第三十一話 終わってる!

 重くなってしまった空気を吹き飛ばすようにでかい咳払いをして。キャップが、おもむろに話を再開した。


「まあ。それでも百人かそこらだ。連中には協調性が全くない分、結託して騒動を起こす心配もないんだ。各自好きにしてくれればいい。そういう連中だけなら楽だったんだが……」

「俺らが来たってことですね?」

「そう。俺にとっては、古参より君らの方が予想外だったんだよ」


 俺らを見回しながら、キャップが苦笑する。


「古参連中の場合は、志願の動機が緊急避難だ。だが、迫害の歴史がないかまだ浅い君らは違う。積極逃避なんだよ」

「積極逃避、かあ」

「ただ逃げるのではなく、逃げた先に自分の城を築くのが目的だ。そこにはビジョンがある」


 確かに! 確かにそうだ! 俺は大いに納得する。


「まさにそれですね!」

「わたしも!」

「俺もだ!」


 俺とフリーゼ、フライのリアクションを、残る三人が複雑な表情で見ている。


「古参のような緊急避難ではないから、志願のタイミングが少し後ろにずれた。そういうことなんだろう。その後、積極逃避の志願者が一巡して訓練生の流入が一時期途絶えた」

「ええ。その時点で、フリーゼを除いて四百数十人の野郎大軍団でしたね」

「はははっ。そうだ。そして積極逃避で来た訓練生は、古参のやつらと違ってコミュニケーション能力が低くなかった。母星でそいつを活かす機会が得られそうにない。それだけさ。個性的ではあるが、極端にひねてはいないんだよ。フライでわかるだろ?」


 フライが、嬉しそうに両手を擦り合わせる。


「へへへっ」

「つまり。訓練生の人数は膨れ上がったが、俺的にはまだこなせたんだよ。古参は放置、若手は自主性に任せるって形でね」

「なるほどなあ」

「だが、そのあとものすごく厄介なことになったんだ。それは君ら訓練生のせいではなく、事業本部の方針転換が原因でな」


 全員びっくり!


「方針転換? そうだったんですかっ?」

「ああ。問題が非常にデリケートだったから、君らには一切オープンにできなかったんだ」

「どういうことなんですか?」


 リズが慎重に探りを入れる。


「俺が勘付いたことに、本部も勘付いたってことさ」


 ぐんと体を起こしたキャップが、ソファーに深く坐り直した。ここからの話がキモなんだろう。


「異常な定着率を問題視して、本部は訓練所に馴化できた訓練生の共通特性を解析した。それで、訓練生の遅老症に気付いたんだ」

「どうして、もっと早く解析しなかったんですかね?」

「本部の想定から外れたことが、すぐにはわからなかったからだと思う」


 え? 想定って……。歩留まりが悪いのは最初からわかってたはずだが。はて?

 俺の顔に浮かんだ疑問符を見て、キャップがにやっと笑った。


「本部が異常だと判断したのは、定着率の低さじゃない。逆さ。その高さなんだよ」

「ええーっ?」


 俺も含めて、全員びっくり仰天。


「本部が求めていたのは、入植者の頭数じゃない。極端な話、残るのが一人でも構わなかったのさ」

「そうなんですかっ?」

「これまでの短期探査と違って、新惑星への入植は片道切符になりかねない。テクニカルな部分は解決できても、未知の環境下に長期間居住しなければならないストレスは、安定生活に慣れた連中にはなかなかこなせないよ」

「そうですね」


 リズが深く頷く。


「好条件に目がくらむんじゃなく、本心から苦難に挑もうとするやつをなんとか探し出そう。本部の本当の目的はそっちだったんだ。だが、そんなタフガイがほとんど絶滅していることは最初から覚悟の上さ」

「だから、志願生の背中を強引に押さなかったということか……」

「そういうこと。本部の予測は当たってるだろ? 俺も含めて、本筋でここに来たやつなんか一人もいない」


 厳しい指摘だったが、確かにそうだ。


「本部は志願生の動機まではわからない。志願したこと自体を動機と考えるからね。だが意思が寸足らずなら、ほんの少しのプレッシャーでもメッキが剥げる。事実、そうだっただろ?」

「そうですね」

「太陽がないのは入植地に固有のことじゃない。母星以外じゃどこでもそうさ。それをわかってて応募したのに、あっさりリタイアするなんざ論外だよ」


 俺たちはそろって苦笑を漏らした。そうなんだよな……。


「待遇はいいが、訓練所も入植地も決して整った環境ではない。最初のガイダンスでそれを覚って、ぶるったやつからどんどん脱落していく。体感しないとわからないダルなやつでも、来所してトレーニングを受けた時にシビアさを実感してアウトさ。まあ……普通は誰も残りゃしないはずだ」


 キャップが、俺らに向けて突き出した握り拳の指を一つずつ開いていく。


「しかし。ほとんど残らないはずの訓練生が、少しずつ増えていく。五人、十人、五十人、百人……とね。それは、本部にとって全くの想定外だったんだ。ブラムがもし本部の担当者ならどうする?」

「そうか! だから、訓練所に残ったのがどんなやつかをしっかりサーベイしたってことか!」

「正解。それで、訓練生全員が遅老症であると認識したわけだ」

「あの、ちょっといいですか」


 リズが話の進行を一度止めた。


「送り込まれたわたしはともかく、男性訓練生は全員募集要項を満たしているから認められたんですよね?」

「そうだ」

「その時に、遅老症であることは咎められなかったんですか?」

「リズ。いい質問だ」


 キャップが、ぐいっと頷いた。


「前にブラムには説明したが、俺たちの個人IDカードには既往症が記載されている。そこにはちゃんと遅老症の表示がある」

「ええ」

「だがそれは、原則として本人および遅老症であると診断した医師以外には知らされないんだよ」

「なぜですか?」

「遅老症はあくまでも身体的特性、もしくは体質であって、決して病気などではないからさ」

「あ……」

「だろ?」

「はい!」


 納得したんだろう。リズが大きく頷いた。それを確かめたキャップが説明を続ける。


「一般の既往症と違い、差別の温床になりかねない遅老症の事実は厳重に伏せられていて、出生年や年齢の欄にはダミーの数値が入力されている。その個人データには、いかに事業団の役員であってもアクセスできない。さらに、黒板ブラックプレートにはもう一つからくりがあるんだ」

「からくり、かあ」


 フライが、興味津々で自分の黒板をいじり回している。


「黒板を持たされていれば深刻な持病があるとみなされがちだが、すでに快復していれば既往症の欄は空白になる。そして、患者のカード切り替えは自己申告制さ。黒板がシルバーカードに勝手に代わることはないんだ」

「え? どうしてですか?」


 きょとんとした顔で、タオが聞き返した。


「手厚い医療ケアを受けられる黒板を持っていると、健常者よりずっと優遇されるからだよ」

「なるほどなあ」


 タオもフライと同じように自分の黒板を出して、しみじみ見つめている。


「だが、本人と医師以外にはアクセスできないはずの情報が漏れた。本部の連中が俺らの既往症を探れたということは、事業団よりもっと上が動いたってことさ」

「政府、ですか」


 エミがぶるぶるっと震え上がった。キャップが手をかざして、懸念を否定する。


「ああ、エミ。心配ないよ。そもそも事業団自体が政府直轄に近いんだ」

「あ、そうか」


 ほっと胸をなでおろしたエミが、隣にいたタオの腕にきゅっと抱きついた。


「その時点で、俺と本部が同時にかつ別々に先を予測し、それぞれ動くことになったのさ」

「あの、どういうことですか?」


 リズが首を傾げてる。まさか、そんな深慮遠謀が背後で飛び交っていたとは思わなかったんだろう。だが、俺はなんとなく勘付いてたよ。キャップが、少しずつではあるが俺にいろいろ漏らしていたからだ。逆に言えば……キャップは全部自分の中に抱え込んでしまうのが辛かったんだろう。いかにキャップの器が大きいと言っても、全能者なんかでは決してないものな。


 ぐんと眉を吊り上げたキャップが、一気に吐き捨てた。


「本部の連中は、入植地を純粋な惑星研究基地として見るのではなく、遅老症患者の隔離収容施設にしようと考えたのさ。これ幸いとな。ここへの到着時に俺が吠えた通りさ」


 俺たちは、あの時の強い怒りと苦い思いを反芻した。キャップが憮然とした表情のまま話を続ける。


「収容所? 大いに結構。それなら俺は、何も知らんふりをしてその意図を逆手に取ってやろう。そう考えたんだよ。母星から追放されたのなら、俺らは難民レフュジーだ。だが苦難に挑むという姿勢を崩さない限り、俺らは開拓者パイオニアなんだよ。誰が見てもね」


 にやっと笑ったキャップが、まだぴかぴかの設備を指差した。


「開拓者の俺らをあえて難民収容所にぶちこむなら、そこは超デラックスにしてくれってな」

「それで……か。探査事業への投資としては、どえらく過剰だなと思ったんですけど」

「まあな。そうすることが出来た切り札は、母星で魔女狩りウイッチハントから保護されていた女性遅老症患者の一括引き受けさ。大きな社会不安を生み出しかねない彼女たちを今後どう扱うか、連邦政府はひどく苦慮していたんだよ」

「なるほど……」


 ここで、キャップが話を一度整理する。


「なあ、ちょっと考えて見てくれ。一期、二期の古参は緊急避難でここに来た。精神力は最強だが、協調性は全くない。ブラムたち以降の野郎どもは積極逃避でここに来た。精神力はそこそこだが協調性には恵まれている。だが……」


 リズとエミを指差したキャップが、顔をしかめた。


「最後に本部から送り込まれてきた女性たちには、そのような共通属性がないんだ。ばらばらなんだよ」


 あだだだだ。確かにそうだ。


「一括対応ができないから、どうしても個別の対処が必要になるってことですね」

「そうだ。年齢も、過去も、特性や性格も、見事にばらついているんだ。だから、パターンを決めて対応するっていうのができないんだよ」


 顔を曇らせたキャップが、ふうっと大きな溜息をついた。


「俺一人で千人近い訓練生を個別にケアするのは、どう考えても無理さ。そしていくら遅老症患者がタフだと言っても、精神は身体ほど頑強にできていない。迫害の影響で孤立を好む者が多いから、人口密度が上がるとストレスで個人間のトラブルが生じやすくなる」


 キャップが、フリーゼをぴっと指差した。癇癪紛れに凍撃をぶちかましていたフリーゼは、恥ずかしかったのか真っ赤っかに茹だった。


「う……すみません」

「いや、フリーゼの反応は正常なんだ。苛立ちや拒絶が表に出ない方がずっと恐ろしいのさ。精神ってのは、深くで静かに壊れていくほどダメージが大きいんだよ。エミは特に気をつけてくれ」

「は……い」


 肩を落としてしまったエミを心配そうに見ていたキャップは、そのあと恐ろしい話を切り出した。


「君らにぜひ聞いておいてほしいことがある。今日の重要テーマの一つだ。それは、遅老症患者の寿命に関することだ」


 ごくり。


「遅老症患者の寿命については統計サンプル数が少な過ぎてよく分からないらしいが、少なくとも五百年以上生きているやつがいる。ただ、それは生物的寿命なんだ」

「環境因子や社会的要因も含めて、実質的な長短を論じなければいけないということですね」

「その通りだ」


 リズの補注を加えて、キャップが解説を続ける。


一般人ノーマルの余命は年齢と逆比例し、長寿であってもせいぜい百年前後のところでほぼゼロになる。つまり生物としての持ち時間は、年齢を主変数とした比較的単純な関数として表現できるんだ。大規模な天災、病害、戦役のように余命を押し下げる外部要因はあるが、今は関数に影響するほどのインパクトがない。ところが遅老症患者の余命減衰は、一般人と同じパターンに当てはまらない」

「どういうことですか?」


 どうも、ぴんとこない。


「サンプルの絶対数が少ないので、推測の域は出んよ。だが一般人のタイムスケール上に我々を乗せると、余命の減衰はないに等しいんだ」

「死なないってことですか?」

「一般人のタイムスケール上ではね。だが、実際には遅老症患者の死亡例が数多くある」


 う……。キャップの言わんとしていることが分かって、青くなった。


「つまり俺たちの死因は、年齢やバイタリティには依存しない。強制終了、すなわち他殺か自殺しかないんだ。迫害を受ける心配がない訓練所で死者が出るとすれば、それは自殺しかない」


 そのあとしばらく俯いていたキャップは、ゆっくり顔を上げ、俺たちの心情を確かめるように一人一人の顔を凝視した。


「せっかく安心して暮らせるところに来たのに、訓練生同士がトラブって自殺者出しちまったら何の意味もない」

「だから入植を急いだんですね」

「そう。もともと五年で入植開始の予定だったから、それを少し前倒ししただけだ。本部としては違和感がないだろ。入植地のコロニー配置を分散させたのも同じ理由だ。密集させると、それが大きなストレスを生むからな」

「完全に個人ベースにしてしまうと、今度は孤立が強いストレスになる。だからペアだったんですね」

「ああ。ペアの概念を固めなかったのもストレス緩和のためさ。そこは、心理的距離に応じて自由に調整してくれればいい」


 キャップが天井を見上げる。


「黒い太陽と新惑星の詳細を君たちに伏せていたのも、同じ理由だよ。本部の連中からはちゃんと説明しろって言われてたが、俺はあえて指令を無視していたのさ」


 確かに。最初から本部の手札が全部開いていたら、誰も入植には手を挙げなかっただろう。もちろん、俺らもな。

 俺らをぐるっと見回したあとで、キャップが言葉を継いだ。


「母星の連中から見てあまりに異常な環境は、俺たちにとっても同じように異常なんだ。そのストレスで遅老症患者のメンバーから脱落者が出たら、そいつの行き場がどこにもなくなるんだ。広大な母星ならまだしも、施設にいるしかないここには逃げ場がないからな」


 そうか。キャップは俺たちのエゴを丸めて調整するだけでなく、あの手この手で本部のごり押しに対抗していたんだ。そして、不手際を本部の説明不足として当てこすった。本部側の上官でありながらもう本部の代弁者にはならないという姿勢を、俺らにきっちり印象付けている。本当にすごい人だ。だが……。


「ねえ、キャップ。俺の理解では、ほとんどキャップの計画通りに粛々と進められてきたように思うんですけど、なんであんなに苛立ってたんですか?」

「まあな」


 固く目をつぶったキャップが、激しく首を振る。


「本部の連中が、入植後も俺に施設長をさせようとしたからさ」

「ええっ? まだキャップをこき使おうとしてたんですかっ?」


 俺たちみんな、頭を抱え込んでうなってしまった。本部のやつら、どこまでキャップを使い潰そうとするんだ。呆れてしまう。


「うがあ」

「ひどい」

「あたたたた……」

「いや、やれっていうならやるさ。俺がどたまに来たのは、こき使われるからじゃないんだ」


 え?


「長がつくやつには、同時に権限もつく。訓練所の所長にも、当然全権が預けられていた。俺の自主判断で一切行使しなかっただけだ」


 ああっ!! そうか。神を作らない……キャップが前に言ってたじゃないか。


「訓練所は、もともと期間限定の一時施設だ。俺が権限を振り回さなくてもなんとか運営できる。だが俺が施設長になって入植地を仕切ったら、絶対権限者になっちまう。一極集中の支配構造を作ると、入植の意味がなくなるんだ。本部の連中は、そこが全然わかってない!」

「あの……」


 ひょいと首を傾げたエミが、不思議そうにキャップに尋ねる。


「キャップはとても穏やかだし、誰に対しても公平です。長をされても問題ないように思えるんですけど……」

「俺が生きていればな」


 し……ん。室内が水を打ったように静まり返った。


 そうだ。確かにそうなんだ。俺たちは、あまりに有能なキャップに何から何まで頼り切っていた。その構図は、本部とキャップの間でも同じなんだろう。もし、リーダーとしてのキャップが突然いなくなったら。そして誰か他のやつが全権を握って横暴な長として振る舞うようになったら。もう逃げ場のない俺たちはどうすればいいんだろう。……ぞっとする。


 身じろぎもせずキャップを凝視していたリズが、続けて問いただした。


「でも、リーダーなしで本当にやっていけるんでしょうか? 本部は、わたしたちのライフラインを押さえているんですよね? 少なくとも代表者を立てて交渉しないと、また無理難題を押し付けてくるんじゃないんですか?」

「その懸念は当然だ。だがな」


 キャップがなんとも言えない微妙な表情で、両拳をがつんと突き合わせた。


「母星では、発生率は低いがこれからも俺らみたいのが現れるだろう。そして、魔女狩りの標的になり続けるんだ。もし魔女狩りの炎が遅老症患者以外にまで燃え広がったら、誰がそれを制御できるんだ?」

「ううう」


 怖くなったんだろう。リズが頭を抱えてしまった。


「安定している社会が激しく揺らぐことは、俺ら以上に母星の連中が望まないのさ」

「だから、遅老症患者の受け皿が必要だってことなんですね」

「そう思う。ここがないと困るのは向こうも同じなんだ。誰もがフィフティフィフティなら、大上段に振りかぶらなくても個別交渉で済む。長の肩書きなんかいらないね」


 紅茶をぐいっと飲み干したキャップは、俺たちを見回してにっこり笑った。


「まあ、俺の肩書きなんざどうでもいい。どうせ、もう終わってるイッツオーバー



【第三十一話 終わってる! 了】

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