2枚 裏

 銃声とコンクリートを打ち鳴らす音が廃墟に響き渡る。昼間と違い闇を照らす存在は月しかないので普段の男には丁度いい。ただ今は男が逃げている相手にも丁度いいというもの。柱の影にに息を潜めている男は心の中で舌打ちをしているかのように顔を歪ませている。


 相手がこんなにいるだなんて聞いてない


 この男__日向陽祐は息を静かに整え反撃のタイミングを見計らっていた。

 陽祐とは別の足音が響く。そこから距離を計り音を殺して後ろに回り込み気絶させる。そこに別の音が響く。陽祐は敵の応援と思ったのか振り向き様に拳銃を構えた。


「実に鮮やかな方法だが無駄な情けは掛けない方がいい」


 陽祐は岩澤いわざやたくみだと気付き構えていた拳銃を下ろす。岩澤は足元で伸びている男に一切表情を変えることなく黒い鉄の塊を向け引き金トリガーを引いた。陽祐は乾いた音に少し顔を顰めたがそれは一瞬の事で岩澤も気付かなかった。


「まだ俺の事を信用してなかったんです?こんな試すように敵の人数を少なく伝えるなんて」

「別に試してる訳じゃない。ただののミスだ」

「ミス、ねぇ。今後はそんなことはやめていただにたいものです。互いの為にもね」


 陽祐は手に持っていた銃を懐に戻すと岩澤が入ってきた扉から出ていく。


「また頼むよ」

「えぇ、勿論」


 振り返る事なく短い返事で廃墟を後にした。


 あの廃墟は今日の内にでも火の手が上がるんだろうな


 陽祐は何処を見るともなくふらふらと路地裏を歩いていた。月は機嫌を損ねたのか雲の中に隠れている。陽祐は闇雲に歩き続け辿り着いたアパートに入り込む。着替えることもなく仰向けにベッドに流れ込む。


 まるで俺が溶けてくみたいだ


 暗闇に紛れて息を潜めるように生きる自分に時折陽祐は自分が誰なのかよくわからなくなる。確かに自分は警察官だ。いや、今は消されているがそうだ。それなのに任務の為だと人殺しや犯罪の手助けをしている。幼い頃に蒼志や奏と想い描いた正義の味方とはまるで真逆だった。

 蒼志には秘密に奏の死が事故死と完結したのはどうやら警察上層部が関わっているらしい、と言う事と実行犯の名前などが分かった頃、陽祐は上に呼び出された。新たなだった。

 最近新たなテロ集団が発足したようだから潜入しろ、との内容だった。陽祐は言葉には出されていないが任務の為なら違法な事もいとうな、という空気を感じ取った。陽祐の先輩にあたる刑事も何人か潜入捜査をしているらしいと言うことは噂伝に聞いたことがあった。その事もあってかいつかはすることになるだろうと陽祐は思っていたがこんなにも早くとは思っていなかった。

 受け取った資料を眺めていた陽祐の手が止まった。その組織の末端の末端に岩澤巧の名が刻まれていたからだ。


 あれから五年、か


 目を覆うように腕を乗せている。備え付けられた鏡には布が張ってある。経歴は変えることなく名前だけ偽り潜入している。鏡に写る自分は自分であって自分でない。張り付いた笑顔にせものが怖かったのだ。


 蒼志は元気にしているだろうか


 陽祐は奏の死を探るのに蒼志は関わらせるつもりは毛頭無かった。だがあの時はああでも言わなければ陽祐が警察を辞める事を異常な程に不信感を抱いただろうと陽祐は読んでいた。実際そう言っていたのに蒼志は陽祐の事について調べている。その事は陽祐の補佐についた部下から報告が上がっていた。長年側にいたからお互いの手の内は知り尽くしていた。だからこそ先の先まで読んで先手を打ってきた。

 陽祐は新堂にいどう理一りいちとして誰にも言えないような事をごまんとして来た。お陰で陽祐は組織の中枢に潜り込む事ができた。今回岩澤の下についているのも組織からの命令だった。組織の命令と平行して奏の死の真犯人を探った。

 此瀬このせふみ

 陽祐はこの名に辿り着いた。

 性別も容姿も年齢も古参の幹部のみしか知らないこの組織のトップ。話術に長けておりハッキング技術、情報戦においては他に追随を許さないと聞いている。全ての武道において腕に覚えがあり百もの敵を薙ぎ倒したという噂まで出回っている。銃の扱いも手慣れたものでかなり遠くからでも外さないと言うことも陽祐は聞いていた。

 そんな人物は現代の“”と喚ばれている。

 その名の通り全ての犯罪に関して決して此瀬の犯行という証拠はなかった。陽祐は奏の一件も此瀬の犯行と睨んでいた。

 懐から取り出した拳銃を少しずらした腕の隙間から見ている。

 そんな此瀬から直々に陽祐に命令が下った。内容は岩澤の始末。詳しくは陽祐には伝えられなかったが大方ヘマでもやらかしたのだろう。その裏付けを取る為に陽祐が送り込まれた。報告を上げていると一週間後に粛清する、とだからその時の取引で気を引けと。ただ陽祐は手を下す必要はないとそうも告げられていた。

 陽祐の中がドロドロとしたものに覆われていく。そんな時には陽祐はいつも写真を眺めていた。今日もその例外ではなかった。高校を卒業して警察学校に入る時に撮った写真だ。ただ陽祐が写っている所は切り取ってある。それはまるで交わることのない、交わってわいけない境界線のように陽祐は感じていた。


 俺は二人の隣に立てる程綺麗な人間じゃない


 陽祐は写真の中の二人は自分に笑いかけてくれて自分の中のなんとも言えない感情を浄化していくように感じていた。


 奏、陽、二人だけはいつまでも光の中にいてくれ、二人に降りかかる闇は全部全部俺が背負うから

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