難民もしくは開拓者 ——黒い太陽の下で——

水円 岳

第一章 やったるぜ!

第一話 行くぜ!

「訓練生のみなさん。間もなく搭乗を開始いたします。四便に分かれての搭乗となりますので、あらかじめ指定されている搭乗口にお集まりください。繰り返します。間もなく搭乗を開始いたします。訓練生のみなさんは、指定の搭乗口にお集まりください」


 大型有人機を発着させるために増設された、エンデバー宇宙空港の一翼ウイング。真新しい待合室ウエイティングルームに、合成音による味気ないアナウンスが響いた。俺は、弾かれたように腰を上げた。


「いよいよだ! 行くぜヒアウイゴー!」


 これから俺の運命が変わる。いや、俺がそいつを変える。強い決意を胸に、誰よりも先に部屋を出る。他の訓練生たちも、ぞろぞろと俺の後に続いた。それにしても。五百人近く訓練生がいるんだから、出発の時にはもうちょい盛り上がると思ったんだが。どいつもこいつも黙りこくったままで、どうにも辛気臭い。


 そりゃあ、これから向かう訓練所はラスベガスのカジノみたいな華やかなところじゃないよ。むしろ軍施設や刑務所に近いんだろう。でも俺たちは、何か悪いことをしたからそこに行かされるわけじゃない。逆さ。自ら志願して前人未到の地に立ち向かう、開拓者パイオニアの卵だ。それなのに、最初からこの体たらくってのはどうよ? こいつら本当に大丈夫なんだろうか?


「ああ、余計なお節介か」


 苦笑しながら、ぴかぴかの搭乗ゲートを見上げる。


「俺も……人のことを心配してる場合じゃないよな」


 ゲートを通る前に、一度だけ自分の過去を振り返る。俺はこれまで、開拓者どころか市民シチズンにすらなれなかったんだ。ここにいること自体が、奇跡みたいなものなんだよな。


◇ ◇ ◇


 科学技術や社会システムが進歩し、世の中がどんどん変わっている。ほとんどの市民はそれを悪化と捉えていないし、変化の恩恵を受けているんだろう。でも俺のように、どうしてもその潮流に乗れないやつがいるってのも事実なんだよ。意地張って乗らないんじゃない。俺は喜んで乗りたいんだが、乗せてもらえないんだ。当然のこと、俺のような半端者は社会からはみ出してしまう。隅に追いやられるだけならともかく、完全に干されてしまうと生きていけない。


 そんな俺が、進歩から取り残されたスラムの片隅でなんとか生き延びてこられたのは、女に恵まれていたからだ。俺は女に何もアプローチしていないんだが、いろんな女が俺の前に現れて世話を焼いてくれた。なぜそうなるのかは、俺には分からない。だけど事実として、女による庇護が途切れたことは一度もなかったんだ。

 女にかしずかれることが当然だなんて、これっぽっちも思ってないよ。愛情を捧げてくれる女には同じだけ愛情を注ぎ、関係を平等イーブンにしたいんだ。でも俺がどんなにその努力をしても、仲が長続きしたことはなかった。俺からもうやめようと言ったことは一度もないのに、どの女もいつしか俺から離れていってしまう。


 その時も、俺は恋人に去られたばかりだったんだよ。机の上にぽつりと置かれたシルバーのリング。彼女は、それだけを残して俺の前から忽然と消えた。もし彼女の別れの決意を前もって知っていたら、俺は彼女を引き止めただろうか。分からない。俺は、彼女にずっと隣にいて欲しかったさ。でも俺がもし彼女の立場なら、遅かれ早かれ別れを選択しただろう。咎めることは……俺にはできない。

 そうなっちまうのは俺の運命みたいなもの。そして、運命にただ流されるだけの俺の生き様は誰にも理解してもらえない。でも、運命に一番納得できないのは俺自身なんだよ。


 突然ぽっかり空いた俺の隣のポジション。いつもなら、それがすぐ別の女で埋まる。でも俺は、女の気配の代わりに映像端末インフォビジョンから流れていた奇妙なアナウンスに気付いたんだ。ほんの数週間前のことさ。それが偶然か必然かは分からないが、俺の目はアナウンス画像に釘付けになった。


「連邦政府は、新たに発見された惑星の有人探査を行うことを決定しました。これまで無人探査機による調査を重ねてきましたが、新惑星の生物、資源探査をより詳細に行うためには、入植者によるきめの細かい継続観測が必要なのです。

 探査を担う新惑星開発事業団では、惑星に入植して調査を行う隊員を広域募集しております。応募資格は、健康な成人。それ以外の制限条件はありませんが、事業団で人選を行い、訓練所での訓練をクリアした応募者にのみ入植資格を与えます。訓練中および入植後に必要な生活物資等は全て事業団が整えます。また訓練生であっても、事業団職員俸給表に基づいて給与が支払われます。

 随時採用面接を行っておりますので、応募される方はお近くの事業団地域事務所までお越しください」


 俺はその募集に飛びついた。発作的な決断だったかもしれないが、俺がずっと待ち望んでいた唯一無二のチャンスが来たと感じたんだ。新惑星への入植ってのは、まさに開拓者じゃないか! 尊敬されることはあっても、蔑まれることは絶対にない。覚悟を決めて新天地に挑む気概さえあれば、入植地に俺の居場所ができる。

 俺には、大それた野心や輝かしい目標なんざ一つもなかった。それでも、母星にどこにも居場所のない俺が安住の地を得られるかもしれない……そういう期待感を抱かせてくれる夢のようなアナウンスだったんだ。


 何も持たずに身一つで隠れ家を飛び出し、事業団の地域事務所に駆け込んだ。そこにたむろしていたのは四方八方見渡す限り、男、男、男……。まあ、そうだろなあ。得体の知れないチャレンジに運命を預ける女性なんか、まずいないだろう。俺はむさ苦しい男ばかりの汗臭い空間にむしろ安堵しつつ、担当官との面接に臨んだ。


「ブラム・ストーカー・ジュニアさんですね」

「はい」

「訓練所および入植地の環境は母星と大きく異なりますが、それに適応できますか?」

「もちろんです!」


 IDカードに記録されているから隠しようがないけど、面接では個人情報についての言及はなく、出身地や現住所、職歴、家族構成に関しては一切不問だった。その代わり、母星と異なる環境に適応できるかと繰り返し念を押された。適応は俺のお家芸だ。そんなのお手の物さ。自信がないのに応募なんざしないよ。やってみなきゃ分からんけど、まあなんとかなるだろ。

 ゆるゆるの応募条件だから志願者は全員合格なのかと思ったが、過去に犯罪歴がある者はそれを指摘された上で不合格になったらしい。訓練所や入植先でトラブルを起こされては困るということなんだろう。ひっそり生きてきた俺は、これまで一度も問題を起こしたことはない。拍子抜けするくらいあっさりと採用が決まった。


 名誉以外なんの役得も保証もない新惑星入植というチャレンジは、母星に住まう大勢の人たちにとって無謀で馬鹿げたことなのかもしれない。だが俺にとっては、これまでの無様な人生を帳消しにしてくれる、まさに天の配剤だったんだ。

 婆さんのスカートの中に隠れる卑怯者め! 俺の過去を知れば、誰もがそうそしるに違いない。確かに俺は、多くの女たちの背後にかくまわれるようにして生きてきた。でも訓練所や入植先では、俺はどこにも隠れることができない……いや、隠れる必要がない。それは、俺が日陰者の称号を自らかなぐり捨てること。生まれて初めて自力で作り出す劇的な変化になるんだ。


 担当官は、笑顔で俺を励ましてくれた。


「ブラムさん。訓練所や入植先への出向は片道切符ではありません。誤解なさらないようお願いしますね。個人的な事情で一時帰還したり、退職して母星に帰ることはいつでもできますので」

「わかりました!」


 まあ、そうだろな。大勢の訓練生から、脱落者を振り落としつつ少数の適任者を育てる。そういう育成システムにするんだろう。


 これまで個人IDしか持っていなかった俺は、初めて事業団職員という身分を手に入れ、ものすごく晴れやかな気分だった。堂々とお天道様の下を歩けるってのは最高だぜ!


◇ ◇ ◇


 採用が決まったらすぐ訓練所に出発できると思っていたんだが、さすがにそう甘くはなかった。地域事務所経由で本部に集められた訓練生は、訓練所で適用される規則や運用システムについて連日たんまり講義を受けなければならなかったんだ。

 俺は楽天的で柔軟な性格だと思うが、おつむはそれほど優秀にできていない。出発前に聴講を義務付けられていた講義や説明の内容は、俺には難しすぎてちんぷんかんぷんだった。でも俺と同じようなうんざり顔のやつが多かったから、知識の有無についてはそれほど心配しなくてもいいんだろう。試験をパスしろってわけでもなかったし、まあ聞いとけっていう感じ。


 ただ。俺たちが出発するまでの間に、うっとうしいからもう止めろと怒鳴りたくなるほど重ねられた警告があった。


「訓練所には太陽がありません」


 訓練所は、母星の属する惑星系のもっとも外縁に位置する小惑星に設けられていて、太陽の光は他の星々と同じくらいにしか届かない。しかも訓練施設が地下に設営されているので、灯りは全て人工光だ。日が昇ったら昼、日が沈んだら夜。そういう母星での常識は一切通用しない。

 繰り返し警告を聞かされているうちにどんどん気が滅入って、応募者の半数が出発前に脱落してしまうらしい。なんだよそれ。開拓者を志すにはあまりに軟弱すぎないか? まあ、だからこそ応募条件をゆるゆるにしてあるってことなんだろうけど。


 ともあれ。本部での研修をなんとかこなし切った俺は、訓練所に向かう船の搭乗切符をゲットした。いざ、出発! 講義漬け生活からの解放感と相まって、上々の気分で空港の待合室に入った。だが、他の訓練生を見回して改めて違和感を覚える。

 それは、俺が最初に地域事務所に駆け込んだ時から今に至るまでずっと変わらずに感じ続けていたこと。なんでこいつら、揃いも揃ってこんなに辛気臭い面をしてるんだろう。期待感とか、高揚感とか、チャレンジスピリットみたいなものが欠片かけらも漂ってこない。緊張しているからってことならまだ分かるが、昨日応募して今日出発ってわけじゃないんだ。普通はその間に性根が据わるだろう? 連中は逆に、意欲がどんどん摩耗していってるような気がするんだよな。


「うーん……」


 俺は、どんな苦難をも乗り越えて入植を勝ち取るつもりだ。その熱が俺をがんがん駆り立てている。血が騒ぐっていうか、興奮とか熱気みたいなものはどんなに隠しても表に出るんだよ。でも、それが他の誰からも感じられない。有象無象にたむろしている連中は、みんなリタイアしちまうんじゃないだろうか。それは予感というよりも、確信に近かったかもしれない。


 俺にとっては楽園行きのベル。そして残りの連中にとっては死刑宣告のハンマー。そんな感じで、搭乗開始のアナウンスが流れた。


「みなさん、お待たせしました。これより搭乗を開始いたします。搭乗完了の確認後すぐに出発いたします」


 よしっ! 行くぜっヒアウイゴー



【第一話 行くぜ!】

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