第二十六話 気になる!

 フリーゼとの交際スタート。それは、入植までにペアを確定してくれというキャップのオーダーがきっかけのように見えるかも知れない。だが、俺とフリーゼの間の引力はずっと前からあったと思っている。変則的だったにしても、ね。

 それが一目で恋に落ちるっていう代物じゃないのは確かさ。訓練所に来る船で最初に出会った時、美人だが気の荒いフリーゼをなんだかなあと思ったのは事実だからな。フリーゼも、俺のことをスカした嫌なやつだと感じたに違いない。


 でも俺とあいつは、最初からずっとタメ口を利き合い、フランクなやり取りを続けてきた。俺はあいつを女扱いしなかったが、特別扱いもしなかった。誰もが恐れるフリーゼを、俺だけは怖がらなかったんだよ。きっとフリーゼの中で俺は、他のやつと違う位置付けになっていたと思う。

 俺は俺で、フリーゼには憧れに近い感情を抱いていた。容姿にじゃないよ。その芯の強さに、だ。いくら迫害を受ける心配がないと言っても、訓練所には四方八方男しかいなかったんだぜ? 俺なら三日でギブアップだよ。片意地なんていうちんけなレベルでは、絶対に耐えられない。逆風の中には、鉄のように強い自我がないと立っていられないんだ。俺は……素直にすげえと思っていたのさ。ずっとね。


 そういう互いへ意識はありながら、俺の妙な力が接点形成をずっと阻んでいた。


 俺の女性誘引力は、フリーゼにも効いてしまう。あいつは、俺に惹かれるのが自己意思なのか外からの不当な力によるのかがわからなかったんだろう。あいつにまともな恋愛経験があれば区別できたはずだが、そこは、な。

 俺は俺で、フリーゼにどこか惹かれていながら、恋愛神経の上に分厚くこびりついてしまった受け身な生き方を変えられなかった。俺に対する忌避姿勢をずっと崩さなかったフリーゼにあえて積極アプローチする踏ん切りが、どうしてもつかなかったんだ。


 だから俺たちの間の障壁がなくなれば、早かれ遅かれ接点はできたと思う。入植前のペア決めは、それを後押ししただけ。必ずしもそれがきっかけってわけじゃない。


「でもなあ……」


 恋愛音痴同士の組み合わせってのは最悪だと、毎日思い知らされてるよ。いや、それはフリーゼのせいじゃない。俺がへたれだからだ。タオやフライをそそのかしておきながら、当の俺がこんなに臆病者チキンだったというのは自分でもがっかりだ。

 フリーゼも普段あれだけ威勢がいいのに、肝心なところでぼかすわ、はずすわ、逃げるわ。びびりだよなあ。いやいや、フリーゼのせいにしたらダメだ。これはあくまでも俺自身の問題だ。自分をしばき倒して、ばしっとキメなければ!


 食堂のテーブルの上に好物のプルートブルスト血入りソーセージの皿を乗せたまま、俺はずっと珍妙な百面相を繰り返していたようだ。


「よう、ブラム。変顔の練習か?」

「あほか」


 フェアリーにだいぶ精を吸い取られたんだろう。少し頬のこけたウォルフが、それでも満面の笑みを浮かべて俺の隣にどすんと座った。血色がいいから、健康上の心配はなさそうだな。


「例の、ペアをフィックスしてくれっていうアナウンス。それで悩んでるだけだ」

「おまえなら選り取り見取りじゃん」

「本部の注意喚起がなければな」


 ずるっ。ウォルフが椅子からこけた。


「ああ、そっかあ」

「おまえはいいよな。フェアリーとしっぽりやってるんだから」

「まあな」

「ペアも決定したんだろ?」

「もちろんだ」


 これまで散々俺のネタにされていたウォルフは、土壇場で俺をうっちゃって余裕しゃくしゃくだ。ちぇっ!


 いつもはウォルフをいじっている俺が逆にいじられているのを見て、キャップがどすどすと足音を立てて近寄ってきた。ナンパ騒動の時にキャップからがっつりねじ込まれたウォルフは、あれからキャップに対して強い苦手意識が出来たようで、さっと退散。


「じゃな」

「ああ」


 遠ざかるウォルフの背中をやれやれと見送っていたキャップが、ウォルフの座っていた席にどすんと腰を下ろした。


「ブラム、どうだ? 決まりそうか?」


 ううう、キャップから開口一番でかいプレッシャーをかけられて、がっつりめげる。


「まだです。ぎりぎりまで考えます」

「そうか」

「それより、キャップ」

「うん?」

「大丈夫なんですか?」

「なにがだ?」

「このままなら、必ずはみ出してしまうやつが出ますよ」

「心配いらんよ」


 キャップが、あっさり俺の懸念をスルーした。


「ペアはいつでも組み替えられる。それは訓練の時と同じさ。異性、同性のいかなる組み合わせでも、ペアを完全に固定する必要はないし、その意味もない」


 うーん……。


「でも、全体としてはそういうムードになっていないような」

「まあな。だが、俺は現時点での流れをできるだけ維持したいんだよ」

「どうしてですか?」

「そうしないと、孤立が入植地での標準スタンダードになってしまうからさ」


 あっ! そ……うか。そういうことだったのか。

 キャップは、柔和な表情で訓練生同士の談笑の輪を見渡す。


「君がここに来た頃、こんな光景は見られなかっただろ?」

「そうですね」

「母星ではごく普通に見られる光景が、ここでは逆に異常になっていた。その異常性を緩和しておきたい。ペア決定を急かす意味はそれだけさ」

「でも」

「うん?」

「背景説明なしだと、誤解するやつも多いんじゃ……」

「まあな」


 優しげな顔から一転して、ひどく険しい表情に変わったキャップが。ぼそっと一言放り捨てて、席を立った。


「それには個別に対応してる」


 うーん……気になるイットボザーズミー


◇ ◇ ◇


「ブラム、どうしたの?」


 俺の部屋。フリーゼが心配そうに俺を見つめている。ずっと苛立っているのが気になったんだろう。


「ああ、さっき食堂でキャップと話したんだが」

「うん」

「どうも変だな」

「変?」

「そう。これでもかと丁寧に説明を尽くすのがキャップなのに、妙によそよそしかったなあと思ってね」

「そういや……」


 フリーゼも首を傾げた。


「訓練のスケジュールがすごくタイトになってるんだけど、キャップが出てこなくなっちゃったね」

「ああ。キャップの性格ならぎりぎりまで先頭に立つと思ってたんだけどな」

「うん」


 まあ。近々入植開始のアナウンスが出るんだろう。その準備に忙しいキャップが、俺らに気を回す余裕を無くしてる。そう考えるのが妥当なんだろうな。態度の急変が気になるけど、これ以上は突っ込みようがない。


「ふうっ……」


 気になるといえば、フリーゼのこともそうだ。あれから俺の部屋に来てくれるようになって、こうやっていろいろ話ができるようになって。それは嬉しいんだよ。


 だが、どうしてもペアになってくれの一言が出てこない。キャップの言うように、そんなに四角四面コンクリートに考えなくてもいいんだろうが、これまでの別離のトラウマがある俺はそこをなあなあにしたくないんだ。

 いや、フリーゼが確実におっけーしてくれるなら喜んで申し込むさ。だけど俺は自分自身に自信が……ないんだよ。あの最初の話し合いの時に、一気に申し込んでしまえばよかったな。腰が引けて、完全にタイミングを逸しちまった。


「おっと、ごめん。訓練の時間ね」


 フリーゼがさっと立ち上がって、肩越しにひらひら手を振った。


「済まんな」

「なにが?」

「いや……」


 訓練所に男女差はないと言っても、やっぱりこういうのは男がリードするものなんだろう。タオもフライも、そしてウォルフもきっとそうしたはずだ。偉そうにしてた俺が肝心な時にびびってるのは……うう。


「じゃあね。また」

「ああ」


 フリーゼが部屋を出てすぐ。俺は絶叫した。


「俺はチキンだあああっ!」


 廊下で、フリーゼがくすくす笑うのが聞こえた。がっつり……堪える。くすん。


◇ ◇ ◇


 キャップの変化、フリーゼの気持ち。気になること、確かめたいことはいっぱいある。だけど、すぐには確かめられないからこそずっと気になるわけで。そこは堂々巡りなんだ。


 ずっと仏頂面だったフリーゼの笑顔をいっぱい見られるようになった俺は、それをずっと独占したいなと思う。そのためには。互いの気持ちを確かめて終わりじゃなく、フリーゼのことをこれからずっと気にする必要があるんだろう。


 出てこない勇気を絞り出せ! 俺は、逃げ隠れする生き方を止めると決めたじゃないか! 暗闇の中で、何度も自分をどやしつける。それでも。


「きっとぎりぎりになっちまうな。はあ……」



【第二十六話 気になる! 了】

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