第十三話 挑め!
訓練になった途端に自己制御が利かなくなり、やたら攻撃的になってしまうビージー。キャップはしばらく様子を見ていたものの、改善の見込みなしと判断したんだろう。俺に予告していた通り、母星で治療させることに踏み切った。
キャップは俺たちに、同じことを言い続けている。
「俺には君らへの命令権限がない」
つまり俺ら訓練生は、キャップの指導や警告をスルーできてしまう。実際古参連中は、キャップの指令をつらっと無視するんだよ。だからこそ、キャップはゴズの飲酒に対処した時のような、回りくどい牽制手段を取らざるを得ないんだ。
それに対して、ドクから出る治療命令には強制力があり、たとえ古参でも絶対に無視できない。本部が定めている応募条件に『健康』の二文字が盛り込まれている以上、そこから逸脱したら即アウト。普段は何もしない超怠け者のドクが
でも、ビージーの母星送還は規則違反による追放じゃない。あくまでも治療のためだ。キャップは、母星行きを渋るビージーに辛抱強く説得を繰り返していた。送還日である今日もね。
「ビージー。しっかり治療してきてくれ。反射的な行動が改善できれば、君もうんと楽になるはずだ」
「そうなんでしょうか」
ビージーは見るからに元気がなかった。自分の置き場所はこの訓練所にしか残されていないのに、もう戻ってこれないかもしれない。いくらキャップの説明や激励があっても、大きな不安感情をどうしても拭い去れなかったんだろう。
確かに、これまで送還対象者は全て
その不安を吹き飛ばす勢いで、キャップが景気良く笑った。
「はっはっは! ビージー、心配要らん。訓練生の要件が満たされれば、必ず戻れる。何千何万と訓練生が来ても、ここに残れるタフなやつは数えるくらいしかいないんだ。君の席がなくなることは絶対にないから安心しろ」
キャップが必ず絶対にと強調したことで、ビージーはほっとしたんだろう。ぎごちなかったが笑顔を見せた。
「じゃあ……行って来ます」
「向こうのドクターから、所見と治療進捗状況が俺に送られてくる。それを鑑みて帰着日を決めるから、ごちゃごちゃ余計なことを考えず治療に専念するようにな」
「はい」
キャップだけの見送りじゃ寂しいかと思って、ユニットリーダーの俺と相棒のエミ、それになぜかタオがエントランスまで付き添った。何度も不安そうに振り返るビージーが船内に吸い込まれるまで、俺たちは手を振り続けた。
◇ ◇ ◇
それからしばらくは、ペアがいなくなってしまったエミがすごく寂しそうだった。だが、元気がなくなったのはエミだけではない。ビージーとは全く接点がないはずのタオまで、くたくたに萎れてしまった。
寝起きは凶暴だが、起きている間は借りてきた猫のように大人しいタオ。ただし大人しいと言っても自己表現が控えめというだけで、物事に動じない鈍感力のレベルは新人の中でも図抜けていたんだ。それが……今はものすごく弱気になっている。訓練中もぼーっとしていることが多くなり、俺や他のユニットリーダーからしっかり集中しろと注意されるようになった。しょせん訓練だからミスがどうのこうのということはないんだが、見ていてどうにも危なっかしい。
俺に分かるくらいだから、当然キャップもタオの異変には気付いているはず。まだ積極アクションを起こしていないのは、経過観察中ということなんだろう。
遅老症だから頑強だというのはあくまで身体のことで、メンタルまで頑強とは限らないんだよ。
◇ ◇ ◇
自室で、いろいろ考えてみる。
タオとビージー。どっちが先にここに入ってきた? タオだろ? そして、タオの悪癖は最初からずっと変わらない。みんな、そいつに悩まされてきたからな。つまり、まず対処すべきはビージーよりもむしろタオなんだ。それなのに、キャップはなぜタオをずっと放置し、ビージーの治療を優先したんだろう?
「優先? いや……違うな」
それは優先じゃない。単にビージーへの対処法が先に分かったからだ。過去のトラウマが元で、攻撃性のスイッチが入ってしまうビージー。それなら、望ましくない過去を治療でマスクしてしまえばいい。それがキャップの判断だった。
タオも、起こしている騒動はビージーと似たようなものだ。それなのにキャップは、タオには切り札を切らない。その差はどこから来る?
「解を求めるには足らないものがあるから、か」
そう。キャップのケアは、まるでレディーファーストのように見える。でも、キャップの基本理念には男女差という概念がないんだ。じゃあ、タオとビージーのどこに大きな違いがある? それは、履歴の公開度なんだろう。
エミとビージーが来るまでの訓練生は、一人残らず自発参加だ。その目的がたとえ逃避であってもな。そして俺らは、自分の過去を誰にも積極公開していない。だがキャップは俺に、エミとビージーの大まかな過去を明かしてる。つまりキャップは、二人の過去をすでに把握しているということになる。
二人が、自分の過去を誰彼構わずべらべらしゃべるか? ありえないだろ。俺らですら口に出せないことを、ましてや女性の彼らが喜んで明かすはずはない。それなら、彼女たちの過去の履歴が母星ですでに聴取、記録されているということなんだろう。
「個人情報が漏れてる……か。どうにも嫌な感じだな」
おっと、筋に戻ろう。ビージーにあって、タオにないもの。それは明かされている過去だ。キャップがタオのケアに動けないのは、それがネックになっているからだろう。キャップは訓練生の働きかけに対して機敏に動いてくれるが、プライベートには決して刺さりこまない。キャップは、ビージーと違って本部からの情報提供がないタオには先回りケアができないんだと思う。
でも、タオの意識は違う。ビージーは手厚いケアを受けられるのに、僕はなぜどやされるだけなの? そう思えてしまうんだろう。ビージーの見送りに来たのは、羨ましかったからなんだろな。
「しゃあないな。キャップは立場があるから動けない。それなら、誰かが代わりに動かんとならんだろ」
俺のは余計なお節介なんだろうか? でも虐げられ続けて来た俺らには、もうここ以外に居場所がないんだよ。ビージーに保証された未来図は、タオにも提供されるべきだと思う。俺は、ゴズの帰還時に味わったどうしようもない無力感を二度と味わいたくない。理不尽に追われるやつを絶対に出したくないんだ。ゴズの時には間に合わなかったが、タオはまだ間に合うはず。いや、絶対に間に合わせないとだめだ!
◇ ◇ ◇
訓練明け。自室に戻ろうとしたタオを呼び止め、部屋に来るよう誘った。ちょっくら話があると。キャップからの呼び出しなら、あいつは絶対に口を割らんだろう。でも俺らはかつて同室だったし、今は同じユニットで訓練してる。俺の呼び出しを不自然には思わんはずだ。タオが入室してすぐ施錠し、膝詰めの状態で単刀直入に切り出した。
「なあ、タオ。ここにずっといたいんだろ?」
俺のど真ん中直球の問いかけに驚いていたタオだったが、すぐに答えた。
「ええ、もちろんです」
「じゃあ、寝起きの問題は早く解決しといた方がいい」
俺は、タオの悪癖についてはイジリネタにしかしてこなかった。なんとかしろと言い続けてきたけど、それはただの挨拶と何も変わらなかったんだ。でも、俺が人払いしてマジ顔で切り出したことを冗談だとは受け取らんだろ。
すんと俯いてしまったタオに、追い打ちをかける。
「この前、ちゃんとキャップに相談しろと言ったよな」
「……はい」
「したかい?」
「いいえ」
「そうだろな」
タオが怯えたようにさっと顔を上げた。
「しけたツラすんなって。理由はわかるよ。生まれてこの方変わらないってのは癖っていうより、もう本能だ。いくらキャップでもどうにもならない、そう思い込んでるんだろ」
しばらく黙り込んでいたタオは、渋々それを認めた。
「はい」
「それは半分当たってて、半分外れてるよ」
「どういうことですか?」
「いくら優秀なマジシャンでも、何もないところから鳩は出せないってことさ」
「は?」
コアへ突っ込む前に、地ならしをしておこう。
「なあ、タオ。ここに来る訓練生は、額面上は志願者だ」
「え? 額面上……ですか」
「そう。母星に居場所のない外れ者ばかりなのは間違いない。俺ももちろんそうだ。でも動機はともかく、俺らは間違いなく自ら志願してここにきたんだよ」
「はい」
「でも、母星から来る自発的な志願者はずいぶんと前に枯渇してる。もういないはずなんだ」
「う……」
真っ青になった、か。図星だったな。
「変だなあと思ったよ。おまえは、こんなやさぐれた訓練所に飛び込んでくるタイプじゃないんだ。自発的にここに来たとはとても思えないのさ。それなら、誰かに送り込まれたと考える方が自然なんだよ」
「僕が、母星から追放されたって言いたいんですか?」
「違う。ここで保護してもらえだよ。ビージーやエミと同じだ」
「ええっ?」
タオが呆然としてる。
「そ、そんな」
「タオたちよりもっと前に来たのは、俺も含めて母星での生活に絶望して新天地を探しにきたやつばかりだ。俺らはとことんやさぐれてるけど、心身ともにタフなんだよ。だから、ずっと底辺にいてもなんとか生き残ってこれたんだ」
「……はい」
「でも、庇護を受けないと生き残れないやつもいるのさ」
「……」
「分かるだろ? 子供と女性だ。で、そこから女性を引いてみろ」
「僕が……子供だって言いたいんですか?」
「俺らから見ればな」
思わず苦笑する。俺らの多くは、訓練生のほとんどが遅老症だと言うことにもう気付いてる。だけどそれは、ここでも母星でも公開された事実じゃないんだ。そしてタオは、ここでは本当に珍しいタイプなんだろう。
「ここにいるのは、見かけはともかくみんなおまえより年上だよ。それも半端なくな」
「えええええっ!?」
タオの狼狽ぶりは尋常じゃなかった。
「そんな!」
「俺もウォルフも百五十歳前後。それでも、ここ全体から見ればまだ若手だ。おまえは見た目通りの二十代だろ?」
「……はい」
「やっぱりな。そりゃあ、母星の連中が心配するはずだよ」
「なぜですか?」
「おまえが俺らと同じ体質……遅老症なら、これから本格的なハズシが始まるからさ。俺らがずっと味わってきた迫害と疎外感。おまえはその直撃を受けた経験がない。違うか?」
「う」
「事実としてないだろ? おまえは図太いんじゃない。経験が浅いだけなんだ。キャップも含め、俺らがそれを勘違いしてただけさ」
思わずでかい溜息をついてしまう。ふうううっ! さて。核心部分に入ろう。
「ただな。ここにいる限り、したくない経験は積まなくて済む。俺も母星の連中もそこは心配してないよ。心配してるのは、おまえが抱え込んでる事情だ。寝起きの悪さは、持って生まれた性質なんかじゃない。間違いなく後天的なものだろ。今のうちにそれに対処しておかないと、馴化がどうのこうの以前におまえ自身がいつか壊れちまう」
俺は、ユニフォームの胸ポケットに入れてあったスポンジ製の鳩をつまみ出す。それはタオの目の前でぽんと膨らんだ。
「こうやって鳩を見せれば、キャップは必ずアドバイスをくれるよ。どんな鳩がいいとか、どこにどんな風に入れておけばいいかとかね。でも、見せない鳩はいつまでも見えないのさ」
全ての思考や行動には元がある。その元が分かれば、制御のために打てる手が必ずあるはずだ。でも元が分からない限り、どんなにキャップが優秀でも先回りはできないんだよ。
ゴズは、最後まで元を明かさなかった。ゴズが隠していたのは、奇妙な体質じゃない。あいつをアルコール依存に追いやった過去だ。そして訓練所で厄介なのは、ほとんどのやつが過去を封印してるってことなんだよ。俺もウォルフもフリーゼも例外じゃない。過去を封じている当人が人畜無害な仙人さまならそれでいいさ。でも、攻撃性の強いビージーやタオの場合はそうはいかないんだよ。俺はタオに、どうしてもそれを理解して欲しかった。
自分の過去を誰かに明かし、その上で傷の克服に挑もうとする勇気。その勇気だけは、外からは与えられない。自ら絞り出すしかないんだ!
「ビージーは運命に挑みに行った。おまえも挑んだ方がいいと思う。俺は、それしか言えない」
立ち上がってドアを解錠したら、タオが力なく呟いた。
「ブラムさんは……挑んでいるんですか?」
「今、この瞬間もそうしてるよ」
「え?」
「俺は、もう母星に居場所がない。ここでの居場所まで失ったら破滅なんだ。だから挑むに値することはなんでもやる。たとえそれが自分の心身を削るような辛いことであっても、全身全霊でチャレンジするよ」
「……」
「そう考えてるのは俺だけじゃない。この訓練所に残っている訓練生は、一人残らずそう考えてるだろ。のんびりまったりに見えるかもしれないけど、みんな必死に挑んでるのさ」
「そうか……」
俺は、母星に逃げ帰った幾千幾万の腰抜け
「はっ! 帰れる場所があるやつは、とっくに母星に逃げ帰ってる。挑みもしないうちにな」
【第十三話 挑め! 了】
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