第二十八話 勝負だ!

 航行中は訓練がないから手持ち無沙汰になるかと思ったが、どうにも慌ただしい入植やキャップの異変が気になって、ずっと考え事をしていた。ウォルフほどではないにしても、あまり深く考えずにケセラセラってのが俺の持ち味だったのに。


「俺らしくないよな」


 自室でぶつくさぼやきながらコーヒーを飲んでいたら、ドアノックの音が聞こえた。フリーゼだな。

 入ってくれと返事をする前に覚悟を決める。俺の告白は……どう転んでも甘ったるくはならないだろう。それは、フリーゼの望んでいるものと違うかもしれない。だから俺は、一世一代の覚悟で大勝負ドゥオアダイに臨もう。全てを失う覚悟をしないと、俺の本気は理解してもらえないだろうから。


「フリーゼだろ? 開いてる」

「うん」


 浮かない顔のフリーゼが、ふらっと俺の前に立った。


「よう。どうした?」

「ん……」


 深刻に考え込む俺もらしくないが、オーラの弱いフリーゼってのもらしくない。


「いや、結局出発前にペア決められなかったから」

「ああ。そうだな」


 あんたが、さっさと切り出さないからでしょ! かっとなったんだろう。フリーゼが例のやつをぶちかまそうとしたから、今まで一度も発動させなかった俺の能力を解放する。俺は、近くにいるやつの運動神経を麻痺パラライズさせることができるんだ。わずかな間だけだけどな。母星で男どもに襲われた時に何度か使っただけで、訓練所ではずっと封印していたのさ。


「え? ちょ、ちょっと」

「動けないだろ? 落ち着けよ」

「……」

「少しは状況を考えろ。ここで破壊力を行使したら、最悪船が逝って全員あの世行きだぜ?」

「う……」


 ふううっ。ゆっくりフリーゼの拘束を解く。やれやれ、本当に血の気の多いやつだ。どっかで血抜きしてもらえよ。少しはましになったかと思ったが、やっぱりこれがフリーゼの地だよな。だが、おちゃらけはここまでだ。


「座ってくれ。俺の話は長くなる」


 ぶすくれたフリーゼが、ベッドに腰掛けていた俺の隣にどすんと腰を落とした。


「なあ、フリーゼ。ペアの意味を考えてみろよ」

「どういうこと!?」

「キャップは、夫婦や恋人がペアになることを必ずしも推奨していない」

「……え?」

「出発前のアナウンスで言ってただろ? 訓練所は入植地を忠実にシミュレートしてるって」

「うん」

「訓練でのペアは、夫婦や恋人だったか?」

「あ……」


 そういうところまで、ちゃんと考えてくれよ。


「そういうことさ。入植したら、訓練生の大集団はばらされる。ペア三組六名ワンセットのユニットで調査員を散在させる形になるんだ。まさに開拓だよ」

「じゃあ、なんでわざわざペアを設定するわけ? 六人ていうだけでいいんじゃないの?」

「それじゃだめだ。六人の中に必ず浮くやつが出て、上下関係が生まれちまう。今のおまえがまさにそうだろ」


 フリーゼが慌てて俯いた。


「ペアやユニットという小さい単位に集団をばらすのも、目的は同じさ。王様や神様を入植地に作らないことが目的だ。キャップはよく考えてるよ」

「でも、なんでペアを夫婦推奨みたいな形にするの? あのマッチングシステムといい、人をバカにしてるわ!」

「夫婦ってのは、愛情というもっとも深い感情交流に基づいて成り立ってる。だから、支配するされるという状況が生じにくい。孤立でも支配でもない二者関係の見本だ」

「……」

「理想的なペアの形が、夫婦で説明しやすいってだけさ。対等に相互扶助できる相手を探してくれってことだよ。母星のような繁殖前提の夫婦制は、最初から想定していない」


 それでもまだ納得行かないんだろう。フリーゼの膨れっ面は変わらない。


「まあ、ペアやユニットの考え方も暫定的なものだろ。最初はそれでやってみようってだけで、規則化されているもんじゃない」

「え? ちょっと」


 フリーゼは、てっきり本部からの指示だと思い込んでいたらしい。そんなわきゃないよ。


「規則じゃないの?」

「規則なんかあっても意味ないよ。規則をたてにして俺らを拘束、排除できるやつなんか誰もいないんだから」

「うーん……」

「訓練所でも、キャップがずっと経文のように言ってただろ? 俺にそんな権限はないって。古参連中はみんな自分勝手で、キャップの指令をつらっと無視してたし」

「ああ、そうか」

「キャップでさえ指図できないのに、他の誰が指図するんだ?」

「確かにそうね」


 少し考え込むポーズになったフリーゼが、こくっと首を傾げた。


「じゃあ、無秩序な騒乱状態になっちゃうわけ?」

「そこまでの規模には膨らまないよ。他人に関心のないやつばかりだから」

「!!」


 ぎょっとしたようにフリーゼが立ち上がる。どうどうどう。


「まあ、座れって」

「う……」

「俺たちは、遅老症っていう厄介なお荷物のせいで常に一般人から疎外されてきた。孤立には慣れてるんだよ。それが災いして、集団というのをうまく作れないし、そいつを上手に制御できない。古参連中を見れば分かるだろ?」

「うん」

「だが、それでは入植がうまく行かない。ゆるゆるでもいいから最低限のユニットを作らないと、入植地が維持できなくなるんだ」

「入植後は、わたしたちの勝手にできるんじゃないの?」

「できるよ。おそらく、本部から俺らに課せられるノルマは有名無実さ。入植に成功したという事実以外、本部は求めないと思う」

「そうね」

「でも、訓練所は入植地の環境を忠実にシミュレートして設計されてる。それが意味することは?」


 熟考モードに入ったフリーゼが、正解にたどりついた。


「そうか。母星からの資源供給がないと、生きていけないってことか」

「当たり。入植地はそういうところだと思うよ。俺たちは長寿命であっても、霞を食って生きる生物じゃない。ライフスタイルは一般人ノーマルと何も変わらないんだ。糧道を断たれたら全員お陀仏だよ」

「うん」

「じゃあ、誰が入植地で本部とのやりとりを仕切るんだ?」

「キャップじゃないの?」

「ユニットごとにキャップを置けるわけないだろ。おまえは千人近くのリクエストを一人でさばけるのか?」

「あああっ!」


 フリーゼが、さあっと青ざめる。


「そういうことだよ。俺らの社会性がどんなに低くても、組織として必要最小限のレベルは維持しないと、あっという間に入植地が崩壊する。だから、でかい組織でも完全なパーソナルでもなく、ペアとユニットなんだよ」

「そういうことだったのか」


 眉間にくっきりシワを寄せたフリーゼは、顔を上げて宙を睨んだ。


「ちゃんと説明して欲しかったなあ」

「無理さ」

「え?」

「俺以外、誰もそういうことに強い関心を示さなかったんだ。キャップは聞かれないことにまで踏み込まないよ。おまえも関心がなかっただろ?」


 図星だったんだろう。フリーゼの怒気がさっと消えた。


「……うん」

「訓練所に残ったのは、一人残らず遅老症の逃亡者……いや難民だよ。開拓者っていう名誉オナーは、役立たずの看板に過ぎない。でも入植地に行けば、俺らはもう逃げ隠れする必要がないんだ」

「そうね」

「その代わり、次の難民キャンプもない。俺たちに試練が待ってるとすれば、そこだろ」

「ねえ、ブラム」

「なんだ?」

「どうしてあんたは、そこまで読むの?」


 思わず苦笑しちまった。


「ははは。他の連中は逃げるだけでよかったかもしれない。でも、俺はそれだけじゃ母星で生き残れなかったんだよ。常に追跡者チェイサーがつきまとっていたからね」


 俺の望んだことじゃないが、女というチェイサーがな。


「今と先を読んで、自分の保身に最適な手段を考える。それがこれまでの俺の生き様だったんだ」


 俺の話は、フリーゼには乾いた冷たいトーンに聞こえたかもしれない。だが、ペアというものの考え方を一度地べたに下ろしてからじゃないと、肝心の話が切り出せないんだ。


「なあ、フリーゼ。おまえは、逃げるだけの連中とは全く違う。すごい能力を持ってる」

「能力? わたしに?」

「物騒なものをぶっ放す能力じゃないぜ」

「う……」

「そうじゃない。訓練所の中で、おまえだけが闘志をくっきり見せるんだよ。おまえが浮くのは、そいつを持ってるのがおまえしかいないからさ。そもそもそれがおかしいんだよ。覇気や闘志のない開拓者パイオニアなんざ聞いたことがない」

「うん!」

「ずっといらいらしてたのは、俺のこと以前に、そのせいだろ?」

「そう! そうなの」

「俺も、最初からずっと違和感を覚えていたんだ」


 ほっとしたように、フリーゼがいからせていた肩を下ろした。


 感覚の共有。一般人なら真っ先にすることを、ソロイストばかりの俺らは最後の最後に回してしまう。迫害のプレッシャーがなくなっても、歪んでしまったコミュニケーション感覚はなかなか戻らないだろう。俺らはそれを前提にして、入植地での生き方を探らなくてはならない。ハンデはでかいんだ。


「おまえのガッツは、上手に使えば事態打開の切り札になる。そうやって、ポジティブに考えた方がいい」

「あ、あのっ!」


 俺がペアの話を切り上げようとした気配を感じて、フリーゼがひどく慌てている。


「ブラムはペアを決めたの?」

「まだだ」

「じゃあ……わたしがなってって言ったら?」

「ノー」


 ペア決めの催促やマッチングシステムの稼働に急かされてのどさくさ紛れとはいえ、俺たちは接点を作って交流を深めた。フリーゼの中では、俺とペアを組むことが既成事実化してたと思う。だが、それは絶対に受け入れん!


 予想外の俺の拒絶に激しいショックを受けたんだろう。その場にくずおれたフリーゼが、激しく泣き始めた。


「うううーっ!」

「フリーゼ。誤解しないでくれ。俺は『ペア』はお断りなんだよ」

「ど……いう……こと?」


 泣きじゃくりながら、フリーゼが顔を上げた。腕を引っ張り上げてベッドに腰掛けさせ、正面からふわりと抱きつく。それから耳元で、ずっと言いたかった言葉を……ささやいた。


「俺の……ワイフになってくれ。俺はペアは嫌なんだよ。絶対に嫌なんだ」


 もう……もう我慢できないっ! ずっと抑え込んでいた感情が、一気に爆発した。


「ペアは……合わなきゃ組み換えなんだよ。それじゃあ、俺が母星でしてたのと同じ生き方の繰り返しにしかならない。もう嫌だ! 別離はもう要らない! もう二度とあんな思いはしたくないっ!」


 涙腺が木っ端微塵にぶっ壊れて、涙が滝のように溢れてくる。それが喜びの噴出だったならどれほど良かっただろう。でも次から次へと吹き出してくるのは、黒い黒い涙だ。どうしようもなく黒い……涙だ。俺は、すがるようにしてフリーゼを強く抱きしめた。

 どんな辛いことがあっても、それはなんとかなる。次のチャンスを待とう。俺は、そうやってずっと生きて来た。そして、確かにチャンスには恵まれた。でも、それは必ず別離とセットになっているんだ。


 もう嫌だ! 置いていかれることには耐えられないっ! 


「頼む! 隣にいてくれ。ずっと……ずっと俺の隣にいてくれ。俺はそれ以外は何も望まない。お願いだ!」


 幸せの絶頂になるはずのプロポーズが、黒く冷たい涙で汚される。ああ……俺たちは歪んでるよ。これでもかと歪んでる。でも、歪んでるからできることもあるんだよ。嘘やごまかしは混ぜない。黒いものは黒いまま、悲しいことは悲しいままで。それでも俺は手を伸ばす。歪んでいるからこそ。同じように歪んでいるフリーゼに。


 俺の背中に回されていたフリーゼの腕に、ぐっと力がこもった。


「ブラムは……ずっとわたしの……隣にいてくれる?」

「もち……ろんだ」

「わたしは……何もでき……ないよ?」

「それは……俺も同じ……さ」


 互いの瞼の上にキス。頬の涙にキス。そして……唇を重ねた。涙の味しかしない、しょっぱいキス。でもそれは、上っ面だけ甘いキスじゃない。互いの心を削り取って重ねたキスだ。俺は、そのキスの味を生涯忘れることはないだろう。



【第二十八話 勝負だ! 了】

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