第9話 ◯◯の日干し

 水柱の上でおれは首を傾げながら過去に読んだ文献を思い返した。

 人魚の姿が載っている本はそこそこあったが、目の前にいるモノの特徴が記された文献はなかった。


 全身が緑色をしており、ボサボサの髪だが頭のてっぺんだけがハゲている。しかも背中には亀のような甲羅があり、人魚なら魚である部分に足がある。

 しかも右手でしっかりときゅうりを握りしめているため、おれが釣り上げようとした相手には違いない。


 言葉が通じるかは不明だが、とりあえずおれは声をかけてみた。


「おまえ……人魚か?」


「キャッ、キュキュゥ、キィ!」


 人魚もどき?は高い声で一生懸命に何かを訴えているが言葉が分からない。


 おれが首を傾げていると頭にカリーナの声が響いた。


「捕まえたなら、こっちに連れてきてよ」


「いや、これ人魚か?」


「ここからはよく見えないから、とりあえず連れてきて」


「わかった」


 おれは人魚もどき?に右手を向けて魔法の詠唱をした。


「水の精霊よ。彼のものを包み捕らえよ」


 人魚もどき?は水で出来た球体に閉じ込められ、慌てて壁を叩く。


 おれはそんな人魚もどき?を連れて海面を走ってカリーナのところへ帰った。


「ほれ、人魚?」


 おれが差し出した水の球体の中に入っているものを見て、今度はカリーナが首を傾げた。


「人魚なの?」


 疑問で返してきたカリーナにおれも同意する。


「だから、おれも人魚?って言ったんだ。本人に聞ければ一番いいんだけどな」


「話せるの?」


「何か訴えるように声を出していた」


 おれの言葉にカリーナが両手を叩いた。


「なら問題ないわ」


 そう言うとカリーナは魔法を詠唱した。


「風の精霊よ。彼のものの思いを我が言葉にせよ」


 水の球体の中に泡が発生してすぐに消えた。


 カリーナが笑顔で丸くなっている人魚もどき?に声をかける。


「こんにちは。言葉がわかるかしら?」


 その言葉に人魚もどき?は水の壁に両手をつけて食い入るようにカリーナを見た。


「わかるっす!わかるっすよ!」


 感激しているのか泣き出しそうな顔をしている人魚もどき?にカリーナは質問をした。


「あなたは人魚なの?」


「人魚?あぁ、半魚人のことっすか?おいらは違うっす。おいらは河童っす」


『カッパ?』


 聞きなれない言葉におれとカリーナの声が重なる。


 人魚もどき?改め河童が説明をする。


「おいらは普段、川に住んでいるっすが、この前の大きな嵐があった時に海に流されたっす。しかも遠くに流されていたみたいで、故郷の川の匂いが嗅ぎ取れなくて帰れなくなったっす」


「嵐なんて、この辺りでは起きてないわよ」


「それだけ離れた土地から流されてきたんだろ。確か、東方にある大和国って島国にカッパという生き物がいるって本で読んだことがある」


 おれの話に河童が身を乗り出す。


「そこっす、おいらの故郷は。人間たちは大和国って言ってたっす」


「大和国とは随分遠いところから流されてきたわね。ま、人魚でないなら必要ないわ。海に返して」


「へい、へい」


 また人魚釣りの再開だと思うと気が滅入る。


 だが、河童は慌てたように水の壁を叩いた。


「待ってほしいっす!おいらを故郷に帰してほしいっす」


 河童の懇願をカリーナな無情にも切り捨てた。


「私はとっとと人魚の鱗が欲しいの。あなたにかまっている暇はないわ」


 その言葉に河童は衝撃の一言を言った。


「この辺りの海に半魚人はいないっすよ」


「本当なの?」


 カリーナの睨みに怯えつつも河童は堂々と断言した。


「この辺りの海は泳いで探索したっすが、半魚人は見なかったっす」


「そういえば人魚騒ぎがあったときって、きゅうりが関係していたんだよな?もしかして人魚の正体ってこいつじゃないか?」


 河童が照れたように頷く。


「おいら、きゅうりが大好物なんっす。で、あまりにも腹が減っていたから、きゅうりを見かけた時につい失敬したっす。それを人間に見られて大騒ぎされたこともあったっす」


「やっぱり、そうだった……」


 と、言いかけておれは思わず言葉を止めた。カリーナから不穏な空気が流れてくる。


「つまり無駄足だったってこと?」


 カリーナの怒りを含んだ声におれと河童が一歩下がった。カリーナの茶色の髪が怒りで浮き上がっているように見える。


 おれはなるべく穏便に済む言葉を探したが、残念ながら見つからなかった。


 おれが出来ることは、ここに河童の日干しが作られないことを祈るだけだった。


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