第2話「日の出の食事」

 ちなみに、カエデは少女です。まだ幼女ではないです。

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 一歩一歩歩き続けること3時間後。

 空が次第に明るくなってきた。遠くの空にはオレンジ色がうっすらと浮かび上がり、新しい日の幕開けを告げているようだ。


「もう朝なのか……」


 カエデは、ちょうど山を超えたあたりに立っていた。太陽が顔を出そうする瞬間、その光が徐々に強まって、彼女を優しく照らす。太陽の神々しい輝きと穏やかな暖かさが、彼女の心を温める。


「す、すごい。――綺麗」


 太陽が地平線から顔を出す光景に思わず見とれてしまう。人々はこれを日の出というのだろう。

 ドラゴンの時だったら見ることができなかった美しさ。空を飛んでいる感覚も良いが、空中にいるときは、雲の上にいるため、このような光景は味わうことができないのだ。


 山の頂上付近はとても標高が高く、周囲を一望できる。彼女の右手の方には大きな湖が広がっていて、左手の方には巨大な橋が見えていた。


「橋だ! ――てことはあそこに行けば人間の街に行けるのかな?」


 グゥ……

 お腹が鳴った。そういえば、旅を始めてからまだ食事を食べていない。ドラゴンは、低いカロリーで行動できるため、それが故に特に気にしていなかった。だが、今は人間の体。食べることも大切だ。彼女は食事を優先することに決めた。


 ただ、問題があった。何をどこで見つけられるか分からないのだ。ドラゴンは攻撃力や移動力こそ高く、狩りをしたり、空を飛べたりできるが、犬のように嗅覚や、猫のような聴覚は持ち合わせていない。いわば攻撃力などに極降りしている状態である。人間の姿では、生存のための別の手段が必要なのだ。


「果物だったら山に戻るしかないけど、もう森は嫌だ。お肉は……今は戦う気分じゃない」


 色々と悩みながら、彼女は歩き続ける。頭を抱え、ずっと口に手を当てて、下を向きながら歩いていると、気づけば川にたどり着いていた。


「そうだ! お魚さん食べよう! お魚さんいるかな~。お魚さん~、あれ??」


 川にはたくさんの魚が泳いでいた。ただ、一つ問題があった。カエデが想像していたよりもずっと大きかった。両手を合わせてもやっと収まるくらいだ。


「お魚さん、こんなに大きかったっけ……」


 そう思いながらも、ドラゴンの時は丸呑みで大きさを気にしたことがなかったなと反省する。

 しかも、彼女には「釣り」という考え方はない。彼女は考える間もなく、水中に勢いよく手を突っ込んだ。


 ――あ。


 力を抑えるのを忘れていた。水しぶきが空高くまで舞い上がり、周囲に水滴の雨を降らせる。その衝撃で川の魚は逃げ惑い、頭上から魚が降ってくるという非常事態に。しかし、満点の笑みを浮かべながら、落ちてくる魚を華麗にキャッチし、その場の状況などお構いなく元気な声で叫んだ。


「とったど~! なんちゃって」


 ちなみにこれは勇者の真似だ。勇者と冒険する中で、彼が何かを成し遂げるたびに、このように言っていた。日本?っていう国にはそのような文化があるとかないとか。彼女はその後も落ちてきた魚をテキパキと回収し、土や泥がついている魚は水で洗い流した。


 ──食べ方、うーん……。


 とりあえず木の棒を探し、魚に突き刺す。結構力がいる。

 魚を刺す時は、S字のように刺すのが良いらしい。そうすることで食べやすくなる。次に焚き火を起こすために、川辺の石を集めてくる。――重い。石で円を作り、その中央で火を起こす。


 勇者との冒険の中で学んだ「火起こし」を実際にやってみることにした。

『まず石と石を打ち合わせて火を起こす原始的な方法を試す。と言っても、石同士では何も起こらない。打ち合ったときにボロボロと崩れてしまう。しかし、できるだけ硬質の高い石を見つけて、打ち合わせると、火花が散る。よく言われる火打ち石だ。もちろん、石でなくてもいいが、とにかく打ち合わせて火花が散ればいい。その火花こそが焚き火の火種である。

 次に燃えやすい材質を集める。スギの枯れ葉や松ぼっくりなどはとても良い。火種を炎に成長させる栄養として考えればよい。あとは、乾いている流木や枝を集める』


 フー、フー、フー

 彼女は火を起こし、燃えやすい素材に引火させた後、竹筒で焚き火を吹く。

 火を成長させるのも一苦労だった。ただ流木や枝を置いて火を付けても火は燃え移らない。火が燃焼するためには、こまめに空気を送り続ける必要がある。


 こんな時も心の中で「ドラゴンだったら……」と思う彼女であったが、次第に火は流木に燃え移り、温かいオレンジ色の炎が縦にあがる。木の棒に指した魚を火から遠ざけるように当て、地面に突き刺す。時々裏返したり、手に持って火に近づけてみたりする。魚がじっくり焼けるまで待っていた。


 

 2時間後、黄金色に焦げた焼き魚が完成した。魚の腹部分をパクっと一口。


「――うぅんまぁ!」


 皮がパリパリ、中身は白くて歯ごたえがある。S字に刺したことで、背骨と身が分けられ、身を落とさず食べられる。やはり火にかけて熱することで、食材の美味しさがより引き立つのだなと改めて実感した。

 ドラゴンは丸呑みか獲物に食らって引きちぎるくらいで、何かを火にかけて調理することはしない。だからいつも何も感じずに食べていた。だから、今はなぜだろう、食事が止まらない。


「ふぅ……。これだけ食べれば、あと5日くらいは持つかな!」


 腹を手に当てて、頭と骨だけになった24本目の魚を放り投げる。

 ドラゴンの食事は満腹度を知らないため、食べ過ぎてしまうこともある。


「なんか眠くなってきた……」


 食後の満腹感に包まれたカエデは、今までの疲労感が重なって思わず目を閉じた。川のせせらぎを聞きながら、暖かい日差しと心地よい風が吹く。彼女はそのまま、静かに川のほとりでウトウトと眠りに落ちていった。


──おやすみ。


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