ⅩⅢ○Nexus dirige nos――#2●

「ゴオォォォォァァァァア゛!!」


 禍々まがまがしい咆哮ほうこう絢爛けんらんな月光が、相反し交差する今宵。


 千年桜の木の下にいる私たち四人と一羽の先には、この世の生き物とは思えぬ体積の化け物――妖魔が出現した。灰茶の体毛を靡かせ、長い手足と奇怪に揺れる尻尾。じっと向けられた黄色の瞳が更なる恐怖を掻き立て、いよいよ巨体ごと向き始めた。


「今度はさるって訳か……」

「ゆぅちゃん……」

「あぁ、わかってる」


 おののく私と美雪先輩と果林ちゃん。にも関わらず、朋恵先輩とゆぅ先輩は敵に向けて一歩前へ出る。果敢にも挑戦を受け入れるように。


「ちょっとあなたたち……何する気?」

「朋恵お姉ちゃんゆぅお姉ちゃん逃げよ!」


 そう。知らない二人からしてみれば、ごく普通のリアクションだ。


「大丈夫です……あたしたち、護れますんで」

「隠すつもりだったけど、状況が状況だから仕方ねぇよな」


 けど、私とペン太は知っている。二人の力を。

 私たちを護ってくれる、偉大な魔力があることを。

 だからこそ、声を張り上げてこだました。



「朋恵先輩! ゆぅ先輩! お願いします!!」

「変身するっぺ!!」



 私とペン太は二度目。

 美雪先輩と果林ちゃんには初御披露目。

 金火を司る二人は手を握り合い、Armillaアルミッラ magicaマギカを輝きと共に振り上げる。



「「――Nexusネクサス dirigeディーリゲ nosノース !!」」


――ピカァァァァァァァァン!!



 変身の流れは変わってないけど、やっぱりまだ信じられていない部分もある。

 二度目の私がこの気持ちだ。初見の二人にとっては尚更現実離れした景色なのだろう。今だって開いた口が塞がらない様子だ。


 でも、これは確かに現実なんだ。



「人々を襲い狂う、悪しき妖魔よ!」

「ウチらの魔法で、テメェを焼き潰す!」

 


 黄と赤の魔法使いたちが、今夜も世に晒された。相変わらず朋恵先輩はキラキラと綺麗で、ゆぅ先輩はメラメラと燃焼中だ。


「ゴオォォォォァァァァア゛!!」

「うわっ飛んだ!!」


 咆哮をゴングとして扱った妖魔は、おぞましいばかりの跳躍力で上空で浮遊。しかし今度は空気を蹴ったように急降下し、地上の朋恵先輩とゆぅ先輩目掛けて長腕を放つ。


鋼鉄壁の守護フェッルム・プラエフェクトゥス!!」

「ゴオォォォォァァァァア゛!!」


 地面から突き出た分厚い鉄板で防御。殴り掛かった妖魔でさえ砕くことができず、明らかに拳を痛めてる。

 ホント堅いんだね、朋恵先輩のガードって……。


魂火直球スパエラ・フランマ……当たれェェ!!」


 出た、故意のファイアーデッドボール! 良い子のみんなは真似しないでね。

 ……でも、身体を華麗に捻らせたお猿さんにかわされてしまった。

 他の妖魔と比べて一つ一つの動作が早い。身軽な細身からはきっとスピードに特化してるんだとわかる。



 あの動きさえ、止められれば……。



「どーする朋恵?」


「挟み撃ちでいこう。あたしが正面を取るから、ゆぅちゃんは隙ができたときに撃ってほしいの」


「ちぇ……不意討ちとかタイプじゃねーんけど、しゃーねーか」


 作戦会議が終わると二手に別れ、それぞれ妖魔の前後に立つ。ゆぅ先輩は予め猛炎拳槌プグヌス・ウルカニウスを唱え、いつでも炎のパンチができるようだ。

 パンチっていうほど、生優しいもんじゃないけどね……。


「ゴオォォォォァァァァア゛!!」

「いったよ、ゆぅちゃん!」

「いらっしゃいませェェェェ!!」


 すると妖魔はきびすを返し、全速力でゆぅ先輩へ向かう。予想を反した行動だと思いきや、朋恵先輩にとっては作戦通りだったらしい。


鉱岩石の加護ラピス・ディフェンシオ!!」

「あ、つまずいた!」


 今度は石塊せきかいが突出。おかげで妖魔は前のめりにバランスを崩し、一瞬ではあるけど動きを鈍めた。


「今だよ、ゆぅちゃん!!」

「またお越しくださいませェェェェ!!」


 炎の鉄拳がついに炸裂。見事顔面にヒットされた妖魔はぶっ飛び、朋恵先輩さえも飛び越えていった。

 てか、なんで接客用語を叫んでんだろ……?


 とはいえ、二人の方が完全に優勢。

 とどめのチャンスだ!

 チャチャChance! キセキにきりぬけて♪


「金の精霊たちよ、今ここへ」

「火の精霊たちよ、集結し給え」


 手を繋ぎ、昨晩と同じ必殺技の前掛けが始まる。

 ブレスレット付きの掌に光の粒子を集め、全身がそれぞれ黄と赤に染められていく。



金火きんかが結んだ、きらめく絆の力で!」

「未来永劫、闇を光で包み込め!」



 Aurugnisアウルグニス nexusネクサス illuminoイルーミノーで終わりだ!


 私もペン太もそう思った。


 でも、そう簡単に終われなかったことが、無情にも美雪先輩と果林ちゃんに告げられてしまう。



「朋恵ゆぅ危ない!!」

「もう一体いる!!」



 えっ!? もう一体!?

 半信半疑が驚きの殻に包まれながら、私もすぐに目を凝らす。

 ただ、遅かった……。



――ズガガガガァァァァン!!

「ゴオォォォォァァァァア゛!!」



 どこかに隠れてたもう一体の猿型妖魔が、隕石の如く拳を落ち鳴らした。砂埃の一時を終えると、やはり想像上嫌っていた現実が目を刺す。


「朋恵先輩!! ゆぅ先輩!!」

「……ゆ、ゆぅ、ちゃん……」

「……」


 猛勢の一槌に倒された朋恵先輩。特に彼女をかばったゆぅ先輩は、意識を失った負傷状態。火とは異なる別の赤色が顔面を覆っていた。


 そんな……二人で一体のつもりだったのに……。

 二対二……いや、戦闘不能のゆぅ先輩を考えれば二対一の悪戦況だ。


 こんなの、酷すぎる……。


 かえって不意討ちを受け、形勢逆転にも挟まれてしまった二人。一体は空かさず長腕を降り下ろしたけど、朋恵が鋼鉄壁の守護フェッルム・プラエフェクトゥスで皮一枚堪える。


 でも、背中ががら空きだ。

 起こした鉄板も所々にひびが入り、体力的にも魔力的にも限界が近いのがわかる。

 一方、そばのゆぅ先輩は未だ不覚。

 朋恵先輩の足元に倒れたまま。


 防いでいられるのも、時間の問題だ。


 どうしたら……?



「果林!!」

「え……ッ!! 果林ちゃん!!」



 美雪先輩に次いで私も怒鳴ってしまった。

 だって果林ちゃんが行っちゃったから。


 朋恵先輩の背後に。


 がら空きだった背中を護るために。


「か、果林ちゃん……危ない、のに」

「果林……逃げてろ、お前がどーこーできる相手じゃねぇんだぞ……?」


 防御中の朋恵先輩、意識を取り戻すも起きれないゆぅ先輩も懸念した。


 でも果林ちゃんは一切動こうとせず、細い両腕を伸ばして身をていす。


「果林の、大好きなお姉ちゃんたちなの」

「ゴオォォォォァァァァア゛!!」

「だから……だからもう乱暴はやめて!!」


 果林ちゃん、震えてる。

 腕も脚も、全身が恐怖に襲われてるんだ。


「……ッ!! 美雪先輩まで!! 危ないですって!!」


 居ても立ってもいられなかったに違いない。美雪先輩も走り出し、恐れ止まらぬ果林ちゃんを抱き仰ぐ。


「ママ……」

「果林の言う通り……この二人は、うちらにとって大切な存在……大切な後輩たちなの」


「ゴオォォォォァァァァア゛!!」


「どーゆー関係か知らないけど、これ以上うちの後輩に好き勝手はさせない!」


 良心故に飛び出してしまった姉妹。こっそりと手を握り合い、牙を剥き出した妖魔と向かい合う。


 お願い、奇跡様。

 もしも二人にも魔法の力があるのなら、早く!


「ゴオォォォォァァァァア゛!!」

「もう……ダメ、かも……」


「ゴオォォォォァァァァア゛!!」

退いてろバカ姉妹!! 死ぬ気かよ!?」


 朋恵先輩もゆぅ先輩も叫んだ。

 それでも、果林ちゃんと美雪先輩は逃げなかった。

 いよいよ降り下ろされる、双方からの長腕を待つかのように。



「「――もう何も、失いたくないんだから!!」」



 衝突寸前、そのときだった。




――ピカァァァァァァァァン!!




「――っ! 果林ちゃん、美雪先輩……」

「「ゴオォォォォァァァァア゛!!」」


 つい昨晩にも訪れた、奇跡の光が再起した。

 二体の妖魔をも目眩ます輝きが、二人の胸元よりでる。


「これって、やっぱり……」

「間違いないっぺ! 魔力の覚醒だっぺよ!」


 光球はすぐに二人の手首へ移り、姿形をArmilla magicaへと変貌した。

 果林ちゃんには、鮮やかな青緑色。

 美雪先輩には、真っ黒とまではいかない玄色。


 突然の出来事に戸惑いながらも、互いに異なる色を確かめていた。


「果林! 美雪! 今オメェらには、魔法使いになれる力があるっぺ!!」

「魔法使い……それって、朋恵お姉ちゃんとゆぅお姉ちゃんと同じってこと?」


「んだ!! この状況を乗り切るためには、オメェらの力無しでは無理だっぺ!!」

「うちらが、か……」


 ペン太の言う通り、朋恵先輩の鉄壁は粉砕され、ゆぅ先輩もまだ立つことで精いっぱいだ。二人の魔力はほとんど残っていない。



 果林ちゃんと美雪先輩が、バトンタッチしなきゃ……。



「大丈夫だよママ! 果林たちだって、護れるんだ」

「そうね……状況が状況だから仕方ないわよね」



 二人とも、決心してくれた。それも面白いことに、朋恵先輩とゆぅ先輩が最初放った言葉をなぞって。


 二人なら、きっと大丈夫。

 私もそう信じて、決意の大声を鳴らした。

 全く同じ言葉を。


「果林ちゃん! 美雪先輩! お願いします!!」

「変身するっぺ!!」


 姉妹は再び手を繋ぐ。今度は恐怖の分け合いではなく、覚悟の共有のために強く握り合った。二体の妖魔に鋭い視線を飛ばし、新たな美少女戦士の変身が始まる。



「「――Nexusネクサス dirigeディーリゲ nosノース !!」」


――ピカァァァァァァァァン!!



 奇跡の光に包まれ、やがて表に出た二人の姉妹を、月光のスポットライトが照らし出す。


 木を意味する青緑色の果林ちゃんと、

 水を意味する玄色の美雪先輩が、


 木の葉と水飛沫みずしぶきを吹かしながら、豪華に登場。

 もうさっきまでの恐怖した表情は見受けられず、私もヨシッと呟いた。



「「ゴオォォォォァァァァア゛!!」」



「みんなに酷いことしちゃう、悪い悪い妖魔よ!」

「姉妹の魔法で、みんなを護ってさしあげますわ!」



 ……やだ、ちょっとカワイイ。

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