Caput Ⅲ○Arbor et Aqua――木と水の章●

Ⅹ○Historia――使命●

「……ここは、どこ?」


 気づくと、辺りは真っ暗。

 夜だからという訳でもない。

 小さな星の光すら射さない、暗黒の地。



 そこに、


 わたしはいた。



 夢、なのかな……?



――『メ……ヨ。……ヲ……ウ、ワ……メヨ……』

「――っ! 誰? 誰かいるの?」


 不気味な女声が内側に刺さった。

 でも、姿形が見えない。

 依然として、何もかも。


 ただ、


――『イマ……、ハラ……キ……』

「聞き取れないよ……あなたは、誰……?」


 一つ言えることは、


――『イマ……コソ……』

「今、こそ……?」



 なぜだか、聞き覚えのある声だったということ。




――『イマコソ、ハラストキ!!』

「――ッ!! やめて!! 離して!!」



 その瞬間、わたしの全身がかに締め付けられた。触れただけで麻痺していく感覚がわかり、抗う力さえ鎮められていく。


 見えない……。

 しかも、動けない。

 人一人の物影すら映らない、暗黒の地で。


 たった一人で……。



――『ナラヌ……。イカシテハナラヌ……』

「やめ、て……離し、て……」


 気力も減り、意識まで遠退いていく。

 ただでさえ何も見えないのに、五感全てが機能停止へ向かう。


「ゴメン、ね……」


 死んでしまうのだろうか……?

 たった一人、闇の中で。

 殺されてしまうのだろうか……?

 何者かの、怨念によって。


 いよいよ、わたしは本当の意味で真っ暗になった。


 ぐったりと、魂が抜けていくのがわかる。



 これは夢でなく、だったんだと知らされながら。



「――雛乃、ちゃん……」



 ○Historia――使命●



「朋恵とゆぅ。オメェらは、金と火を司る、れっきとした魔法使いになったんだっぺ!」


 日朝の私ん家。

 昨晩の出来事を経て、朋恵先輩と優香先輩がペン太の話を聞いている。もちろん私もいて、長い説明会が始まりそうだ。


「あたしたちが、魔法使いですか?」

「なんでウチらが突然? 月の光に導かれた訳でもねぇし、降ってきた妖精にヘッドロックかました訳でもねぇのに」


 ヘッドロックじゃなくて頭ゴッツンぐらいにしてほしい……。


「それは……」

「「それは……?」」


「オイラにもよくわからないんだっぺ」

「わかんねーんかい!」


 ゆぅ先輩のリアクションに、ペン太が段々イライラしてるのが伝わってくる。短い腕組みで目と口先を尖らしていたけど、やっぱりそこは朋恵先輩が安らぎを与える。


「じゃあその、ペン太さんでもわからないことが、今あたしたちに起こってるってことですか?」

「んだ。魔女ではなく、魔法使いになったことには間違いないっぺ」


「魔女ではなく……?」

「ねぇペン太? 私からも質問!」


 ゆぅ先輩がすでに飽きて寝ている一方、ふと私も気になった点を見出だし挙手した。


「魔女と魔法使いって、何が違うの?」


 我ながら“良い質問ですね~”って言われる自信があった。


「そんなことも知らねぇっぺか! オイラにとっちゃ常識だっぺ!!」


 怒られた……。

 質問しただけなのに……。


「ゴホン! 魔女と魔法使い……その違いは、歴史にあるんだっぺ」


 私の苦手教科名が呼ばれて、思わず固唾を飲み込む。朋恵先輩も正座でゆぅ先輩がイスに足組姿で待つ中、長い解説が発せられる。



「むか~し昔……まだ人間が言葉を得たばかりの遥か昔。常人では考えられぬ、不思議な力を持つ人間たちがいたんだっぺ。自然界に備わる成分を操ることで、主に困った人々を助けてたんだっぺ。それはそれは重宝された存在で、やがて人々は敬意を評して“魔法使い”と呼んだんだっぺ」



「じゃあ魔法使いさんは、人々を助ける善人ってことですか?」

「んだ。魔法使いは世界にとっても救世主なんだっぺ」


「美少女戦士みたいなものなの?」

「いや。男の魔法使いだっていたし、何なら戦いすら好まなかったモンだっぺ」


「グゥ~……ッフヘヘ……朋恵~ソコがいいのか~……」

「ゆぅは起きろっぺ!!」


 どんな夢見てたんだろ……?

 朋恵先輩も真っ赤になってたから聞けなかった。


「んじゃーさ、その頃魔女はいなかったのかよ?」


 ゆぅ先輩が瞬時に話を戻すと、ペン太の厳しい眉間が落ちる。


「魔法使いが現れて、間もなくのことだっぺ。魔力なんて無い、一人の少女が発端なんだっぺ……」


 下がったトーンで重い内容だと暗示でき、私はつい肩を張って聞き入る。


「その少女は貧しい家庭で育ったそうで、幸福とは大分だいぶかけ離れた生活を送っていたんだっぺ。そんなある日……」


「「ある日……?」」

ALFEEアルフィー?」


「家族を病で亡くし、孤独に陥ったんだっぺ……」


 あまりの衝撃で息を止めてしまった。苦しい日々が更なる過酷さへ増したんだ。それも受け手が幼い少女だなんて、聞いてるコッチも辛い。



「でも、少女に悪意は宿らなかったんだっぺ。根底にはいつも、“自分のような人が生まれませんように”の一言だったっぺ。それはそれはとてもイイ子で、一生懸命生きていたんだっぺよ。ただ……」



「「ただ……?」」

無料タダ!?」


 ゆぅ先輩ちょっと黙っててくんないかな……。



「少女にこんな声が聞こえたんだっぺ。“お前の家族をよみがえらせる魔法がある”と……それを信じてた少女は、魔法使いになろうとし始めたんだっぺ……」



「甦生術、ってことですか?」

「まー今どきの小娘どもならそう言うけど、そんな魔法は存在しないっぺ」

「やっぱそーいうモンなんだね。かわいそうだけど……」


 もしも私がその立場なら、同じことをしていたかもしれない。


「んだんだ。確かに、成分を操る魔法使いなら、心臓や身体といったものは創れるのかもしれない……んが、当人の魂は成分ではなく概念だっぺ。概念を操るだなんて、それほど恐ろしいモンはねぇっぺよ。でも……」


「「でも……?」」

「閣下……?」


 よく“でも”だけで“デーモン閣下”が出てくるよね。ゆぅ先輩の頭どーなってんだろ?


 ……って思ってるのも今のうちだった。その瞬間、ペン太の尖った瞳がオレンジ眉と共に上がる。



「――その少女は可能にしてしまったんだっぺ。概念を操ることを。たった一人、魔法使いを超えた魔法使いになってしまったんだっぺ」



「成分を操るは魔法使いならば、概念を操るは魔女だったってことですか……」

「ど、どうしてできるようになっちゃったの?」


 朋恵先輩の要約後に思わず質問攻めすると、ペン太は腕組みのまま悩ましく渋める。


「それはオイラもわかんないんだっぺ。サバトの文献にも載ってないし、もはや都市伝説の領域だっぺ」


「信じるか信じないかは、ウチら次第ってことか」

「それでペン太さん? その少女は、どんな概念を操ったんですか?」


 朋恵性のナイスな質問に、ペン太は厳しくもたくましげに応答する。

 寄りにも寄って、あの単語を。



「――“破滅”だっぺ。どんなものも破壊し、どんなものも滅亡させる……甦生とは大きく異なった概念を操ることになったんだっぺよ」



「うそ……」

 破滅の魔女という単語を一度聞いたことがある。白の魔女とも呼べると知ったときは、つい佳奈子ちゃんのことを考えてしまった。

 ただ私は、白石佳奈子ちゃんと破滅の魔女は同値イコールじゃないって思ってる。


 そう、信じてる。



「少女は決して襲ったりしなかったけど、もちろん人々は怖れ、魔法使いですら拒んだっぺ……やがて人々の間で少女を恐ろしさのあまり魔女と呼び、魔法そのものを嫌った……しかし、悪意を持つ人間も少なからずいて、魔女になろうとした者も現れ始めた……最後は人間と魔法使いと魔女による三つ巴の戦争になり、圧倒的に数少ない魔法使いと魔女は滅んだと言われてるっぺ……」



「そうなんですか……」

「いつの時代も、人間は勝手な生き物なんだな」


 暗い話が続き、私の部屋も雰囲気が重苦しかった。魔法を手にした少女は何も悪いことをしていないのに、あまりに残酷な結末だ。ひたすらに家族を取り戻したい一心だったと思うし、バンドエンドだと決めつけたときだった。



「でも、破滅の魔女は生きていたんだっぺ。いや、助けられたと言った方が適切だっぺ」



「えっ……誰に?」

 平和の光を感じた私は思わず前のめりで尋ねた。するとペン太のニッコリフェイスと目が合い、堂々と告げられる。



「――創生の魔女だっぺ。何でも創ることができる、言わば少女が求めていた魔法を使う魔女なんだっぺ」



「――っ! 私と、同じ……」



「人々の視線を避けながらだけど、破滅の魔女は創生の魔女と共に暮らしたっぺ。後に生きる場所を変えるため、創生の魔女が異世界サバトを創り、二人で現世から身を退いた。その後には、住人を増やすようにオイラたち妖精が創られ、争いのない平和な日々が始まったんだっぺ」



 そのときはハッピーエンドを迎えたらしく、同じ境遇の者としては内心ホッとした。


 ただ、ここらからは以前私も聞いた話で、今や妖精の国と化したサバト全土は破滅の魔女に襲われてるんだって。


 そんなある日ペン太が現世こっちに逃げてきて、私を創生の魔女と言ってくれたんだ。妖精としての使命である、精霊になるために現れたみたい。



“「――精霊になるためには、この現世で善い行いを続けて、善い妖精だと認めた魔女様から魔力を分けていただくことでなれるんだっぺ! だから雛乃、よろしくだっぺ」”



 ……あれ? こー思い出してみると、なんか違和感。

 普通だったらさ、“サバトを助けてほしい”とか言いそうじゃん?

 にも関わらず精霊を優先する理由って、なんでなんだろ?


 改めて聞こうとしたけど、既に話が魔法使い寄りに進んでいた。


「雛乃ちゃんが魔女の力を持ってる一方で、あたしたちが魔法使いの力を持ってるって訳ね」


「そこで雛乃に魔力がちゃんと戻るまで、ウチらが妖魔やら何やらから護ればいいってことか」


「二人とも、理解が早くて助かるっぺ。どうかこのとおり、よろしくお願いするっぺよ」


「ゆぅちゃん……」

「チッ、しゃーねーな」


 ペン太の小じんまりとした土下座がおおやけになると、朋恵先輩とゆぅ先輩は頷き合う。一先ず協力してくれるみたいだ。いきなり魔法使いだなんて言われて困惑してるはずだけど、ペン太のことを思いやって決断してくれたんだ。


 ホントに、二人は優しい先輩だ。


――ピ~ンポ~ン!


 不意にインターホンが鳴り、お母さんがいなかったため私が出ていく。ゆっくり扉を開けてみると、これはまた見慣れたお客様だったけど。



「グズッ……雛乃お姉ちゃん……」

「か、果林ちゃん! えっ! どうして泣いてるの!?」



 美雪先輩がそばにいない、珍しく一人の果林ちゃんが泣いていた。お願いだから泣かないでと慰めていたら、急に抱き締められる。


「ママが……グズッ、ママが……」

「美雪先輩が、どうかしたの?」


 朋恵先輩とゆぅ先輩も心配して現れ、不穏な空気が家中に広まる。あまり良くない事態が発生したんだと感じたけど、それはどうやら現実だったみたい。



「――買い物行ってからグズッ、帰ってきてないの……」



 一難去ってまた一難……ブッチャケありえな~い。

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