第十二話 かっこいい!
「むぅ……荒れてるなあ」
今日はフリーゼの機嫌がとびきり悪い。いや、上機嫌なんていう姿は一度も見たことがないけど、それでも普段はぶつくさ言いながらもなんとか自制しているんだ。だが、今日は誰彼構わず当たり散らしていてどうにもならん。
「おい、ブラム。彼女、どうしたんだ?」
「俺に聞くなよ」
ウォルフが、びくびくしながら不機嫌爆裂のフリーゼを見ている。神経が極太ワイヤーロープの三つ編みになっているウォルフだが、そのダルで無神経なウォルフでさえフリーゼをひどく恐れている。ウォルフからしてみれば、恐ろしいフリーゼとタメ口を利いている俺が信じられないんだろう。
「女ってのは、いろんなことでへそを曲げるんだよ。一々まともに取り合っていたら身が保たん」
「おまえもさばけてるよなあ」
「まあな」
「てことは、女の扱いには慣れてるってことか?」
「少なくとも、付き合う相手に不自由したことはないな」
「むぅ……」
俺が女に不自由しないのは、俺の容姿や性格が魅力的だからというわけではないんだが。それをウォルフに事細かに説明したところで始まらん。そもそも訓練所には、ガールハントのターゲットになる女性そのものがほとんどいないんだ。現実にないものを対象に
それにしても。俺の真向かいで不満そうな顔をしているウォルフを見て、いささか呆れる。あまりいい意味でなく、こいつは変わらんなあと。正直で裏表がない。失敗を引きずらず切り替えが早い。それがウォルフのいいところだ。でも、それは同時にしょうもない欠点でもある。がさつで人の心の奥底を見ようとせず、同じ失敗を懲りずに繰り返し、いつまでも学習しない。そんなんで、母星でよく生き延びてこれたと思うわ。
だが訓練所は、ウォルフほどではないにせよがさつなやつらの吹き溜まりだ。ウォルフのがらっぱちな態度に一々腹を立てるような細かいやつはいない。ウォルフにとって、気遣い無用の訓練所は天国だと思う。
ただ、もし適齢期の女性訓練生が来たらえらいことになるだろなあ。粗野でデリカシーがなく、ワンパターンでしつこい。厄介なナンパ野郎ってことになっちまうだろう。ウォルフは自分に男の魅力があると思い込んでいるが、自分勝手で一方的なやつは嫌われるだけだぞ。
俺の呆れ顔が気に障ったのか、犬歯をむき出しにしたウォルフが真正面から突っ込んで来た。
「もてもて君が、なんで四方八方女砂漠のここに来るんだよ!」
「そっくりおまえに返す。女にもてたいなら、ここは番外地もいいとこだ。
ざわっ……。急に俺たちの周囲の気温が下がった。
「へえー」
いつの間にか、フリーゼが俺らの背後に立っていた。もうご機嫌斜めどころの話ではない。すでに全神経が導火線に変わっていて、その先に火が着いている。
「あんたたち。わたしは女じゃないって言いたいわけ?」
「そ、そそそ、そんなことは言っておろれるりらまへんが」
あーあ。フリーゼ恐怖症のウォルフの舌は、硬直してかちかち。結局俺が火中の栗を拾わなあかんと言うことかよ。ちぇ。
「フリーゼ。誰もおまえのことをどうのこうの言ってないって。事実として、この訓練所の女性は三人しかいないだろが」
事実をたてにして
ばしん!
◇ ◇ ◇
「まったく! 少しは手加減しろってんだ」
医務室。ぶつくさ文句をぶちまかしている俺を、ドクが苦笑いしながら眺めている。
「それをフリーゼに要求しても無駄だよ。ウォルフに口を慎めと注文するようなもんだ」
「確かにそうなんですけど」
フリーゼが持っている、エネルギー分布を偏在させる能力。それを自由自在に操れれば、神にでも仏にでもなれるんだろう。だがキレた時にしかぶちかまされず、コントロールもまともにできないってのはなあ。ただ物騒なだけで何の役にも立たん。ウォルフがあれだけフリーゼを恐れているのは、癇癪の直撃を食らったことがあるからだろう。
だが、俺には大した影響がない。今回のはやや大きめのダメージだったが、それでも日常を大幅に狂わせるほどのインパクトではない。ダメージがでかかったのは、凍った俺の右腕が粉々に砕けて散らばったのをばっちり見てしまったエミだ。俺ではなくエミが失神するってのはおかしくないか?
激しく損傷しているのは俺なのに、その俺が気を失ったエミを担いで医務室に運ばないとならないってのはどうよ? やれやれ……。
「元に戻ったか?」
俺の腕を取ったドクが、触診で機能を確かめる。
「大丈夫ですよ。これまでも数限りなく再生してますので」
「プラナリア並みだな」
「プラナリア以上です。復元までほとんど時間がかかりませんから」
「ははは」
身体特性っていう点では、異個体のはぎ合わせで再生されたドクと俺とは大して違わないんだよな。
俺とドクの話し声で意識が戻ったんだろう。まだ青い顔をしていたけど、目を覚ましたエミが上体を起こした。
「おい、大丈夫か?」
「はい」
恐る恐る俺の右腕に目をやったエミは、ぎょっとしたようにのけぞった。
「そ、それ!」
「ああ、あの程度では全くダメージを受けない。すぐ再生するんだ」
「再生……ですか?」
「そう。君もそうだろうけど、遅老症の
エミは、ぐったり俯いてしまった。自分もそういう体質を持っているということを、直接指摘されたくなかったんだろう。だがいずれはおおっぴらになることだし、近いうちに隠す意味はなくなる。俺はそう思っている。
「まあ、フリーゼのいらいらも大方そこらへんが原因だろうよ」
「そこらへん?」
「そう。遅老症だと、相手が先に年を取ってしまうんだ。彼氏ができたって絶対に続かない。こっちならまだチャンスがあると思ったんだろうけど、あのとことん凶暴な性格じゃなあ……」
「あ、あの」
「うん?」
「その、ブラムさんには、付き合った女の人はいるんですか?」
「いたよ。だけど、俺も事情はフリーゼと同じなんだ。長く続いた試しはない」
「そっか……」
俺は、無駄にだだっ広い医務室をぐるっと見回した。
「だから、ここはすごく居心地がいいんだよ。女性が極端に少ないから、俺は余計なことを考えなくて済む」
「まあな。だが入植者を集めるには、性比の極端なアンバランスは逆効果だ」
ドクが、握っていた俺の右腕をぽいっと放り出した。
「それも、志願者がここに残らない原因の一つなんだろう」
◇ ◇ ◇
普段ビージーとべったりペアになっているエミとは、これまで個別に話す機会がなかったので、エミの持ち物から会話のきっかけを引っ張り出す。
「なあ、エミ。服のベルトに付けてるのはなんだい?」
「ああ、これですね。
「ほう? それは
「いいえ。小物を持ち運ぶ袋とか容器の留め具なんです」
「
「えへへ。そうですか?」
根付を外したエミは、それをぎゅっと握って寂しそうな顔をした。
「わたしが住んでいた屋敷は、わたしよりずっと長生きするはずだったのに、先に崩壊してしまいました」
「うん」
「わたしに残されたのは、この根付だけ。こんな……こんな長生きはしたくなかったです」
「そう?」
俺は、そのネガティブ思考をきっぱり否定する。
「いくら遅老症だって言っても、何十万年と生き続けるわけじゃないさ。あくまでも
「……そうなんですか」
「俺たちが問題にしなきゃならないのは、単純な寿命差じゃない。たぶん、もっともっと厄介なことだと思う」
「厄介……ですか?」
「そう。それに絡んで、母星で無責任な噂が広まってるんだってさ」
「噂、かあ」
「母星が遅老症の連中に乗っ取られるってね」
「はああ?」
エミの呆れ顔に、俺も苦笑でシンクロする。俺らが母星を乗っ取るだと? そんなの絶対にありえないって。いくら長寿命だって言っても絶対数が少な過ぎさ。俺だって、ウォルフに会うまでそんなやつが他にいることを全く知らなかったんだから。もし俺らが結集したとしても、それで俺らに何ができるってんだよ。昔のアメコミの悪役みたいに、異能や超能力をがんがん使えるとかなら別だが。そんなご立派なもんは誰も持ってないんだ。
でもそれは遅老症である俺らだからわかることで、何も知らない
「遅老症患者を異端視して一方的に敵意を膨らませ、迫害しようとするやつが増えること。それがどうしようもなく厄介なんだ」
「ええ……」
「騒乱になるのを避けたい連邦政府は噂の火消しに躍起になってるけど、きっとあちこちで
「そっかあ」
「まあ、幸運の女神はどこにいても大事にされるよ。俺も、エミのおかげで被害が軽微で済んだからさ」
エミが照れて赤くなったのを見て、ドクが容赦無く俺をこき下ろした。
「ブラム。おまえの女たらしは、間違いなく血のなせる業だな。ウォルフやフリーゼが妬くはずだ」
◇ ◇ ◇
エミはドクと同じで、俺の慰めを根っから女たらしの甘言だと受け取っただろうか? そんなつもりは毛頭ないけどな。
キャップから聞かされたエミの過去。確かにそれは悲惨だったんだろう。でも、過去にこだわりすぎるのは損なんだよ。成長を拒否し続けて今の姿を維持するのも一つの生き方だし、俺はそれがいいか悪いかをとやかく言える立場にはない。だけど自分の望んだ世界を作るチャンスがあるなら、そいつは活かした方がいいと思うんだよね。
だって、その方が胸を張って言えるだろ? この人生、めっちゃ
【第十二話 かっこいい! 了】
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