第7話 釣り
そうして二年が過ぎたある日、おれは再びカリーナに強制連行されていた。これまでも強制連行されることはあったが、今回は距離が違った。
アルガ・ロンガ国は半島でおれは西側の海沿いにある首都に住んでいる。そして連行された先は首都の裏にある高原と山を超えた東側にある港町だ。馬車で移動したら五日はかかる距離である。
その距離をカリーナはおれを連れて転移魔法を使って一瞬で港町まで移動してきた。
「いつの間に転移魔法なんて覚えたんだよ?」
おれの質問にカリーナがいつもの笑顔で言った。
「ずっと前に覚えたんだけど、使う機会がなかったから使っていなかっただけ」
「そのまま永遠に使ってほしくなかったな。で、こんなところに何の用だ?」
目の前には青い海とその先に大陸の山陰がうっすらと見える。
「ここで人魚が目撃されているって報告があったの。人魚の鱗は薬の良い材料になるから、どうしても欲しくて」
「報告って誰から?」
「私の傭兵の一人からよ」
「あぁ」
おれは納得した。二年前にカリーナが雇用した傭兵のうち二人は常に旅に出て、周辺諸国の情報を報告している。
カリーナは独自の情報網が欲しくて傭兵を雇用する条件に旅慣れた人を提示していたのだ。それでも情報収集に二人というのは少ないと思うが、カリーナいわく、これはテストのようなものなので少人数でいいんだそうだ。
「と、いうことでお願いね」
そう言ってカリーナから荷物を押し付けられた。その中にピンと伸びた細い棒がある。
おれはまさかと思いつつも、その細い棒を荷物から出した。そして、その全貌を見て項垂れた。
「なぁ、人魚を釣れって言わないよな?」
おれはどこからどう見ても釣竿にしか見えない棒をカリーナの前に突きだした。
「釣る以外にどうやって捕まえるの?」
逆に問われて返事に戸惑う。
「いや……投網とか、罠を仕掛けるとか」
「手荒なことしたら鱗が傷つくからダメよ」
「釣りも釣り上げる時に暴れたら鱗が傷つくだろ」
「じゃあ、他に良い方法がある?」
おれは思いつかずに無言となった。
「ないなら、さっさと釣って。ほら」
カリーナが荷物の中から取り出したものをおれに渡した。おれは野菜市場でよく見かけるそれを受け取ったまま呆然としてしまった。
「これ……どうするんだ?まさか、餌じゃないよな?」
「餌よ」
当然のように言ったカリーナにおれは手に持っている緑色の物体を握りしめて叫んだ。
「どこの世界にきゅうりで釣れる人魚がいるんだ!?」
思わず握りつぶしそうになったきゅうりをカリーナがさらりと奪い取る。
「情報では船の積荷の中からきゅうりだけが盗まれていたそうよ。しかも、その付近は海水で濡れていて、それが海に続いていたって」
「それだけで人魚の仕業になるのか?」
「他にも目撃例はあるわ。しかも何故かきゅうりが関わっていることが多いの」
カリーナの説明におれはため息を吐いた。
「わかったよ。とりあえず、それを付けて釣ってみる」
おれはカリーナからきゅうりを取ると釣り針に突き刺した。そして勢いよく海に向かって振り投げた。
ポチャン。
間抜けな音を立ててきゅうりは海に少し沈んだ後、プカーと浮かんだ。あとはひたすら波に揺られて漂流するのみ。
おれが釣竿を持って地面に座る。その隣ではどこから持ってきたのかパラソルとアンテークテーブルとイス。そしてティーセット一式がセットされておりカリーナが優雅にお茶をしていた。
「おれには何もなしか?」
「自分で持ってくればいいじゃない」
「人に釣りをさせといて言う言葉か?」
「レンツォも転移魔法ぐらい使えるでしょ?」
確かにおれも転移魔法は使えるが、転移魔法は魔力の消費が半端ない。日よけやお茶のためにそんな疲れることはしたくない。
「面倒だから、このままでいい」
おれは再び海を見た。海面に反射する太陽の光が眩しい。おれはボンヤリと海面を漂流しているきゅうりを眺めることだけに時間を費やした。
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