちゃん。雄々しく切り返してきた突進馬を一斬りし、数秒後起こった一閃と共にひれ伏した。


聖水檄連騨インブリス・フラゴーレ!! 素敵な毛並みに戻して差し上げますわ!」


 そして飛沫しぶきの美雪先輩。無制限で襲った邪羊の毛針を、放った水玉の数で圧倒。そのまま連弾を飛ばし、周囲に水溜まりができるほど与えた。



 スゴい、みんな圧倒してる!



 傷一つどころか、指一本さわられていない。攻防を瞬時に切り替える果林ちゃんと美雪先輩。攻防と相手をバトンタッチの如く転換する朋恵先輩とゆぅ先輩。見ていて安心できるほど端麗に躍動していた。


 最後に二組の必殺技で終わりだ!

 そう断定できた。


 でもそのとき、私はある気配を感じ振り返った。

 驚きを隠せないまま。



「か、佳奈子ちゃん!?」



 先に帰ったはずの佳奈子ちゃんがそばに寄ってきた。相変わらずの冷たげな無表情で、妖魔が集うこの戦場に。


「ごめんなさい。公民館に忘れ物しちゃって……」

「……」


「もう、みんなは帰ったの?」

「え……」


 その瞬間、私は言葉が出なくなってしまった。辺りを見回した佳奈子ちゃんの仕草しぐさで、一つの確定要素が浮かんだから。



「うそ……」

「雛乃ちゃん、どうしたの?」



 佳奈子ちゃん、ホントに?



「ゆぅちゃん!! そっちに行った!!」

「お任せあ~れ!!」



 ホントに、見えてないの……?



「ママ!! 後ろ!!」

「その手は桑名の焼きはまぐりよ!」



 妖魔のことも……?



「動きが止まったみたい……」

「つ~ことは、次で決まりだな」

「ママ! 終わりにしよう!」

「えぇ! 四人同時に放つわよ!」



――戦ってる四人のことも……?

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