第4話「お忍び」

 二人の帰り道に同行していたカエデ。

 のんびり時間を過ごす彼女にとって、あのとき双子たちと出会わなければ、あの平原でどれだけ時間を過ごしていただろうかと考えていた。正味、カエデはこの旅が少し不安だった。


「ねね、セリア、今日もあそこ行かない?」

「うん。喉乾いたからちょうどいいかも」

「やったー、それなら行こ!」


 双子の姉妹の楽しそうな話に耳を傾けながら、カエデは彼女たちといっしょにいることで心を和らいでいた。すると、メリアがこちらをチラッと見たので、首を上下に振ってみた。


「お姉ちゃん! あの子も行きたそうだよ?」

「えっ、あ、行ってみます? もしついて行くなら気をつけて!」


 そう言って双子たちは道を外れて森の中に入っていく。カエデも双子たちを追いかける。双子たちは慣れているのか、木々の間を縫うように進んでいく。土が泥濘んでいたり、葉っぱで滑ったりしそうな場所もある。そんな中、急に彼女たちが足を止める。


「あっ待ってください。魔物です!」

「魔物…?」

「うん。あそこの木。あの木は足を生やして移動しながら獲物を捕食するんだ。すごい気持ち悪いからここは隠れてやり通すね!」


 セリアが指を向けた先には、ごく普通の木があった。見た目は完全に木そのものだが、木の根元を見るとなぜかイソギンチャクのような細長い何かが動いている。しばらく木を見つめていると、そのイソギンチャクのような細くて動いて木そのものが移動していった。


「この森にはあんな危険なモンスターがいるから私が注意したら止まってくださいね!」

「バレたら食べられちゃうかも……」


 魔物が居なくなったことを確認すると、セリアとミリアは再び木々の間を縫うように進む。すると、太陽の光が徐々に差し込んでくる。やがて、少し開けた場所に一行は到着した。

その空間だけ、なぜか常に明かりが照らしており、先ほどの光が当たらない森の中と比べて少し神秘的な空間になっている。その明かりの中心には、石で作られた小さな泉があった。


「そういえば、きみの名前って何ていうの?」

「私も気になる!」

「私の名前? ……カエデ。普通にカエデって呼んで」


 突然セリアが名前について聞いてくる。カエデは少し戸惑いながらも、多分大丈夫だろうと、カエデと答えた。少女たちはその名前に少し何も違和感を覚えていない様子だ。

 おそらく、彼女たちの世代では、私の名前を覚えている人はいないようで安心したカエデだった。そんなどうでもいいことを考えていたら、少女たちは水辺に近寄って涼しんでいた。


「この水って飲んでも問題ないの?」

「私がしっかり調べたから多分問題ない」

「この水を何回も飲んでるけどお腹壊したことないから大丈夫だと思う!」


 ――確かに見た感じ不純物はないみたい。カエデは試しに水の中に手を入れてみる。とても冷たい。長時間入れていると手が痛くなりそうだ。

 双子たちは手を使って器用に水を飲んでいる。それを見てカエデも同じように水を飲んでみる。美味しい。口の中ではじける滑らかな味。これは確かに癖になる。


「うん、不味くはない」

「そうでしょ! カエデちゃん!」

「でも、正直料理には向かないかも」


もしかしたら……と考えたカエデはその辺の草を集めてすり潰す。少女たちが不思議な顔で見つめる中、彼女はテキパキと手を動かす。その後にその水を入れてみる。すると、エメラルドグリーンをした液体が出来上がった。


「よしっ、できた!」

「これは……?」

「回復ポーションもどき」

「回復ポーションってこんな簡単にできるの!?」

「いや、まだ飲んでないから本当に回復するかは知らないけど」

「それって結構危険なのでは……?」


 少女の心配を振り切って、カエデは一か八か一気飲みしてみる。すると、今までの疲れが一瞬で消え去っていく。視界も良くなり、体もとても軽くなった気がする。その様子を見ていた少女たちはとても心配した様子で見ている。こいつ遂におかしくなったのかな、とでも思ってるのだろうか。


「かえでちゃん、だ、大丈夫?」

「え? 大丈夫だよ。やっぱり、この水普通とは違うね」

「危険なの?」

「いや危険なものじゃない。むしろいいもの。この水にその辺の草を入れれば回復役になるし、もしかしたら解毒薬とかもできるかも?」


情報量が多くキョトンとした表情でこちらを見ている双子の少女たち。

知識を開け散らかしてるのでまだ理解できるか不安があったが、しばらくするとなんとなく理解できたのか、セリアが興味を持ち始める。


「これって、その辺の草じゃなくて、本物の薬草入れたら効果が高くなったり、持続力が高くなったりするのかな!」

「お姉ちゃん、果物とかも気になる!」


 適当に草を選んだだけでも回復ポーションにすることができるなら、単純的に考えて、本物の薬草を入れればより上級な回復ポーションができるのだと考えることができる。しかし、メリアに言われた通り果物を入れてみる考えは無かった。

 ただ、泉を見渡しても果物らしきものは見つからない。


「果物って何かどこかにあったり、見つかったりする?」

「このあたりだと、すごく甘いベリーがあります! 少しまた森の中を歩きますが……必要なら私今取ってきましょうか?」

「お姉ちゃんが行くなら私も行く」

「ならみんなで行こう!」


 カエデはセリアの親切さに感動したが、流石にあの危険な森に一人は心配だと3人でその場所に向かうことにした。

 徒歩5分程度歩いていくと、ベリーが生えている場所に到着した。


「じゃじゃーん、かえでちゃんのあの感じだったから私少しお水持ってきたよ!」

「私もあるよ!」


 なんていい子たちなんだろうか。カエデはセリアとメリアが持ってきてくれた先程の水を使って調合する。ベリーなので、メロンなどと違って表面の皮を向く必要はなく、適当に小分けにして水の中に入れて今度はとにかく振ってみる。すると薄い赤色のポーションが出来上がった。


「完成! ちょっと味見。うん……?」


 口の中にイチゴの甘みが広がる。それ以外は特に何も感じられないが、少しだけ手がキレイになった、潤ったかもしれない。おそらく、果物は何らかの効果が付くが、回復役のように即効性はないということだろう。


「あ、カエデちゃんちょっといい?」

「どうかしたの?」

「ちょっと、夕方が近くなってきたから、早く帰ろうかなって!」


 帰路につく間、カエデは少女たちの時間を自分勝手の都合で潰してしまったのかなと考えるが、少女らの表情からして意外とそこまで考えていないようだ。むしろ、「今度料理教えてほしい!」「またツノ触っていい?」とこちらに興味を持っているようだった。

 空を見上げてみれば確かにすでに午後3時といった時間帯だろうか。彼女たち一行は今度こそ茨道ではなく、整備された道を通って森を抜ける。

 さらにしばらく歩いていると、地平線に大きな橋が見え始めた。


「あの橋が目印だよ! 私たちの家はあの橋を渡るんだー!」

「橋には気をつけて。もし酔ったらお姉ちゃんに伝えて」


 その橋に一歩一歩近づいていく度に、巨大かつ立派な吊り橋が近づいてくる。次第に橋の手前まで来てみると、橋を支える一本の巨大な柱がその大きさをより引き立てる。吊り橋には歩道と車道があるようで、車道では馬車がひっきりなしに通過していく。


「運河にかかる橋みたいな感じなんだね」

「そうだよー! 元々は巨大な崖だったんだけど水神龍が水を流してくれたから、今は運河として使われてるんだって!」


 セリアは自信満々にそう答えた。とても深い崖に船が通れる程度の水を張った水神龍という存在に驚きを隠せない。

 本人は気づいていないが、この崖は自然に作られたものではなく、とあるドラゴンが引き起こした地割れである。


「この橋を渡ると、私たちが住んでる王国が見えるから。もう少しで着くよ!」


 なんだか帰るだけなのにワクワクしているセリア。その後も少女らと話を続けながら見えてきたのは、壮大な門と城壁。セリアは指を向けて嬉しそうに、「ここが私のお家、セレスティアル王国だよ!」と宣言した。

 カエデは何も知らないため長蛇の列に並ぼうとするも、メリアに肩を叩かれる。


「ついてきて。ここは一般用だから」


そう言われて、壮大な門と長蛇の列をなす人々の群れを横目に見ながら、城壁を沿うように進んでいく。カエデはその不思議な入り方を見て、自分の直感が正しいのかもしれないと感じていた。この双子の少女らはただの一般的な女の子ではなく、なにか特別な存在なのかもしれないと。


「かえでちゃん! こっちこっち!」

「兵隊さんに見つからないように音は慎重に」


城壁を沿って行くほど数分。木々の隅っこに城壁に穴があるのに気がつく。そこを通って城内に侵入すると、そこは王城の庭だった。その間もつかの間、セリアはカエデの手を引っ張って急ぐように彼女を連れて行く。


「ここまで来たら大丈夫。ここが私の部屋だよ!」


白を貴重とした豪華な装飾、床、細かいシャンデリア、以下にもお嬢様の洋服などが置かれていた。カエデは多分この子たちは王女ではないかと内心考えていた。


「お姉ちゃん、カエデちゃんを隠して」

「メリア様、セリア様、居るのですか?」

「いるけどちょっと待ってー」


部屋の外から使用人と思われる声が部屋の中に響く。セリアはカエデを安全かつバレなさそうな場所――ベッドの下に隠れててと伝える。カエデはベッドの下に急いで隠れる。


「入ってきていいよ~!」

「まったく、毎日急に勝手に留守にすると困りますよ?」


部屋の扉が開き、白色のロングスカートを身に着け、ローファーを履いた姿の女性が入ってきた。そわそわしている双子たちの様子から彼女は何か隠しているのではないかと思ったのか、一目散にベッドの下を覗こうと……。


近づいてくる足音。目の前に足元が見えた。

――ば、ばれる。カエデの心臓の高鳴りを隠せなかった。






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