ⅩⅦ○Cerasus――約束●
「か~なっこちゃん! あっそび~ましょ!」
「ここ学校だけど……」
給食を終え、掃除を済ませた後の昼休み。
無表情で暗めな佳奈子ちゃんは相変わらずだけど、私は得意の“前向きスマイル”で接した。
大きな陰があったって、それより大きな陽があればいいんだから。
そうすれば、いつかきっと、元気になってくれるはずだから。
「ねぇねぇ学校探検しよーよ! 私が案内するからさ!」
「ありがと……まだ来たばかりで、慣れなくてさ」
やっぱり、覚えてないんだね……。
でも、私は
始業式の日と同じ流れで、早速佳奈子の手を引っ張って歩き回った。私の解説も前回といっしょなので割愛とさせていただきます。
佳奈子ちゃんのリアクションも、ほとんど無かったしさ。
「……と、まーこんな感じかな!」
「助かったよ、黒崎さん」
「移動教室やら何やらでわからないときあったら、またいつでも聞いてね!」
弾んだ会話が無かった故か、学校探検がスムーズに進み閉幕。次の授業まで十分もあったけど、一先ず教室に戻ることした。
「……あ、給食のおばちゃん! こんにちは!」
「あら~。雛乃ちゃんこんにちは~」
一階廊下を歩いていた途中、私が一方的に話し掛けて仲良くなった給食のおばちゃん――
何よりも、おばちゃんが作るごはんメッチャ美味しいんだよ! 私は胃を掴まれちゃったからね~。
おばちゃんの
ファンクラブあったらとっくに入ってる!
「今日の切り干し大根どうだったい?」
「もぉ~サイコーでした!! 是非とも我が社へって感じです!!」
「フフフ。相変わらず雛乃ちゃんはおもしろい子ね~。あ、そうそう。おもしろいと言えば、今日から若い新人くんが来たのよ~」
「えっ!? イケメンですか!?」
佳奈子ちゃんの視線が恐かったからあえて見ない振りをした。
「どーだろーね~……老眼が進むと、若ければみんな男前にしか見えないもんでね~。お、ちょうど来たみたいだよ」
「どれどれ~」
いかほどの男子力があるのかを判定する能力――ヒナ・チェックが覚醒。
おばちゃんと同じく白衣姿での登場だけど、マスクと三角巾のせいで素顔まではわからなった。
でもね……私は凍り付く。
「え゛……」
「お、よう雛乃! それとー、佳奈子だっけかー」
もーわかるよね、この話し方で。
アヤツしかいないよと。
そーいえば今朝からいなかったよねと。
いよいよマスクと三角巾を外して正体を明かすけど、世界中の誰よりきっと早く気づいた私は、思わず彼の両肩を握り振るう。
「――なにやってんのよペン太!! なんでなんで!? なんでアンタなんでなの!?」
言語処理機能が頭を抱えるであろう、自称Siri滅裂な叫びで問い
「へへ! バイトだよバイト! 働かざる者食うべからずって言うだろ?」
「伝統的な日本人か!! おばちゃんなんで!? なんでこんなヤツを雇ったんですか!?」
被害は給食のおばちゃんにまで及ぶ。
「いや~それがね~……今朝から、“賃金はカレーライス一杯で!”って言われて。人も少ないし、男手も欲しかったから、ちょうどいいやと思って」
「福利ナンチャラの間違いでしょ!! てかおばちゃん、コヤツの名前わかってます!?」
「もちろんよ、
要星……よう、せい……ヨウセイ……妖精。
「当て字じゃねーか!! なぜもー少し名前考えなかったの!?」
「ギャーギャーうるせーな~ったく……」
「あの……二人は、付き合ってるの?」
はい出ました、佳奈子ちゃんの口から爆弾質問!
「ないないないない!! 少なくともペン太とはない!! リビングドーン、車庫バーンみたいなコヤツとはない!! 前々前世から探してもない!!」
「よくゆーぜ……一つ屋根の下で暮ら……」
「……ゆーなァァァァア゛!!」
学校探検で過ごそうとした昼休みは、時間を余すことなく終えられた。
スッゲー疲れたけど。
○Cerasus――約束●
運に身を任せて、勇気を振り絞る。
「佳奈子ちゃん! いっしょに帰りませんか!?」
「別にいいけど……」
YATTA!!
待ちに待った佳奈子ちゃんとの帰り道だぁ~!
あい! ヤッタ! ヤッタ! ヤッタ!
「い、行くよ……?」
「あ、ゴメンゴメン!」
いっしょに靴を履き、いっしょに校舎を出る。普段ぼっち下校を繰り返す私にとっては、新鮮なワンシーンだらけだ。
「佳奈子ちゃん
「
「え、うそ! だったら私ん家と近いかも!」
同じ方角を向きながら、穏やかな田んぼ道を歩む。アスファルトで舗装されてるけど、所々ひび割れで土砂が垣間見える。時おり
「ここはいいとこだね……静かで、故郷みたいで、なんだか落ち着く」
「ホント!? 私も好きなんだ~この村! 緑ばっかりの田舎で子どもも少ないけど、近所のおじいちゃんおばあちゃんはいい人ばかりだし。
農機具のエンジン音に負けないくらい、テンション高く言えた。
誰かと帰るのって、誰かと同じ景色を見ることって、こんなに楽しいんだね。
「そういえばさ、佳奈子ちゃんは前どこに住んでたの? もしかして……TOKYO?」
「それが……恥ずかしいんだけど……」
「もしかして……」
「うん……ただこの村と、とてもよく似てるところだったんだ」
覚えてないんだ……。
嫌なことを聞いちゃったかもしれない。
そう感じたけど、表情に変化はなかった。いや、無表情のままと言った方がいいかもしれない。
「……っ! そうだ佳奈子ちゃん! ちょっと寄り道しよーよ!」
「寄り道……? あまり遠くなければ……
「フフフ! 私オススメの、パワースポットへ御招待しましょう!!」
嫌な思いをさせたなら、嫌な気持ちが少しでも晴れたら……。
佳奈子ちゃんの手を握り締め、電柱の影たちを何本も越えていく。
もちろん、あの場所を目指して!
「ご覧ください!! こちらが……」
「……千年、桜」
「えっ!? 知ってたの!?」
これは一本取られてしまった。
沈着した佳奈子ちゃんは、ほぼ散った千年桜の木の下へ近寄る。樹齢を更に感じさせる太い樹木を見上げ、ふと瞳を閉じる。
「……」
「佳奈子、ちゃん……?」
「この村に来たとき、誰かから聞いたんだ……千年桜という素晴らしい木があるって……でも場所がわからなかったから、今日はじめて見れて……嬉しいんだ」
だったらもっと笑ってくれればいいのに。
やっぱり不思議な人だな、佳奈子ちゃんって。
「私はよく来るの。特に、嫌なことがあったときにね」
「嫌なこと……?」
「うん……テストがダメだったり、占いが最下位だったり、一人で寂しかったり……そんなときにはね、こうするの」
佳奈子ちゃんの前で、私は大きな千年桜へ抱き着いた。端から見れば張り付いているように、全身で木の
「こうするとね、何だかとっても気持ちいいの。千年桜が慰めてくれてるみたいで、力を貸してくれてるみたいで……抱き締めてるはずが抱き締められてる感じがして、ホッとできるの」
「……こう、かな?」
すると、佳奈子ちゃんも隣で千年桜に立ち触れる。再び目を閉じて、きれいな額を木の表面に当てた。
「……ホントだ。とても落ち着く」
ちょっとだけど、微笑んでくれた気がする。
「でしょ。私オススメのパワースポット、気に入ってくれたかな?」
「うん……ねぇ、黒崎さん?」
私も佳奈子ちゃんと同じように、目を瞑りながら桜木に顔を伏せる。
「なに?」
「変なこと、言ってもいいかな……?」
「フフフ! 私の方が断然変だから、気にしないで大丈夫だよ」
「わたし……ここ最近、おかしいんだ……」
それは、彼女の内に秘められた苦悩の告白だった。
「決して不自由はない。ただ、色んなことを忘れているような気がして……それも大切なことを……」
「大切なこと……?」
「うん……とても大切なこと」
言うべきか、言わないべきか。
迷って少し黙り込んだけど……。
「……だったら、思い出せるといいね。佳奈子ちゃんにとっての、とても大切なこと」
過去に私と過ごした時間は、ほんの僅か。とても大切なことに私は適してないと思った。あまり介入することも、反って傷つけてしまうかもしれない。
「思い出せる、かな……?」
「思い出せるまで、私も手伝うよ。もちろん、迷惑にならないように……」
「ありがと、黒崎さん」
「雛乃でいいよ。私なんか勝手に“佳奈子ちゃん”って呼んでるんだし」
そのとき、左手に柔らかい温度を感じた。目を開くと、佳奈子ちゃんが差し伸べた右手が触れていたことに気付く。
晴々しい表情ではなかった。笑顔もなければ、微笑みの欠片もない。光と呼べる代物など、残念ながら感じ取れなかった。
でも、彼女の瞳は私を捉えていた。
だから私は笑顔を向けながら、掌を握って見つめた。
「ありがと、雛乃ちゃん」
「こちらこそだよ、佳奈子ちゃん」
千年桜の木の下で、私たちは手を握り合った。期待と不安で満ちた春風に吹かれながら。
「……それじゃあ、わたしコッチの道なんだ」
「そうなんだ! じゃあ今日はココでさよならだね」
千年桜の木の前で、私たちは明日への再会を約束した。風邪を引かないこととか、交通事故に遭わないこととか、寝坊しないこととか。
「そうそう! 佳奈子ちゃんもさ、朝いっしょに学校に行かない? 是非とも紹介したい人たちがいるの。いつもここで待ち合わせしてるんだけど……どうかな?」
もちろん朋恵先輩とゆぅ先輩、果林ちゃんと美雪先輩たちのことだ。あとは佳奈子ちゃんの心次第。
「うん、問題ない……じゃあ明日、またココで」
「よかった! んじゃあ、またね!」
手を振って、佳奈子ちゃんの後ろ姿をしばらく見届けた。心の奥底で、祈りのような質問を呟きながら。
――私たち、また逢えるよね……? 千年桜の、木の下で。
徐々に小さくなっていく佳奈子ちゃんへ届けるように。
孤独を恐れる私から、孤独に染まる
――『大丈夫だよ……』
えっ?
今の誰?
優しそうな女の子の声だった。
すぐに辺りを見回したけど、誰もいないし佳奈子ちゃんだってもう見えない。
幻聴……?
やっぱり私は変なんだね(笑)
もうじき星の川が流れる間際。ふと空を見上げると、ほっそりとした三日月がいた。これなら妖魔の心配はなさそうだ。
今宵は安心だと思い、ゆっくりと自宅へ戻ることにした。明日に対する胸の高鳴りを、ちょっとしたお土産に。
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