第三十四話 生き切れ!

 キャップが俺たちに投げかけていった問題提起は、恐ろしく重かった。問いかけ自体はとてもシンプルなのに。


『君らはこれからどうする?』


 いや。キャップの問題提起がなくても、いずれ俺たちはその命題に向き合わなければならなかったんだろう。入植の慌ただしさにかこつけて放置してあっただけで、日常の形が固まればすぐにでも眼前に浮き上がってくる。それだけだ。


 突きつけられた難題。俺らは、それを一度個人のレベルまで下げて考えざるを得なかった。たった六人しかいないユニットの中でさえ、合議で考えることができない。悲しいかな、それが俺たちの実情だったんだ。


 あれから数日間。俺たちは探査業務を休んだ。俺は共用スペースに行かなかったし、きっとみんなもそうだったと思う。フリーゼとの会話も途絶え、自室セルに閉じこもって出そうもない答えを鬱々と探し続けた。そんな俺たちは……腰抜け連中と馬鹿にしていた母星の志願者と大差なかったんだ。


 全てのユニットの中で一番社会性ソシアリティが高いと言われた俺たちですらこの有様なら、入植者全員で進む方向を決めるなんてことは到底できそうにない。


 じゃあ、どうする? どうすればいい?


 いつまでも答えが出ない、絶望的な自問自答の繰り返し。気が狂いそうだった。そして……母星の連中が抱えている深刻な問題が、俺たちにとっても他人事ではないってことを嫌でも認めざるを得なかった。


 そうさ。母星の連中だけでなく、俺たちもこれから衰退していく。いや、衰退は俺たちの方が早いんだよ。遅老症の患者は極端に数が少ない。キャップに警告されたように、俺たちが主流派になることなんか未来永劫あり得ないのだから。

 母星の連中の行く末が緩慢な衰退だとしても、すぐに絶滅に至るわけじゃない。でも俺たちは、長寿命に逆比例した自壊がもとで急激に減りかねないんだ。キャップの懸念は、そこにあったんだろう。


 じゃあ、縮んでいく思考をどこで転換させればいい? どこかに、どこかにヒントが欲しい! 俺は、必死にこの前のキャップとの会話を思い返した。俺たちの未来指針を考える助けになるはずだと、キャップが帰り際に置いていった言葉。俺には、それしかヒントが思いつかなかった。


『俺がどうやって滅亡の恐怖から逃れたかを推理してくれ』


「ん?」


 ベッドから、がばっと体を起こす。


「待てよ。なんか……おかしいな」

「どうしたの?」


 俺と同じように鬱々と考え込んでいたフリーゼが、ゆっくり体を起こした。


「いや、キャップの最後のセリフさ」

「うん。どうやって滅亡の恐怖から逃れたか……ってとこでしょ?」

「ああ。俺たちに痕跡を残している祖先は、みんな絶滅してる。キャップがそう言ったよな」

「うん」

「じゃあ、今いる俺たちはヒトか?」

「あっ!」


 大きく目を見開いたフリーゼが、ぱちっと指を鳴らした。


「そういう見方もできるんだ!」

「そう。俺たちは一般人ノーマルとは違う。種としては同じヒトであっても、違う。それをヒトと同じ枠組みで考えること自体に無理がある」

「うんうん」

「でも、俺たちの意識は逆だ。どんなに異質な部分があっても、俺たちはヒト……そう考えてる。それは矛盾してないか?」

「わかるけど、それをどう未来につなげるわけ?」

「そこなんだ……。キャップのヒントが形になりそうな感触はあるんだけど、どうしても肝心な部分が出てこない。ここまで……ここまで出てきてるんだけどなチップオブマイタン


◇ ◇ ◇


 さすがに、いつまでも探査業務をさぼるわけにはいかないだろう。考え続けることにんだこともあって、俺たちのユニットは日常を再開した。懸案が何一つ片付いていないっていう焦燥感はそのままだったが、数日で結論が出せるような話でもなかったから。

 シリアスすぎる七人目の架空メンバーをいつも横目で見ながら、ぼそぼそと弾まない会話を交わす日々が何日か続いて。そのあと、キャップが再び訪ねて来た。


「よう、みんな。少しはアタマを使えたか?」


 いつものように穏やかな笑顔で、キャップがゲストルームにのしのしと入ってくる。


「ちっともわかんないですよー」


 タオの吐いた弱音は、俺ら全員に共通だった。


「はっはっは! まず、この前俺が出した最後の宿題。その答え合わせから行こうか。もっとも、正解もへったくれもないぞ。俺がそう判断したっていう以上の意味はない。あくまでもヒントだ」


 どすんとソファーに巨体を投げ出したキャップは、ぽんと右手の人差し指を立てた。


「なあ、絶滅ってのはどういう意味だ?」

「その種が、この世からいなくなるってことですよね?」


 俺の回答を、キャップが訂正する。


「その『種』ってとこを、『個体』に入れ替えてみろ」

「!!」


 それは、脳髄にがつんと杭を打ち込まれたような衝撃だった。


「そうか! そうだったのか!」

「わかったか、ブラム?」

「はい! 結局俺らは誰もが発生して、絶滅する。それがどんな種かは関係なく……ってことですねっ!」

「はっはあ! ばっちりだ!」


 キャップが、満面の笑みでサムアップする。そうなんだよ。俺が絶滅した古代種であろうが、ヒトだろうが、進化した新種だろうが、生まれて死ぬまではどれでも同じなんだ。それは、ノーマルと遅老症患者の間でも同じじゃないか!


「そういうことさ。子孫を残そうとするのは生物としての本能であって、個々人の思想や価値観とは全く関係がない。逆に言えば、生物的に同種の子孫を残すということにこだわらなければ、俺が残せるものは山のようにあるんだよ」


 身を乗り出したキャップが、俺らをぐるりと見渡す。


「こんな風にな。そのどこに絶望の入り込む隙がある?」


 なるほど、そういう発想があったのか。まさに目から鱗。だが、キャップの超ポジティブな発想が、これまでキャップの示してきた行動や言動と食い違っているように思えてきた。


「うーん」

「どうした? ブラム」

「いや、キャップが恐ろしくポジティブな発想でいろんなことを俯瞰してるってのは、もうびっくり仰天以外の何ものでもないんですけど」

「ほう」

「だとすれば、なんで二度と母星になんか帰るものかとケツをまくったのかなあと」

「そうだな。それは、差別と抑圧を受け続けた俺の意趣返しのように思えるだろ?」

「ええ」

「違う。俺が母星に帰ると、神になってしまうからだよ」

「はあっ!?」


 なんじゃそりゃ?


「考えてみろ。事業団の責任者として、今回の入植を成功させたのは誰だ?」

「そっか。キャップなんですね」


 フリーゼが納得の表情で確かめる。


「そう。本部のトップ連中が事業団の手柄だと自慢してくれたら、俺はどんなに気が楽だったか」


 顔をしかめたキャップが、ぶるぶると首を振った。


「連中は、この先入植地をうまく取り仕切る自信がないんだ。万一のことがあって入植地が全滅すれば、その失敗は人類の希望を道連れにしてしまうかもしれない。そして、失敗はトップの責任になる。誰が舵取りするにしても、責任が重すぎるのさ」

「ひええ……」


 フライとタオが揃って震え上がってる。


「だが、そんなのは承知の上で始めた計画だろ?」

「ええ」

「後でぶるっちまうなんて論外だ。成功の利得よりも失敗による損失に目が向いてしまうのは、今の母星の連中に共通した退縮思考なんだよ」


 じっくり考え込んでいたリズが、きれいにキャップの思考をまとめた。


「キャップが母星に帰ると、引き留められてそのままトップに据えられてしまう。そういうことですね」

「当たり。もちろん、俺に舵取りができないことはないよ。訓練所の延長みたいなもんだからな。だが、その成果は俺にしか意味がない。他の誰にも価値を受け渡せないんだ」


 一転して厳しい表情になったキャップは、俺らにも苦言を呈した。


「俺が最後に一職員に戻るとぶち切れたのも同じ理由さ。母星で神になるつもりがない俺は、ここでも神になるつもりはない」

「やっぱりか……」


 俺がつぶやくと、キャップが表情を緩めた。


「ブラムは読むだろうと思っていたよ。ありがたいことだ」


 キャップは、エミがサーブした紅茶を一口含むとすぐに話を続けた。


「俺が母星の連中のことをぶつくさ言っていたのは、連中がろくでなしだからじゃない。そんなのは最初からわかってる。そうじゃなく、俺がぶつくさ言わないと何も変わらないからなんだよ」


 ぱん! 思わず膝を叩いた。そういうことか!


「なるほどなあ」

「だろ? 困りごとや要望を所長室に持ち込めと言ったのも同じさ。言われないものはわからないし、言わないと伝わらない。その相手が本部であっても、君らであってもだ。それだけなんだ」


 キャップがじっと俺の目を見る。


「ブラムは、自分自身も含め、ここにいる全員の背中をどやしてる。それはとてもポジティブなアクションだ。大丈夫。挑めばなんとかなる。押して行こうぜ! 表現は地味でも、それがブラムの基本線だ。俺は、ブラムの前向き思考をできる限りみんなに共有してもらいたいのさ」


 握った拳に力が入った。ぐっと……来る。


「そしてな」


 キャップが声を張り上げた。


「ここは決して楽園なんかじゃない! それだけは勘違いしないでくれ!」


 態度の豹変に驚いたフライが、おどおどと真意を確かめる。


「あの……どういうことすか?」

「ここは母星の寄生虫だ。母星がこければ、ここも滅びる。生き延びたいなら、母星も含めて死守しなければならないんだよ」


 む! 確かにそうだ。


「母星から追放されたマイノリティの吹き溜まり。役立たずのぼっちの難民。そういう被害者意識を振り払えない限り、俺たちに未来はない。絶対にない!」

「それはわかりますけど、わたしたちに何がコミットできるんですか?」


 リズが、冷静に聞き返す。


「協調性のないメンバーばかりで、組織できない。人数はうんと少ない。意識は内向き。資源も技術も母星に完全依存してる。何から何まで無力にしか思えないんですが」


 ああ、リズ。同じだ。俺も、そこで考えが出発点に戻ってしまうんだ。


「そう思うだろ?」

「ええ。違うんですか?」

「違うと言いたいところだが、現状はその通りだ。でも、それじゃ母星衰退に仲良くお付き合いするだけになるぞ。君はそれでいいのか?」


 ぐっと詰まったリズが顔を伏せた。


「なあ、ブラム。おまえさんならどうする?」

「俺も、リズと同じところでずっと引っかかってたんですよ。でも、向こうがやらないなら、こっちが先に動くしかない。俺らなりにプランニングし、提言をまとめ、連中を励起し続けるしかないってことですね」

「そいつが大前提だ。それだけじゃまだまだ足りないがな」

「足りない、ですか?」

「そう。ここにはさっきリズが言ったこと以外に、ものすごく深刻な欠陥があるんだよ。それは俺らには解決できん」


 解決できない欠陥? 全員で顔を見合わせながら首を傾げる。


「なあ。君らのような特性を持つものがほとんど重複しないこと。それは何を意味する?」


 なんだろ? すぐにはわからなかった。


「簡単なことさ。君らの特性発現はあくまでも偶発的なもので、遺伝しない。これだけ遺伝学が進歩しても遅老症患者発生が根絶されないってのは、発生機序がわからないからだよ」

「あの……それが?」


 エミがおろおろしだした。


「つまり。恐らくだが」


 キャップが、少し間を置いた。


「君らの間に生まれる子供はノーマルだ」


 それは……恐ろしく絶望的な宣告。俺らのような特性を持つ子供が生まれる可能性もあるが、正反対の結果を今から覚悟しておいてほしい。どこにも逃げ場のない厳しい警告だった。フリーゼが両手で顔を覆って激しく泣き出し、続いてリズとエミも悲嘆に暮れた。だが、キャップは坦々と話を続けた。


「君らの子供を、入植地の後継者にすることはできないだろう。彼らは俺らよりずっと短命で、しかもここではマイノリティになってしまうからな。健康管理、教育、進路、伴侶探し。あらゆる面で、入植地は母星より劣っているんだ。そのハンデを子供に負わせるのは酷だよ。じゃあ、どうすればいいか」


 キャップが、天井を指差した。


「ここを母星とは隔絶した環境だと考えるから、君らのような反応になる」

「え?」


 どういうことだ?


「現時点でも、母星との間で資源の行き来があるんだ。なぜ行き来させる資源に人を加えて双方向に考えないんだ? 君らはビージーやタオが受けた施術を忘れたのか?」


 にっ! キャップがごつい顔をほころばせた。


「俺は、母星には二度と戻らんよ。理由はさっき言った通りだ。だが、その縛りは君らにはかからんだろ?」


 なるほど、そういうことか!


「母星に里帰りして、向こうで暮らす子供たちを訪ねる、そんな感じですね?」

「そうさ。タイムスケールが違うと言っても、子供はいつか親元を離れるんだ。そのプロセスに違いはないだろ?」

「……ええ」

「それなら君らは、母星へ送り出す子供たちにどんな財産を持たせるかを考えた方がいい」


 もう実子を残せないキャップにそう言われたら、俺らは提言を正面から受け止めるしかない。それぞれの伴侶の肩を抱いて慰めていた俺たち男性陣は、ただ頷くしかなかった。


「君らの子供たちが未来を築くための場所は、ここではなく母星なんだ。だから、俺たちが生き残るためだけでなく、子供らの未来を守る上でも母星の衰退を回避せんとならん。それなら、敵対でも忌避でも隷属でもない母星との付き合い方が必要だろ?」


 キャップが拳を握って力説する。


「安全第一主義の母星から、ああしろこうしろという指示は来ない。絶対に来ない! だから、母星の連中には出来ない発想、思考、意思決定、行動を開発することこそが、ここで暮らす俺たちの本当の使命なんだよ」


 俺たちの目の前で、ぶっとい指が振られた。


「テラフォーミング、星系外探査、新たな社会システムの試行。ここでトライできること……いや挑戦しなければならないことは山のようにある。そいつを、俺たちから母星にフィードバックしてやらないとだめだ。俺たちは、腐っていく連中の巻き添えを食うわけにはいかないんだよ!」


 ぐんと立ち上がったキャップが、もう一度声を張り上げた。


「ここは残念ながら楽園じゃない。楽園にはなりえない。迫害を受ける心配がないということだけが唯一の利点で、あとは何もかもが母星の環境に劣る」


 右腕が高々と突き上げられる。


「その象徴が、俺らの頭上にある黒い太陽だ。だが、俺たちはその下で生きていかなければならない。それならば。ここを楽園にできなくても、でかい賭けができるラスベガスくらいにはしないとならん」


 茶目っ気たっぷりに、キャップがユニフォームの上着を脱いだ。その下に着込まれていたのは、これでもかと派手な柄のアロハシャツ。胸ポケットからごっついサングラスを出して窮屈そうにかけたその姿は、まるでアメコミに出て来るちんぴらみたいだ。あまりに似合わない格好に、全員腹を抱えて大爆笑。


 どわはははっ!


「はっはっは! そうさ。どうせ挑戦しなければならないのなら、そいつを全力で楽しんでくれ。そして楽しみが少なくなってきたら、そいつをどう作るかを真剣に考えてくれ」


 キャップがぐんと胸を張った。


「俺が絶滅するまでに残せるものは、可能性しかないんだ。俺はウィルのくれた可能性を活かせたから、なんとか破滅から逃れることができた。それを俺だけのラッキーにしたくない! 安易に投げ出さずにどこまでも可能性を信じることを、今後ここに送られて来る遅老症の子供達に植え継ぎたいんだ。それこそが、自殖できない俺らがここで存続し続ける唯一の意義になると思う」


 うん、そうだな。キャップは、俺らが赴任した時と同じように、不安を抱えてここに来る子供達におおらかに接するんだろう。ようこそ入植地へ。のんびりのびのび過ごしてくれ、と。キャップにそう言ってもらえたから、俺らは絶望の淵から救われた。だから、キャップの意志はどうしても受け継ぎたい。俺ら自身のためにも、俺らの後にもっと大きな可能性を探らなければならない子供たちのためにも。


 帰り際、笑顔のキャップが心に染み入るメッセージを置いていった。


「長命な俺らは、誰でも無条件で歴史の記録者レコーダーになれる。だが傍観者として興亡を記録するだけじゃ、俺らにも母星の連中にも意味がない。記録を残すなら。それを後代に受け継がせるなら。俺たちの生き様をしっかり残して欲しい。時に無為に流されず、挑んできっちり生き切るリブユアホールライフ。それは誰もが果たせることじゃない。開拓者だけに許される特権なんだよ」



【第三十四話 生き切れ! 了】

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