Ⅱ○Monstrum――奇襲●

 私は黒崎くろさき雛乃ひなの獅子しし座のO型で、趣味は色んな人とトークすること。


「か~なっこちゃ~ん!」

「フフフ。いきなり後ろからハグなんてビックリするじゃん」


「エヘヘ! これぞ私の必殺技、バックハグなのだ~コチョコチョ~」

「ちょっと、フフ、やめてよ雛乃ちゃん」


 穏やかな桜の陽射し射し込んだ、新クラスの二年一組。午前中には始業式とロングホームルームを過ごし、待ちに待ってた給食も終えて、現在はお昼休み真っ最中。


「ねぇねぇ佳奈子ちゃん! いっしょに校内旅行しよーよ! キャビンアテンダント役の私が紹介してあげる!」

「フフフ。じゃあお願いしちゃおっかな」


「よしきた! それでは出発しんこー!」

「……てかさ、キャビンアテンダントじゃなくてツアーガイドだよね?」


「ちっちゃいことは気にしないの! それワカチコワカチコ~!」

「フフ! 何かわからないけどおもしろい」


 転入生としてやってきた同級生――白石しらいし佳奈子かなこちゃんを引き連れ、私たちは学校中を歩き回った。昔ながらの造りで伝統香る音楽室、注射は最悪だけどベッドは最高な保健室、近未来的で入室者も窺えるコンピューター室、世にも奇妙な科学室、女子力のパワースポットたる調理室等々、私の説明付きで歩いた。


「じゃあ~次はー……」

「あの、雛乃ちゃん? あと少しで授業始まっちゃうよ?」


「えっ!? そんなバカな!! だって私の腕時計ではまだ十分前なのに~」

「……時計、着けてないよね?」


「へへ! バレましたか~。実はアクセサリー風ヘアゴムでした~」

「……」


――キーンコーンカーンコーン♪


 絶望の鐘声レクイエムが鳴った途端、私は佳奈子ちゃんの手を引っ張って走った。マズイマズイと生サイレンを撒き散らしながら、二年一組へ全力疾走。


「ひ、雛乃ちゃん? 廊下走っちゃ危ないよ。それに次の授業は……」

「何をおっしゃる佳奈子姫! 乙女には、絶対に負けてはいけない戦いがあるのですぞ!」

「戦いなの、これ? てか、もうチャイム鳴り終わってるし……フフ」


 なぜか佳奈子ちゃんは楽しげだったけど、私は必死に教室を目指す。いよいよ視界に現れると、どうやらまだ先生は来ていないことがわかる。


「ヨ~ッシャー!! 間に合った~!! ……あへ?」


 上履きスライディングで入室完了。だが、目の前に広がっていたのは、誰一人も見当たらない光景だったのだ。


「……っ! なるほど~! きっとみんなも校内旅行中なんだね~! ダメだな~私を見習わなきゃ~参ったな~!!」


「移動教室、みたいだよ?」

「……ア゛ッ」


 私は後悔していた。心の底から後悔していた。

 なぜあのとき、コンピューター室にいた人たちが一組の生徒だと気付けなかったか。

 なぜあのとき、佳奈子ちゃんの話をちゃんと聴かなかったのか。


「フフ。いっしょに怒られよ?」

「ふぁ~い……シクシク」


 苦笑いに見守られながら、肩を落として遅刻した。



 ○Monstrum――奇襲●



「はぁ~……学校始まって早々居残りとか、テラえ~」


 橙の道がえた、午後六時の下校道中。中学二年の長い初日を終え、私は一人トボトボと歩いていた。夕陽が健気に後押ししてくれるも、補習授業で浪費した体力が回復しない。理由は言うまでもなく、宿題を忘れたからだ。


「つ~かさ、なんで春休みに宿題あるわけ? ただでさえ短い休みだっていうのに……」


 ちなみに、毎年夏休みの宿題も忘れている。


「はぁ~……今日も一人、か……」


 次から次へと独り言が流すと、ふと立ち止まって周囲を見回した。田舎町でもあるため、目に飛び込むのは草木や小山ばかり。街灯も僅かで人気など一切見当たらず、孤独風だけが後ろ髪をでる。


 誰かといっしょに帰りたかったな……。


 私の記憶上、下校はいつも一人だ。

 ゆぅ先輩と朋恵先輩は部活動だし、美雪先輩と果林ちゃんに関しては学校も学年も違う。


 別に友だちがいない訳じゃない。校内では男女問わずトークするし、どちらかと言えば多い方だと自負してる。

 ただ、帰る道がみんな反対方向なだけ。

 変な偶然だけど、なぜかみんな……。


 そういえば、佳奈子ちゃんってどこに住んでるんだろ?


 藍色にじみ出てきた空を見上げて思った。今日一日中いっしょに過ごしたけど、思い返せば住所を聞いてない。

 結構遠いところから来てるのか?

 ベラボーに近いところから来てるのか?


 それとも、近所だったりするのかな……?


 私のバカたれ! 穴だれけの蓮根頭!

 補習なんか受けなければ、佳奈子ちゃんといっしょに帰るつもりだったのに。



 それにしても、こんな出逢いもあるんだなぁ……。



 確かに佳奈子ちゃんは、夢で見た女子そのものだ。一目でわかったし、目が合ったときはビビッて心が反応した。天の神様から運命だと暗示されたように、今も彼女のことで頭がいっぱいになってる。



 もしも運命だとしたら、ずっと仲良しな友だちになりたいな。



 ゆぅ先輩と朋恵先輩のような、心の芯まで打ち解け合った仲。

 美雪先輩と果林ちゃんのような、誰にも離されない愛の形。

 そんな関係を、私も持ちたい。



――いつか佳奈子ちゃんには、家族同然な心の友――心友トモダチと呼びたいな。



 明日もまた、色々聞いてみよう。


 スクールバッグを強く握り締め、徐々に濃くなる星たちを見つめながら願った。佳奈子ちゃんとのトークが盛り上がりますようにって。近かろうが遠かろうが、将来心友トモダチになれますようにって。



「今日は満月か……ん?」


 その時、不意に違和感を覚えた。何とも説明し難い、妙な寒気だ。暗くなってきた周囲を確認してみるけど、相変わらず無人緑地帯だ。虫の音すらも触れてこない。



――ゴオォォォォァァァァア゛!!



「――ッ!! なに今の!?」

 遠吠えとはかけ離れた、絶望の奇声が脳を刺激した。空間をゆがめかねない重低音が辺りを震動させ、静夜を赤く染め上げる。


 ふもとの方から、なにか来る……。


 弱風にも関わらず極端に揺れる木々。バキバキと悲鳴を挙げながら誕生する獣道。

 その正体を目にした途端、私の瞳はついに光を失った。



――ば、化け物!!



 あまりの恐怖に襲われ、喉も鳴らせなかった。確かに現れたのは、手足は短いが象程の体格となる漆黒野獣。四足歩行型には巨大顎すら顕在で、何よりも深紅の目が身を凍死へ追い込んだ。


「ゴオォォォォァァァァア゛!!」

「――ッ!!」


 逃げなきゃ。


 でなきゃ、死ぬ。


 明らかな殺気を感じた私は、即座にその場から駆け出した。

 こんなところで死にたくないと懇願しながら、両脚を少しでも速くかき回しす。



「ゴオォォォォァァァァア゛!!」



 一方の漆黒野獣も凄まじい走力で、私目掛けて動き出す。外れてほしかった予想が当たってしまった。あれほどあった距離まで狭まっていく。


 速く、速く走れ私。まだ死にたくないんだから。

 速く、速く動け私の両脚。ただでさえ太めなんだから。


「ハァハァ……んなッ!!」


 きなれない学校指定革靴の影響で、私はつまずき転倒。もう一度立ち上がろうとしたけど、そのときにはもう遅かった。



「ゴオォォォォァァァァア゛!!」



 紅の月明かりをバックにした漆黒野獣は、もう目の前まで辿り着いていた。あとほんの数秒で、ヤツの餌食なるのだろう。あの巨大顎から垣間見える邪牙じゃがに、全身砕かれながら生き絶えるのだろう。

 絶望ばかりが一方的に私を染めていく。



 やだ……こんなの、嫌だ。



「ゴオォォォォァァァァア゛!!」




 死にたくない……死にたくない!





「ゴオォォォォァァァァア゛!!」





 誰か……誰か助けて!!





「ゴオォォォォァァァァア゛!!」







 誰かッ!!








――ズバッ!!

「ゴオォォォォァァァァア゛!!」






「――ッ!!」

 刹那せつな、漆黒野獣気高き像が砕け倒れた。

 いや、正確に言えば、前足一本が何かによって切られたんだ。切断された足については、すぐに光の粒へ変わり消えていく。


「ゴオォォォォァァァァア゛!!」

「ど……どうなって……」

――バサッ!


 紅月そのものをまとうかのように、私の上空に一人が舞っていた。

 角度のせいでシルエットでしか目視できないが、なびく長髪を結んだ小リボン、後ろ腰の羽二重はぶたえやロングスカートにブーツ、また手元には上半身程の弓、そして胸元の大きなリボン。

 可憐に羽ばたく、聖夜の白鳥のごとく映った。



 あの人、まさか……。



 以前空中を泳ぐ彼女の進行方向は、私の前方――紛れもなく漆黒野獣一直線。絢爛な見た目とは裏腹に、手元には小さな弓も確認でき、勇猛果敢にも立ち向かう英姿だった。



――間違いない、あの人が私を助けてくれたんだ。



 始業式を終えた、不安定で変わりやすい春景色。一人だった私の前では、石に花咲く出来事が舞い起こった。




 彼女が誰なのか、


 自分は何者なのかも、


 まだ何もわからないまま。



――――――――――――――――――

○ひなメモ●


○転校生として現れた、静かなる謎多き美少女●


白石しらいし佳奈子かなこ


中学二年生女子


所属  笹浦市立新傘中学校2年1組


年齢 13歳


誕生日 7月11日


身長 153cm


体型 スラッとやせ形←いいなぁ~(o>ω<o)!


髪型 ロングポニーテール


趣味 花言葉を調べること


一人称 わたし



今年転校生として訪れた、賢く大人しい雛乃顔負けの長女。

小さなしぐさから姿勢まで丁寧で、前学校では成績も優秀だった。

転校初日は明るげだったが、日に日に表情が暗くなっていく様子もあり、何かを一人抱える謎多き少女でもある。

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