ⅩⅧ○Voluntas――役割●

「ドワワワワァ~!! 寝坊だ~!!」

「待ち合わせ誘ったヤツがやることじゃないっぺ……」


 頭上のペン太から冷対応つめたいおうを受けながら、私は全力疾走で待ち合わせ場所に向かっていた。昨日の帰り道、佳奈子ちゃんと約束したのはいいけど、このザマだ……。


 も~なんでこーなんのよ~! あと五分だけって言ってたじゃん私! なんで一時間も寝ちゃったのよ~!


「皆様ぁ~!! お待ちどお様でした~!!」


 桃の絨毯じゅうたんが敷かれた、千年桜の木の下。朋恵先輩とゆぅ先輩、果林ちゃんと美雪先輩たちはいつも通り間に合い、私をいつも通りはずかしめる。


「うるうる……あ、そういえば佳奈子ちゃんってまだ来てませんか?」


 四人に確認すると、まだ誰も佳奈子ちゃんの姿を見ていないらしい。急に誘っちゃったのが悪かったかな……?

 そう頭を掻いていたときだった。



「ごめんなさい……寝坊しちゃって……」

「――っ! 佳奈子ちゃん!!」



 両目を輝かせ、思いっきり叫んだ。だって佳奈子ちゃんが来てくれたんだもん! 相変わらず無表情で暗めだけど、確かに本人。昨日の約束、守ってくれたんだ。

 しかも私とオソロな理由!


 テンション赤丸急上昇中の私は満面の笑みで、早速佳奈子ちゃんを四人の前に連れ込む。


「紹介します! この子がいつも言ってた、白石佳奈子ちゃんなのです!」


「白石です……はじめまして」

「かっわいいでしょ~!」


 親バカってこんな感じなんだろーなー。

 一瞬だけ冷たすぎる風が横切ったけど、次第に言霊の輪が結ばれる。


「は、はじめまして。あたしは金森朋恵です……ほら、ゆぅちゃんも」

「お、おう……焔優香……よ、よろしく」


「はじめまして。金森先輩、焔先輩」


 まずは朋恵先輩とゆぅ先輩。ただ、なんだろ? 二人とも妙にぎこちない。


「おはようございます。水蓮寺果林っていいます! それと、こちらがママです!」

「ママではないけど……姉の美雪です、はじめまして」


「はじめまして。水蓮寺さん、水蓮寺先輩」


 不器用か、不器用なのか佳奈子ちゃん!

 姉妹なんだから名前で呼べばいいのに……それとも新たなお笑いの手法?


 とはいえ、果林ちゃんと美雪先輩にも無事に挨拶を済ませた。


「まーそんな感じで、皆さん佳奈子ちゃんをよろしくね!」

「よろしくお願いします……」


 早速学校を目指す私たち――今日から六人!

 先頭の私はいつも以上に、元気マルマルモリモリで歩いていた。たわいないトークを、大好きな佳奈子ちゃんとばかり進めていたけど。


「……」

「……」

「……」

「……」


「ん? みなさん、どーかしましたー?」


「あ、いや……ごめんね。ちょっとボーッとしてた」

「わりぃ……アリ見てた」

「はい元気です!」

「気にすることないわ……二人で楽しんでて」


 そ、そっすか……。

 なんでだろ? 真逆に四人からは、いつもの快活さが見当たらない。それぞれ言い訳してたけど、どうも佳奈子ちゃんをじっと見ていたような……。


 あ、もしかして嫉妬?

 私が佳奈子ちゃんに取られた~的な?


 参ったな~! 人気者は辛いの~!

 このままアイドルにでもなっちゃおっかな~!

 “田舎モンぴよぴよアイドル――黒崎雛乃”的な!


「……あ、なー雛乃?」


「ぴよぴよぴ~! ゆぅ先輩お待たせぇ~! みんなのアイドルぅ、雛乃ちゃんぴよ! よろしくぴよぴよ!」


「キモ……」


 ヒッド~~いゆぅ先輩!!

 わかってますよ!! 私みたいなポンポ子がアイドルになんかになれる訳ありませんよ~だ!! ちょっとだけ夢見てただけです~だ!!



「今日“あれ”だけど、来れるよな?」



 ゆぅ先輩の珍しく落ち着いたトーンで、私も通常営業に還る。


「“あれ”……っ! あ、そっか今日か!!」

「忘れてたべ?」

「いやいや~そんなことございませんよ~アハハー!」


 グランドスラム級に忘れてた……。

 とはいっても、部活も無ければ恋人もいない私。年中無休の暇人なので、スケジュール的には全く問題無し。


「ねぇ雛乃ちゃん……“あれ”って、なに?」


 無表情だけど佳奈子ちゃんも興味を示してくれた。ゆぅ先輩が言うと決闘みたいなニュアンスあるけど、全然違うの。


「じゃあせっかくだから、佳奈子ちゃんも放課後行こうよ!」

「え……まぁ、わたしは大丈夫だけど……」


「みんなも、佳奈子ちゃん新加入に賛成の方~!」


 佳奈子ちゃんからも同意を受け、四人からも頷きの票が集まった。決定だね、これはまた楽しくなるもんだ!


「やったぁ! では本日より、佳奈子ちゃんをチームの一員として受け入れさせていただきます!」


 気になるでしょ?


 “あれ”とはなにか。


 答えは放課後になればわかるよ!


 だからチャンネルはそのままで!



 ○Voluntas――役割●



 放課後の午後四時。

 私は佳奈子ちゃんといっしょに学校を出て、制服のままとある場所へと向かった。


 もちろん、“あれ”を行うために。

 ちなみにペン太は残業だそーです。


「到着で~す!」

「ここは……」

「うん! 見ての通り、児童公民館だよ」


 そう、ここは新傘村児童公民館。

 整えられた芝庭に、一階建ての小さな白壁で青空と似合う。休日は町内会の大人たちで賑わうけど、平日の今日は異なる来訪者で溢れている。


「きっとみんなも来てるから、行ってみよ」

「う、うん……」


 佳奈子ちゃんの手を引き、二人で押し扉を潜る。広い玄関にはやはり先輩たちと果林ちゃんの靴が置かれ、私たちも早速上がった。


――「あら~雛乃ちゃん。いらっしゃい」


 聞き覚えのある女声に、私は笑顔で返す。


「こんにちは! 給食のおばちゃん、じゃなかった……今は館長さん!」

「フフフ。あら~、今日はお友だちもいっしょなのね~」


 昼時は給食センターで働く原田さん。でも夕方になれば、こうやって毎日児童公民館に来てるんだって。ホントに長生きしてほしいよ。


 原田さんがここに来てる理由については、私と佳奈子ちゃんが向かったお遊戯広場に行けばすぐわかる。



「みんなぁ~!! こんにちは~!! 私が来たよ~!!」



――「あ! 雛乃お姉ちゃんだ!」

――「オッス雛乃!」

――「キャハハ!! ヒナノンだぁ~!!」

――「待ってましたぁ!!」


 黄色いメロディーを聞かせてくれたのは、今日も公民館に来た子どもたち。男女同じ人数ずつで計二十人近く。主に小学低学年生が多いけど、最近歩けるようになった子までいる。年齢はバラバラでも、みんな笑顔と元気で待っててくれたみたい。


「雛乃! とっととやんぞー!」

「了解です、ゆぅ先輩! とりあえず、佳奈子ちゃんもお客様として見ててね!」


 先に待っていた朋恵先輩とゆぅ先輩、果林ちゃんと美雪先輩と同じ立ち位置を取る。座った子どもたちを目の前にしながら、いよいよ始めることにした。


 そう、“あれ”を。



「――それでは! ペーパー劇場の始まりで~す!」



 私たち五人が、定期的に行っているボランティアなの。登場キャラの絵を描いた紙を人形代わりに、毎月二回ペースで発表してるんだ。


 役割としては、創作好きの美雪先輩が脚本、お絵かき上手な朋恵先輩がイラスト、元気溌剌のゆぅ先輩と果林ちゃんが紙人形の操作及び台詞担当。


 ちなみに私は、ご覧の通り進行役です!


「今日のタイトルは、“野菜で元気にな~れ第三話”です! それじゃあみんなで、ニンジローくんを呼んでみよ~! せ~のっ!」


――「「「「ニンジローく~ん!!」」」」――



 時間にすれば十五分僅か。

 それほど中身があるような物語ではない。あくまで幼い子どもたちが楽しめるように作ってるからね。


 元気に登場して、

 色んなキャラが出てきて、

 ちょっとバタバタして、

 最後はいつもハッピーエンドを迎える。


 多種多様に発表してきたけど、何だかんだで三年以上はやってるなー。最初は私も四人も、子どもたちの前でガチガチだったっけ。けどもう慣れたし、最早もはや愉快なくらい。



「ということで、今日はこれでおしまい! どーもありがとうございました~!!」



 発表を終え、温かな拍手と笑顔に包まれた。この後は原田さんが作る晩御飯があるけど、完成までの間は子どもたちと触れ合うことが通例。それぞれ別れて、それぞれ気を合わしてくれる子たちと関わり合う。



――「朋恵お姉ちゃん、絵の描き方教えて~!」

「うん、じゃあいっしょに描いてみよ! ……そうそう、上手だね!」



――「やったぁ~! ゆぅお姉ちゃんからホームラン打てたー!」

「へっへへ~、ホントの戦いは、こっからだぜ! ベースキャップ再スタート!!」



――「見て見て果林お姉ちゃん! 朝顔の芽が出たのー!」

「ホントだぁ! 元気そうだし、お花咲くの楽しみだねぇ!」



――「美雪お姉ちゃん、ここの問題ってどーやるの?」

「じゃあまず、いっしょに問題読んでみましょっか」



 うんうん! 今日もみんな楽しんでるみたいで良かった。



「あの、雛乃ちゃん……あの子たちは……」

「うん、そうだよ……」


 背後から隣に現れた佳奈子ちゃんも、理解してくれたみたい。

 この子たちの事情を。

 この子たちの理由を。

 この子たちの立場を。



「今の私たちと、似てるの……」



 人がこの世界に生まれてくるとき、目の前には必ずお母さんと呼べる存在がいるはず。産声を聞きに来るお父さんという存在だってそう。


 生まれてくることに理由がいるなら、それはきっと家族がいるからだと思うの。


 いっしょに楽しんだり、いっしょに悲しんだり、いっしょに感動したりできる人たちが、同じ屋根の下にいるからなんだ。



 でもね、この子たちは違うの。

 私たちのように。



「目を描くときはね、最後に修正液を加えるとライトが入ってキレイなんだよ」


 朋恵先輩は、お母さんを亡くしている。



「水は毎日~。でも、あげすぎはダメなんだ。逆にお花さんたちが息できなくなっちゃうからね」


 果林ちゃんは、お父さんもお母さんも亡くしてる。



「よくできたわね! やればできるってことよ」


 姉である美雪先輩だって、同じ寂しさがある。



「あ~また打たれた~! マジ落合じゃん!!」


 ゆぅ先輩に関しては特殊だけど、お父さんとお母さんはずっといない。



「ちなみに私ん家はね、お父さんが他界してるの……ずっと前だけどさ」


 養育の手を求める子どもたちが、ここに身を預けてる。

 大切なものを失った子どもたちが、ここに集まってる。

 悲しみと寂しさに溺れかけた子どもたちが、ここに来てるの。


「みんなとは……似てるとは思ってる。でも全く同じだなんて、全て気持ちがわかるだなんて、そんな偉そうなことは口が裂けても言えないよ」


 雨のかさは人それぞれのはず。

 だからこそ、こんな私たちでもできることを考えてた。



「ほんの少しだけみんなに近い私たちがこうやって、ほんの少しでも楽しんでもらえたらなって……ほんの少しでも幸せって思ってもらえたらなって。そんな気持ちで、五人でここに来てるんだ」



 見返りなんか何もない。

 強いて言うなら、みんなの温もりと笑顔だけ。

 人としてできることを、やってるだけなんだ。



 一人でも多くの子どもたちが、大人になってほしいから。



 子どもの数だけ、光る夢があるから。



 光る夢の数だけ、未来のステージが煌めくから。



 ……まぁ、私たちもまだまだ子どもだけどね(笑)


 佳奈子ちゃんの隣で静かに語りながら、和気藹々わきあいあいとした子どもたちを眺めてるときだった。


「……あ、みっちゃん! 飴ちゃんくれるの?」

「……」


「やったぁ! ありがと、みっちゃん!」

「……」


 ふと私のスカートを引っ張り気付かせたのは、一ヶ月前に入所したばかりのみっちゃん。無言で警戒心が目付きに顕著だけど、本当はこの通り優しい女の子。会うのは今日で三度目で、ついに気に入ってもらえたみたい。


「……」

「え……わたし、も……?」


 これは驚いた。

 あのみっちゃんが、初対面の佳奈子ちゃんにも飴を差し出した。確かに悪い人じゃないけど、初めての光景で茫然とする。


「……」

「あ、ありがと……みっちゃん」


 無表情な佳奈子ちゃんに渡した瞬間、みっちゃんは逃げるように角隅かどすみに行った。初対面だもん、そりゃー緊張するよ。


「スゴいじゃん佳奈子ちゃん! もーみっちゃんに気に入っても、らえ……」


「……」


「佳奈子、ちゃん……」



 刹那、彼女の見慣れぬ姿に目を見開いた。あまりにも突然過ぎたから。



「――泣いてる、の……?」



 てのひらに載せた一粒の飴に、大粒のしずくが降り注いでいた。


「……ご、ゴメン。なんでわたし、涙なんか……なんで、止まらないんだろ……」


 あくまで、暗めな表情に変化はなかった。落ち着いている様子で、どこか異質な感じもする。


 でも、決して悪い気はしなかった。

 不思議なことに。



「ドンドン泣いていいんだよ、それはきっと、嬉し涙なんだから」



 狭い肩をポンポンと叩き、反って煽ってしまったかもしれない。


「うん……ありがと、雛乃ちゃん」


 佳奈子ちゃんの心を突き動かした飴。

 どういった繋がりがあるのかまではわからなかった。本人も気付かずじまいだし、真実は闇の中。


 だけども、私は彼女から温かな光を久々に感じ取れた。久々といっても、大した日数じゃないんだけどさ。


 ただ、なんでだろ……。



 訳もなく、嬉しかった。



 不思議なことに。

――――――――――――――――――

○ひなメモ●


○皺の数だけ笑顔が映える、子どもたちの支え人●


原田はらだ笑美子えみこ


定年退職のおばちゃん


所属  笹浦市立新傘中学校給食センター役員、兼児童公民館長


年齢 69歳


誕生日 1月26日


身長 149cm


体型 ふくよかな猫背 (=^ェ^=)ニャー!


髪型 白髪混じりのおだんごスタイル


趣味 子どもたちの面倒を見ること、庭の掃除をすること

   

一人称 あたし



雛乃たちの中学校や他校でも、パートとして活動する通称給食のおばちゃん。

また仕事終わりの午後からは児童公民館長として、幼い子どもたちの養育にも携わり、貧しい生活を送った自身の経験を糧にいそしんでる。

元々は雛乃と一切関係ない他人だったが、一方的に献立を聞かれたことをきっかけに会話が弾み、後に五人へボランティアの話を持ち掛けた張本人。

落ち着いた穏やかな風貌で、まだまだ元気な古稀こき手前。最近度が合う老眼鏡がなかなか見つからず困っているらしい。


↑長生きしてほしいよ(*^-^*)

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