第8話 きゅうりで釣れたのは……
おれがきゅうりを餌にした人魚釣りを始めて半日が過ぎた。
終わりが見えない無意味な時間に飽きたおれは、読書をしているカリーナに訊ねた。
「なあ、これいつまで続けるんだ?」
「もちろん人魚が釣れるまでよ」
予想通りの答えにおれは脱力した。
いくら人魚がきゅうり好きのような情報があっても、これで釣れるとは思えない。本気で人魚捕獲作戦を考えないと一生釣りをさせられる可能性がある。
おれが思案していると、ずっと海面で漂流していたきゅうりが突然、海中に沈んだ。そしておれが持っている釣竿が大きくしなった。
「本当に人魚がかかったのか!?」
思いのほか強い力で引っ張られるため、おれも全力で竿を引く。だが引きすぎると竿が折れてしまうため力加減が重要だ。
こうしておれと人魚が力比べを始めて五分。それはいきなり終わりを迎えた。
おれが一気に人魚を釣り上げようと力を入れた瞬間、きゅうりという餌が外れた釣り針が空高く宙を舞ったのだ。
引っ張り合っていた相手の消失におれの体は慣性の法則に従って後ろへと倒れる。
そのまま尻餅をついたところでカリーナがおれに命令した。
「捕まえてきなさい!」
「は!?」
まだ状況が把握できていないところで、おれはカリーナに容赦なく海に突き落とされた。
おれが溺れまいと必死に立ち泳ぎをしていると、魔法による遠話でカリーナが直接頭に話しかけてきた。
「まだ遠くには行っていないはずよ!魔法でもなんでも使って捕まえてきて!」
「おまえ無理いうなよ!海中は人魚の土俵なんだぞ!そこで捕まえられるか!」
おれが遠話で返すとカリーナが少し怒ったような声で言った。
「レンツォは水属性の魔法が得意でしょ?私だってレンツォの水属性の魔法には勝てない時があるんだから。それなのに人魚なんかに負けたら承知しないから!」
その言葉におれは思いっきり脱力してしまった。
「なんか論点が違う」
「いいから!人魚が逃げる前に捕まえて!」
「へい、へい」
おれは泳ぎやすいように魔法で自分の足を魚に変えると勢いよく泳ぎだした。
きゅうりに染み付いたおれの魔力を追いかけるが、さすがに海中だと人魚のほうが泳ぐスピードは早い。
少しずつ距離を離されて、おれは苛立ちを覚えた。半日も体を動かさず、何をするわけでもなく座りっぱなしだったのだ。ここで捕まえなければ、あの時間は本当に無意味になってしまう。
「ちょっと手荒になるが、いいか」
傷さえつけなければいいんだ、と考えておれは泳ぎを止めると、目を閉じて両手を広げた。
「水の精霊よ。我が一部を持ち去りしものを水柱に封じよ」
おれが魔法の詠唱を終えると同時に海流が生まれ、ものすごい勢いでおれを運んでいった。
ちなみに詠唱で唱えた我が一部はおれの魔力が染み付いたきゅうりだ。きゅうりがおれの一部だなんて考えただけで情けなくなるが、これが一番てっとり早い。
海流は海から突き上げ巨大な水柱となり、おれはその頂上にいる。そして目の前にはきゅうりを持った人魚……がいる、はずだった。
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