第七話 ついて来い!

 寝起きの悪いタオのしつけに駆り出された俺だが、フリーゼの過激なお仕置きを食らっても一向に悪癖が治らないタオの面倒は見切れん。改善傾向が見られないことをキャップに報告して、俺を個室に戻してもらった。まあ、そのうちキャップが別の矯正手段を考えるだろう。ソフト面でのサポートをしろっていうならともかく、まったりの訓練所で毎日命のやり取りを考えたくはないからな。

 それにしても。タオ以上に言うことを聞かない古参連中が大勢いるのに、キャップもなぜあいつの寝起きにそんなにこだわるんだか。まあいい。切り替えよう。


「よう、ブラム」


 食堂ででかい生レバーをむしゃむしゃ食っていたら、キャップがどかっと隣に座った。


「今日はレバーか?」

「ははは。加熱したやつはよく出るんですが、生は久しぶりなので」

「臭くないのか?」

「この鉄臭さがいいんですよ」

「ふむ」


 いや、本当は鉄臭さではなく、血液臭さがいいんだけどな。じっとレバーを見下ろしていたキャップが、俺ではなくレバーに話しかけた。


くさいってのは嫌われるもとだが、ちゃんと意味があるんだよな」


 へっ?

 キャップが突然変なことを言い出したぞ?


「どういうことですか?」

「いや、メニューの話さ。レバーはそれ自体が強く匂うことはないからいいんだが、どうしてもくさいのが欲しいってやつがいるんだよ」

「ああ、それは分かります。発酵食品系とかハーブ系とか」

「そうだな。ただ、味はともかく匂いに関しては個々に好き嫌いがあるから、なんでもオーケーというわけにはいかん」


 確かにそうだな。

 ぽんと顔を上げたキャップが、俺に尋ねた。


「君は大丈夫か?」

「匂いですか? 露骨な腐臭とかは論外ですけど、料理の匂いは割といけるかなあ。ガーリック系とかは大好物です」

「ほほう」

「発酵食品はものによりますね。魚醤ナンプラーなんかは苦手です」

「それは匂い云々より、肉と魚の違いから来てるんじゃないのか?」


 さすがだ。キャップはよく見てるよなあ。


「当たりです。魚は嫌いじゃないんですが、食った時の満足感がどうも今いちなんですよ」


 魚は血の匂いがしないんだ。それがどうにも物足らん。

 うんうんと大きく頷いたキャップは、口をへの字に結び、喉の奥でうなった。


「うーん……どうしたもんかな」

「なんか特殊なリクエストが来てるんですか?」

「そう。単純な好き嫌いの話ならいいんだが、事が訓練に絡むんでな」


 な、なんだとう? 俺は勘のいい方だと思うが、さすがに臭いものと訓練とがどうやっても結び付かん。目を白黒させていた俺のどたまに小さな吐息を置いて、キャップが席をたった。


「済まんな。食事を邪魔して」

「いいえー」


◇ ◇ ◇


 キャップが訓練絡みで匂いの話をしたこと。それが引っかかって、今一つ訓練に集中できなかった。すっきりしないまま食堂に向かう。


「ブラムさん、今日はなんかぼーっとしてましたね」

「君を起こす係から解放されて、ほっとしてるだけだよ」


 ペアのタオに嫌味を投げつけて、しっかり釘を刺す。タオがうっと詰まって俯いた。

 辛抱強い俺ですら匙を投げたんだ。訓練所には、もうタオを起こすやつが誰もいなくなってしまった。当然訓練をすっぽかす回数が増えるから、キャップから小言を食らってるはず。もっとも、訓練を無視するのは古参連中も同じだ。タオだけを吊るし上げるわけにいかないキャップは、せいぜい小言で済ませているんだろう。でもなあ。起きないだけならともかく、暴れるってのは先々まずいだろ。フリーゼの悪癖と同じで、入植までになんとかした方がいいと思うが。


 しょげているタオが目に入って我に返った。おっと、嫌味で終わらせるんじゃ意味がない。ちゃんとアドバイスしておこう。


「自力でどうにもならないなら、対応をどうするかキャップに相談した方がいい。無意識行動だからどうにもならんと言うわけじゃないはずさ」

「はい……」


 起きている間は本当に大人しいから、これ以上は突っ込みようがない。なんだかなあ。


「さて。しっかり飯を食おうぜ」

「はいっ!」


 食事の時だけ元気になるってのは現金だと思うが、俺も人のことは言えない。訓練所の料理は本当にうまいし、俺の欲しいものも揃えてくれるからね。


 食堂でトレイを手にして何を食おうか考えていたら、どこかからかすかに異臭が漂ってきた。


「ん?」


 訓練前にキャップと話していたことが脳裏をかすめて、思わず匂いの出どころを確かめる。


「む!」


 ゴズじゃないか。最初の頃は俺とペアだったが、三期の俺はもうユニットリーダーをさせられることが多くなってる。新人と組まされることの多いゴズとはペアを解消してるんだ。そういや、ゴズの口臭は半端じゃないんだよな。組んでる訓練生から臭いと文句を言われないんだろうか。思わず苦笑が漏れた。


「なあ、タオ」

「はい?」


 山盛りの炒めビーフンをうまそうにぱくついていたタオに、キャップがぼやいてた話を振ってみた。


「タオは、臭い食いものは平気?」

「ものによりますねー」

「まあ、そうだよな」

「食べるものはまだ割り切れるんですけど、それ以外はちょっと……」


 顔をしかめたタオが、ゴズをちらっと見た。料理がまずくなるからこっち来るなって感じなんだろう。だが、そのゴズにべったり密着するようにして、ゴズとペアを組んでいる新人がずっと話しかけている。


「フライ……か」


 フライ・フルーテス。容貌の変わったやつが多いこの訓練所のメンバーの中でも、とびきりの変わり者だ。あいつが着任した時には、さすがにみんなざわついたもんな。

 顔の半分が特殊なメッシュサングラスで覆われていて、鼻がほとんどない。口がちょぼ。手足はうんとこさ細い。これで背中に羽を背負っていれば、そのまんまハエだ。見た目もハエによく似てるんだが、行動もそっくりなんだよ。とにかくせかせかと落ち着きがない。そして何か誘引物アトラクタントがあると、状況無視でそっちにすっ飛んでいってしまう。行動が本能優先な感じなんだ。


 超マイペースなゴズは、おっとりしている反面、全く融通が効かない。フライの落ち着きのなさや一方的なしゃべりかけとは一番相性が悪いんだ。苦労してるだろうなと思ってゴズを見たら、案の定。怒ってはいないが、ものすごく困った顔をしてる。

 ゴズがフライのアクションを嫌がってることは、誰にでもわかるだろう。当然、フライにだってそれがわからんはずはない。それなのにべったりってのは……。


 ぴん!

 そうか! キャップがぼやいていた中身が分かったぞ! 匂い、訓練、困る。きれいに繋がった。


「あ、ブラムさん。僕はこれで」

「おう、ゆっくり休んでくれ。アラームをこれ以上壊すなよ」

「ははは……」


 近付いてきたキャップにまたぞろ文句を言われると思ったんだろう。残っていたビーフンを大急ぎでかき込んだタオが、さっと離席した。その後ろ姿をやれやれという顔で見送っていたキャップが、タオの座っていた席にどすんと腰を下ろした。


「分かったか? ブラム」


 俺は、ゴズとフライの席を指差して頷く。


「分かりました。そういうことだったんですね」

「ああ、ゴズは食い物じゃないからな」

「あーあ」

「フライは、訓練の時だけでなく、オフの間もずっとゴズに付きまとっててな」


 ぐわあ。まさに、何かにたかるハエそのものじゃん!


「細かいことを気にしないゴズも、さすがに参ってるのさ」

「どうするんですか?」

「今、対応策を考えてる。うまく行くかどうかはやってみないと分からんがな」

「どっちを塞ぐんですか?」


 一瞬。間があった。食べ物の話をしてたし、即座にフライの方をなんとかするって言うと思ったんだが。


「もちろん、フライの方だよ」

「やっぱり」

「ただ」


 ふうっとでかい溜息をテーブルに転がしたキャップは、やり切れないという顔でぶんぶん首を振った。


「ゴズも、なんとかせんとならん」


 うーん、あの口臭は最初からずっとだからなあ。治療するとかそういうレベルのものじゃないと思うんだけど。


「あいつの口臭、苦情が出てるんですか?」

「そう。それも、最初からだ」


 ええっ!?


 キャップは、それ以上何も言わずに歩き去った。


◇ ◇ ◇


 数日後。フライのゴズへのつきまとい行動はぴたりと治った。ゴズがフライについてこいと言ったのならともかく、ゴズの意向を無視して一方的にたかったんじゃフライに弁解の余地はない。

 そして、タオの寝起きと同じでフライ自身が自分の悪癖をコントロールできないのなら、外からそれをコントロールできる方法を考えるしかないだろう。キャップは、うまくそいつを見つけ出したんだと思う。


 それにしても優秀だよな。キャップは、一度も俺たちについてこいフォローミーと言ったことはない。でも、キャップの調整策やその効果を見れば、誰もが納得してフォローせざるを得ないんだ。


 ただ、一つだけすごく気になることがある。今回の臭いもそうだったけど、嗜好には大きな個人差があるから俺たちの要望の全ては満たせない。キャップもそう言ってたよな。


『匂いに関しては個々に好き嫌いがあるから、なんでもオーケーというわけにはいかん』


 そう。物の確保はなんとかなっても、個々の嗜好の違いが好悪に変わると感情衝突をもたらしてしまうんだ。対立した二つの嗜好を、俺の命令に従えっていう強制力なしで調整できるんだろうか。この前俺がどっちに手を打つんですかと聞いた時に、キャップが即座にフライの方と言わなかったことにもそういうのが絡んでいるのかもしれないな。


 そんなことをつらつら考えながら、最後の一切れになった生レバーとの別れを惜しんでいたら、通りかかったキャップが俺を見て笑った。


「はっはっは! ブラム、さっさと食わんとまずくなるぞ」

「おっととと」


 レバーをぽんと口の中に放り込んで、キャップに聞き返す。


「キャップ、フライの件はどうやって解決したんですか?」

「大したこっちゃないよ。方法は最初から決まってたんだが、モノの確保が難しくてな」

「モノ……ですか」

「そう。フライの好物は、発酵が始まった腐りかけの果物だ。だが、その実物を用意するのは非衛生的なんでね」

「そりゃそうだ!」

「古文書を漁って古代で使われていたあるグッズを再現し、フライに持たせてるのさ」

「グッズですか。どんな……」


 なんだろ。興味津々。


「コバエホイホイってやつだ」



【第七話 ついてこい! 了】

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