8.
「それ、何ですか?」私はタイミングを見計らって
「霊的なスイス・アーミー・ナイフ、みたいなもんだ。純粋な天然水晶で出来てる」
「スイス・アーミー?」
「ほら、スイスの国旗がプリントされてて、缶切りやらドライバーやら、いろいろ便利ツールが仕込まれてる折りたたみナイフがあるだろ?」
見たことあるような……無いような……
「じゃあ、霊的な
「はあ……」
分かったような……分からないような……
「結界を張った。この部屋の中でどんなに大きな音がしようとも部屋の外には漏れない」そう言いながら水晶棒を左手に持ち替え、
「じゃあ、さっき言った通りの計画で……よろしく頼む」
咲希が神妙な
……危険な賭けだ……と私は思った。
「どうしてもこの方法じゃないと駄目なんですか?」と
「駄目だな」
「浮遊形態?」
「ある『
「しがみ……って、何ですか?」
「詳しく話しているヒマは無いが、昔そういう理論を考えた人が居たんだよ……話を続けるぞ。この『憑依形態』霊は、取り憑いている『
「憑依している『
「そうだ。
「自由に動き回れるようになる?」
「まあ自由と言っても空間的制約が全く無くなる訳じゃないんだが……とにかく、この『浮遊形態』に変化した
「パソコンに取り憑いたままの状態でいてほしい、そのほうが相手にしやすい、って訳か……じゃあ、このままパソコンを
「それも駄目だね。咲希さんはパソコン内のバケモノに取り憑かれている……ヤツは『シニツキ虫』みたいな低級霊じゃない。俺はこの
「一度でもドラキュラに血を吸われたら、ドラキュラ本体を倒さない限り救われない、ってことか」
「まっ、そんな所だな……さあ、OSの起動が完了したようだ。いよいよだぞ」
パソコンの画面に目をやるとデスクトップが表示されていた。
つまり、彼だけが見えているものを、私たちにも見せてくれるという事だ。
咲希も立ち上がり、私たち三人は部屋の中央で三角形になるような位置関係になって立ち、互いに手を繋いだ。
例の、手からエネルギーが昇って来て
今度のエネルギーは、さっきより数倍大きいように感じられた。
「わっ、
「咲希! どうしたの! それ!」ほとんど同時に、私も咲希の顔を見て叫び声を上げてしまった。
咲希の額に、第三の目玉があった。
……と、言うことは私の額にも……
「心配しなくても良い」
確かに
咲希が椅子に座り、パソコン画面の『アナザー・ライフ・アンダー・ザ・マジック・スカイ』のアイコンをクリックした。
しばしの起動シーケンスの後、壮大な音楽とともにタイトル画面が映し出された。
ゲームが始まった。
咲希自身をエサにした、バケモノ狩りというゲームが。
* * *
ゲームが始まって
咲希が操るのはエルフ族の男だったが、相手のキャラもエルフだった。
エルフの、女だ。
「ねえ、例のこと、ちゃんと考えてくれた?」
チャット・ウィンドウが開き、エルフ女が言った。
「私の経験値なら、どんな属性にもチェンジできる……だから、あなたの好きな属性を言ってちょうだい……土属性? 水属性? 風属性? 火属性? どの属性ならお嫁さんにしてくれる?」
咲希がキーボードを叩いた。
「水属性が良いな……水属性になったら、君と結婚してあげる」
その瞬間……液晶画面の中のエルフの女が……ただの3Dポリゴンの集合でしかない
ゾッとするような、気味の悪い笑い顔だった。
咲希の首に巻きついた触手がビクンッと動いた。
次の瞬間、
いつの間にか水晶棒の一方の端から薄い透明の刃が生えていた。
水晶の刃に切り裂かれた触手が、のた打ちながら咲希の首から外れて床に落ちた。
「これで、出て来るしかなくなったな」
……いや……正確には、画面の中のエルフの女に対して、か。
「せっかく咲希さんのガードが下がっても、彼女を喰らうのに触手は使えない……早くその小っちゃな黒い箱から出てこいよ。バケモノ」
画面の中でニヤついていたエルフ女の顔が鬼の形相になり、こちらに向かって……画面のこちら側に居る私たちに向かって……歩いて来た。
どんどん……近くへ……近くへ……
そしてついにパソコンの液晶画面が割れ、太った男の上半身が現れた。
「それがお前の正体か」
画面から現れた男の両手が伸び、咲希の体を
……水晶の……銃!
水晶銃の銃口が一瞬輝き、轟音が室内に響き、部屋の窓ガラスがビリビリと振動し、直後、私の耳はキンキンとした耳鳴り以外なにも聞こえなくなった。
画面から出て来た男の胸に、穴が開いていた。
弾丸は、実体が無いはずの男の胸を貫き、その向こうのパソコン画面を破壊し、部屋の壁にめり込んでいた。
男の体が崩れ始めた。
「嫌だ……消滅なんて……助けて……助け……」
ノートパソコンから出てきた男は砂絵が風に吹き飛ばされるようにして消え、穴の開いた液晶画面だけが残った。
* * *
ベッドに
* * *
電話で呼んだタクシーが来るまで、私と咲希と
「パソコン……壊しちゃって済まなかった」
「まあ、仕方ありません……格安で買ったあの中古パソコン、きっと何か悪い因縁があったんですね。いわゆる『事故物件』ってやつだったのかな」
「弁償させてくれよ」
「まあ、お気持ちだけ」
雨は小降りになっていた。
三人それぞれが自分の傘をさして、私たちは家の前の通りへ出た。
私は彼の横顔をしばらくジッと見た。
うん。やはり絶対超絶完全無欠美形男なのは間違いない。
「あの、ひとつ聞いて良いですか?」咲希が
「俺、なんか知らないけどサングラスしてないと注目されるんだよね。とくに若い女から。指
ああ……こいつ、自覚が無いタイプか……物心ついた時から鏡に映る自分の姿に見慣れてるから、感覚がマヒしちゃってるんだな。自分がどれだけ美形かって事が分かってないんだ。
それにしても『目立ちたくない』のなら、サングラスの前に珍妙な服のセンスを直すべきだと思うのだが。
「じゃあ、マスクは?」咲希が重ねて聞いた。
「天気予報で昼から雨で気温も下がるって言ってたし、最近ちょっと
「はあ、そうですか」
「俺、健康管理には気を使ってるんだ。ユーチューバーは体が資本だからさ」
間違ったプロフェッショナル意識って、なんかイライラする。
風邪の心配する前に動画のカメラアングルを見直せ。いや、そもそものコンセプトから見直せ。
「私からも一つ質問があるんですけど」
「何でも聞いてくれよ。
「帽子を
「この
「じゃあ、帽子を被っている間……ていうか、額の目を閉じている間は……」
「ま、ごく普通の人間だわな。せいぜいリフティングが得意ってだけの」
……タクシーが来た。
……後部ドアが開いた。
「じゃあ、これで」
傘を閉じて、
「あの……」咲希が、タクシーの後部座席に座る
……はあ?
お前、何言ってんだ? 咲希? ゲーム脳か?
そして、タクシーの後部座席で「
「酒が飲める年齢になったら、もう一度会っても良いよ。そん時は、比登美さんも一緒に、俺の
ドアが閉まり、タクシーは咲希の家のある住宅街の道を、大通りに向かって発車した。
「おいおい、最後に決めゼリフ残して去って行っちゃったよ……ルパン三世かよ」
私と咲希はジワジワ
属性は何を選択すればお嫁さんにしてくれますか? 青葉台旭 @aobadai_akira
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