Ⅶ○Luna plena――妖魔●

 今からお花見へ向かう私はリュックを背負い、朋恵先輩と共に田園風景を歩いていた。優香先輩の唐突な提案で決まって朝からバタバタだけど、晴れた春の空気を吸って落ち着いてきた。


「すみません朋恵先輩。支度で遅くなっちゃって……」

「フフフ、大丈夫だよ。雛乃ちゃん今日もそのヘアピンかわいいよ」

「いや~それほどでも~!」


 オキニの前髪ピンを褒められて嬉しさマックスだ。因みにこのピンは桜の花びらの形になっていて、シーズン的にピッタリなの。キラキラのラメをホンの少しだけ足せば、それはそれはもぉ~ゴージャス! レボリュ~ション!!


「完全に浮かれてるっぺね」

「――っ! い、イイじゃん別に……」


 肩に現れたペン太に小声で交戦。てか着いてきてたんかい。

 でも、朋恵先輩には今でも姿が見えていないらしく、話されること以外なら迷惑なし。


「わかってるっぺ。オイラはただ雛乃のそばにいるだけだっぺよ」

「ホントに静かにしててね?」


「雛乃、ちゃん……?」

「オオォォ~! 何なりか朋恵先輩! すみません、ちょっとボーッとしてたモンで!」

「そ、そう……」


 誤魔化すという行為も案外疲れる。リアクション芸人の気持ちが痛いほどわかるもんだ。


 ここまで来ると、逆に見えるようになってほしいんだけどね。朋恵先輩やゆぅ先輩たちにも……。


「……あのね、雛乃ちゃん」

「は、はい……?」


 すると俯き姿の朋恵先輩がトーンも落としていた。ちょっと暗めで切り出した感じから悩ましさが窺える。



「お花見が終わったら、うちに帰ろうと思ってるの……」



「朋恵先輩……」


 昨晩家出したが故に泊まり込んだ朋恵先輩。学校でも父子家庭の家でも不信感を覚えてしまったためだ。

 ただ、その行為は優秀な彼女に似合わない気がしていた。ヤンキーなゆぅ先輩は別として。


「昨日の夜ね、パパから連絡があったの……一人の娘なのに、信じることもできなくてすまないって……あんなこと言われたの初めてだった」


「そうだったんですか……すみません。そのとき私爆睡中だったと思います」

「仕方ないよ、深夜の二時頃に連絡してきたんだもん。それに長話されちゃって、困っちゃった」


 えっ? 朋恵先輩昨日寝ました?

 今朝だって私が起きたときには支度も完璧だったし。

 六時間以下の睡眠は、私の中では仮眠という範囲なのですが……いや、これが優秀とポンコツの差なのか。


「ゆぅちゃんのことも認めてくれたの。ステキな心友トモダチだと気づけなくてゴメンねって。昨日はもう関わるなとか言ってたのにさ……」


「良かった~。もう朋恵先輩とゆぅ先輩のコンビが見れないかと思ってヒヤヒヤしましたよ~。いや~ホントに良かったです!」


 揉め事があったとはいえ、やっぱり家族のことは大切にしてほしい。ぶつかれば、きっとお互いの気持ちがわかるものだし。失ってからじゃ遅いことは、お父さんを亡くしたから知ってるつもりだし。


「ありがと、雛乃ちゃん」

「いえいえ……お父さんとは、何か一晩であったんですか?」

「フフ。これはあたしの予想だけど……」


 ふと立ち止まった朋恵先輩は、晴々とした春の空を見上げる。雲と桜の花びらが載せられた青のスケッチに。



「――ゆぅちゃんが言ってくれたんだと思うの。“それでもテメェは朋恵の親かよ!?”って、怒鳴り声が聞こえたからさ」



「ゆぅ先輩……っ! だから昨日、やたら私たちの前からいなかったんだ」


 お風呂も遅かったし、寝るのも遅かった。早かったのはいっしょに食べたご飯の時間ぐらいで、ほとんど朋恵先輩と過ごしたのを覚えてる。


「色んな意味でスゴい人だな~ゆぅ先輩って」

「フフ、雛乃ちゃんの言う通りだよ……」


 すると朋恵先輩は数々の思い出と共に語る。



「――とにかく乱暴で言葉は汚くて、近づいてくる人なんてまずいない……でも、曲がった事が大嫌いで、隠しきれないほどの優しさを持ってる……それが、ゆぅちゃんなの」



 ゆぅ先輩と誰よりもいっしょにいるのは、間違いなく朋恵先輩だ。もちろん今だけの話じゃない。確か二人が会ったのは小学二年生のときと聞いてる。ゆぅ先輩が朋恵先輩を助けたらしいけど、詳細は二人だけの宝物。


「あー見えてもね、ゆぅちゃんは自分よりも他人思いなんだよ」

「そ、そーなんです、かね……?」

「フフ。雛乃ちゃんもいつかわかるよ」


 半信半疑のまま返事をしちゃったけど、朋恵先輩の表情は暖かい。二人はホントに仲がいいんだなぁ~って、つい上の空。


 いつか私もなれるかな……?


 朋恵先輩とゆぅ先輩みたいな関係……。



 佳奈子ちゃんと、心友トモダチになれるかな……?



「……っ! もうみんな来てるね」

「あ、ホントだ! お~い!! お待ちどおさまで~す!!」


 まだ離れた千年桜の木の下では、ゆぅ先輩だけじゃなく美雪先輩と果林ちゃんもシートを拡げていた。天気も桜も雰囲気も、全て満開だ。


「キャハ! 雛乃お姉ちゃんと朋恵お姉ちゃんだぁ!!」

「やっほ~果林ちゃん! 今日は来てくれてありがとね。それに美雪先輩も!」


「まったく、急にお花見だなんて……ゆぅ? もっと前もって言ってほしいわ」

「固いこと言わない言わな~い! 美雪ねぇの酒もちゃんと買ってきたんだから~」


 ピンポンパン~ポン。

 ※酒=コーラやサイダーを指します。

 うちのゆぅ先輩の失言、たいへん失礼致しました。

 m(__)mペコッ。


 イイカゲンで乱雑だけど、あの明るい感じはいつものゆぅ先輩だ。きっと朋恵先輩のことも安心できたからじゃないかな。私も心から楽しめそうだし。


「よ~しっ! では早速、お花見始めましょ~!!」


 午前九時というかなり早い時間。それでも私たちは、有限たる一日を楽しむことにした。


「いっただっきま~す!!」

「お絞りでちゃんと拭いてからよ。はい果林も」


 水蓮寺家特製のお弁当を早速食べてみた。美雪先輩の作る唐揚げはまんじ級に美味しくて、お店を開いてほしいレベル。みゆき屋~。


「ゆぅお姉ちゃん行っくよ~!! テイッ!!」

「ナイスボール! 果林また肩強くなったな!」


「エヘヘ! 実はこの前、体育の先生にもハンドボールで褒められたんだ!」

「さすが果林! どっかの真面目スケバンとか大違いだ」


「すけ、ばん……?」

「ゆぅ!! アンタはお弁当一口も食べちゃダメだから」

「そりゃないぜ姉さ~ん!!」


 犬猿の仲かわからないけど、果林ちゃんとゆぅ先輩はキャッチボール。お花見にもグローブとボールを持ってきてたとは……ま、楽しそうだからいっか。


「ヒ・ナ・ノ・さ・ん・は・フ・ラ・れ・た!」

「「「「……」」」」


「ヒ・ナ・ノ・さ・ん・は・フ・ラ・れ・た!」

「「「「……」」」」


「あのー、この掛け声割りと傷つくんですけどー……」

「「「「……」」」」


「はぁ……受け答えもしてくれないんかい……」


 通称“ダルマさんが転んだ”をアレンジした“○○さんはフラれた”をみんなでやった。途中でけた私は御覧の通りダルマ役になったんだけど、なぜこんな不具合な機能にされてしまったことか……なんだかんだで朋恵先輩も笑ってるし。


 まーこんな感じだけど、私たちはプレミアム・サタデーを満喫した。色んな物食べて、色んな事して、色んなトークもした。

 こんなときの時間っていうヤツは早く過ぎるもんで、学校の授業とは大違いだ。でもその理由は、私自身が心から楽しんでいる証拠。夢中になってるからなんだ。


 こんな時間が、


「……よしっ描けた!」

「ふわぁ~みんなの絵だぁ! 朋恵先輩超高校級に上手~い!!」

「フフ、ありがと。でも……」


 こんな時間が、


「でも……?」

「無意識に描いてたら、ちょっとバランス悪くなっちゃったみたい。真ん中の雛乃ちゃん、片側にスペース空いちゃって」


 こんな時間が、


「でもでも、そんな目立ってないですよ。先輩たちに囲まれてるんで、プラマイゼロ、むしろプラです!」



 いつまでも続いてくれますように。



 ○Luna plena――妖魔●



 夕闇に染まりゆく午後六時。

 結局お昼過ぎまでお花見した私たちは、既に帰宅していた。


「雛乃ちゃん……今回はホントに、御迷惑をお掛けしました」

「そんなそんな、朋恵先輩そんなこと言わないでくださいよ」

「そーだよ朋恵。雛乃なんかにワザワザ言う必要ねーよ。謝罪の無駄遣いだって」


 アンタこそ言えや。

 口が裂けても言えない呪文を心で唱えながら、朋恵先輩を見送ることにした。ゆぅ先輩もいっしょに行くみたいで、二人揃って玄関に出る。


「じゃあね雛乃ちゃん。帰ったら連絡するね」

「了解です。帰り道気を付けてくださいね」

「……んじゃ、行こっか朋恵」

「うん……」


 朋恵先輩の不安そうな背中が最後だった。でも、お父さんとはきっと仲直りできるよ。そばにはゆぅ先輩もいるんだし、何も怖がることはない。


 きっと、大丈夫だよ。


 お母さんはまだパートから帰ってないから、私は一人部屋に戻った。正確には一人と一匹だけどね。


「行っちゃったね……やっぱ静かになっちゃうよ」

「……」

「ペン太?」


 返答がなかったペン太へ振り向くと、ちっちゃな尻尾がまず見えた。何故だか窓越しの空を見上げてるけど。


「どうしたの? お花見で疲れた?」

「満月だっぺ……」


「あ、ホントだ! 真ん丸で綺麗だねぇ~」

「……」


 なんかテンションが低い気がする。お花見ではしゃいでた訳でもないペン太は、一切振り向かず停止していた。


「どうかしたの?」

「嫌な予感がするんだっぺ……」

「なによ急に? なんでそんなこと……」


 ペン太の隣に立ち、もうじき夜の空を眺める。雲一つ見当たらないから雨この心配はない、まして風もほとんど吹いていない。ただ白い満月が世界を照らしているだけだ。


 ん……満月?


 不審に思い焦点を当て、“満月”と“嫌な予感”の関連を考えた。

 もちろん私が漆黒野獣に襲われたときを思い出ながら。


「……でも、あのときは赤い満月だった。今日は白だよ?」

「オイラ、サバトで聞いたことがあるんだっぺ……雛乃を襲った化け物も、もしかしたらのことかもしれない……」


 まるで怪談を語られている気分だ。私は固唾を飲み込んで待っていると、ペン太の真剣な瞳と重なった。



「――白き満月の刻、すなわち妖魔の誕生を意味す。赤い満月なんて、見たことも聞いたこともないっぺ」



「よ、妖魔……なによ、それ……?」

 その単語は長さ以上に禍々まがまがしい音色で、自ずと恐怖に染められた。


「妖魔は、無差別に生命を喰らう……いわゆる化け物だっぺ。仮に雛乃を襲った化け物が妖魔だとしたら……」

「――っ! 行かなきゃ!!」


 朋恵先輩とゆぅ先輩が危ない。


 あのときの私のような災難と巡ることになったら、二人の命が。

 寄りにも寄って、なんでこのタイミングなのよ?


「ちょっと待つっぺ! 今の雛乃が行ったところで、何もできないっぺよ!」

「ハァハァ……」

「雛乃!!」


 運動靴に履き替えた私は急いで飛び出し、ペン太を肩に乗せたまま出発。朋恵先輩の自宅に向かう小道をひたすら駆け、説得なんか一切耳に入ってこなかった。


 確かにペン太の言う通りだ。

 魔女とは名ばかりで、魔力なんか欠片すら引き出せてないままだ。


 でも、だからって朋恵先輩とゆぅ先輩を無視したくない。

 お願い、間に合って!


「ハァハァ……っ! 朋恵先輩! ゆぅ先輩!」


 相変わらず人気が感じられない田園地帯。離れた場所ではあったけど、二人の後ろ姿が映った。幸いにもまだ遭遇していないようで、息を切らしたまま手に膝状態で辿り着く。


「雛乃ちゃん……?」

「なんだよ雛乃?」

「ハァハァ……良かった、無事で」


 二人にそう言い、顔を挙げたときだった。



「――ッ!! 危ない!!」



 巨大な獣の影が……でも、遅かった。



「ゴオォォォォァァァァア゛!!」

――ズグォォォォン!!



 空から降ってくるように現れた化け物が地割れを起こし、一瞬にして目の前が砂ぼこりで覆われた。


「間違いない、妖魔だっぺ!」


 私は何事も無かったけど、二人の安否は……。


「ゆぅ先輩!! 朋恵先輩!!」

「ゴオォォォォァァァァア゛!!」


 晴れた景色は最悪だった。

 ゆぅ先輩はうつぶせで地に倒れたままで、肩を揺すっても反応がない。額からは赤き一閃も流れていてる。


 でも、朋恵先輩の方はもっと酷い。

 意識は辛うじてあるものの、今回は栗毛色の妖魔の手で握られていた。あの晩私を襲った漆黒野獣とほぼ同等の体格で、大きく上がった両耳と、鋭利の尖爪と前歯が鳥肌を誘う。


「うぅ……雛乃、ちゃん……ゆぅちゃんまで……」

「ゴオォォォォァァァァア゛!!」


「あたし、なんで宙に浮いてるの……? 何が、どうなって……」

「ゴオォォォォァァァァア゛!!」


「朋恵先輩……もしかして」


 見えてないんだ。

 妖魔の姿が。


 災厄の春夜が、満月と共に再来してしまった。

―――――――――――――――――――

○ひなメモ●


○仲間想いこそ強いが、裏表激しいスポーツヤンキー娘●


ほむら優香ゆうか


中学三年生女子


所属  笹浦市立新傘中学校3年1組


年齢 14歳


誕生日 3月25日


身長 160cm


体型 痩せ型っぽいガッチリ系(´;ω;`)ケンカなんか勝てる気しない……


髪型 スポーティーショート


趣味 野球、お笑い番組を観ること、朋恵先輩といっしょにいること

   

一人称 ウチ



運動が大好きで、男気も灯すアクティブ女子。

勉強は大の苦手だけど、男子に混じって軟式野球部で活動し、打者としても投手としても活躍している。

基本オチャラ気味だが、キレると人格を換えたように危険なヤンキー娘。しかし、他人想いの優しさを確かに宿し、以前に朋恵先輩をイジメから救ったこともある。

カッコいいの、かな……?(^o^;)

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