第四話 真っ暗だ!

 結局、俺らが着任した日に到着した四便の船から下船したのは俺らだけだとさ。乗船していた訓練生が二千人近くいたんだぜ? そらあ、あまりにひどくないか? 食堂ビュッフェでぶつくさ言いながらメシを食っていたら、俺を見つけたキャップがどすどすと近寄って来た。


「よう、ブラム。どうした? 食事が口に合わんか?」

「いや、めっちゃ上等ですよ。そっちじゃなくて」

「うん?」

「昨日俺らが乗ってた船だけじゃなく、昨日の便全部合わせても、下船したのは俺らだけなんですね」

「そうだよ」


 俺の向かいの席にどすんと腰を下ろしたキャップは、顔の毛をもさもさしごいた。


「一期、二期合わせて、これまで延べ二十万人くらいの志願生がここに来たが、下船したのは一パーセントにも満たない。下船したやつも、訓練が始まって数日以内にみんな退職してしまう」

「うわ……」


 それはあまりに効率が悪くないか? 絶句してしまった俺を見て、キャップが穏やかに笑った。


「ははは。そんなもんだ」

「いや、それはあまりに効率悪すぎじゃないかと。母星で訓練してから送り込むとか、しないんですか?」

「訓練したって定着率は上がらん。そんなの、するだけ無駄さ」

「無駄……ですか」

「そう。訓練が目的なんじゃない。馴化が目的なんだ。母星でいくらシミュレートしても、そこが母星であるという安心感が残っていたらいつまで経っても馴化できないよ」


 合点! 確かにそうだ!


「うーん、なるほどなあ」

「君は勘が良さそうだから分かると思うが、本部で志願者を厳選しないのはそういうことさ。向こうでいくら選んでも、知能や技能を下支えする頑強な精神がないやつはここや入植地には適合アダプトできないんだ」

「ここに来ること自体が、実地試験みたいなものなんですね」

「そういうこと」


 俺から視線を外したキャップが、ぐるりと食堂内を見回す。何人かの古参訓練生が、それぞれ一人きりで黙々とメシを食っている。何も言わないだけでなく、俺やキャップを意識しているやつが誰もいない。本当に、放っといてくれって感じだな。


 彼らを見渡していたキャップが、渋い表情のまま腕を組んだ。


「俺はむしろ意外だったんだよ」

「意外、ですか?」

「そう。俺の予想は、前期応募者の定着率ゼロさ。でも予想は外れた。確かに残存率は悪かったが百人以上残ったんだ。それも、入植にはどう見ても不向きなやつばかりだよ」

「あ!」


 なるほど。確かに変だな。熱意や覇気があってここに残っているなら訓練生からそういう熱意を感じるはずだけど、古参の訓練生は逆だ。とことんぼっちで枯れている。うーん……。


「な? 変だろ?」

「そうですね」

「そんなこともあって三期以降どうなるかを注目してたんだが、トレンドは同じだろう」


 目を伏せたキャップが、ふうっとでかい溜息をついた。


「俺らも、あんな風になるってことですか?」

「違うよ。そのうちにわかる。じゃあ、訓練に遅れんようにな」

「はい!」


 気になることを言い残して、キャップがのっそりと離席した。


◇ ◇ ◇


「全員揃っているな? 装備を確認してくれ」


 キャップがでかい声を張り上げた。最初の訓練は、やっぱり緊張する。服装も訓練服になるし、見たことのないものばかり装備するからな。点呼と装備確認が終わったら、いよいよ出陣だ。


「出発する!」


 トレーニングコースに出ると同時に一切の光が消滅し、俺たちは暗黒の中に放り出された。


「うわ、ほんとに真っ暗ダークだよ!」


 ウォルフがひどく驚いている。俺も同感だ。

 トレーニングルートには、最初から明かりが全くない。真っ暗闇だ。当然、視覚を補う装備なしでは歩けない。俺らは赤外線暗視装置ノクトビジョンとランドソナーを頭部に装備し、その情報をアイグラスに投射することで可視映像を得る。映像化された視野に慣れれば、障害物にぶつからずに歩くことは難しくない。歩くだけならね。問題は、トレーニングが踏査前提に設計されているということだ。


 踏査中の俺らが何に遭遇するかは、最初からは分からない。つまり踏査中に出くわすものの正体を短時間で判断し、その後の行動を決定する必要がある。それが敵か味方か、安全か危険か、生物か機械か。いろいろな想定がプログラムされていて、俺らはそれに対処しないとならない。まるで軍の遊撃訓練のように感じられたが、キャップがあっさりそれを否定した。


「最初に言っておく。訓練には危険はないよ。あくまでも識別と対応のための訓練だ。緊張感がないとだらだらになるので、未知のものアンノウンを混ぜてあるだけさ」


 そう言って、キャップがいくつか実例を見せてくれる。


 動くものが小型機械だった場合、それは観測用の自走計器だから機体番号を確認して位置を記録する。そいつが故障して制御不能になっていた場合は、事故防止のためにネットガンを用いて動きを止める。未知の生物だった場合が一番厄介で、異常環境に適応しているそいつがどういう性質を持っているか全く分からないから、即座に退避。小さくて安全そうに見えても絶対にアクセスしないこと……か。あとは同士討ちしないよう、個体識別を真っ先に行って欲しいと言われた。


 訓練はペア三組の六名がワンユニットで、複数ユニットが同時に訓練に参加することもある。他ユニットの参加は前もって知らされていない。


「ここに異星人はいないが、訓練ではそういう想定にしていない。輪郭走査アウトラインスキャンと個体識別を極力短時間で行えるよう、認識精度を上げていってくれ」


 了解ラジャー


 もう一度装備を確認し、ユニットのメンバーを見回す。キャップのペアはヌー・ラリーヒンという老け顔の男だが、ずっと押し黙ったままだ。いかにも古参メンバーという感じがする。掴み所がないという以前に、取りつく島もない。ペアにされたウォルフとフリーゼはどちらも嫌そうにしているが、仕方ないわなあ。得体のしれない古参と組まされるよりゃましだろ。俺とペアにされたのは、キャップに負けず劣らずのごっつい大男で、赤ら顔のゴズ・カノンというやつだった。

 ゴズは、顔が奇異そのもの。目と目の間が離れていて、正面というより側方についている。鼻……いや鼻筋が異様に隆起していて、顔の半分が鼻という印象だ。そういう異様な容貌でありながら、雰囲気はまったり穏やかだ。キャップ以上に温厚なんだろう。ただし、口臭がひどい。離れていてもぷんぷん臭う。うっぷ。


「よう……よろしくな……俺は……とろいからよ……あんまり……あてにせんでくれ……対応は……頼むわ」

「はい!」


 ううう、まさかベテランメンバーから頼むと言われるとは思わなかった。それでも、最初から全くやる気のなさそうなヌーよりはましなのかもしれない。


「それでは、これから訓練を開始する。出発!」


◇ ◇ ◇


 ばりばりに緊張したが、最初の訓練を無事にこなして自室に引き上げた。


「なるほどなあ。そういうことか」


 最初の訓練で新入りがほとんど脱落してしまう理由。それがなんとなく分かった。訓練に耐えられないから脱落じゃない。訓練所に来るまで積み重なってきたストレスが、最初の訓練で限界に達するってことなんだろう。訓練は、ギブアップの駄目押しをしているだけに過ぎない。


 訓練そのものは、大したことはなかった。危険はないとキャップが繰り返し言っていたように、俺たちの前に現れるものが突然襲いかかって来る心配はない。用心は必要だが、俺たちが応戦しなければならない状況は決して生じないんだ。訓練の遂行には集中力が求められるが、極度の緊張は逆に集中力を低下させる。俺らがパニクって異常行動を起こさないよう、訓練内容がきっちり調整されていた。そっちはいいんだよ。


 問題は暗黒の方だったんだ。ここには夜しかない。朝は絶対にやってこない。訓練で俺たちが思い知らされるのは、夜が明けないことに対する底知れぬ恐怖だ。いくら人工灯で光を補充しても、それは太陽の代わりには決してならない。もし灯りが絶えれば、そこは血も凍る絶望の世界に変わる。本部で繰り返し警告されていた太陽がないという事実を、訓練でこれでもかと思い知ることになるんだ。

 離脱していった訓練生の多くは、応募し、説明を受け、船に乗り、ここで最初の訓練を受けるその間のどこかで、太陽がないことへの恐怖に耐えられず脱落していったんだろう。


「うーん……」


 がっつり腕組みをして考え込む。じゃあ、なんで俺は耐えられるんだろう? 確かに、母星で毎日見上げていた太陽が頭上にないことは寂しい。でも俺はもともとインドア派で、外をうろうろするのが好きじゃなかったんだ。女が稼ぎに出る日中は留守番で家にこもっていて、出歩くとしても夜にごく短時間だけだった。俺の人生は、半分どころか九分九厘闇の中にあったかもしれない。今とその時がうんと違うかというと……大した差はないんだよな。

 俺は自分のことをずっと日陰者だと思っていたし、それは生涯変わらないだろうと信じ込んでいた。だが、こうして太陽を取り上げられても平然と生きている俺には、日陰者という形容詞が似合わないのかもしれない。


 気になるのは俺自身ではなく、ウォルフやフリーゼだ。あいつらは、ちゃんとここに適応できるんだろうか。同期の訓練生は三人しかいないんだ。できれば脱落して欲しくないけどな……。


「見通しはまだ闇の中ダークか」


 さて、寝よう。アラームをセットして、頭ン中の太陽に投げキッスをする。おやすみ、マイスイートサン。


「ふわわ……」



【第四話 真っ暗だ!】

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