第二十五話 話そうぜ!

 大量の女性訓練生のなだれ込みとそれに伴う混乱は、マッチングシステムの稼働と同時に徐々に収まった。全員が遅老症であるという情報だけではなく、メンバーそれぞれが一般人ノーマルにはない特性を持っている事実もしっかり共有されたからだろう。

 母星では一般人の枠内に決して入れなかった者ばかりになったことで、少なくとも訓練所では少数派マイノリティを意識しなくてもよくなったわけだ。当然、他人の目を気にする必要がなくなるから、ストレスはうんとこさ減る。訓練所の雰囲気がとても明るくなった。


 ただ……。入植が近くなってきたことに薄々気付いているのは、俺だけではなかったようだ。同じことの繰り返しでまるっきり緊張感を欠いていた訓練の雰囲気が、ひりひりするようなソリッドなものに変わった。訓練には危険がなくても、入植地に危険がないとは限らないからだ。

 訓練と並行してユニットの確定作業も始まったようで、ユニットのベースになるペアの決定が急ピッチで進んでいた。ユニットに関するキャップからのアナウンスは最低限。ペア三組が基本で、ペアはそれぞれの自己申告に基づき決める。ユニットの六人で同居するということではなく、基本はペアでの居住スタイルになるので、ペア三組の組み合わせは所長に一任して欲しい。それだけだ。


 肝心の、こういう基準でペアを決めろという指示は一切なかったんだ。


 でも、真っ先にペアを確定したタオとエミ、フライとリズを見て、訓練生は恋人同士もしくは夫婦がペアだと捉えたんだろう。マッチングシステムの稼働率が上がり、男女間の積極アプローチが盛んになった。

 当然、食堂は出会いを求める男女の貴重な社交場になるわけで、味気なかった最初の頃を知っている俺はひどく複雑な気持ちになる。急にピンク色になってしまった食堂の雰囲気は、俺を真っ黒けに染める。ちぇ。


「はああっ」


 俺と同じようにうんざり顔をしていたフリーゼが、でかい溜息をテーブルの上に転がした。


「ねえ、ブラム」

「なんだ」

「こんな話は聞いてないよね」

「まあな。だが、最初に入植地運営システムの説明はあったんだ。俺らがのんき過ぎたってことだろ」

「のんき……かあ」


 この前、俺に過去を不用意に触られてぶち切れたフリーゼだが、俺がそんなことあったかという風につらっとしているのを見てしゃあないと思ったんだろう。再び食堂で同席することが多くなった。ただ、あの時とは状況が違う。他の訓練生が続々ペアの相手を決めていたからな。


 母星での俺にはいつも恋人がいたから、ペア成立のあとの雰囲気はよく分かっている。訓練所に来てからは全員がソロだったから、ソロばかりの雰囲気もわかる。でも、誰からも当てつけられるという雰囲気は初めてなんだ。こらあ……めっちゃきついわ。

 大概のことはスルーできる俺ですらうんざりするんだから、フリーゼにとってはもっと大打撃だろう。いくら上玉とはいえ怖い怖いフリーゼにお恐れながらと声をかけるのはとんでもなく勇気がいるし、オーケーなんか出るわけないと最初から諦めムードになってしまうだろうしなあ。


 俺をちらちら横目で見ていたフリーゼが、こそっと探りを入れてきた。


「ブラムには、何かアプローチはないの?」

「ないよ。本部から要注意人物のレッテルをべったり貼られたままなんだ。俺に声をかけるのは、よほどの物好きだけだろ」

「ふうん」

「見える部分で評価されたら、俺はどこをどうしたって論外さ。モテる要素はゼロだからな」

「でも、母星で……」

「ああ、そいつは俺が出してる変なもんのせいだろ」

「断らなかったんでしょ?」

「断らない。庇護者がいない俺にとって、支えてくれる女が唯一のライフラインだったからな」


 フリーゼの視線が一気に険しくなった。このヒモ野郎がって思っちまうだろうな。確かに、俺がずっと女のヒモ状態だったことは否定しない。


「他の連中が俺の生き様を見て、こいつ最低だと思うのは仕方ないと思う。だが、俺には他に選択肢がなかったんだ。それを一々説明するのがかったるくてね」

「選択肢がない? 自立できないの?」


 思わず苦笑する。まあ……食いついてきたということは、他者との関わりを拒んできたフリーゼが基本姿勢を変えようとする良い兆候なんだろう。俺にとっても、過去のがらくたを整理するにはいい機会だ。


「場所を変えようぜ」

「どして?」

「甘ったるいピンクエアの中で、俺だけ汚い血反吐を吐き散らしたくないからさ」


 きょろきょろと周囲を見回したフリーゼが、情けない顔で頷いた。


「そだね」

「落ち着いて、話をしようレッツトーク


◇ ◇ ◇


 俺の部屋に行くのは拒むかと思ったフリーゼだが、すんなり入ってきた。まあ、ドアは施錠してないし。攻撃力が俺とは比べ物にならないからな。


「ああ、適当に座ってくれ。飲み物は?」

「じゃあレモンティーを」

「おっけー」


 サイドテーブルに紅茶を入れたカップを置き、俺はベッドに座る。フリーゼが、すぐにさっきの話を持ち出した。


「さっきの」

「ああ、なぜ俺が自立しなかったか、だろ?」

「そう」

「俺が外に出ると、必ず騒動が起こるからだよ」

「あっ!」


 フリーゼが、椅子を鳴らして立ち上がった。まあ、座れよ。


「あ……ああ。そっか。そういうことか」

「わかるか?」

「うん。あんたにその気がなくても、女たちが集まってきてしまう」

「そう。それだけじゃないんだ。その女たちには、男もセットになってんだよ。俺が遅老症じゃなければ、もう何度も死んでる」

「ひっ」


 真っ青になったフリーゼが、かちんと固まる。


「俺の回復力には、怪我や病気からの回復だけでなく再生も含まれてる。遅老症の連中の中でも、バイタルはたぶん最強だろう。俺はそいつを活かすしかないのさ。いかなる状況になっても加害者に絶対に逆らわない。常に被害者の立場に居続けることで、こいつをクリーンに保ってきたんだ」


 ウエアの胸ポケットから黒板ブラックプレートを出して、ひょいと振る。


「そっかあ」

「ただ、タフだからごたごたに耐えられると言っても、好きでそうしているわけじゃない。できるだけ静かに穏やかに暮らしたいから、外との接点を最小限に絞れる生き方をセレクトした。それだけなんだよ」

「でも……」

「ああ、ペアのもう一方がってことだろ?」

「うん。彼女たちは納得したの?」

「してないだろ。俺に対しても自分自身の気持ちに対してもな。どんなに俺が真摯に奉仕したところで、ずれていく老化の速度がそれを全部嘘に変えていくんだ。俺は、その心変わりは責められない。どうしようもない」


 黒板の代わりに、事業団のIDカードをかざす。


「だから、ここに来ることは俺にとっての必然だったんだ。女の陰に隠れてばかりの情けない生き方を全部ちゃらにできる。ほとんど男しか来ないだろうから、気楽だし」


 俺の説明で納得できたんだろう。食堂で直にぶつけられていた激しい嫌悪感が薄くなった。

 

「こんなに女性がなだれ込んで来るってのは予想外だったけどね。まあ、対応策がわかったから、俺的にはそれでもういいかな」

「じゃあ、あんたの変な性質抜きで誰かにアプローチできるんじゃないの?」


 こいつも、ツッコミがえげつないよなあ。おまえも人のことなんか言えないだろうと思いながら、さらっと答える。


「ははは。俺は自分からアプローチしたり、告白した経験がないんだよ」

「えええっ!?」


 のけぞって驚いてやがる。


「そらそうだろ。常に向こうからアプローチが来て、俺はそれにんだよ。俺が動かなければならない範囲を極力狭めるためにね。そのどこに、告白の絡む要素がある?」

「ううう」


 信じられないって顔だな。


「だから、自分から打って出る必要がある今、がっつり悩んでるんだよ。告白ってのはどうやってすんのかなって」

「そんなの、アイラブユーだけで行けるんちゃうの?」

「おまえはいきなりそう言うのか?」


 真っ赤になったフリーゼが、慌ててぶるぶる首を振った。


「む、無理」

「自分ができないことを人に言うなよー」

「ごめん」


 上目遣いで俺の表情を確かめたフリーゼは、俺がにやにやしているのを見てぷっと膨れた。


「まあ、なんとかなるだろ。俺は楽観主義者なんだ」

「うん、そう思う」


 ほう。素直に認めるってのは珍しいな。


「わたしも……そろそろ考え方を変えたいな」

「その方がいいと思うぜ。入植はいい機会だ」

「そうね」


 顔を上げ、ドアをじっと見つめていたフリーゼは、唐突に過去を語り始めた。


「わたしは、物心つく前に親に捨てられたの」

「信じられん。その容姿なら、生まれた時もエンゼルベイビーだろ?」

「両親のどっちにも似てなかったのよ」

「ああ、そうか」


 確かにな。金髪はあっても銀髪はないか。瞳や唇の色も……だな。俺が頷いたのを確かめて、フリーゼが続きを話しだす。


「孤児院で育って。絶対に親を見返してやるって誓って、トップモデルにまで上り詰めた。でも健診で引っかかって、医者に言われたの」

「遅老症だってか?」

「そう。いつまでも変わらないっていうのは、目立つ立場の人ほどマイナスに作用する。今のうちに一線から引いた方がいいって」

「それで引退したんだな」

「うん。ただ……」


 次の言葉が出て来るまで。しばらくかかった。


「それまでに目立ち過ぎちゃったんだ」

追跡者チェイサーが来ちまったか」


 意気消沈したフリーゼが、ぐったり俯く。


「街にはすぐにいられなくなった。どこで働いても、必ずわたしを標的にするやつがいるの」

「男だろ?」

「そう。後をつけられるから真っ直ぐ帰れない。誰かと同居するにしても、その人に迷惑をかけちゃう」

「ああ」

「どこにいても安心できない。小さな足音にもびくびくしてなかなか寝付けないし、すぐに目が覚めちゃう。熟睡できないの」

「それでか……」


 入眠しにくいこと。眠りがひどく浅いこと。音に対して異常に敏感なこと。やっぱり、どれも後天的なものだったな。


「どんどん人気の少ないところに逃げ続けて。最後は山小屋の中で一人、よ」

「山小屋ぁ? おいおい、どうやって食料を確保してたんだ?」

「自給自足。モデル時代のギャラはどうしても必要な生活用品の補充にだけ使って、食べるものは畑で作ったり山や川で採集したり。自力調達してたの」

「たっくましいなあ」


 ぎぎっと睨まれたけど、俺はばかにするつもりでそう言ったつもりはない。素直に感心してたんだ。俺にはないバイタリティだからな。


「おまえの変な力も、その時にできたんちゃうか?」

「そう。訓練したの」


 やっぱりか! タオと同じで、後天的な能力だったんだな。


「誰かにガイダンスを受けたのか?」

「ううん。資料を見て、もしかしたらできるかもって。自力で」

「すげえ……」

「でも、細かいコントロールはできない。消えそうな火を熾し直したり、ものすごく冷え込んだ日に室内を温めたり、そういうアバウトな使い方しか」

「そうか。エネルギー移動を熱源確保に使ってたのか! なるほどなあ」


 俺の納得顔を見て、フリーゼはほっとしたんだろう。少しだけ笑みを浮かべた。


「こっちでは、逆に冷やす方にしか使わなかったけどね」

「四方八方野郎ばかりだったからな。自衛回路がずっと起動しっぱなしだったってことだろ」

「ちょっと過剰反応だったかもしれない」

「ちょっとどころじゃねえよ」


 俺の呆れ顔を見て、フリーゼがしゅんとする。


「まあ、いろいろあったからしゃあないさ」

「うん」

「ただ」


 腕組みして、天を仰ぐ。


「その力はそのままでもいいが、癇癪起こしてぶちかますのだけは自制しないと」

「うう」

「ははは。のんびりやればいいじゃないか。時間だけはたんまりあるから」

「それで。ペアはどうすんの?」


 で、最初に戻る。


「もうちょい考える。一つ心配事があるんだ。それが片付いてからだな」

「心配事って、わたしの?」


 ぶっこけそうになる。おいおい、それは立派に俺へのダイレクトアプローチだぜ? でもフリーゼには、俺に言い寄っているという意識がないんだろう。俺と同じで、フリーゼもまともな恋愛をした経験はなさそうだな。

 トップモデル時代は、言い寄られることはあっても自分からってのはないはず。孤児院の頃と逃亡生活に入ってからは生き延びるのに精一杯で、とても恋愛どころの話じゃなかっただろう。


 俺もフリーゼも、恋愛観がものすごく歪んでる。そして、歪んでいるのは俺ら二人だけじゃないはずだ。歪んでることを承知でペアを組ませれば、それは後々いろんな悪影響を生むんじゃないのか。俺は、それがどうも気になるのさ。


 なんのためにペアを組ませるのか。俺はキャップからペアの意味について概略の説明を受けてる。でも説明は、訓練生全員に徹底されていないんだ。リズと話をしていても、結局そこに行き着くんだよ。俺らは規則で拘束されない代わりに、情報から遠ざけられてるってね。ペアの件だけでなく、全てがそうなんだ。それが気持ち悪くてしょうがない。


「心配事は、ここ全体のことだよ。フリーゼのことじゃない」

「??」


 フリーゼにはぴんと来ないんだろう。まあ、いいさ。

 

「それより、もっと話をしよう。ペア云々以前に、まずそこからだろ」

「そうね」


 ほっとしたようにフリーゼが立ち上がった。


「じゃあ、また」

「またな。おやすみ」

「おやすみなさい」


 過去を吐き出し、厄介な憑き物を落としたかのように。柔らかな微笑みをたたえたフリーゼがゆっくり歩き去った。フリーゼの後ろ姿を見送りながら、俺は胸に手を当てる。鼓動が……すごく早くなっている。そうさ。俺は生まれて初めて本当の恋をしたんだろう。錆びてしまった自分を磨いて、本来の輝きを取り戻しつつあるフリーゼに。そしてフリーゼも俺のことをそう考えてくれればいいなと。心からそう祈る。ただ……。


「刺々しさが消えれば、あいつはモテるだろうなあ。ふう」



【第二十五話 話そうぜ! 了】

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