7.

「シニツキ虫は、人の念能ねんどうエナルジー消耗の原因じゃない、結果だ、って言っただろう? こいつを消滅させたところで、本質的な解決にはならねぇよ」

「分かってます。取りかれた人が……この場合は咲希さきって事ですけど……取りかれた人が抱える悩みや問題が大元おおもとの原因だ、それを解決しない限りはらちかない、って言うんでしょ」

「まあ、一般的には、な」駈原かけはらは、ひたいの三つの目で咲希の首のあたりをジッと見つめ続けていた。「しかし今回は違う。彼女にシニツキ虫が取りいたのは……さらに大きなバケモノが彼女に取り憑いていたからさ。シニツキ虫は、言ってみれば大きな人食いザメに引っ付いてを頂戴するコバンザメだったって訳だ」

「さらに大きなバケモノ……?」

「何だ? お前、が見えないのか?」彼は、広場の地面を指差した。

 私には何も見えなかった。

 私は駈原かけはらの顔を見て首を振った。

「……そうか……まあ、霊視能力も人によって強い弱いがあるからな……」

 いきなり駈原かけはらの右手が伸びて来て私の手を握った。

「なっ、なっ、なっ、何するんですか! 変態ですか!」

 叫び声を上げる私に、駈原かけはらは「ひたいの中央に意識を集中しろ」と言って、傘を持った左手でさっきと同じ場所を指差した。

 その指の先に視線を向ける。

 駈原かけはらに握られた手から『何か』が体内に流れ込み、腕、肩、首を伝ってひたいの真ん中あたりに集中した。

 

 それは、うねる一匹の巨大なミミズか、巨大な一本の触手のようだった。

 一方の端は咲希の首に巻きついていた。

 もう一方の端は……咲希のうなじから背中、地面へと垂れ下がって、公園の地面をいながら私たちが入ってきた公園の出入り口を出て、住宅街の方へ伸びていた。

 先端がどこまで伸びているのかは分からなかった。

「何ですか……これ……」

「分からない。新種のバケモノってところか……ああ、それから、いきなり手を握ったりして済まなかったな。こうして手と手を接触させることで、俺の『能力ちから』がそっちへも伝わる。君にもようになる」

「じ、事後承諾は、ダメだと思います」

「すまない」

 その時、駈原かけはらの額にある目を見て驚きのあまり硬直したようになっていた咲希が、やっと我に返って「あのぉ……」と声をかけてきた。

「あのぉ……二人でなに秘密の話をしてるんですかぁ……手なんかつないでぇ……不純だと思いま〜す」

「バカ……そんなんじゃないって」私は弁解にならない弁解をした。

「咲希さんも俺と手をつなぐかい?」

 駈原かけはらは雨に濡れるのも構わず傘を投げ捨て、咲希の方へ左手を差し出した。

 その手を咲希が握った。彼女が息を飲む声が聞こえた。

「な、何ですか……これ……」

 私と同じ反応だ……まあ、そういう反応になるよな……

 頃合いを見はからって、駈原かけはらは私と咲希の手を離し、ソフト帽をポケットから取って頭にかぶり、投げ捨てた傘を拾った。

 髪も、帽子も、スーツも、ずいぶん濡れていた。


 * * *


 それから、私たちは咲希の首に巻きついている触手のようなものが何処どこへ繋がっているのか、それを手繰たぐりながら歩くことにした。

 先頭に立つ駈原かけはらが、傘で顔を隠しながら時々サッと帽子をズリあげて額を露出させ、地面を這う触手が何処へ向かっているのかを確認しながら歩く。

 私と咲希が、そのあとに続く。

 歩きながら、咲希に全てを話した。

 私に生まれつき『霊視能力』があること。

 咲希の首に巻きついていた黒いモノ(シニツキ虫)

 駈原かけはら巧見たくみとの出会い。

 このままだと、咲希は死んでしまうかもしれないこと。

「いきなりこんな異常な話をされたのに、ずいぶん落ち着いているのね?」学校近くの住宅街を歩きながら、私は咲希に言った。

「まあね。あまりに異常すぎて驚きのメーターが振り切れちゃったのかな。どんなに突飛だろうと、駈原かけはらさんと手を繋いで、あんなものを見せられたんじゃあ……信じるしかない」

「俺が怖くないのか?」

 突然、前を歩いていた駈原かけはらが、振り向きもせず背中を向けたまま言った。

ひたいに三つも目玉のある俺が、気持ち悪くないのか?」

「うーん」と少し考えたあと、咲希が「最初はビックリしましたけど……」と言った。

「最初はビックリしましたけど……もう慣れました。学校の先生も『多様性のある社会を作りましょう』っていつも言ってるし」

「そうか……」

「それに眉毛から下は文句なしに超絶美形だし……いわゆる一つの『ただしイケメンに限る』ってやつ? かな」

「そりゃ、どうも」

 そんなことを話しながら、私たち三人は雨の住宅街を歩いた。

「……あれ? ひょっとしてこの先って……」

 咲希が歩きながら首を傾げた。

「私の家じゃ……」

 咲希がそう言うのと、駈原かけはらが「着いたぞ。ここが敵の本拠地だ」と言うのが、ほぼ同時だった。


 * * *


「ぜひ、中に入って確認させてほしいんだが……」

 咲希の家の玄関で駈原かけはらが言った。

「え、えっと……」

 咲希が戸惑ったように目を伏せた。

 そりゃ、そうだよね。

 今日会ったばかりの男をいきなり家に入れるなんて、若い女のすることじゃ……

「ちょっと待っててください。部屋かたづけて来ます!」

 入れるんかい! うら若き乙女の家にこんな怪しい男を入れるんかい!

 そんなにイケメンが良いんか! そんなにイケメンが良いのんか!

 こいつチャラ男やぞ! いんちきユーチューバーやぞ!

 ……なんか、もうどうでもいいや……

 しばらく私と駈原かけはらは、雨の降る通りで待たされた。

「あの……何のお構いもできませんが……良かったら中へどうぞ……」と、玄関から顔を出した咲希が言った。

 まずは私が、続いて駈原かけはらが家の中へ入った。

「家の人は?」私は咲希にたずねた。

「お姉ちゃんは大学で寮生活だし、お父さんもお母さんも仕事」

 家の中へ入ると駈原かけはらは帽子を取って玄関の帽子掛けにかけた。

 廊下を見つめ、階段を見つめ、二階を見つめる。

 きっと、咲希の体から伸びる触手が、二階へと続いているんだ。

「二階には何がある?」駈原かけはらが咲希にたずねた。

「父さんと母さんの寝室と……今は使っていない大学生のお姉ちゃんの部屋と、私の部屋です」

「案内してくれないか?」

「どうぞ」

 咲希が先頭になって階段を上がっていく。

 二階へ上がり、駈原かけはらの視線が廊下の床を移動していき、彼は「あの部屋だ」と、扉の一つを指差した。

「私の部屋です」咲希が言った。


 * * *


 初めて他の女の子の部屋に入る時というのは、同性であってもちょっと緊張する。

 咲希の部屋は良く整理され掃除も行きとどいていた。

 勉強机の上に、やけに大きくてゴツいノートパソコンが置いてあった。

「どう? すごいでしょ? ゲーミング・ノートパソコン。重いし電池は持たないけど……性能はピカイチよ。3Dもうねうね動くし……」

「ふーん……高いんでしょ?」

「それが格安でさぁ」

「そいつだな」駈原かけはらの言葉に、私たちは振り返って彼を見た。

「そいつから……そのノートパソコンから触手が伸びて咲希さんの首に巻きついている。。そのパソコンを使っていて、何か不審に思うことはないか? 体調不良になったとか?」

「どうかなぁ……ゲームに没頭すると睡眠も忘れちゃうからなぁ……ゲームを終えた時は、いつもグッタリしてるし」と咲希が答えた。

「このパソコンでは、いつもゲームをしているのか?」

「まあ、ゲーム専用です。ていうか『アナザー・ライフ・アンダー・ザ・マジック・スカイ』しかやってない」

「アナザー……何だって?」

「ゲームの名前です。『アナザー・ライフ・アンダー・ザ・マジック・スカイ』って、けっこうグラフィックとかリアルなんだけど、そのぶん要求されるスペックも高くて……それをプレイするために、それ専用にこのゲーミング・ノートを導入したようなもんです」

「フムン……」

「そう言えば、例の『属性は何を選択すればお嫁さんにしてくれますか?』って話、どうなった?」私は、ふと思い出して咲希に聞いてみた。

「ああ……あれか……昨日の夜も会ったんだけど……なんかちょっと気持ち悪くなっちゃって。ストーカーっぽいっていうか」

「プロポーズ、断ったの?」

「一応まだ保留にしてある」

「何だ? その『お嫁さん』とか言うのは?」

 そう質問する駈原かけはらに、私と咲希は、それまでの(ゲームの中での)経緯いきさつを話した。

「……ひょっとしたら、それかも知れんな」話を聞いたあと駈原かけはらが言った。「言霊ことだまって知ってるか?」

 私たちは首を振った。

「言葉それ自体に霊的な力が宿っているっていう日本古来の考え方さ。例えば、何かに対して『好き』と言い続けた結果、本当にそれを好きになったり、逆に『嫌い』と言い続けた結果、本当に嫌いになってしまうのは、言葉そのものに内在する霊的な力が発話した者の精神に影響を及ぼし、変容させてしまったから……という考え方だ」

「それって、つまり自己暗示って事じゃないんですか?」と私。

「そういう解釈も出来るだろうな。しかし、世界の捉え方は一つじゃあない。言霊をはじめとする古代信仰も、それはそれで一つの完成された体系なのさ……さて…………そのプレイヤー・キャラが咲希さんに『お嫁さんにしてください』と迫り続け、何が何でも『はい』の言葉を引き出そうとするのは何故なぜだ? 所詮しょせんはゲームの中での話だ。法的拘束力がある訳でもない。何故なぜそのプレイヤーは『その言葉』に執着する? それは『お嫁さんにしてください』という問いが、一種の霊的な『罠』になっているからじゃないのか? 古来より、神話伝説には『家の外にいる魔物に何を問われても、その問いに答えてはいけない』という禁忌が良く出てくる。その問いに答えることによって『言霊』が発動し、結果、家の中にいる犠牲者の『霊的防御能力』を奪ってしまうからだ」

「えっと……もっと簡単に言ってくれませんか? つまり……」

「お嫁さんにしてくれますか……という問いに『はい』と答えた場合、たとえゲームの中での宣言であったとしても、それは咲希さんの精神に影響を及ぼし、霊的防御能力を低下させ……その結果……すでに相当部分浸食されてしまった咲希さんの精神は……」

「最後の防波堤まで失い、完全に食い尽くされてしまう……」

 私の言葉に、駈原かけはらうなづく。

「……で、どうするつもりですか?」私は重ねて聞いた。

「危険な賭けだが……この触手の本体を引きずり出す」

「どうやって?」

 私の問いに、駈原かけはらは咲希の顔を見た。

使

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る