第三十三話 信じられん!
社会の中でマイノリティってだけじゃなく、生物としても絶望的にマイノリティかよ……。
ぐったり俯いてしまった俺らを見渡したキャップは、冷静に話を続けた。
「俺らよりずっと頭のいい連中が揃っている母星で、俺の言ったようなことを思いつかないわけがないだろ」
「ええ」
「じゃあ、なぜ数的絶対優位にある母星の連中が、俺らをわざわざここに放り込んだんだ? 遅老症患者への迫害防止が目的なら、これまで同様に母星で保護、監督するだけで済むはずさ。全部かき集めたって、千人にも満たないんだから」
「うーん……」
そうなんだよな。俺らはそもそも絶対数が極端に少ない。密度が低過ぎる上に、異端視や迫害で社会性がすり減っていてきちんと集団を作れないんだ。大勢の
「どうしてだろ? 確かに理屈が変だ」
「俺たちから見ればな。だが、彼らの立場に立てば理由がきっとわかるよ」
「どういうことですか?」
リズがすかさず聞き返した。
「母星では、平準化が進みすぎて多数派という概念が崩れてきている。マイノリティは現実として存在するが、それと対比されるべき多数派がどんどん希薄になってるのさ」
キャップが、一度立ち上がってから深く腰を下ろし直した。どすんという鈍い音が室内に響く。
「大きな群れを維持することは、他の群れや他生物との競り合いに勝ち残るためにどうしても必要だった。だが、今やそういうでかい群れを無理に維持する必要性は薄れている。優秀な統率者がいなければ群れは自然に分かれ、集団の単位は小さくなっていく。多数派ってのが、どんどんわかりにくくなる」
「なるほど……」
「だが俺たちは、多数派を優先するために構築された社会システムの下で生きている。多数派の概念がひどくぼけると、システムが崩壊してしまうんだよ」
がばっと両腕を広げたキャップが、それをゆっくり狭め、胸の前で揃えた。
「かつては、良くも悪くも絶対者としてのリーダーがいて、そいつが多数派形成の核になっていた。だが、神も巨悪も絶対君主もいない今は、階層構造がうんとこさ縮んでしまってるのさ」
「……」
「このままじゃ、思想や行動の全てにテクノロジーの補佐がないと集団が保てなくなる。そして、テクノロジー自体は意思を持たない。単なるサポーターだ。人工呼吸器をつけないと生き残れないような種は、すでに終わってるよ」
ううっ。ぞっと……する。
「だがヒトは生存欲まで失っているわけじゃないから、多数派を養う今の社会システムは維持する必要がある。多数派を再生するには、どうしてもリーダーが要るんだよ。それも、手の届かないところに、ね」
はあ? キャップの説明がまるっきり理解できない。どういうこった? 俺だけでなく、全メンバーが首をひねってる。
「リーダーが要るのはまだわかるんですが、なんで手の届かないところに、なんですか?」
「生身のリーダーが現れれば、そいつの一挙一動で世界が振り回される。それは、統率する方もされる方も望まないからさ」
キャップが、話をわかりやすく噛み砕いてくれた。
「例えば、ブラムが好物の血を俺に届けてくれと願ったとする」
「ええ」
「目の前にいる俺が可否を決める統率者なら、血を入手したいブラムは俺の支配を飲まなければならない。それは嫌だろ?」
「確かに」
「じゃあ、俺に血を届けてくださいと、いるかどうかわからない神に毎日祈るか?」
「ないない。それはないです」
「じゃあ、遠く離れている母星に届けてくれそうなやつがいたら? ブラムは希望を捨てるか?」
「うーん、そういうことか……」
キャップが右腕をぐんと頭上に伸ばした。俺らは無意識のうちにその指先を目で追った。
「なあ、ブラム。バベルの塔の話をしたことがあっただろ?」
「ええ」
「人々が神に近付こうとして塔を建て、その思い上がりが神の怒りに触れて打ち砕かれた。だが神という目標がなければ、そもそも塔なんか建たないよ」
あっ!
「あの時は、訓練所の運営という観点からその話を持ち出した。全能とは程遠い出来損ないの神を作ってしまったら、訓練所が崩壊するからね」
「ええ」
「でも、もっと大きな話になれば意味が逆になる。夢とか希望とか神とか、呼び方はなんでもいいが、直接手が届かないけれどみんなでそこへ向かおうという目標がないと、そもそも塔なんか建たないよ。今の母星の状況はまさにそうだ」
「そこがどうにもわからないです」
リズが、何度も首を傾げる。
「わたしたちは長生きなだけで、数も少ないし何もできないんですよ? 母星の人たちはそれを知ってるはずです。それなのに、わたしたちを神に祀り上げる意味なんかあるんですか?」
キャップがきっぱり答えた。
「ある。俺らはモルモットにされたと感じるが、事業団の連中にとっては逆さ。俺らが希望の星なんだ。今でもね」
「えええっ!? そうなんですか?
でかい声でタオが叫んだ。俺も呆れて二の句が継げない。だがキャップは、はっきり言い切った。
「今回の入植は、楽園が欲しい俺らだけでなく、母星の連中にとっても絶対に失敗が許されないんだ」
「どうしてですか?」
どうも、そこがわからない。納得いかない。俺らの不満げな顔を見て、キャップが最新鋭の室内設備を指差した。
「生身では超えられない限界。ヒトは群れを作って知識や技術を獲得し、共有し、向上させることで限界を突破してきた。だが、強力なツールとしての知識や技術を手にしたヒトは強くなったか?」
そうか……残念だけど、それは否定せざるを得ない。俺たちは、逆に弱くなってるんだ。
「技術的には、とっくに系外惑星探査に挑めるんだよ。だが、いくら優れた道具を揃えても、精神が道具の壁を超えられなくなってしまった。入植に失敗すると、ヒトが自分で作った檻の中でしか暮らせないことを実証してしまう。それだけじゃない。限界を意識すると、誰もが安全を見込んで檻を小さく作るようになるんだ。そいつはどんどん縮むんだよ」
キャップが、足元からゆっくり
「発展、そして安定。今、人類は
ごくりと喉を鳴らしたリズが、キャップの台詞を先取りした。
「そうか。檻の話が示唆しているのは、進化の行き先なんですね」
「そうだ」
キャップが、ぎろりと目玉を巡らせる。
「原始人のレベルにまで戻って血生臭い殺し合いを続け、勝ち残ったリーダーが群れを再構築する。それならまだましさ。テクノロジーが全てに安全装置を築いてしまった今は、リーダー不在になっても社会が個のレベルまで細かく砕けてしまうだけで再構築がちっとも進まない。だから、莫大なぼっちが生まれるわけだ」
「あっ!」
思わず立ち上がってしまった。
「そうか! それを象徴してたのが、大量の訓練生のくだらない行き来だったのか!」
「当たり!」
サムアップしたキャップが、すぱっと結論を並べた。
「閉塞感が多数派を木っ端微塵に崩し、不安定になった社会は加速度的に縮み始める。不可逆的な退化が始まっちまう」
拳を反転させてサムダウン。つられて、俺らの視線も床に転がる。
「だから今は、どうしても英雄が要るんだよ。もちろん
「でもキャップは、ここに着いた時にぶち切れましたよね?」
俺が矛盾を突くと、キャップがあっさり答えた。
「そうしないと、君らが永遠に無気力な少数派のまま満足しちまうからだよ」
ぐ……確かにそうだ。
「少数派ってのは、あくまでも数的比率に過ぎない。絶対的なクオリティとは全く関係がないんだ。そこを勘違いしないで欲しい」
俺にしっかり釘を刺したキャップは、話を本筋に戻した。
「今回の入植は、一種のノアの箱舟さ。もちろん、入植地が第二の母星として機能する可能性は極めて低い。だが、人類全体を侵しつつある致命的な閉塞感を打破すべく、あえて荒海に乗り出したという開拓の象徴としては必要十分なんだよ」
「彼らにとっては、ですよね?」
リズの鋭い切り返しを、キャップが真正面から受け止める。
「もちろんだよ。俺らからすれば、ここは難民キャンプに過ぎない。体のいい人柱にされているという事実に変わりはない。モルモットという表現を使ったのは、決して言い過ぎではないと思ってる。だがな」
そして。痺れるほど厳しい問いを、リズにだけでなく俺ら全員に投げかけた。
「じゃあ、俺らはこれからどうすればいいと思う?」
「う……」
一斉に俯いてしまう。
「一つだけ、君らに言っておこう」
ゆっくりとソファーから立ち上がったキャップは、俺らをぐるりと見回すとユニットの話を再び持ち出した。
「なぜペアとユニットという形にしたか。ペアは個人を、ユニットは集団を考えるための最小単位だからだ。ユニットは六人の個の集まりさ。
それは。ものすごく厳しい問いかけだった。
「そして。事実として、俺はこの入植地の中では究極のマイノリティなんだよ」
「どうしてですか?」
納得できないというように、リズが何度か首を傾げた。
「君らとは種が違うからさ」
「えええーっ!?」
し、
「君らがどのような見かけ、特性、寿命を持っていても、種としては間違いなくヒト。ホモ・サピエンスさ。だが、俺のゲノム構造はヒトと異なる。別種、ホモ・アルピヌスなんだよ。そして、俺は最後の一頭。だから動物園で飼われ、実験材料として扱われたんだ。いくら俺が長命でも、もう繁殖機会はない。俺が最後の一頭だからな」
「そ……んな」
悲壮な表情で、フリーゼがキャップを問い詰める。
「ヒトとの間で子供ができないんですか?」
「できない。セックスは可能だよ。でも、ヒトの女を妊娠させることはできない。君らが牛や馬と交わってもその子が得られないのと同じだ」
「う……」
フリーゼが、がっくりとうなだれた。
悲嘆に暮れるでもなく、怒りを剥き出しにするでもなく、あくまでも坦々と。キャップが真っ黒な事実を放り出す。
「絶滅は、もう確定なんだよ」
口に出すべき言葉が何も見つからない。俺だけでなく、みんなそうだったんだろう。ゲストルームは、どうしようもなく重苦しい沈黙に支配された。その中にあって、キャップだけがいつものように柔和な表情を崩していなかった。
「じゃあ、俺はどうやって滅亡の恐怖から逃れたか。そいつを、みんなに推理して欲しいんだ。きっと、君らが未来指針を考える足しになると思う」
柔らかな微笑みをたたえたキャップは、どでかい宿題とまた来るの一言を残し、のしのしと帰っていった。
【第三十三話 信じられん! 了】
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