Caput Ⅰ○Candida et Atra――白と黒の章●

Ⅰ○Congressus novus――邂逅●

「……ここは、どこ?」


 真っ白以外、何も見当たらない。

 音も鳴らなければ、温度も感じられない。

 そんな無の世界が、突然私の前に拡がっていた。


「……っ! あ、あの!」


 声を張り上げた先に、女の子の後ろ姿がうっすら見えた。ドレスのようなホワイトワンピースで、肩甲骨まで垂れるロングポニー。

 たぶん、私と同い歳の子だ。


「ねぇ! ねぇってば!」

「……」


 全力で走っても、なかなか追い付けなかった。私の声が届いてないからか、振り向いてもくれない。


「ハァハァ……待って……ハァハァ」

「あのさ、雛乃ひなのちゃん……」

「え……?」


 その瞬間、その子はかすかにも私の名前を囁いた。同時に横顔を見せてくれたけど。


「どうして、私のことを?」

「そっか……わたしのこと、覚えてないんだね」

「あ、その……ゴメンなさい……」


 私の小さな脳には、彼女の顔も見当たらなかった。悲しげな微笑みが返され、気まずいあまりうつむいてしまう。


「イイんだ。雛乃ちゃんは、何も気にすることはないよ」

「で、でも……」


「むしろ良かったんだ、これで……」

「ど、どうしてそんなこと?」


 眉を潜めたまま顔を上げると、その子はまた狭い背中だけを放った。儚く窺える俯き姿のまま、たった一人立ち竦む。



「――わたしと雛乃ちゃんは、いっしょにいちゃいけないから……」



「え……っ! ちょっと待って!!」

 刹那せつな、互いの距離が遠退き始める。二つのブラックホールに挟まれたかのように、急速に見えなくなっていく。


「待って!! 待ってってばぁぁ!!」

「良かった……まだ思い出していないみたいで」


 声だけは距離不相応に聞こえた。けど、視界は白から黒に変わり、ついに終わりが訪れたよう染まっていく。

 最後の悪あがきかもしれない。諦めの悪い私はもう一度だけ叫んだ。

 色々聴きたいことがあったから。

 せめて名前だけでも教えてほしかったから。




――このままではいけない気がしたから。




「待ってぇぇぇぇ!! ……あ、あれ?」

 まばたきを繰り返した瞳には、朝陽に照らされたクローゼット扉が映った。はかどったためしがない勉強机や、昨晩ポテチを食べ散らかした丸テーブルにカーペット。そして、ベットから起き上がったパジャマ姿の私。

 間違いなく、ここは私の部屋だ。


「……夢、っ!」


 頬を伝った雫が手の甲に落ちた。もちろん無音で弾け、儚い一粒に過ぎない。


「なんで私、泣いてるの?」

――「雛乃~? 早く起きないと遅刻するわよ~?」

「お母さん……ア゛ッ!!」


 扉越しからの報告、また目覚まし時計に厳しい現実を突き付けられた私は、大好きなベットから飛び降りた。



 ○Congressus novus――邂逅●



「行ってきま~す!!」

「いってらっしゃ~い! 気を付けるのよ~」


 筑海山のふもとに拡がる旧新傘にいがさ村、現笹浦ささうら市。

 穏やかな春の陽射しに包まれる私――黒崎くろさき雛乃ひなのは、制服スカートをなびかせながら進んだ。

 学校指定リボンの結び目良し。

 お箸とスプーン良し。

 前髪整えるヘアピン良し。

 出発確認を走りながら行い、正に本末転倒だ。でも、いつも以上に心の弾みに身を任せて疾走した。


 実を言うと、今日から新学期。

 中学二年生になる私はまず、待ち合わせ場所を目指した。


「ハァハァ……みんなぁ~! おはよぉ~!!」


 すでに四人が集まってたけど、なんとか間に合ったみたい。ちなみにみんなとは同じ地区で、私が小学生当時からの友だちだ。


「おはよ~雛乃ちゃん」

「へへっ! 今日も慌ただしいやつ」


 まず声をくれたのは、ふたりの中学三年生――金森かなもり朋恵ともえ先輩とほむら優香ゆうか先輩。どちらも私と同じ幼稚園と小学校を進み、現在でも揃って中学校に通ってる。


「ハァハァ……間~に合った~」

「さすがは内野安打の名人!」

「ゆ、ゆぅちゃんヒドいこと言わないでよ……雛乃ちゃんがかわいそうでしょ?」


 おちゃらけ気味のゆぅ先輩こと優香先輩は、男子に混じって野球部に所属するアクティブ娘。普段から気さくで話しやすいショートカットだけど、キレるとマジで恐いクールヤンキー娘でもある。


 一方でフォローしてくれた朋恵先輩は、美術部で活動する平和系女子。笑顔も光らせるロングカールだけど、色んなことに自信が持てないシャイ性も秘めてる。“弱気と内気の二刀流少女”だって、ゆぅ先輩がよく冷やかしてる。


「おはよ~雛乃お姉ちゃん!!」

「まったく……教育に悪い子ね」


 次に反応してくれたのは、ふたりの仲良し姉妹――小学四年生の水蓮寺すいれんじ果林かりんちゃんと高校二年生の水蓮寺すいれんじ美雪みゆき先輩。彼女たちも昔からの付き合いで、学校が違くてもこの通りいっしょに登校する仲だ。


「いや~朝には弱いモンでして~……」

「そうだよママ。雛乃お姉ちゃんが遅刻なんて、いつものことじゃない?」

「ママじゃなくてお姉ちゃんでしょ果林? 勘違いされるからやめなさい」


 まだまだランドセルが大きく見える果林ちゃんは、元気活発な明快ショートボブ幼女。今のように変な発言もある子だけど、私はこの子を天使だと思ってる。だって、かわいいんだもん。


 また眼鏡を構える美雪先輩は、冷静沈着なスレンダーお姉様。生徒会役員の一人でもある成績秀才者だけど、果林ちゃんに対してちょっと過保護な面があるロングストレートだ。


「ではでは! 行きましょ~!!」


 そんな個性豊かなみんなといっしょに登校を開始した。昨日観たドラマの話とか気になるスイーツの話とか、まずは取るに足りないことばかりを交えて歩む。女子トークのウォーミングアップを終えたところで、私なりの本題に臨んだ。


「ん~……新学期といえば新クラス……新しい友だちできるかなー?」

「雛乃ちゃんなら大丈夫だよ。誰にでも明るいし、いっしょにいて楽しいし」

「雛乃は良くも悪くも、イケアゲ女子だからな」

「ねぇママ? イケアゲ女子ってどーいう意味?」

「そんな下品な言葉知らないわ。それからママじゃなくてお姉ちゃん。てか、ゆぅ! うちの果林の前で変なこと言わないで!」

「はぁ!? なぜにウチが悪者なん!?」

「ゆぅちゃん落ち着いてって……」


 話題が日常茶飯時れる。

 でも、それが私たち。

 今みたいに激突することも多いけど、嫌な沈黙は滅多にない。

 賑やかな方が、私も好きだし。


「まぁまぁ先輩方! 遅刻しちゃったらたいへんだから、早く行きましょーよ!」

「「雛乃に言われたくないわ!!」」

「アワアワ……」


 踏んだり蹴ったりだけど、私は“友だちを作る”ことを目標にして、新学期を目指すことにした。



 ○Congressus novus――邂逅●



 笹浦市立新傘中学校。

 全校生徒数約百人と、年々少子化の影響が高まっている小さな一校。

 そんな難しいことを考えられない私は無事に到着し、ゆぅ先輩と朋恵先輩とも別れて一人だった。


 まずは、クラスのメンツ確認。


 生徒が集まる昇降口へ向かい、張り出された新クラス表を早速覗く。


 全部で三クラス。

 去年いっしょだった子とは、三分の一の確率で再会。

 新たな友だち及びイケメンとの遭遇率は……わからん。


 少しでも良い結果を願いながら、私の名前を探す。


「……っ! あった! 一組だ、けど……」


 半開きの細目になってしまった。

 仲良しだった同級生たちが、ものの見事に別クラスになってしまったからだ。それも私一人だけ取り残されて。

 神様のイジワル……今週の占いは良いはずなのにー。


――「一組、か……」

「そーなんですよー。個人的には二組が良かったんですけどねー……ん?」


 私宛の言葉ではなかったことに気付き、改めて隣の声主へ振り向く。私と同じくらいの背丈だけど、ピシッと着こなした制服が凶器的に光る細身。美白の横顔にもクールが保たれ、カワイイよりカッコイイ子だった。


 あれ、この子……。


 目を疑い、つい釘付けとなってしまった。立ち振舞いや落ち着いた声質、何よりも髪型。ただの似ている子だとも思ったけど、見れば見るほど霧が薄れていく気がした。


 うん、やっぱりそうだ。


 ついに去っていった彼女の後ろ姿を目の当たりにし、私は確信を持てた。善くも悪くも、彼女がどういった存在なのかを。



――夢で逢った子だ。



「……ちょ、ちょっと待って!!」

 思わず張り上げた私に、その子は立ち止まって不思議そうに目をくれた。

 一方、ダッシュで目前まで向かった私は、真剣にも彼女を見つめる。


「あ、あの!」

「は、はい……?」


 緊張が確かに震わせた。でも、それ以上に聴きたいことがあった。周りから見たら挙動不審だろうけど、胸を張って意志を貫く。



「私たち、どこかでお逢いしましたっけ?」



 ……なんじゃそれ!?

 数秒後、我ながらそう思った。だって良い言葉が思いつかなかったんだもん。あー、これで完全に不審者扱いされるよーこの子から。しかも美少女で真面目そうだから、バックにたくさんの仲間がいるはずだ。きっと今の事故、いや事件を言い触らすに違いない。やがて真実は学校中を廻り、そしてこの新傘村全土に伝わりタイーホ……。



「いや、はじめましてだと思うよ」



「ほえ……?」

 一方的な被害妄想から解いた彼女からは、初めて微笑みが窺えた。静かに頬を緩ました素顔はまるで、一人歩く夜道を照らしてくれる月のようだ。


「はじめまして。わたしは、白石しらいし佳奈子かなこ。父の転勤で、今年この町に引っ越して来たんだ。来て間もなくで、この辺りのこと何も知らないからさ……」


 逢ったことがない転入生――白石しらいし佳奈子かなこちゃんばかり夢中で見つめた。こっちだって色々わからないことだらけだけど、取り合えず今は目の前の出来事を飲み込むことにした。


 新しい友だちになれるように、と。


「どうか、よろしく」

「うんっ! こちらこそ!」


 きっと初対面だと、私自身に言い聞かせた。

 この出逢いは運命なんだろうと、私自身に捉えさせた。


 でも、この出逢いはもっと高次元的な領域だったみたい。少なくとも、このときの私には覚えていない鎖で繋がってたんだ。


 絆に化けた呪いが、二人の間に存在していた。



 それも、ずっと昔から。



――――――――――――――――――

○ひなメモ●


○突如魔女と打診された、おっちょこちょいなお転婆主人公●


黒崎くろさき雛乃ひなの


中学二年生女子


所属  笹浦市立新傘中学校2年1組


年齢 13歳


誕生日 8月7日


身長 151cm


体型 フツーでありたい……(-人-;)


髪型 クセ毛付きセミショート


趣味 トークすること、絵本を描くこと

   

一人称 私



本作の主人公。

幼いときから明るくおっちょこちょいで、宿題や物事も頻繁に忘れてしまうお転婆女子。

勉強もスポーツも得意でなく、何かと忙しい性格の持ち主だ。しかし、盛り上げ役を果たしたり真っ直ぐな心で接したり、皆から好かれる愛されキャラでもある。

↑困ったな~(^-^ゞテレテレ

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