第二十一話 心配いらん!
まあ……女性訓練生がどどっと来た時点で予想できたことではあった。
「浮いちまったよなあ」
食堂の隅っこで、やれやれと思いながら血入りゼリーを口に含む。俺の視線の先には、不機嫌さを隠そうとしないフリーゼ。でかいテーブルにぽつんと一人で座って、不味そうに飯を食っている。
あいつの孤立主義は、最初からずっと変わっていない。それが目立たなかったのは、ウォルフとのペアが長かったからだ。うっとうしいやつと悪し様に言いながらも、自分を徹底的に立ててくれるウォルフの態度はまんざらじゃなかったんだろう。
だがウォルフから俺にペアが変わり、それが破綻してソロに戻った途端にどどっと女性訓練生がなだれこんで、あいつを取り巻く状況ががらっと一変した。長い間唯一の女性訓練生として誰からも一目置かれていたフリーゼは、あっという間に蚊帳の外に置かれてしまったんだ。古参には最初から相手にされず、男性の後輩たちには全力で怖がられ、女性訓練生の輪には入れてもらえず。まあ、絵に描いたようなぼっち状態だよ。
フリーゼがそれを気にしないならいいんだが、あいつの孤立志向はどう見てもポーズなんだ。本当に独りが好きなら、俺が誰と何をしようが気にしないはずさ。
「変にプライドが高いってのもなあ」
俺がぶつくさ言っていたのを聞きつけたのか、のそっとキャップが寄って来た。
「プライド? ブラム、なんの話だ?」
俺が無言でフリーゼを指差すと、キャップが渋い表情になった。
「まあな。今はまだいいが、これからが大変だ」
「そうなんですか?」
「入植が近くなってきたから、そろそろユニットを固めていかんとならん。できれば息の合う者同士でペアやユニットを組んで欲しいからな」
「なるほどなあ」
「ぐんと人数が増えて、ペアを選択する幅が広がったのはいいことだと思うが、それは良し悪しさ。組みやすいタイプのやつにアプローチが集中し、そうでないやつは徹底的に外れるからな」
うーん……。
「まあ古参連中のように、ペアなんざ知ったことかっていうやつはあえて放置するよ。だが、あくまでも本人がそれに納得していれば、だ」
「ですよね。フリーゼが納得しているとはとても……」
じっとフリーゼを見つめていたキャップが、俺の肩をぽんと叩いて立ち上がった。
「君のように、彼女を案じてるやつがいれば大丈夫さ。
◇ ◇ ◇
訓練明けにジムでのフィジカルワークを追加し、きっちり体を絞ってから部屋に戻った。母星ではとても健康的とは言えない生活を送っていたが、訓練所に来てからだいぶ筋肉がついて、我ながらいい感じに仕上がってきたと思う。もっとも、その肉体美を見せる相手はどこにもいないが。
宝の持ち腐れと言えば、フリーゼの美貌もそうだよな。あいつの優れた容姿は、例の物騒な力以上に役に立っていない。むしろ内外のアンバランスを強調することになってしまい、かえってあいつの孤立をひどくする原因になっている。
容姿に全く取り柄のない俺が女に不自由せず、容姿が素晴らしい誘引力になるはずのフリーゼが男に恵まれない……か。
「うまく行かないもんだな。ん?」
ドアノックの音がして、ベッドから体を起こした。
「俺です。フライっす」
なんと! 珍しいこともあるもんだ。すぐに解錠して中に招き入れる。
「どうした?」
「ちょっと聞きたいことがあって」
相変わらずせかせかした動きだが、いつも以上に落ち着かないのは気になっていることがあるからだろう。
「リズのことだろ?」
「う……はい。ブラムさんと、どういう関係なんかなと思って」
嫉妬に狂ってもんもんとしているより、直接確認した方がいい。そう決心したんだろう。そのアクションは極めて真っ当だと思う。
「同僚だよ。リズは訓練講師。俺はユニットリーダーをやらされてる。もっぱら訓練や入植絡みの話だな」
「え? そうなんすか? 意外」
「それっくらいしか話のネタはないよ」
思わず苦笑してしまう。
「本当は、ウォルフといつもやらかしてるようなバカ話をしたいんだが、理知的な女性相手だとそうもいかなくてな」
「学がないやつは相手してもらえないんすかね……」
フライが、露骨にがっかりしている。
「あほうの俺でも会話の相手が務まるくらいだから、誰でも大丈夫だよ。彼女は気さくだけど、特別扱いと裏表を嫌う。こそこそしないで、フランクにずぱっと行った方がいいと思うけどな」
「そっかあ」
フライの見た目がハエそのものだと言っても、中身までそういう根性だとは限らない。リズだってそうだったんだ。ただ、中身を確認するにはどうしても積極的なアプローチが要る。一歩踏み込むこと。それが必要なタイミングってのがあるんだろう。俺はフライの背を押した。
「チャンスがあるなら突っ込んだ方がいいよ。俺のところに来たみたいにね。
さっと立ち上がったフライが、がばっと大仰なお辞儀をした。
「行ってくるっす!」
「がんばれっ!」
「うすっ!」
羽があれば羽音を立てて飛んだんじゃないか。それくらいの勢いで、フライが部屋を飛び出していった。うん。すごく気持ちのいいやつじゃないか。ゴズにつきまとったようなうっとうしいやり方は、女性にひどく嫌われる。でも真正面からのアプローチなら、それは熱意だと受け止めてもらえるだろ。
部屋を出た俺が、瞬く間に小さくなっていくフライの背中をにやにやしながら見送っていたら。背中に不機嫌そうな声がぼすっと当たった。
「そんなとこにぼさっと突っ立ってないでよ」
「へいへい」
女王様は今日も不機嫌だ。とばっちりを食わないうちにと部屋に引き上げたら、なぜかフリーゼも入ってきた。
「ふん? 何か用か?」
「あんた、いつもリズと何の話をしてるの?」
これまたどうしようもなく直球の突っ込みだ。俺は腹を抱えて大笑いした。ぎゃははははっ!
「何がおかしいのよっ!」
真っ赤になって怒ってるよ。このあと例のやつがどかんじゃたまらん。さっさと種明かししておこう。
「さっき、フライに同じことを聞かれたからさ」
「はあ?」
ぽかあん。フリーゼがあっけにとられてる。
「だから、俺の返事も同じだ。リズは訓練講師。俺はユニットリーダーをやらされてる。訓練や入植絡みの話ばかりだよ」
「本当?」
「後でリズに直接確かめてくれ」
「訓練なんてずっとやってることなのに、そんなに話を引っ張れるの?」
どうしても信じられないんだろう。その疑り深さは、フリーゼの過去を反映しているのかもしれないな。
「なあ、フリーゼ」
「なによ」
「同じことの繰り返しで変化も何もない訓練を、なぜ何年も続けてるんだ?」
「え?」
「訓練の意味を、深く考えたことがないだろ」
ぐっと詰まったフリーゼが、顔を伏せた。
「俺がリズと話をしているのは、もっぱらそういうことなんだよ。訓練所で俺らがしていること。入植に向けての心構えや準備について。それらに対する詳しい趣旨説明やアナウンスが何もないんだ。それはなんか変だよなって話ばかりさ」
フリーゼに椅子を勧めてベッドに腰を下ろし、でかい溜息を一つ床に転がす。
「ふうっ。一つだけ言っとく」
「なに?」
「俺は。奇妙な誘引力のせいか、母星にいた時は女に不自由したことがない。でも、対等な恋愛ってのを一度もしたことがないんだ」
「……どういう意味?」
「俺の気持ちを、女たちに受け入れてもらえたことがないのさ」
「信じられない……けど」
「そうか? 俺はずっと若いままなのに、女だけがどんどん年を取っていく。おまえが
フリーゼの首がくたりと折れた。
「俺が何もしなくても、女は来る。でも俺がどんなに自分の愛情を示し続けても、結局最後は女に捨てられるんだよ。アイラブユーもグッバイも何もかも一緒くたにぶん投げられてな」
訓練生に応募した時もそうだった。俺は……母星での居場所云々以前に、誰の心の中にも住めない苦しさに耐えられなくなったんだよ。
「それは……俺のせいか? それとも女たちのせいか? どっちのせいでもないよ。俺が背負ってしまった運命のせいだ。そいつは、いつも俺を一方的に傷付ける」
立ち上がって、ドアを開ける。それから、フリーゼに退出を促した。
「俺に刻まれたまま、塞がることのない傷。俺自身がその傷をなんとかしようと思わない限り、誰と何を話したところで色っぽい展開になんかならんよ。じゃあな」
◇ ◇ ◇
そうさ。俺は、フリーゼのことを偉そうにああだこうだ言えやしない。これまで全部後回しにしてきたツケが、恐ろしいほど膨れ上がっているんだ。そいつをなんとかしないと、結局俺はここでも入植地でも同じ失敗を繰り返すだろう。フリーゼじゃなく、俺自身がもうけりを付けんとならん。
「ふうっ……」
ベッドに横たわり、右手で何もない空間を無意識にまさぐる。
訓練所に来てから、隣に女の気配がないことにすっかり慣れた。だが、それは決して自然な形じゃない。俺はまだ逃げ続けてるんだよ。女からではなく、情けない自分自身をどやすことから。
俺は、母星で過去も本音も女の背後に隠して生きてきた。訓練所でそんなことをする必要はないのに、埃だらけのがらくたをずっと放置したまま今まで来ちまった。だが、これっぽっちも価値がない古傷をまっさらな入植地にまでずるずる引きずって行きたくないんだ。
とっとと小汚い部屋を片付けろよ! 誰もそう言ってくれないのなら、俺が自分自身に言うしかないだろ。
部屋の明かりを消し、闇の中に浮かんだフリーゼの仏頂面にエールを送る。
「フリーゼ。俺のぐだぐだに付き合わせて済まんな。まあ、
【第二十一話 心配いらん! 了】
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