第五話 そのままで!

 俺の心配をよそに、ウォルフもフリーゼも訓練所の環境にすぐ慣れた。あいつらも、俺が離脱するんじゃないかと気が気でなかったらしい。まあ、互いにほっと一息ってとこだろう。


 最初の訓練で組まされたペアは単なるお試しではなかったらしく、その後の訓練はずっと同じメンバーで行われた。ヌーはほとんど出てこなかったから、キャップの相棒が度々代わっていたが。ま、それが誰でもやる気がないのは同じなので、大差なしと。

 俺のペアになったゴズという古参メンバーは、自己申告通りでとにかくスローモー。機敏な行動が要求されるケースで、しばしば立ち往生していた。でも、それにキャップがとやかく注文をつけることはなかった。そりゃそうだよな。訓練は馴化が目的で、ミッション遂行型じゃないんだ。各自ができる範囲のことをしてくれりゃいい……そういう割り切りがはっきりしていたからね。

 ゴズの超マイペースの性格は、母星では疎外される原因になっていたと思うが、急かされない訓練所の空気にはぴったりマッチしていた。俺も、訓練所暮らしに慣れるまでゴズのおおらかさには大いに助けられた。


 ただ……ゴズとのペアで訓練を続けるうちに、キャップが俺とゴズを組ませた理由がなんとなく見えてきた。ゴズは確かに温和だけど、協調性が全く足りないという点では他の古参メンバーと何も変わらなかったんだ。急かされることをひどく嫌い、相手に合わせて行動したり、会話のテンポを上げるという努力は一切しない。鈍重な見た目と中身が見事に一致していた。

 俺はその逆で、女の陰にひっそり隠れ住むためにエゴの露出を抑える癖がある。俺もゴズも温和だと思うが、ゴズのが見た目そのままだとすれば、俺のは調整されているんだ。

 キャップは俺とゴズを組ませることで、それぞれの持ち味の長所と欠点を意識させようとしているんだろう。だからどうしろとは言わないから、あとは君らで考えてくれ……そういうことなんだろなあ。


 俺らがまったり訓練に明け暮れている間も、毎日毎日飽きもせずという感じで山のように訓練生が到来しては、潮が引くようにそのまま帰っていった。残存率は俺らの着任時と同じで、一パーセントどころかその十分の一にも満たない。でも俺ら並みにタフで物好きなやつがそこそこ混じっていたようで、そいつらが新入りとしてぽつりぽつりと参入してきた。俺ら三人が最後の訓練生になったらどうしようと思っていたから、わずかずつでも新入りが増えていることに本当にほっとする。ただし、野郎ばかりだけどな。


 フリーゼ以外誰も女がいないことは、女の庇護をいつも受け続けてきた俺にとって初めての経験だったが、めちゃめちゃ気楽だった。俺は好き好んで女の陰に隠れてきたわけではない。俺が生きていく上でリーズナブルだったから流れに逆らわなかっただけだ。そして訓練所限定であっても、ここでは俺自身が流れを作れる。入植時にどうなるかはまだ先の話だし、今のメンバー構成が変わらない限り女難の心配はないだろう。


「うん。なんとかなりそうだな」


◇ ◇ ◇


 訓練所暮らしのペースが掴めれば、自分以外のやつをじっくり観察する余裕ができる。


 まず、ウォルフだが。まあ、こいつはずっと変わらんな。感情表現がストレートで、思ったままをなんでもずけずけ口にする。欲求もむき出しだ。神経が繊細なやつと一緒にしたら、あっという間にそいつを怒らせるだろう。だが幸いなことに、ここにはあいつ並みに図太いやつしかいない。裏を読んだり言動を調整するのが大の苦手なウォルフにとって、訓練所はまさに天国だろう。今のところ、女性がフリーゼしかいないというのが唯一かつ最大の不満らしい。あほう。こんな辛気臭いとことに、女なんか誰も来ないって。


 次に、フリーゼ。あいつは訓練所唯一の女性で超絶美人なのに、誰からも女扱いされていない。ぼっちの古参連中はフリーゼだけでなく誰にも関わりたがらないし、業務が忙しいキャップはフリーゼに構っている暇がない。俺はフリーゼに対して強い好悪の感情を持っていないが、あいつは俺が苦手らしくて訓練の時以外近寄らない。ウォルフはフリーゼをものすごく恐れているから絶対服従で、ほとんど主人と下僕の関係だ。俺らの後に入って来た後輩たちも、フリーゼには誰もアプローチしようとしなかった。そりゃそうだよ。恐ろしく神経質で短気な上に、凶暴だからな。


 俺は、機嫌がいいあいつを一度も見た事がない。いつも仏頂面でいらいらしていて、すぐにぶち切れる。せっかくの美貌が台無しだよ。気分にむらがあるとか気まぐれとかなら機嫌のいい時に話しかければいいが、四六時中寄るな触るな弾けて飛ぶぞじゃ誰も近寄らんだろ。しかも、距離を取っていれば安心ということでもない。あいつはとにかく音に敏感で、特に入眠時に何かノイズを感じ取ると即座にぷっつんする。本当に厄介なんだ。

 キレた時のあいつははんぱなく恐ろしい。フリーゼには空間のエネルギー分布を偏在させる能力があり、熱を他に動かすことで瞬時にその場所を超低温にしてしまう。輸送船のラウンジでブラッディマリーをフローズンにしたのも、その力なんだろう。あいつは、頭に血が上ると反射的に凍撃をぶっ放すんだ。おっかなくてしょうがない。俺はフリーゼの性格や性質に慣れたから含むところは何もないが、入植後も総毛立てたヤマアラシのままってのはまずいと思うけどなあ……。

 

 キャップは、相変わらず各種調整で走り回っている。訓練生の数が増えてきたから一人で業務をこなすのは大変だと思うんだが、ぶつくさ言いながらもさくさくと手際よくこなしていく。温厚で偉ぶらず、いつもからっと明るく、心配りが細やかで、決して俺らに怒りをぶつけない。仕事ができるというだけでなく、素晴らしい人格者だと思う。曲者揃いの訓練所が滞りなく維持されているのは、間違いなくキャップの調整手腕が優れているからだろう。


 最後に、ぽつぽつと増え続けてきた後輩たちだが。キャップが最初に言っていたように、古参の連中ほど極端にあくの強いやつはいない。それぞれに個性が際立っているけど、入植を志すという時点ですでにキャラが立っていないと務まらないんだろう。それはいいんだ。ただ……。


「訓練所に残ったやつは、誰もリタイアしないんだよな」


 俺にはそれがものすごく不自然に思えたんだ。疑問がべったりと脳裏に張り付いたまま、時は一年また一年と流れて行った。


◇ ◇ ◇


 俺が訓練所に来て、すでに四年近くが過ぎようとしていた。その間の俺の生活は、恐ろしいほど単調だった。起きて、訓練に出て、飯を食って、ウォルフや後輩たちとだべって、寝る。毎日、毎日、毎日それの繰り返しだ。まさに現状維持ステイタスクオー。慶事や賑やかなイベントもなければ、事故や悲劇もない。唯一変化があるのは、山のように来る志願生のほんの一部が仲間に加わる時だけ。


 しかし、何も変わっていないように思える訓練所の状況は、実際には変化しつつあった。


 もっともわかりやすい変化は、訓練生の新規参入が極端に細ったことだ。それは、来た連中が残らず脱落するようになったからではなく、志願者の数自体が激減したからだろう。

 そりゃそうなるわな。事業団がいくら熱心に宣伝を打ったところで、志願しそうなやつらはすでに玉砕してる。募集範囲を広げるために条件を緩めたくても、最初からゆるゆるの条件はこれ以上緩めようがない。そうしたら、志願者がどんどん減るのは当たり前だ。しかも諦めて帰ったやつは、しんどかったという話しか周りにしないはず。マイナスの風聞が流れたら、募集には致命的だよ。でも、キャップは志願者の減少について何も言わない。本部やキャップにとって、志願者の動向は想定内ってことなんだろう。


 それより俺は、起こるべき変化が起きないことの方がすごく気になる。訓練所のメンバーが固まれば当然入植のスケジュールが動き出すはずなのに、その見通しが何もアナウンスされていないんだ。

 訓練後の入植スケジュールについては、入植先の施設整備と訓練生の準備が整い次第明らかにするというのが本部の公式見解で、ずっと変わっていない。その初報以外は、キャップからの非公式情報も含めて何も出ていない。何をもって準備完了とするのかは俺らに判断できないから、本部からゴーサインが出るまでは訓練所での日常をそのまま維持キープするしかない。まあ、待機が十年二十年先まで延びるってことはないだろう。そこは楽観視してる。


 でも、停滞したままなのはスケジュールだけではないんだ。俺たちが訓練所に来てから、誰も変化していない。意識じゃなく、肉体がな。

 少なくとも、俺とウォルフは老化が極めて遅い。俺もウォルフも実年齢がとうに百歳を越しているにも関わらず、見かけは二十代前半なんだ。俺らのような変わり者は、遅老症ちろうしょうという病気扱いされている。俺は、遅老症ってのはあくまでも体質であって病気なんかじゃないと思っているが、それをいくら強弁したところでどうしようもない。一般人ノーマルと違う時の流れの上にいれば、どうしても一般人の社会から弾き出されてしまうんだよ。それこそが、俺やウォルフが母星を離れることにした一番の理由なんだ。


 関連して思い出すのは、訓練が始まったばかりの時にキャップが言ったセリフ。


『三期以降も同じトレンド』


 俺は、そいつがずーっと引っかかっていたんだ。訓練所に残れるのが、古参連中みたいなエゴイストのぼっちばかりということじゃない。それは、キャップが最初に否定してる。じゃあ、何のトレンドが同じなんだろう?

 キャップがそのうち分かると言ってたけど、確かにじわりと分かってきた。


 そう、俺とウォルフだけでなく、訓練生全員が遅老症なのかもってね。


 訓練所に来るやつは、誰もが一般人にはない奇妙な特性を持っている。ウォルフの獣化やフリーゼの奇妙な力、俺の女性誘引、キャップやゴズの変わった風貌などなど、どれもこれも俺らが生きる上ではこれっぽっちも必要のないがらくただ。だけど、俺らが母星に居ずらかったことを全部そいつのせいにするのは無理があるんだ。

 どの訓練生も母星での居場所を失ってここに逃げ込んだとすれば、それは一般人ノーマルと違うタイムスケールの上で生きなければならないから……遅老症だからじゃないかな。

 でも、俺はその推論を口にすることができなかった。万一俺らの中に一般人がいたら、俺らはそいつを逆差別することになるからな。どこからも追い出され続けてきた俺は、これ以上居場所を失うやつをどうしても見たくなかったんだ。


 俺だけでなく、ほとんどのやつが同じ認識を暗黙のうちに共有していたんだろう。その証拠に、訓練所の中で自分の奇妙な癖や特性を隠すやつが誰もいなくなった。訓練所で繰り広げられている光景は、一般人にとっては異常そのものかもしれない。でも、俺らには何の変哲もない日常なんだよ。その日常が大きく劣化することなく、入植までそのまま維持キープされていけばいいなと。


 俺は心からそう願う。そして、いつもの一日が始まる。



【第五話 そのままで!】

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