7.
「シニツキ虫は、人の
「分かってます。取り
「まあ、一般的には、な」
「さらに大きなバケモノ……?」
「何だ? お前、あれが見えないのか?」彼は、広場の地面を指差した。
私には何も見えなかった。
私は
「……そうか……まあ、霊視能力も人によって強い弱いがあるからな……」
いきなり
「なっ、なっ、なっ、何するんですか! 変態ですか!」
叫び声を上げる私に、
その指の先に視線を向ける。
それが見えた。
それは、うねる一匹の巨大なミミズか、巨大な一本の触手のようだった。
一方の端は咲希の首に巻きついていた。
もう一方の端は……咲希の
先端がどこまで伸びているのかは分からなかった。
「何ですか……これ……」
「分からない。新種のバケモノってところか……ああ、それから、いきなり手を握ったりして済まなかったな。こうして手と手を接触させることで、俺の『
「じ、事後承諾は、ダメだと思います」
「すまない」
その時、
「あのぉ……二人でなに秘密の話をしてるんですかぁ……手なんか
「バカ……そんなんじゃないって」私は弁解にならない弁解をした。
「咲希さんも俺と手を
その手を咲希が握った。彼女が息を飲む声が聞こえた。
「な、何ですか……これ……」
私と同じ反応だ……まあ、そういう反応になるよな……
頃合いを見はからって、
髪も、帽子も、スーツも、ずいぶん濡れていた。
* * *
それから、私たちは咲希の首に巻きついている触手のようなものが
先頭に立つ
私と咲希が、そのあとに続く。
歩きながら、咲希に全てを話した。
私に生まれつき『霊視能力』があること。
咲希の首に巻きついていた黒いモノ(シニツキ虫)
このままだと、咲希は死んでしまうかもしれないこと。
「いきなりこんな異常な話をされたのに、ずいぶん落ち着いているのね?」学校近くの住宅街を歩きながら、私は咲希に言った。
「まあね。あまりに異常すぎて驚きのメーターが振り切れちゃったのかな。どんなに突飛だろうと、
「俺が怖くないのか?」
突然、前を歩いていた
「
「うーん」と少し考えたあと、咲希が「最初はビックリしましたけど……」と言った。
「最初はビックリしましたけど……もう慣れました。学校の先生も『多様性のある社会を作りましょう』っていつも言ってるし」
「そうか……」
「それに眉毛から下は文句なしに超絶美形だし……いわゆる一つの『ただしイケメンに限る』ってやつ? かな」
「そりゃ、どうも」
そんなことを話しながら、私たち三人は雨の住宅街を歩いた。
「……あれ? ひょっとしてこの先って……」
咲希が歩きながら首を傾げた。
「私の家じゃ……」
咲希がそう言うのと、
* * *
「ぜひ、中に入って確認させてほしいんだが……」
咲希の家の玄関で
「え、えっと……」
咲希が戸惑ったように目を伏せた。
そりゃ、そうだよね。
今日会ったばかりの男をいきなり家に入れるなんて、若い女のすることじゃ……
「ちょっと待っててください。部屋かたづけて来ます!」
入れるんかい! うら若き乙女の家にこんな怪しい男を入れるんかい!
そんなにイケメンが良いんか! そんなにイケメンが良いのんか!
こいつチャラ男やぞ! いんちきユーチューバーやぞ!
……なんか、もうどうでもいいや……
しばらく私と
「あの……何のお構いもできませんが……良かったら中へどうぞ……」と、玄関から顔を出した咲希が言った。
まずは私が、続いて
「家の人は?」私は咲希に
「お姉ちゃんは大学で寮生活だし、お父さんもお母さんも仕事」
家の中へ入ると
廊下を見つめ、階段を見つめ、二階を見つめる。
きっと、咲希の体から伸びる触手が、二階へと続いているんだ。
「二階には何がある?」
「父さんと母さんの寝室と……今は使っていない大学生のお姉ちゃんの部屋と、私の部屋です」
「案内してくれないか?」
「どうぞ」
咲希が先頭になって階段を上がっていく。
二階へ上がり、
「私の部屋です」咲希が言った。
* * *
初めて他の女の子の部屋に入る時というのは、同性であってもちょっと緊張する。
咲希の部屋は良く整理され掃除も行きとどいていた。
勉強机の上に、やけに大きくてゴツいノートパソコンが置いてあった。
「どう? すごいでしょ? ゲーミング・ノートパソコン。重いし電池は持たないけど……性能はピカイチよ。3Dもうねうね動くし……」
「ふーん……高いんでしょ?」
「それが格安でさぁ」
「そいつだな」
「そいつから……そのノートパソコンから触手が伸びて咲希さんの首に巻きついている。本体は、そのノートパソコンだ。そのパソコンを使っていて、何か不審に思うことはないか? 体調不良になったとか?」
「どうかなぁ……ゲームに没頭すると睡眠も忘れちゃうからなぁ……ゲームを終えた時は、いつもグッタリしてるし」と咲希が答えた。
「このパソコンでは、いつもゲームをしているのか?」
「まあ、ゲーム専用です。ていうか『アナザー・ライフ・アンダー・ザ・マジック・スカイ』しかやってない」
「アナザー……何だって?」
「ゲームの名前です。『アナザー・ライフ・アンダー・ザ・マジック・スカイ』って、けっこうグラフィックとかリアルなんだけど、そのぶん要求されるスペックも高くて……それをプレイするために、それ専用にこのゲーミング・ノートを導入したようなもんです」
「フムン……」
「そう言えば、例の『属性は何を選択すればお嫁さんにしてくれますか?』って話、どうなった?」私は、ふと思い出して咲希に聞いてみた。
「ああ……あれか……昨日の夜も会ったんだけど……なんかちょっと気持ち悪くなっちゃって。ストーカーっぽいっていうか」
「プロポーズ、断ったの?」
「一応まだ保留にしてある」
「何だ? その『お嫁さん』とか言うのは?」
そう質問する
「……ひょっとしたら、それかも知れんな」話を聞いたあと
私たちは首を振った。
「言葉それ自体に霊的な力が宿っているっていう日本古来の考え方さ。例えば、何かに対して『好き』と言い続けた結果、本当にそれを好きになったり、逆に『嫌い』と言い続けた結果、本当に嫌いになってしまうのは、言葉そのものに内在する霊的な力が発話した者の精神に影響を及ぼし、変容させてしまったから……という考え方だ」
「それって、つまり自己暗示って事じゃないんですか?」と私。
「そういう解釈も出来るだろうな。しかし、世界の捉え方は一つじゃあない。言霊をはじめとする古代信仰も、それはそれで一つの完成された体系なのさ……さて……そのゲームの話だ……そのプレイヤー・キャラが咲希さんに『お嫁さんにしてください』と迫り続け、何が何でも『はい』の言葉を引き出そうとするのは
「えっと……もっと簡単に言ってくれませんか? つまり……」
「お嫁さんにしてくれますか……という問いに『はい』と答えた場合、たとえゲームの中での宣言であったとしても、それは咲希さんの精神に影響を及ぼし、霊的防御能力を低下させ……その結果……すでに相当部分浸食されてしまった咲希さんの精神は……」
「最後の防波堤まで失い、完全に食い尽くされてしまう……」
私の言葉に、
「……で、どうするつもりですか?」私は重ねて聞いた。
「危険な賭けだが……この触手の本体を引きずり出す」
「どうやって?」
私の問いに、
「おとりを使う」
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