Ⅷ○Nexus dirige nos――変身●

 満月の刻。

 お花見をした昼間など、遠い遠い昔のように感じる。


「ゆぅ先輩しっかりしてください!!」

「……」


 妖魔に倒された優香先輩を抱えるも、意識が冴えない。でも無理もなかった。だって、頭から血を流すほどの重症だもん。


「ゆぅ、ちゃん……雛乃、ちゃん……」

「朋恵先輩!!」


 朋恵先輩も依然として危険を浴びていた。突如現れた化け物に全身を握られているけど、やっぱり相手の姿が見えてないんだ。妖魔と呼ばれる存在が。


「朋恵先輩を放して!!」

「ゴオォォォォァァァァア゛!!」


「無理だっぺ! 妖魔のヤツにはもう理性なんか無いんだっべから!」


 栗毛色で耳と前歯が長い――うさぎに輪郭に見えるけど、禍々しい尖爪こそ恐怖心を煽る。地を揺らす咆哮からさえ重力を与えられ、動くに動けなかった。

 いや、

 たとえ動けたとしても、

 どうするべきかわからなかった。


「……」

「雛乃逃げるんだっぺ! このままじゃ巻き添えになるだけだっぺ!」


「……」

「雛乃!!」


 なんで、こんなことが起こってるの……?

 ゆぅ先輩が何かしたっていうの……?

 朋恵先輩が何かしたっていうの……?

 私が何かしたっていうの……?


 どうして私たちは、あなたに襲われなきゃいけないの……?


 ペン太に叫ばればれても尚、私はゆぅ先輩を抱いたまま妖魔を見上げていた。

 大切な先輩を置いて行く訳にはいかない。

 ただ、認めたくない現実に伏してしまいそうだ。



 ――っ! そうだ! 佳奈子ちゃん!



 以前純白の美少女戦士に助けられた記憶が走り、私はすぐに辺りを見回した。決まった訳じゃないけど、姿や声質から佳奈子ちゃんだと信じてる存在だ。


 ……いない、どうして?


 時間に比例して眉間の皺が深くなる。

 いくら目を凝らしても、あのときの美少女戦士が映らない。いくら願っても、気配を感じられない。


「ゴオォォォォァァァァア゛!!」


 来て、くれないの……?


「ゴオォォォォァァァァア゛!!」


 そんな……。



 代わりに絶望がすぐそばまで訪れていた。

 私たちは今日ここで死んでしまうんだという、非道観念が。


「ゴオォォォォァァァァア゛!!」

「やだ……死にたく、ない……」


 朋恵先輩を人形のように鷲掴む妖魔は、ゆっくりと私とゆぅ先輩に近づいてくる。


「ゴオォォォォァァァァア゛!!」

「死んでほしくも、ない……」


 距離が縮まり、焦点も揃えられない萎縮が始まる。


「ゴオォォォォァァァァア゛!!」

「誰か……誰でも、いいから……」


「う、うぅ……」

「――っ! ゆぅ先輩……っ! ちょっとゆぅ先輩!!」


 まだ朦朧としながらも、ゆぅ先輩は立ち上がった。すると自前の金属バットを握って、見えてるはずがない妖魔へ歩んでいく。

 まるで、一人戦うかのように。


「ゆぅ先輩止まってください!!」

「ゴオォォォォァァァァア゛!!」


「ゆぅ先輩!!」

「冗談じゃ、ねぇよ……ウルァア゛!!」


 ゆぅ先輩は果敢に殴りかかった。教育上問題なのかもしれないけど、今この事態だけは勘弁してほしい。



 でも、私はショックで息を飲んだ。



 ゆぅ先輩のスイングが、妖魔をすり抜けてばかりだったから……。



――見ることもできなければ、触れることもできないんだ……。



「グフッ!!」

「ゆぅ先輩!!」


 太い短足で蹴られたゆぅ先輩は、金属バットの泣き声と同時に地へ衝突。虫の息が垣間見える頃だと思ったけど。


「チッ……っざけんじゃねぇよ……」

「ゆぅ先輩!!」


 再び立ち上がった。それだけで精いっぱいのはずなのに、またバットを拾って立ち向かう。


「何が、何だか、知らねぇけど……朋恵を返せ……」

「ゴオォォォォァァァァア゛!!」


 やはりスイングは当たらず、脅威的なデッドボールばかりが襲う。

 それでも、ゆぅ先輩はまた起き上がる。

 見えない敵だろうと、触れられない妖魔だろうと、ひたすらに朋恵先輩を救うために。


「朋恵はな……これから家に帰んだよ……朋恵の歩く道を……ジャマすんじゃねぇよ!!」

「ゴオォォォォァァァァア゛!!」


「ヴッ……決めたんだよ、朋恵に会ったその日から……どんな相手だろうと、護るって……」

「ゴオォォォォァァァァア゛!!」


 もうボロボロなゆぅ先輩を見てるのはホントに辛い。

 このままじゃ、死んでしまう。

 やめてほしいとさえ願ってしまいそうだった。

 それでも、勇ましき先輩は運命にあらがう。



「――ウチの本能が! 朋恵を護りてぇって叫んでんだよ!!」



「ゆぅ、ちゃん……」

「ゴオォォォォァァァァア゛!!」

「やめて……やめてェェェェ!!」


 刹那、囚われの身な朋恵先輩は藻掻き始める。脱出を試みた訳だけど、巨大な掌からはなかなか解放されない。


「ゆぅちゃんを……もうこれ以上傷つけないで!!」

「ゴオォォォォァァァァア゛!!」


 妖魔の集中は相変わらずゆぅ先輩のままだ。敵からしてみたら、単なる悪足掻きに過ぎないのかもしれない。

 でも、決して諦めようとしてなかったか弱き先輩に、私は奇跡を信じてしまった。


 必ず生きて。


 という願いを。



「――あたしだって! 一生ゆぅちゃんのそばにいるって誓ったんだから!!」



「朋恵……ッ!!」

「ゴオォォォォァァァァア゛!!」

「――ッ!! ゆぅちゃん避けて!!」

 朋恵先輩まで驚嘆したシーンは、ついにゆぅ先輩へ尖爪が向かう時だった。



 ……あれ?



 朋恵先輩、なんでの?

 ゆぅ先輩も、なんでバットで防ごうとしてるの?




――見えてないはずじゃ……。




――ピカァァァァァァァァン!!




「っ! 何これ!?」

「ゴオォォォォァァァァア゛!!」


 私も意味不明でつい叫んでしまった。ただ見えるのは、二人の胸元がいちじるしく輝き出したことだ。妖魔の邪目をもくらませ、ついに朋恵先輩が解放される。


「朋恵先輩!!」

「雛乃、ちゃん……何か、光が……」


 朋恵先輩だけでなくゆぅ先輩も固まっていた。やがて胸元の光は球体として世に現れ、すぐに二人の手首へ移動する。


――ピシン!


「な、何だこれ……ブレスレット……?」

「スゴく綺麗だけど、どうして突然……?」


 光の粒子が弾けると、ゆぅ先輩の左手首にはワインレッド風の赤いブレスレット。

 一方、朋恵先輩の右手首にはキラキラと魅せる黄色のブレスレット。


 どちらも中央に紋章が刻まれているようで、それぞれ炎とダイヤの形を浮かばせていた。


「魔力の覚醒だっぺ! 間違いないッぺよ!」

「「――っ! ペンギンが喋った!!」」

「えっ!? 二人ともペン太が見えるんですか!?」


 ついにペン太の姿も捉えた二人は、もう顔をひきつって唖然としていた。そりゃーそーだよね。現実離れした出来事がこーも続いたら……私だって最初は戸惑うことしかできなかったし。ニチアサか! って突っ込みたくなる。


「魔力の……?」

「覚醒……?」


「そうだっぺ! 今二人には、魔力が宿ったんだっぺ。そのブレスレット、Armillaアルミッラ magicaマギカが何よりの証拠なんだっぺから」


「ゴオォォォォァァァァア゛!!」

「ウワッ!! こっちに来てますよ!!」


 怯んでいた妖魔も動き出し、私たちに進撃を顕にしている。このまま逃げたしても、追い付かれるのがオチだろう。


「確か、朋恵とゆぅだったっぺね?」


「初対面なのに呼び捨て……」

「それな……ちなみに優香な」


「詳しいことは後で話すっぺ。さぁ二人とも……」



 時間も待ったなしの最中、いよいよペン太から爆弾発言が投じられる。



「――魔法の力で変身して、あの妖魔を倒すんだっぺ!!」



 うわー言っちゃったよこのペンギン妖精さん(笑)

 変身しろって言っても、呪文だとか台詞だとか知ってる訳ないのに……。


「……ゆぅちゃん」

「あぁ……」


 私の考えとは真逆に、二人は互いの目を合わせて頷く。その瞳は少しの不安と大きな覚悟を表した精鋭だった。


「何でだろ? 知ってるかもしれない……変身の仕方」

「上手く言えねぇけど、思い浮かぶ言葉がある……」


 二人とも……どうしてわかるの?

 魔女と呼ばれる私でさえ何もわからない中、二人はギュっと手を握る。Armilla magica付きの左右手首を妖魔へ見せつけ、そして円を描き天へ拳をく。



「「――Nexusネクサス dirigeディーリゲ nosノース !!」」


――ピカァァァァァァァァン!!



 言い切った瞬間、二つのArmilla magicaが再び輝き、二人が光の球体へ吸い込まれていく。中での様子は正直見えないけど、すぐに弾けて姿が公に晒される。


 二人の、神々しい姿が。


「え……エェェェェェェェェエ゛!!」


 太股をつねると痛い――現実だ。間違いなく現実だった。

 私の目に映った二人の姿――それは、あの夜護ってくれた美少女戦士と似て煌々としていた。


 きんを意味する黄色の朋恵先輩と、

 火を意味する赤色のゆぅ先輩が、


 キラキラとした衣装と共に見参したのだ。

 今にも襲いかかろうと構える、禍々しき妖魔の前に。



「ゴオォォォォァァァァア゛!!」



「人々を襲い狂う、悪しき妖魔よ!」

「ウチらの魔法で、テメェを焼き潰す!」

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