Ⅲ○Custos――生還●

「ゴオォォォォァァァァア゛!!」


 突如出現した漆黒野獣に追われていた私――黒崎雛乃。もう少しで御陀仏になりそうだったけど、紅月の下で奇跡が起こった。


 あの人が、私を助けてくれたんだ。


 尻餅から解かれない私は、頭上の救世主ばかりを見上げていた。顔こそ確認できないシルエット姿からは、まるで美少女戦士のように感じ取れる。純白のリボンやスカートを靡かせ、依然ちゅうを舞いながら弓を引く。


Flècheフレッシュruinerルイナー

「ゴオォォォォァァァァア゛!!」


 見事的中した白羽の矢で、漆黒野獣の前足が再び切断。ついに歩行困難らしく、巨大顎から伏せ崩れたけど。


「ゴオォォォォァァァァア゛!!」


 大きく開けた巨口きょこうに、黒紫の粒子が集まり球を描く。ベタだけど、光線を放つ前触れだ。その巨大さから考えると、破壊力は凄まじいかもしれない。

 おぞましき眼光はやはり彼女へ向かい、引き金音も鳴らさないまま放たれる。



「――っ! かわした……」



 身の丈程の直径を推測させた光線だったけど、彼女は華麗にも半身で避け切った。すぐに漆黒野獣から連射劇が開始するも、光線そのものを操るかのように躱していく。


Flècheフレッシュruinerルイナー

「ゴオォォォォァァァァア゛!!」


 度重なる光線を避けた刹那、再び放たれた光矢が漆黒野獣の下顎を貫いた。巨口を開けても黒紫の粒子が集まらない辺り、発射が不可能になったみたいだ。



 すごい……あの人、完全に圧倒してる。



 名も知れぬ彼女はいよいよブーツを地に着け、私の目前に後ろ姿で君臨した。

 華奢な全身からは想像もできない強さだ。弓矢で遠距離攻撃とは言えども、一度も光線に当たらない無傷の状態。息が上がった様子も受け取れず、リボンすら上下させない余裕の冷静さがわかる。よく見たら、私より脚が細いことも印象的だった。


「……見えてるんだよね?」

「え……?」


 最初のクールな一言には、あまりに多い疑問で詰まってしまった。素顔すら向けないままの一声だけで、たくさんの質問をしたいと思ったからだ。


「だったら早く……ここから逃げて……」

「で、でも……」


 相手は既に瀕死と等しい。逃げる必要性を感じ取れなかったけど。


「早く!」

「は、はい!!」


 怒鳴られたがままに立ち上がり、私は瞬時に逃げ駆けた。訳がわからないまま、道筋も考えられないまま。続く夜道をひたすらに進んだ。



「ゴオォォォォァァァァア゛!!」



 ふと背後を振り返ると、漆黒野獣はまだ生きてるみたい。前足二本が失ったにも関わらず、ふらつきながらも二足歩行に転換していた。最後の足掻きかもしれぬが、生命を脅かす獰猛の鬼火は今だせていなかった。


 あの人……いや、あの子はどうするつもりなの……?


 逆方向に走りつつ、思わず彼女の安否を心配した。無力な自分自身では何もできないとわかっていながら、唇を噛んでしまった。



――お願い……絶対に、生きててね。



 そう心で願うしかなかった。彼女の力量を期待し、不安も紛れてたけど嘆願した。



「残念だけど、君はもう終わりなんだ……」

「ゴオォォォォァァァァア゛!!」



 それが最後に聞き取れた、拮抗の会話だ。もちろん私は美少女戦士の指示通り、この場から逃げ去った。

 再会できると信じて。



 ○Custos――生還●



「ハァハァ……ここまで来れば、ハァ……」

 どれだけ長く走ったかは覚えていないが、私は安全を確信した。少ないといえ、人気や自動車も視界に入ってくる。スクールバッグと共にドスンと座り込み、桜の木の下で休むことにした。


「ちょっと寄りかからせてね、千年桜」


 この桜木は町内でも有名な、大きなヤマザクラ。ずっと昔からあるらしく、私たちの間では千年桜と呼んでいる。桃色のカーテンから垣間見えた満月が白く彩り、気づけば奇妙だった紅空べにぞらは跡形も無い。



 夢じゃ、ないんだよね……これ。



 息を整える最中、桜の木の下で自問自答した。信じがたい現実が立て続けに起きたからだ。私の頭で追い付かないスピードで。


 まず一つは、あの化け物は何だったんだろう……?


 突如出現した漆黒野獣。UMAと告げられても納得がいかないほど夢幻的存在で、恐怖の象徴他ならない。


 結局わかったことは、人間を無慈悲に襲うことだけだ。言葉も通じず、意思いし疎通そつうはかれずだった。危険な存在として考えることが全うらしい。



 何よりも、そんな化け物と戦ったあの子……。



 他にも多くの疑問がある。でも、その全てに含まれる要素が顕在で、それは言うまでもなく、私を救ってくれたあの美少女戦士だ。こちらも現実離れした光の矢を駆使し、圧倒さえしていたけど。



 あの子は……。



 直接名前は聞けなかった。

 素顔を見ることもできなかった。

 いや、素顔を見させてくれなかったが正しい。


 だけど、あの澄んだ声と口調。

 そして、夢でも見たあの後ろ姿。


 間違いない。



――佳奈子ちゃんだ……。



 どうして佳奈子ちゃんは、あんな力を持ってるんだろ?


 どうして佳奈子ちゃんは、あんな化け物と戦ってるんだろ?


 どうして佳奈子ちゃんは、命を掛けて救ってくれたんだろ?


 どうして佳奈子ちゃんは、顔を見せてくれなかったんだろ?


 どうして佳奈子ちゃんは、私に名前を言わなかったんだろ?



 そして、



“「……見えてるんだよね?」”



 どうして佳奈子ちゃんは、私にあんなことを言ったんだろ?



 佳奈子ちゃんという存在を枕詞に、謎が謎を呼び込む。もちろん考えてわかる疑問ではなく、頭を悩ますばかりの迷宮入りだ。


 確かに言えるのは、今宵こよい私の前でとんでもない現実が起きたということだ。突如異世界にでも飛び込んでしまったかのように、今も心の拠り所に困っていた。



 ホントに、夢じゃないんだよね……これ。


 依然人気が少ない田舎町に立つ、千年桜の木の下。

 息は整ってきたが、私はもうしばらくここで過ごすことにした。

 なぜか自然と訪れることができたここで。

 おのずと佳奈子ちゃんの素顔を思い浮かべて。

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