第二話 変わってる!
「すげえ!」
搭乗した俺は、思わず息を飲んだ。客貨兼用の船と聞いていたから快適性に劣るのかと思ったが、装備はそっけないもののとてもよく整っている。これまで俺が隠れ住んでいた安アパートの造作とは、まるで比べものにならない。他の連中がどう感じるかは知らんが、俺にとっては摩天楼最上階のスイートルームで夜景を見下ろしながらマティーニを飲む気分だ。グレート!
俺は、母星でエアトラムやエアタクシーにすら搭乗したことがない。ずっと地べたに張り付いて暮らしていたんだ。生まれて初めての大掛かりな空間移動が事業団専用の
「離陸後、セーフライトが点灯するまでは離席しないでください」
着席するなりアナウンスが流れ、
最近は船の動力系が格段に進歩し、光速の数倍で航行できる船が増えたと聞いている。この星系内であれば、どこでも数日以内にアクセスできるようになったらしい。もっとも技術的に可能になったというだけで、利用価値のない辺境の惑星や小惑星にわざわざ有人機を下ろすメリットはなかったんだろう。ほとんどの探査は無人機で行われてきたそうな。
だが、俺が今搭乗している大型輸送機は今回の計画に合わせて建造されたもの。どこもかしこも最新鋭のぴっかぴかだ。事業団の意気込みがよく分かる。到着地の訓練所もこの機と同時期に建設されている。当然、技術の粋を結集して作られているんだろう。
ただ、その中身が俺らだというのがなあ。思わず苦笑しちまった。
最新の船と設備に、これまで何千年とちっとも変わっていない人間てのが大勢収納されている。技術がどんどん進歩するたびに、その進歩に追いつけなくなっている俺らのような旧式のやつがわんさか増えて、いろんなところで人類進化の足を引っ張っているんだろう。もっとも人間がぐんと進化したところで、それが望ましい変化なのかどうかは分からんけどな。
「安定航行に入りました。クラッチャー解除します」
アナウンスのあと保定器が外れ、ふっと身体が楽になった。離着陸時以外は離席自由。広いラウンジを好きに利用していいそうだ。こそこそする必要はこれっぽっちもないし、本当に王様気分だよ。でも俺がもし王様だとすれば、それは寂しい王様だ。妃も家来も小姓もいない。どれほど宮殿がゴージャスでも、そこに一人きりじゃな。
席を立って通路に出る。搭乗前と同じで、客室内は相変わらず静まり返っている。俺以外は誰も席から離れようとしない。そこには俺が話しかけたいやつも、俺に話しかけてくれるやつもいない。最初にしゃべったやつが負けの罰ゲームじゃあるまいし、ずっとだんまりに付き合うのはばからしい。さっさとラウンジに行こう。おっと、その前に。
ラバトリーで用を足し、ついでに鏡で自分の顔をしげしげと見る。
「髪を切ってくりゃよかったな」
俺の黒い癖っ毛は伸びるのが早くて、特に目にかかる前髪がうっとうしい。髪をかき上げて、間抜けな自分の顔にあかんべえを食らわす。そこに映っているのは若い男だが、若い男の全てがハンサムガイではないんだ。
俺は、自分の容姿が優れていると思ったことは一度もない。病的に青白い肌。こけた頬と尖った顎。吊り上がった眉の下に、でかい目がぎょろり。耳の先が尖っていて、くっきり鉤鼻。笑ってもいないのに大きな口の口角が上がっている。自己主張のはっきりした顔のパーツが、大喧嘩しながら辛うじて同居してるって感じだ。我ながら薄気味悪い顔だと思う。体格だってそうだよ。自分ではなよなよしたもやし君ではないと自負しているが、見た目はどうしようもなく瘦せぎすで、貧弱そのものだ。
だが、俺の中身は外見と大きく異なっている。陰気で神経質で排他的に見えるかも知れないが、自分では温厚で楽天的で協調性もあると思っている。体格だってそうだよ。確かに痩せ型だが、骸骨のように病的ではないし体力も水準以上だと思う。でも、
女性にとって魅力的だとは思えない容姿なのに、俺はどうしてこれまで女に不自由しなかったんだろう。そこがどうにも分からん。貧弱な見てくれが女の庇護欲を掻き立てていた? それは逆だよなあ。マッチョな男がか弱い女性を庇護するってのが本来の筋だろ。うーん。
首を傾げながらラウンジに入ったら。
「え? 俺だけかよ」
とても広いラウンジには軽食やドリンクが摂れるコーナーがあり、インフォメーションコーナーがあり、小さいがジムのエリアもあって、暇つぶし用の施設とは思えないほど充実している。それなのに人っ子一人いない。
「なんだかなあ」
がらんどうのラウンジに踏み込んで一番近くの席に腰を下ろし、テーブルに片肘をつく。どうも、俺だけがみんなから避けられているということではなさそうだ。訓練生一人一人が、他のやつとは距離を置いている『ぼっち』に見える。応募の時、研修を受けている時、搭乗時、そして今……。俺は連中が群れて談笑しているのを見たことがない。それは連中が作業や研修に集中しているからだと思っていたんだが、違ったってことか。
いや、そいつらの性格はどうでもいいさ。でも、向こうには引きこもれる場所が最初からないんだ。社会性の低いぼっち体質のやつが、果たして訓練所での生活に耐えられるんだろうか。それがすごく気になるんだが……。
俺が訓練に耐えられるかどうかよりも、こういう連中とうまくやっていけるかどうかの方が心配になってきた。
「うーん……」
ドリンクサーバーのボタンを押して、ブラッディマリーをチョイス。訓練所では飲酒が禁じられているから、これが最後の一杯になるかもしれん。グラスを持って、ゆっくり席に戻る。
だが俺は。口を付けようと思ったグラスをテーブルの上に戻して考え込んでしまった。今回のが第三期募集だろ? この有様で、一期二期のやつが一人でも訓練所に残ってるんだろうか? ひどく不安になってくる。その俺の不安を吹き飛ばすかのように、能天気なでかい声が廊下から響いてきた。
「おわあ、すっげえ! ここって、好きに使っていいのかあ?」
どかどかと足音を立てながらラウンジに入ってきたのは、ブラウンヘアでぼさ頭の若い男。顔の輪郭は整っているが、眉が太く、鼻ぺちゃの乱杭歯で、決してハンサムボーイではない。背は俺よりも低く、筋肉質ではあるがずんぐりむっくり。そして、ひどく肩をいからせている。言葉遣いも雰囲気も荒っぽい感じがする。でも俺は、やつのストレートな振る舞いを見てものすごくほっとしたんだ。地が丸見えなのは、正直で裏表がないってことだろ? だから、すぐに声をかけた。
「
「おっ! 声出すやつがいたんだな。誰に話しかけてもだんまり無視でよ。つまんねえったら」
「ああ、まったくだ」
そいつも、他の訓練生の辛気臭い態度が気に食わなかったらしい。共通印象をとっ始めに重ねられたことで、すぱっとリラックスモードに入れた。
「俺はブラム。ブラム・ストーカー・ジュニアだ。よろしくな」
「おう! 俺はウォルフさ。ウォルフ・カニスだ。仲良くやろうぜ! 同士!」
がつんと握手を交わして、揃って馬鹿笑いした。ぎゃははははっ!
「よう、ブラムはどっから来た?」
「サウスバーンのスラムさ」
「おっ! 近いじゃん。俺はハイラム地区の隅っこだ」
「じゃあ、どっかで顔合わせてたかもな」
「それはねえな」
ウォルフが、さっと笑顔を引っ込めた。
「俺にはちょいと変わった癖があってな。そのせいで、明るいうちはほとんど人前にツラぁ出せなかったんだ」
「癖?」
少し苛立ったような素振りを見せたウォルフの手足や顔が少しずつ変形するとともに、毛で覆われてゆく。
「へえー、
「おい。あんた知ってるのか?」
驚いたウォルフが、さっと元の姿に戻った。
「聞いたことがあるってだけさ。だが、俺だっておまえのことは言えない。いろいろ変わってるよ」
「は?」
「第一、俺はもう百五十歳を超えてるからね」
「げっ! 俺と大差ないじゃん!」
なんだ、ウォルフもか。俺のようなやつが他にもいるとは思わなかった。こらあびっくり! ぐいっと身を乗り出したウォルフが、俺に聞いた。
「なあ、ブラム。じゃあ、おまえが応募したのは……」
「母星には、俺の居場所がどこにも見つからないからさ」
「わお! 俺と同じかよ」
ウォルフが躊躇せずに癖を晒したこと。それは、自分を押し殺して生きる辛さが限界に来ていたからだろう。まあいいさ。どんな癖があってどんな格好をしていようが、大した問題じゃない。それは、訓練や入植には関係しないだろ。
すっかり打ち解けた俺ら二人は、広いラウンジを雑談の声でがんがん埋め尽くしていった。
俺がウォルフと知り合えて嬉しかったのには、もう一つ訳がある。俺は女には恵まれて来たが、同性の友人が誰もいなかったんだ。
俺に寄り集まってくる女がいつも一人とは限らないし、そいつが独り身とも限らない。女に野郎どもがセットになっていると、どうしてもそいつらの嫉妬ややっかみを食らうことになる。庇護者である女との間だけでなく、男どもとの関係もいつもアンバランスだったんだよ。だから、フランクに話のできる同性の友人がずっと欲しかったし、こうしてそれが叶ったことはすごく嬉しい。それだけでも応募した甲斐があったってもんだ。
でかい声で馬鹿話をぶちまけ合っていたら、苛立ったような女性の声が近付いてきた。
「うっさいわねえ!」
えっ? 女? 訓練生に女なんかいるのかっ?
絶句した俺は、ラウンジに入ってきた女の姿を見てさらに絶句。そらあ、上玉なんていうちんけなレベルじゃなかった。長い銀髪が印象的で、顔立ちはこれでもかと整っている。雪のように白い肌。燃えるような赤い瞳にターコイズブルーの唇。エキセントリックな配色が奇異に思えないくらいの、ぞっとするような美人だ。背は俺やウォルフよりも高く、しかもぽんきゅっぽん。事業団は、応募者を釣るためにスーパーモデルを採用したのか? 思わずそう勘ぐってしまうくらいの超絶美女だ。
だけど図抜けた美貌とは裏腹に、女はどうしようもなく短気で暴力的だった。大股で俺たちのテーブルに歩み寄った女は、座っていたウォルフの胸ぐらを掴んで立たせると、ぴしっと言い放った。
「あんた、さっきわたしにナンパかましたでしょ?」
「う……」
「その時に言ったはずだよね? うっさいって!」
「あ……う……え」
ウォルフの様子が、さっき獣化した時とは全く違う。怖い母親に叱られている子供のように縮み上がっている。
「あんたの声は、どこにいてもきんきん響くの。すっごく耳障りなの! 静かにできないなら、この場でバラすよっ!」
なるほど。見た目はともかく、こいつも俺たち同様の訳あり訓練生だな。それよりも、訓練所に着く前に回れ右させられるわけにはいかない。慌てて二人の間に割って入る。
「おいおい、ほどほどにしてやれよ。ここで騒動を起こしたら強制送還になっちまう。あんたはそれでいいのか?」
「う……」
女が、不満そうにウォルフを放した。まあ、こういうのも縁のうちだ。自己紹介しとこう。
「俺はブラム。ブラム・ストーカー・ジュニアだ。よろしく頼むわ」
「……」
女が、不信感たっぷりの視線を俺に投げつける。それから、渋々自己紹介した。
「フリーゼよ。フリーゼ・ユルキオムナー」
「まだ訓練が始まってもいないんだ。その前に突っ返されたくない。ウォルフ、おまえもだろ?」
「ああ」
「苛立つのは分かるが、訓練所に着くまでは我慢してくれ」
ぷいっと顔を背け、そのまますたすたとラウンジを出ようとしたフリーゼは、ドアの前で肩越しに何かを放り投げるような仕草をした。その直後。
ぱん!
テーブルの上に置いてあったブラッディマリーのグラスが、木っ端微塵になった。テレキネ? いや、飛び散った酒がフローズンになっている。なるほど……。
「あいつも相当変わってんな」
「いい女だと思ったんだけど」
ウォルフがけしょんけしょんにしょげている。
「いや、間違いなく特上だよ。だけど女ってのは、上玉になるほどいろいろあるのさ」
「は?」
俺の話の裏を読めないのか、きょとんとしている。ううむ。ウォルフは気のいいやつなんだが、どうも単純バカっぽい。フリーゼにどういうナンパを仕掛けたのかが目に見えるようだ。
「まあ、お楽しみは向こうに行ってからにした方がいい。それより」
「ああ」
「世界がノーマルなのは、向こうに着くまでだろうな」
「そうなのか?」
「向こうはきっと、何もかも
【第二話 変わってる!】
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