6.

 あいにく、翌日の昼過ぎから雨になった。


 * * *


「ホントにそんな凄い美形が居るのぉ〜、あの公園に〜?」咲希さきが言った。

「いや、ほっんとーに掛け値なしのい男なんだってば。ホント、マジで。たぶん歴代のハリウッド・スター全部あわせたより美形」

「あんた、そりゃ言い過ぎでしょう。たかがユーチューバーが、そんな……」

「まあ、だまされたと思って一緒に行こうよ」

「いやぁ、だって雨だしぃ〜……そのリフティングだっけ? それ、雨の日でも出来んの?」

 さすがに返答に困った。

 駈原かけはら巧見たくみと咲希を会わせる、それが咲希を公園に誘う本当の目的だ。

 その事は駈原かけはらも承知しているはずだ。リフティングは口実だった。雨だろうと、彼は必ず公園に来るはずだが……どうやって咲希を納得させるか……

 まあ、咲希が嫌がるのも無理は無い。

 私だって、逆の立場だったら信用しないだろう。

 まして教室の窓を見れば、外は雨だ。

 公園の中央広場はアスファルト舗装じゃない。砂だか土だかを平たく踏み固めたような感じになっている。そして、なかなかに水捌みずはけが悪い。

 ちょっとの雨でも水たまりがいくつも出来て、歩きにくいわ靴は汚れるわで、いつもはバス通りまで公園をるこの学校の生徒も、雨の日はほとんどが迂回路を通って帰る。

 しかもバス通学をしている私と違い、咲希の家は学校の近所だ。

 彼女が、雨の日に遠回りして公園まで行くのを面倒がったとしても、それは仕方のない事だった。

 私は「もし公園に行ってみて、彼が来ていなかったり、来てても咲希が『それほどい男でもない』と思ったなら、何でも咲希の好きな物をおごるよ」と言った。

「さすがに、そこまで言われたんじゃ仕方がない……ここはだまされたと思って、比登美ひとみに付き合ってやるか……」しぶしぶと言った感じで咲希がかばんを持ち上げた。

「あ、ありがとうございます! おんます!」

 私は咲希に向かって手を合わせた。

 ……あれ? 私は咲希を助けようとしてるんだよね? 何でこっちが感謝しなきゃいけないの? なんか納得できねぇな……


 * * *


「なんだ、誰も居ないじゃん」咲希が言った。

 ……いや…………居るのだが……咲希が認識できていないだけだ。

 咲希、良く見ろ。広場の真ん中に一人でってる男が居るだろ。

「それよか、比登美、あそこに変質者がいるよ。なんか、ヤバいよ。やっぱ帰ろうよ」

 そう。それ。その男が、私が言うところの超絶美形男。

 私は頭を抱えた。

 たった一人、雨の中央広場で傘を差して立っている男は、確かに駈原かけはら巧見たくみに違いなかった。

 服を見れば分かる。

 あんな服を堂々と来て外出できるのは世界広しと言えどもアイツしかいないだろう。

 昨日とは違う色のソフト帽、違う色のジャケット、違う色のシャツ、違う色のパンツと靴だった。

 昨日にも増して珍妙な色づかいだった。珍妙で、ひどい。ひどすぎて目にみた。涙が出てきた。

 ……このセンスの悪さ、もはや物理攻撃だな……

 ソフト帽の下には、どでかいレイバンのサングラスに真っ黒なマスク。

 傘の下から、レイバン越しにチラッ、チラッとこっちを見てる。

 見た目、百パー変質者ですわ。

「あ……あれが、昨日会った駈原かけはら巧見たくみって奴なんだ」私は残念な声で言った。

 咲希が顔を引きつらせて笑った。「あはははは……そのギャグ、あんま面白くない」

 レイバンに黒マスクの男(駈原かけはら巧見たくみに間違いない)が、「よっ」と気さくな感じで傘を持っていない方の手をあげた。

 挨拶のつもりなのだろうが、変質者に声をかけられたように感じてしまって、私でさえ背筋にゾゾッと悪寒おかんが走った。

「いや、いや、いや、無理、無理、無理、無理、無理、無理……」

 DIO様みたいに「無理」を連呼しながら回れ右して急いで公園を出ようとする咲希の首根くびねっこをつかんで広場の中央にズルズルと引きずりながら、私は、目の前の怪しい男に向かって「サングラスとマスクを取ってください! 早く!」と叫んだ。

 公園内に他に人が居なくて良かった。居たら多分たぶん、警察を呼ばれていたと思う。

(私、何やってんだろう……誰のために戦ってんだろう)と、折れそうな心を奮い立たせたりなんかしちゃったりして。

 私の何度目かの「サングラスとマスクを取って!」という叫びの後で、ようやくイケメンはレイバンと黒マスクを外した。

「ほら、咲希! 見て! 見て! イケメン! イケメン出たわよ! 早く! イケメン! 早く! ほら見て!」

 旅先で絶滅寸前の天然記念物を見つけた母ちゃんみたいな声を出して、私は逃げようとする咲希の首を無理やりグギギギギとイケメンの方へ向けた。

 イケメンと咲希の目が合った。

「あっ」ちょっぴりエロい声を上げ、咲希の顔がポーッと赤くなった。あんなに抵抗していた咲希の体からいきなり力が抜け、目がうるうると濡れ始めた。

 ホント分かりやすい女だな……濡らすのはそのでっかい目ん玉だけにしとけよ、咲希。

「この人が、咲希さん?」駈原かけはら巧見たくみが、歌舞伎町ホスト系の微笑みを浮かべて渋い声で言った。

 コイツはコイツで何かイライラする。そのテクニックどこで覚えたんだよ。

 咲希が背筋をピンッと伸ばして軍人さんみたいな自己紹介をした。

「は、はい! わたくしが飴鷺あまさぎ咲希さきであります! 以後、お見知り置きを!」

「そう……よろしくね。比登美さんから聞いてもう知ってると思うけど、僕の名は駈原かけはら巧見たくみ

 その歌舞伎町スマイル気持ち悪いから、やめて。

「あ、あの」私は見つめ合ってる二人の間に割って入った。「と、とにかく話を進めましょう……駈原かけはらさん、咲希の黒いモヤモヤ……シニツキ虫を早く……」

 駈原かけはらの顔が、スッ、と引き締まった。

「そうだな……でも、その前に、約束してくれないか」

「約束? って何ですか? 今さら」私が聞き返す。

「二人とも、俺の

「本当の顔? それは一体いったいどういう……」

「とにかく約束してくれ。驚かない、と」

「は、はあ……」

「咲希さんも」

「はっ! ガッテン承知いたしましたっ!」

 私たちの返事を聞いて、駈原かけはらかすかにうなづき、左手をソフト帽のつばに持っていき、つばの端を持ってクイッと引き上げ、そのまま帽子を脱いでジャケットのポケットに込んだ。

 驚くなと言われていたにも関わらず……私も咲希も、小さく悲鳴を上げてしまった。

 本来の位置にある美しい二つの瞳とは別に……駈原かけはら巧見たくみひたいには、

 つまり、この男には、合計五つの目があるのだ。

 額の三つの目がギョロリと動いて咲希の顔を凝視した。

 まるで蛇ににらまれた蛙みたいに、咲希の体が硬直して動かなくなった。

「これが……この額にある三つの目が、俺の武器……持って生まれた『才能』ってやつさ……見邪けんじゃの目、制邪せいじゃの目、破邪はじゃの目と言って、それぞれ敵を探し出し、敵を動けなくし、敵を攻撃する能力がある」

「じゃ、じゃあ、その破邪はじゃの目っていうのでやっつけるんですか?」驚きのあまり頭が回らなかったけど、どうにかこうにか駈原かけはらの言っていることを理解して、私は彼にたずねた。

「いや……自分で言うのも何だけど、破邪はじゃの能力はシニツキ虫のような低級の存在に対して使うには強力すぎるんだ。だから別の方法で退治する」

 そう言いながら彼は右手に持っていた傘を左手に持ち替え、空いた右手をジャケットのポケットに突っ込んでを取り出した。

(あれだ!)その道具を見て、私はハッとした。(昨日、女の人にいていたシニツキ虫をやっつけた道具だ……夕日を反射してキラッと光った、あの不思議な……)

 間近で見るそれは、両端を丸めた透明なガラス棒のようだった。太さは小型の懐中電灯くらいか。中に黄金きん色の小さな欠片かけらが散りばめられていた。

 駈原かけはらがそのガラス棒のような物の表面をでると『チャッ』という小さな音がして一方の端から透明なナイフの刃のようなものが飛び出てきた。次の瞬間、彼はその透明なナイフを持った右手を咲希の首に伸ばし、まとわりつくシニツキ虫に突き刺した。

 前日の女性の時と同じように、咲希に取りいていたシニツキ虫も、刃を立てられると同時に黒い霧のような体をくねらせ藻掻もがき苦しみ始めた。

 そして徐々じょじょにその色を薄くしていき、空中に散って……消滅した。

 虫が完全に消えたのを確認し、駈原かけはらが再びガラス棒の表面を撫でた。また『チャッ』という音がして、ナイフの刃がガラス棒の中に格納された。彼はその不思議な道具をポケットに仕舞しまった。

「……これで……終わったんですか?」私は、額に三つの目を持つ男に聞いた。

 駈原かけはら巧見たくみは首を横に振った。

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