ⅩⅡ○Quaerere――事件●

「朋恵せんぱ~い!! ゆぅせんぱ~い!!」


 午後に入った頃。

 電話で千年桜前に呼ばれた私は、果林ちゃんとペン太と共に駆け寄る。美雪先輩の眼鏡が落ちてると聞き全力疾走して来たところだ。


「なー果林……これ、美雪ねぇのやつだよな?」

「……うん、間違いなくママのだ」


 左掌に乗せられた眼鏡を直に観察し、果林ちゃんは眉を集めて頷く。今にも泣き出しそうなままに、小さな両掌へ贈られる。


「ママ……目があんまり良くないから、眼鏡外したらそんなに歩けないと思うの……」


「迷子って訳かよ……あのJK」

「とにかく、美雪先輩は近くかもしれないってことになるね」


 朋恵先輩の先を読んだ台詞には私も納得。何としても暗くなる前に見つけたいから、早速四人と一羽で捜索開始だ。


「じゃあウチはコッチ行ってみるわ」

「ならあたしは向こうを探してみる」


 するとゆぅ先輩は南へ、朋恵先輩は西へ出発。二手に別れるみたい。


「雛乃と果林はいっしょに行くっぺ。オイラはアッチを見てくるっぺから」


「え? ペン太一人で? カレー食べ過ぎて動けないとか言ってたじゃない?」


「もー平気だっぺ! んじゃ、またあとで合流するっぺよ!」


 単独行動に出た男ペン太。

 その走り去る後ろ姿は、雄々しく、逞しく、


 そしてカッコいい……



 ……って信じてたけど、やっぱペンギンなんだよね。一歩一歩が短すぎて、なかなか離れていかないや。



「ホントに大丈夫なのー?」

「ゴジャッペ!! オイラを誰だと思ってるっぺ!!」


 ペンギンですが、何か?


「その細い目やめろっぺ!! ただでさえ小さい目なんだから大きくした方がいいっぺよ!!」

「ブチ……失礼ね!! 別にアイドルとか女優さんとか目指してないからいーもん!!」


 今やアイプチ、マツイクができる御時世だ。

 目ん玉開けてろなんて余計な御世話ですよ。

 ドライアイになるわ。


「……そうだっぺ!! 良いこと思い付いたっぺ!! 雛乃~!!」

「今度はなに!?」


「その怒りの力を使って、オイラを投げ飛ばしてほしいっぺ~!!」

「はぁ!? ドMか!?」


「いいからいいから!! 早くコッチに来てくれっぺ~!!」


 八歩でたどり着いた私は指示通り、ペン太を投げ飛ばすべくかつぐ。そこまで重くないけど、このペンギンさん本気なのだろうか。

 そう考えてたら、何やらどや顔で振り向き姿を放つ。



「――飛べないペンギンは、ただのペンギンだっぺ」

「でしょーね」



 素っ気なく返し、いざ助走を開始。体育測定のハンドボール投げで学んだコツを生かし、体重移動を駆使して投げ飛ばす。


「とんでけぇぇぇぇ!!」

「でかしたっぺ~!!」


 初速はバッチリ。

 ただ距離としてはイマイチ。

 低めの弾道なため、良くて十メートル手前だ。

 それでも褒めてくれたペン太には意味があったのだ。



「――秘技!! ペン太ボブスレーだっぺ~!!」



「あ出た!! お腹滑り!!」

「ペンちゃん行ってらっしゃ~い!!」


 果林ちゃんも見送ったペン太はウルトラマンの如く飛んで―いや、滑って―突き進んでいく。スピードを落とすことなく直ぐ様遠くへ離れていったけど。



 お腹、焼けないのかな? アスファルトなんですけど……。


 つーか、飛んでないし……。


「雛乃お姉ちゃん、果林たちも探そ」

「うん! じゃあ私たちはコッチだね!」


 北にはペン太、私と果林ちゃんは東へと、きれいに四方位を進み捜すことになった。



 ○Quaerere――事件●



「あのすみません! この辺でこんなJK見ませんでしたか?」


 捜す。


「お姉ちゃんなんですけど、見覚えありませんか?」



 捜す。


「昨晩からいないんです。ちょっとでも、何か情報ありませんか?」


 捜した。


「きっと、フラついてると思うんです……心配で……グズッ、心配で……」


 捜した。




「美雪せんぱ~い!! いないならいないって返事して~!!」



 叫んだ。



「ママ~!! ……ママ~!!」



 叫んだ。



――でも、まだ見つからない。



 淡い橙の夕空。気付けば日没間近の午後六時前。

 空腹の概念など忘れた私と果林ちゃんは、何度も美雪先輩の名を呼びながら駆けた。でも、本人からの返答は一切なく、むなしくも山彦やまびこだけが耳を訪ねる。


「ママ……グズッ……ママッ……」


 ついに崩れ落ちた果林ちゃんを前に、私も足が止まってしまう。これだけ捜しても情報が無ければ成果も得られなかった。疲れだって溜まるし、誰だって心が折れるときだよ。

 ずっと我慢していた感情だと思うから、見ていて余計に痛む。


「ヤだよ、ひとりぼっちは……グズッ、ヤだ……」

「果林ちゃん……大丈夫。美雪先輩は必ず帰ってくるから……」


 理由なんてない。

 ただひたすらに、目の前で泣き悲しむ少女を励ましたかった。

 ギュッと抱き締めながら、後頭部をソッと撫で下ろす。


「大丈夫……大丈夫だから」

「グズッ……うぅ……グズッ」


 今日の捜索は終わりにしよう。

 明日からは平日でもあるため、果林ちゃんを早く休ませた方がいい。


 でも、こんな事態に巻き込まれて登校できるとは思えなかった。矛盾だらけの考えのまま、私は果林ちゃんをおんぶして再び千年桜前を目指す。


「絶対、帰ってくるから……」

「グズッ……ホントに……?」


「そりゃそーだよ! だって美雪先輩は、果林ちゃんのことが大好きだから」

「……ホントに?」


「うん! この雛乃お姉様のお墨付きだよん!」

「……うん。ありがと、雛乃お姉ちゃん」


 他愛ないやり取りだけど、果林ちゃんは少しだけ元気を取り戻してくれたみたい。


 なんか嬉しいもんだね、小さい子が泣き止んでくれるのって。強く縛っていた何かから解放された感じで、あやしてたコッチの方こそ心地よくて笑顔になれる。

 それはきっと、苦労が多い分だけ濃くて密なんだろうな。


 私も、いつかそんな風になれるのかな……?



 まー結婚はもちろん、彼氏なんていた試しもないけどさ(笑)



「ママ……」


「ヤだな~果林ちゃん! 私がママだなんて二億万年早いよ~!」

「あれ、ママだよ……」


「え……?」


 自虐ネタにふけっていた私も目を凝らした。千年桜の木の下に、背を持たせかけた一人のシルエットが映る。徐々に暗くなっているため見辛かったけど、逸早く発見した果林ちゃんが下りて駆けていく。



「ママ!! ママ起きて!!」

「……」



 もしかしたらソックリさんかもしれない。

 眼鏡も外してるから、見慣れない顔だもん。

 一度はそう思った。

 けど、確固たる証拠があったの。



――果林ちゃんと同じ、名前入りヘアアクセが着いている。



「ホントだ、美雪先輩だ……」



 眠ってるのか気絶してるのか、正直わからない。

 でも確かに言えるのは、目を閉じて座っている彼女は水蓮寺美雪本人だ。

 昨日お花見したときと同じ服。

 怪我なんかはどこにも見当たらない。


 あとは、無事に目を開けてくれれば……?



「……ぅ……っ! 果林」

「ママ~!!」



 細き小声の刹那、涙ぐむ少女が抱き着いた。もう二度と離さないと言わんばかりに、未熟な両腕でしっかりと。


「良かった~ママが無事で! ホントに良かったよ~!」

「果林、どうして……一体どうなって……」


 もしかして美雪先輩、昨晩から今までの記憶がないのかな?


――「ったく、突然いなくなったと思ったらこんなトコに現れやがって! みんなで捜してたんだよ」


 調度ゆぅ先輩と朋恵先輩も来てくれた。二人もホッとしたように微笑み、みんなで再会を喜ぶ。


「……ごめんなさい、ホントに覚えてなくて。でも、みんなに心配かけてたのね」


「あたぼーよ」

「ありがと、ゆぅ」


「良かったです。美雪先輩が無事で」

「ありがと、朋恵」


「めでたしめでたしだね」

「ありがと、雛乃」



 そして、



「ママ~!! はい、ママの眼鏡!」

「ありがと、果林」



 ハッピーエンドだね。

 誰よりも歓喜で涙する果林ちゃんを見れて、私自身も嬉しかった。

 たった一日なのかもしれないけど、二人の水蓮寺姉妹にはとっても長い二十四時間だったと思う。私たちには想像もできない幸福感に包まれているはずだ。


 それにしても不思議なんだよね~。

 だってさ、千年桜の木の下には一回集まったのに、そのときにはいなかったんだよ?

 四方別れて捜しても情報すら全くなかったのに、記憶もないまま戻ってきたなんて。

 一体どーいった経緯なんだろ?



 ま、無事だから良いんだけどね。



――「みぃ、見つかったっぺか~!!」



 あ、ゴメン。忘れてた。


 遅れてペン太も参上。相変わらずのヨチヨチ歩きがあまりにかわいそうだったから、近くまで寄って私の頭上に乗せてあげた。息を切らしているのがとても伝わり、一生懸命捜してくれてたことがわかる。


「ペン太も、ありがとね」

「ハァハァ……雛乃~、帰ったらまたカレーライス食いたいっぺ~」

「はいはい、お安いご用」


 私から感謝を知らせたとき、やっぱりお決まりの事件は再度起きてしまう。



「ぬいぐるみが喋った……」



「ぬいぐるみじゃないっぺ! オイラはペンギンだっぺよ!」

 いやいや、突っ込むのソコじゃないでしょ……ベタ展開か。


 てかマジか。


 美雪先輩も既にペン太のことを目視できるとは。果林ちゃんといっしょで、まだ魔法使いになっていないのに。


「ねぇママ! あの子はね、ペンちゃんっていうの!」

「あら……メスかしら?」


「男の中の男だっぺ~!!」


 朋恵先輩とゆぅ先輩は変身間際まで見れなかったのに、


「かわいいんだよぉ~! カレーライスが大好きなんだってぇ~! 今度作ってあげようよ~!」

「フン……食い意地の悪いオスは、ゲスの渦中よ」


「だから男だっぺ!! 動物の性別みたいに言わないでくれっぺよ!!」


 果林ちゃんと美雪先輩は、どうして見れるの……?



「……? ねぇ、雛乃」

「はい?」



 美雪先輩と目が合った気がした。

 でも、実際見ている像は私ではなく、取り囲む私たちの後方だ。さっきまでの和やかさを消した表情が疑問だったけど、その理由がすぐに知ることになる。



「――あのでかいかたまりは、なに……?」



「え……?」



 恐る恐る振り向いた。



 みんなも目付きを変えて覗いた。



 やっぱり、そうだった。



「ゴオォォォォァァァァア゛!!」




 なぜ気が付かなかったんだろう……。



「よ、妖魔だっぺ!!」

「妖魔? 何よそれ?」

「ママ~……」



――今夜も満月だっていうことを。


―――――――――――――――――――

○ひなメモ●


○豊富な知識経験を司る、クール系眼鏡女子高校生●


水蓮寺すいれんじ美雪みゆき


高校二年生女子


所属 県立笹浦第一高等学校2年15組


年齢 16歳


誕生日 9月2日


身長 168cm


体型 モデルスレンダー(≧▽≦)何コレパリコレやん!


髪型 ロングストレートwith名前入りヘアアクセ


趣味 読書すること、物書きをすること、果林ちゃんといっしょにいること

   

一人称 うち



冷静沈着に眼鏡を掛ける、成績優秀なクールJK。

文理通して知識の抜けもれがなく、また生徒会役員にも務める働きは評判が良い。幼い頃から果林を面倒見て育てた身で、家庭的な一面も備えている。

雛乃たちとは登校班で出会ったときからの仲良し。ところが、なぜか白石佳奈子とも接点を持つ重要人物の一人である。

ここテストに出るよ~φ(-ω- )zzz

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