第三十話 納得だ!

 キャップの衝撃的な発言。その中身をゆっくり振り返る暇も無く、すぐにユニットに分かれての慌ただしい生活が始まった。


 俺らのユニットの六人は、それぞれの望みが叶った組み合わせになったと思う。俺とフリーゼ、エミとタオ、リズとフライだ。キャップの細やかな心配りには、本当に頭が下がる。

 何より俺らは、食堂でよくわいわい話をしていた仲間だ。互いに気心が知れてる。それに、持ち味のバランスがいい。冷静でタフな俺。突破力のあるフリーゼ。博識なリズ。楽しいフライ。癒し系のエミ。そして、メカに詳しく温和なタオ。こんなおいしいめんつばかりで固まっちまっていいんだろうか。組み合わせに恵まれたからこそ、他は大丈夫なのかと心配になる。まあ……キャップが言っていたように、ペアもユニットも暫定。いろいろやってみてという感じになるんだろう。


 センターコアがあって、ペアやユニットの空間がそこから放射状に離して置かれるという星型配置スターアレイ。最初は奇妙だと思っていたが、とんでもない! それ以外の配置はできないということがよく分かった。

 職員同士の交流がもっと活発ならば、通常の都市住宅のような集合配置にできるだろう。だが、それだと特定のコネクションが固定してしまうんだ。スターアレイの場合、社会性や親密度に関係なく、何かあれば必ずセンターコアに出ないとならない。それによって、最低限の相互関係インタラクションは確保される。どの血管を通っても血液が必ず心臓に集まるようにする……それがスターアレイの狙いだったんだ。協調性の極めて低い古参職員を入植地で孤立させないために、どうしても必要だったんだろう。

 個と集団のぎりぎりの融合。そういう配慮に基づく設計を母星の連中にできるわけがない。きっと、キャップの設計思想なんだと思う。納得だよアイアグリー


 ともあれ入植直後のどたばたが落ち着いて、探査業務のペースも掴めてきた。やっと、ユニットのメンバーで雑談を楽しむ余裕ができた。ただ、雑談の中身がなあ……。どうしてもキャップの話になっちまうんだよ。

 訓練所の所長として丁寧な説明を決して欠かさず、いろいろな処置や決定を俺らに納得させていたキャップが、まるで限界まで膨らんだ風船が破裂するように拙速かつ刺々しくなったこと。最後の捨て台詞も含めて、何かキャップの心境を大きく変化させる出来事があったに違いない。でも、俺らはそれがなにか全く見当がつかなかったんだ。


 で、今日もそんな話をああでもないこうでもないとぶちかましていたんだが。


「お?」


 コールベルが鳴った。誰だろ? 確認しようと覗き込んだディスプレイには、キャップの毛だらけの顔が大写しになっている。


「キャーップ!」

「はっはあ! ブラム、元気でやってるか?」

「みんな元気です! 入ってくださいよ。お茶をいれます」

「そうだな。積もる話があるし。邪魔するよ」


 のしのしとゲストルームに入ってきたキャップを、全員で歓待する。


「お久しぶりですー」

「お元気でしたか?」

「大変でしたね」


 キャップは何も言わずに、俺たちを見回しながらにこにこしているだけ。そして……。


「なあ。このユニットは、全ユニットの中で一番社会性ソシアリティが高い。それを見込んで、いくつか重要なことを話しておきたい」


 俺たちの間に緊張が走った。


「秘密にしなければならないことですか?」

「そんなのはないよ。過去のこと。今のこと。そして将来のこと。事実もあれば、俺の推測や予見もある。俺の立場だからこそわかったことや見えたもの。そんなのを、今のうちにどっかに置いておきたいんだよ」

「文章には?」

「しない。その意味もない。俺は神でも預言者でもないからね。そんな考え方もあるのかくらいで聞いといてくれ」


 さばっと言い切ったキャップが、すぐに話を始めた。


◇ ◇ ◇


「まず、訓練所のことから話そう。訓練所の職員が俺一人ってのはおかしいと思わなかったか?」

「最初びっくりしましたよ」


 俺の即返に、みんなが頷いた。


「そうだろ? いくらオート化が徹底され、人工知能エーアイによるサポートがあると言っても、人の問題は人にしか解決できん。最終的に千人規模にまで膨らむ可能性のある施設を俺一人で面倒見ろってのは、どだい無茶な話さ」

「それが、なぜ一人になってしまったんですか?」

「俺以外、誰も行くと言わなかったからだ」


 げ……。


「事業団立ち上げ時。訓練生を仕切れる人材がすでに枯渇してたんだよ」

「そんなん、ありっすかあ?」


 フライが情けない声を出した。口調はコミカルだったが、心情的には俺ら全員同感だ。


「母星では資源管理システムが常時稼働していて、大規模な戦争も破滅カタストロフをもたらすような天変地異も途絶している。そこで安穏と暮らしているやつには、先の見えない未来に自らの運命を懸ける意味がないだろ。訓練生だけでなく事業団の役職員まで含めて、全員腰が引けてた。進行は遅いが確実な死スロウバットファームデスが隅々まで蔓延してるってことだ」


 サムダウンしたキャップが、皮肉っぽい笑いを浮かべた。


「停滞感に支配されつつある母星の未来を明るくするには、どうしても夢が必要。政府は、立派なお題目だけを先にぶち上げちまった。でかい花火を上げないと、金も人材も集まらないからな。だが、どれほど笛を吹いても誰も踊らない。トップから下々まで、口にするセリフは……」


 くっくっく! 苦い苦い笑いがキャップの口から漏れる。


「そこは安全セーフですか……さ」


 なんつーか。開いた口が塞がらないってのはこのことだ。そうか。訓練生だけじゃなく、母星の関係者全員がそうだったってことか……。


「つまりこの時代には、開拓者パイオニア名誉オナーなんざ何の意味もないってことだ」


 ソファーに背を預けていたキャップが、ぐんと体を起こした。


「だが、母星でずっと持て余されていた俺にとっては、またとないチャンスだった。どんなにでかい施設でも、実際に来所する訓練生の数なんかたかが知れてるだろう。そこなら、周囲の目を気にせずマイペースに過ごせる。それが俺の読みだったんだよ」

「あの……」


 エミが、おずおずと確かめる。


「母星では、何をされてたんですか?」

「俺は長い間保護施設にいたのさ。いや、それは体のいい表現だな。とある動物園で飼われていた。それが実態だ。本を読めて会話のできる賢い猿としてね」


 真っ青になってしまった俺たちを気にすることなく、キャップが淡々と話を続ける。


「実験動物として研究施設に移送された俺が自暴自棄にならなかったのは、俺の飼育担当だった進化生物学者ウィル・バクスター博士がとてつもなくいいやつグッドマンだったからだ。ウィルは対等な友人として俺に寄り添ってくれただけでなく、俺の地位保全にも尽力してくれた。恩人なんていう陳腐な言い方はしたくないな。俺にとってはまさに救いの神だ」


 キャップの絶望を、希望にひっくり返す。そういうエネルギーを持っていた人だったんだろう。俺は純粋に羨望を覚える。いいなあ……。


「ウィルとはいろんな話をしたんだが、こんな風に言われたんだよ」

「どんな……」

「長命なことは、生物学的にきちんと意味がある。だから、必ず俺にとってのビッグチャンスが来るってね。そして今回の訓練所行きの話は、俺にとってまさにそのビッグチャンスだったんだ」


 キャップの決断は、俺らのような単なる逃避とは違う。まさに、一世一代のチャレンジだったんだろう。


「だが。訓練生なんかいくらも来ないはずという俺の予想は、ものの見事に外れた」

「どうしてっすかねえ」


 フライが首を傾げる。


「本部が、募集時のハードルをぎりぎりまで下げたからさ」


 あたたたっ、確かにそうだ。だから俺みたいのでも応募できたわけで。納得アイアグリー


「訓練所や入植先の安全性は確保されている。生活の面倒は何から何まで政府が見てくれる。俸給が支払われ、ノルマはうんとこさ小さい。母星との行き来が保証されていて片道切符じゃない。いつでも辞めることができる」


 キャップが、ふんと鼻を鳴らした。


「入植を目指すやつがそんな甘っちょろいことでいいのかと思うが、応募者を集める上では著効があったんだ。初戦は、読みの外れた俺の負け。だが、第二戦は俺の勝ちさ」


 全員で、腹を抱えて大笑いする。わはははははっ!


「片っ端から辞めちまいますもんねえ」

「そう。定着率の見通しがあまりに甘すぎる。ハードルを下げれば人は集まるよ。だが、中身はものすごく下振れするんだ」

「下振れ……ですか」


 リズが、ふっと腕を組んで考え込んだ。


「なあ、リズ。もし君がものすごく偏屈で、組織の中で完全に孤立していたら、自発的に応募したんじゃないか?」

「あああっ!」


 納得だアイアグリー


「君は気さくで話の調整がうまい。コミュニケーション能力が平均を大幅に上抜けている」

「外見のハンデを補うには、どうしても必要だったので……」

「そうだな。コミュニケーション能力を駆使すれば、容姿のハンデがあっても母星で生き抜ける。魔女狩りウイッチハントのことがなかったら、リズはあえてここを選択したか?」


 苦笑したリズは、正直に否定した。


「いいえ」

「だろ?」


 キャップが、俺らを見回す。


「今、母星でそれなりのポジションを得ようとするなら、知的レベルよりもむしろコミュニケーションスキルが要求されるのさ」

「わかったあ!」


 がばっと立ち上がったフリーゼが、派手なガッツポーズをした。


「そっか! そのスキルが低いぼっちばかりだったから、船内の連中がみんなしょぼかったんだ!」

「当たりだ。フリーゼ」


 キャップが、巨体を揺すってサムアップする。


「集団の中にすんなり自分を置けるやつは、母星で上位を目指す。応募なんかしない。コミュニケーション能力のうんと低いやつは母星に自分の置き場がないから、至れり尽くせりの募集は魅力的に映る」

「でも、そいつら根性が……」

「そう」


 口を結んだキャップが、俺の指摘にぐいっと頷いた。


「コミュニケーション能力が極度に低いのに根性があるやつなんて、ほとんどいないはずだったんだ」


 そうか……。


「いつまで経っても訓練生が揃わなきゃ、そのうち事業自体がぽしゃるだろう。言い訳なんざいくらでも後付けできる。技術的な問題をクリアできなかったとかね。なあ、タオ。専門家のおまえさんにはよくわかるだろ?」

「ええ。常套手段ですね」

「俺は訓練所でのんびり過ごせる上にどでかい勤務実績を作れるから、母星に帰還すれば劇的に処遇が改善される。めでたしめでたし! ……にはならなかったわけだ。第三戦は、俺も本部も負けだったんだよ」


 両者負けか。なるほどな。


「訓練生の頭数が全く足らないという意味では本部の負け。でも、少ないにも関わらず残るやつがいたってのはキャップの負け。そういうことですね?」

「そう。しかも残るやつが、どいつもこいつもコミュニケーション能力かすっかすのろくでなしばかりだっ!」


 いや、とても笑えないんだけど笑えてしまう。室内に、くすくすと含み笑いがこぼれた。


「君らは笑ったが、えらいことになったと思ったよ。ブラムたち三期生が来るまで、俺は連中が全員遅老症だってことを把握してなかったからな」

「ええっ? そうなんですか?」

「所長と言っても実質雑用係さ。必要もないのに個人データを閲覧するのはご法度だ。ただ、薄々そうじゃないかとは思ってたけどな」

「そうか。だから俺が着任した時、トレンドは同じだと言ったんですね」

「そういうこと。気になった俺は、訓練生の健康管理を担っているドクに照会したんだよ。連中は全員既往歴ありなんじゃないかってね。在留資格の問題があるからな」

「健康かどうかってとこですね。そっか。そういう聞き方があるのかー」


 エミが感心してる。


「全員が遅老症である事実を知って、初めて気付いたんだ。古参連中のコミュニケーション能力欠如が、長い間の迫害によって後天的にもたらされたものだってことにね。俺と同じように、古参の連中は全員地獄を見てるんだろう。他者との関係を自ら切り捨て、徹底的に孤立を保つことでしか生き延びられなかった。そこが、三期生以降の比較的若い訓練生との大きな違いなんだ」

「彼らは、どうして入植に応募したんでしょう? これまで徹底して孤立を保っていたなら、これからもそうすることで母星にひっそり住み続けられたと思うんですが」


 わからないというように、リズが首をひねった。キャップが難しい顔でそれを否定する。


「無理だよ。ドクとその関係者が標的になった陰惨な事件がもとで、超長命人種の存在が世間に広く知れ渡ってしまった。それが発端になって、魔女狩りウイッチハントの多発懸念が急激に高まっていたのさ」


 ティーカップに口をつけたキャップが、すぐに背景を説明し始めた。


「世の中が高水準で安定すると、安定から弾き出された少数派の不満はひどく高まる。その鬱憤は抗し難い多数派に対してではなく、彼らよりもっとマイナーである異端者に向けられやすい。わかりやすく言おうか?」

「ええ」

「親から虐待される子は、直接親に逆らうことはできない分、その鬱憤を昆虫や小動物に向けることがある。それと同じ図式だよ」


 あっ! 


「上位の連中には強い加害意識がない。多数派にとって当然の行為や言動が少数派にどう受け止められるかという想像力が、最初から働かないんだ。多数派による抑圧の形が不鮮明になると、少数派は抗するべきポイントが分からなくなる」

「なるほど……」

「だから少数派は、自分の在籍しているクラスよりもっとマイナーな存在に被害を転嫁しがちになるんだ。自分が受けた差別や迫害をネガティブに濃縮してね」


 キャップが、スラムの中ですらとばっちりばかり食らっていた俺を指差した。君ならわかるだろうと言わんばかりに。思わず強く頷く。


「俺たちは数が少ない上に、社会的には不要な存在さ。鬱憤晴らしに俺らをなぶり殺したところで、世の中の趨勢は全く変化しない。誰も困らない」


 ぐ……。


「そして、政府の遅老症患者保護政策は、暴力に抵抗できない女性優先だ。男はどうしても後回しになる。母星での生息期間が長くて認知度の高い男ほど、真っ先に魔女狩りウイッチハントの標的にされちまう」

「それで、どどっと駆け込んだんですね」

「どどっというほど数はいないよ。何千何万という一般応募者の中にこっそり紛れ込んで、少しずつ訓練所に逃れてきたんだ。だが、孤立が生存戦略である古参連中は、そこがどこであれ他者との交流を最小ミニマムにする」

「ああっ! そういうことかっ!」

「うわ……」


 キャップが、ふうっと大きく息をついた。


「古参の連中は、コミュニケーションを遮断して露出度を下げ、徹底的に逃げ回ることで生き延びてきた。だから精神的に恐ろしくタフな反面、社会性が極めて低い。長年心身に刻み込まれてきた傷は、環境が好転してもなかなか癒えないだろう。彼らが自発的に行動を起こすまではそっとしといてくれ。ここで確保しておくのは接点だけでいい」


 傷を癒すには、傷つけられてきた期間以上の平穏な日々が要る。キャップは、そう言いたかったんだろう。


 ……納得だアイアグリー



【第三十話 納得だ! 了】

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