第十四話 落ち着け!

 俺のアドバイス……というかお節介が、タオにどう受け止められたかは分からない。本来ならキャップにすら踏み込めない領域なんだ。余計なお世話だと拒まれたらそこまでさ。気にはなるけど、これ以上の関与はさすがにね。


 それでも、ビージーが母星に帰還した直後に比べれば少しは落ち着いたかなと思う。これ以上出過ぎたまねはしたくなかったが、ユニットリーダーの権限でペアを組み直すことにした。ビージーが戻ってくるまでの期間限定ではあるけど、タオとエミをペアにしたんだ。それくらいはいいだろう。

 これがまた。同じ東洋人同士ということもあるんだろうけど、見事にお兄ちゃんと妹の雰囲気だ。並んで歩いている姿が微笑ましいことこの上ない。寝起き以外のタオは大人しいしエミも控えめだから、そのままひな壇に上げて飾っておきたいような雰囲気だ。え? なんで俺がそんなことを知ってるのかって? 俺の彼女には東洋人もいたんだよ。落語も時代劇もどんと来いさ。


 ともあれ。タオの精神が落ち着き、エミの寂しさが紛れてくれればそれでいい。俺的にはこれにて一件落着だったんだが、問題は。

 

 フリーゼだ。


 あいつは極端に神経質で短気だが、少なくとも訓練の時に限ってはきちんと自己制御してたんだ。そりゃそうさ。あいつは、この訓練所で唯一と言っていいくらい本来の使命をしっかり意識してる。開拓者としてのプライドが一番まともなんだよ。だから、ユニットのメンバーがどういう組み合わせであっても絶対に手を抜かない。訓練にしっかり集中するんだ。それが……今はオフの不機嫌を訓練に持ち込むようになってしまっている。


 いや、ただ不機嫌だっていうだけなら別にいいさ。誰だって虫の居所が悪い時はあるからな。でもあいつが激しく苛立つと負のエネルギーが猛烈に膨れ上がり、例のヤバいやつが癇癪紛れにぶっ放されちまう。

 これまでフリーゼの悪癖が問題にならなかったのは、あいつが誰からも距離を置かれていたからだ。とばっちりを食うとしたらウォルフだから、まあいいかって感じで。だが、訓練の時にあいつのいらいら弾が暴発するのはまずいんだよ! 危険がないはずの訓練が一変して、大惨事の引き金を引きかねない。それがおっかなくてしょうがない。


 ウォルフの獣化は外見の変化だけで、周囲への実害はない。タオやビージーの厄介な癖は、発動するタイミングが分かっている。俺らが事前に備えればいいだけの話さ。でもフリーゼのどっかあんは、いつどこで爆発するか分からない。備えようがないんだよ。うーん、どうしたもんかな。

 事が起こる前には備えようがなく、何か起こってしまうと対処しようがない。俺自身のことじゃないから、キャップには相談しにくいし。もやもやした不安感を抱えたまま、訓練の時間に突入してしまった。


◇ ◇ ◇


 トレーニングコースの始点で、点呼と装備点検を行う。


視認装置ビジョナーに異常はないか? もう一度よく確認しておいてくれ」

「おっけーです」

「確認完了しました」


 ぶすっとふてくされているフリーゼ以外のメンバーからは、次々に確認済みの返事が戻ってきた。今日のユニットは先頭が俺とフリーゼ、最後尾がタオとエミ、新人二人を二列目に挟んである。新人のウオールマンとコナッキーは、訓練所でもっともでかいやつともっとも比重の大きいやつの組み合わせだ。二人とも性格はまともだが、どうにも動きがとろい。ゆっくり行くしかないな。


「訓練開始!」


 と。歩き出したものの、なかなか進まない。暗視装置に慣れていない新人二人が、もともととろい上にへっぴり腰になってるからなあ。俺はそんなものだと達観しているが、フリーゼの血圧ががんがん上がっている様子。こらあヤバいなと思っていたら、とんでもないことが起きてしまった。


 コナッキーがつまずいて、前にいたフリーゼの尻にタッチしてしまったんだ。


「触らないでよっ!」


 フリーゼがそう叫ぶ前に、例のやつがもうぶっ放されていた。離れていてもヤバいのに、至近でぶっ放すやつがあるかっ! いくら俺らがタフでも命に関わるぞ!


「フリーゼっ! 落ち着けっチルアウト!」


 ぶっ放されたあとで制止しても意味がないかもしれないが、第二弾は防がないとならん。だがそう叫んだ俺も、平常心を保つのは難しかった。


「うわあっ!」

「ひいいっ!」


 一斉に悲鳴が上がった。そりゃそうさ。コナッキーの様子を見る以前に、俺らの暗視装置が全部ぶっ壊れていたからだ。フリーゼの爆弾がそんな形で炸裂するってのは、まるっきりの予想外。その上、全く光のない暗黒下で最も重要な感覚である視覚を失うことは、想像以上の恐怖だったんだ。


 パニックになるのはまずいっ! 俺は全力で動くなフリーズと叫びたかった。でも、それは俺が母星にいた時にもっとも聞きたくなかったセリフ。迫害者の男どもが、敵視している俺に向かっていつも突きつけた警告だったから。


落ち着けーっチルアウト!」


 俺だって落ち着いてはいられないさ。でも、パニックでメンバーがばらばらに散ったら、いくら訓練でも大変なことになる。コースと名がついていても、俺たちが歩いているのはいつもの犬の散歩道じゃない。端がどこかわからない上に起伏のある、暗黒平面上なんだ。


「屈んで! その場にじっとして!」


 悲鳴が絶えて、ごそごそと小さな音が響いた。ふうっ。なんとか制御が利いたか。まず安否確認からしよう。


「コナッキー、大丈夫か」

「うす」

「損傷は?」

「ないっす。結晶化クリスタライズしたんで」


 ううう。そういう体質持ちかよ。まあ、無事ならいいや。


「各自、電装品の確認をしてくれ。通信可能なやつがあるか?」


 六人いれば一つくらい装備の生きてるやつがあると思ったが、見事に全滅だった。どうするかだなあ。


 重大なアクシデントが発生したということを、なんとかしてキャップに伝えないとならないんだが。電子機器オールアウトだと視認も通信もできない。燦々と輝く太陽でなくてもいいから、月星の明かりくらいはないとどうにもならん。ここに至って、俺は入植の厳しさを改めて痛感することになった。


 黙ったまま手立てを考えていたら、すぐ近くで周りを手探りするような気配がして、ふっと腕を抱え込まれた。


「こ……わい」


 フリーゼか。にゃあにがこわいだ、ばかたれが。ちっとは自分のしでかしたことに責任を感じてくれよ。まあ、それを今責めたところでしょうがないけどさ。


 と。待てよ。この訓練所では、いろいろなアクシデントを想定して訓練が組まれている。当然、こういう電子機器アウトっていう事態も想定に入っているはず。だからこそ、装備品の中に電装系を含む非常用光源や発信機が含まれていないんだ。ということは……。


「ああ、フリーゼ。済まんが、ちょっと腕を離してくれ」


 俺に突き放されたように感じたんだろう。俺から離れたフリーゼが嗚咽を漏らし始めた。やれやれ。


「みんな。訓練用ウエアの袖にサイドラインが入っているはずだ。そのどこかに突起かタグが付いてないか?」


 真っ暗闇の中をごそごそとまさぐる気配。


「あ、ある」

「あります」

「それを、押すか引っ張ってみてくれ」


 ぴしっ。

 小さな破砕音のあとで、サイドラインがぼおっと光り始めた。


「うわっ!」

化学発光ケモルミネッセンスだ。なるほど、そういうことだったのか」


 光は弱かったが、互いの顔の確認ができるくらいの光量はある。


「確認する。みんな、自力で動けるか?」

「無理っす」


 あーあ。コナッキーがほとんど石像になってるわ。元に戻るには時間がかかるってことなんだろ。どうすべ。


「じゃあ、誰かキャップに現況を報せに行ってくれ。俺が行ってもいいが、取り残されるのは不安だろ?」


 不慣れな新人にはこなせないから、俺かフリーゼしか動けない。もしフリーゼができないと言ったら、俺が行くしかないな。


「わたしが行く」


 フリーゼが、よろっと立ち上がった。


「フリーゼ。ウオールマンの歩いた後に、ずっと漆喰が落ちてる。それをたどってくれ。ゆっくり歩いてきたから、路面の視認さえできれば十分もかからんはずだ」


 トレースルートの方法が分かってほっとしたんだろう。フリーゼはすぐ俺らに背を向け、とぼとぼと歩き始めた。その後ろ姿を気の毒そうに見ていたタオが、俺を咎めた。


「ブラムさん。いいんですか? 女性を一人で行かせて」

「女性も男性もないんだって。入植地がフェミニストだっていうなら別だけどな」

「あっ! そうか……」

「こういう事態も含めて訓練てことなんだろ」


 まあ、光源さえあればどうにかなるもんさ。とろい新人二人のペースに合わせていたから、歩行距離は大したことなかった。フリーゼはなんとかスタート地点に帰りつけたんだろう。ほどなく、キャップがランドクローラーを操作して迎えにきた。


「ブラム、みんな、大丈夫か?」

「コナッキーが石像と化してますが、あとは」

「じゃあ、彼を回収して戻ろう。今回の訓練はここで切り上げる。あとで各自レポートを出してくれ。プログラムに反映する」

「はい」


◇ ◇ ◇


「そうか。なるほどな」


 自室に戻ってから訓練のことを振り返り、大いに納得する。同じことの繰り返しで退屈そのものだと思っていた訓練は、ちゃんと入植時の忠実なシミュレーションになっているんだなと。


 トレーニングルートの状況設定は、環境条件だけでなく、行われることも含めて入植地を正確に再現しているんだろう。訓練と同じように、俺たちは日々淡々と探査をこなすことになる。だが、単調イコール安全ということじゃないんだ。入植地に『外敵』と称されるものがいなくても、そこは母星のような安穏とした場所ではない。ごく限られた調整環境下でしか生存できない厳しいところであり、一度ひとたび調整が狂えば即座に死に直結する。たとえ遅老症の俺たちであっても、だ。

 だからこそ、装備を完全に備えていくという加算法だけでなく、装備をアクシデントで失う減算法の発想も必要だってことだ。訓練に緊張感をもって臨むということも含めてね。


「ブラム、いる?」


 ドアの外でフリーゼの声がした。すぐに解錠してドアを開けた。フリーゼがしょんぼり俯いている。


「どうした?」

「いや……迷惑かけちゃったから、謝ろうと思って」

「謝罪はいらんよ。キャップも何も言わんかっただろ?」

「……うん」

「コナッキーにだけ、謝っといてくれ。びっくりしただろうからな」


 うまく言葉にできなかったんだろう。返事の代わりにこくっと頷いた。


「まあ、こういうのも込みで訓練だってこった」

「え?」

「俺たちは機械じゃないんだよ。いろんな過去や特性を抱えてる分だけ、一般人ノーマル以上に厄介なんだ。それを甘く見るなってことだろ」

「そうね」


 ビージーも、治療が進んでいればいいけどな……。

 俺の意識が自分から離れたことに、なぜかフリーゼが苛立ってる。はん?


「ねえ、ブラム」

「うん?」

「あんたさ。わたしだけでなく、エミからも避けられてるの、知ってる?」

「は? 全然意識してなかったが」


 タオとセットにしちまったからなあ。全くアウトオブ眼中だった。俺から目を逸らしたフリーゼは、はあっとでかい溜息をつくなりろくでもないことを口走った。


「まあ、いいけど。あんたそのうち、絶対ひどい目にあうと思う」


 俺に背を向け、再びぶりぶりと怒り狂いながらフリーゼが自室に帰って行った。おいおい、それが謝りに来たやつの言うことかよ。呆れるわ。


「ったく。なんだってんだよ!」



【第十四話 落ち着け! 了】

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