第1話「雨の中の記憶」

 1~3日ごとに投稿します。大体は多分2日程度。例→月、水、木、土、火、木

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 森を抜け、月明かりの下を歩き続けるカエデ。

 山の頂きから顔を出した月は、今や彼女の頭上高く昇って、彼女の孤独な旅を静かに見守っている。さて、どれほどの時間を歩いたのだろうか。


「さ、寒い。」


 季節は冬。空気は冷たく、肌を刺すような寒さを感じる。今は人間の姿をしているため、ドラゴンの時のような硬い鱗と分厚い肉質で保温効果はない。人間は体毛を使って体温を平常に保つくらいしかない。中には、それすら持たない人もいるらしい。

 手を開き、口から息をはぁ~と吹きかける。短い暖かさと、白色の吐息が冬の冷え込みを物語っている。


「空を飛べたら早いんだけど……」


 空を見上げてそう感じる。ドラゴンの姿なら、空をビューと縦横無尽に駆け抜け、人間が住む街というのは一瞬で見つかるのだろう。多分昔であれば真っ先にそうする。

 そんなことを思っていた矢先、頭上に柔らかく冷たい水滴が落ちた。

 ――雨か。冬の雨ほど冷たいものはない。凍てつく銀色の針のように感じる冷たさに、人間がどのようにしてこの寒さを耐え忍んでいるのかと、疑問を浮かべながらも一歩一歩歩き進める。ただ、雨は収まることを知らない。雨雲によって月が隠れる。やがて、雨によって土が湿り始め、道が泥濘ぬかるみ、ペチャペチャという音が足元から響く。

 カエデはこれ以上歩き続けるのは良くないと感じ、近くの木の下で雨宿りすることにした。


「おぉ、木の下雨水こない!」


 涙のようにずっと降り続ける雨。彼女は、――過去の私みたい、と小さく呟く。

 彼女は過去に双子の妹を失っていた。あの日も確か雨が降っていた。


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 ……魔族と龍族の激しい戦いの最中、彼女と妹は人間の姿で雨に打たれていた。地面には水がたまり、雨水が落る。ぽちょんと音を反響させて飛び散る。髪は雨でビショビショに濡れて今にも風邪を引きそうだ。


「今日も、……雨止まないね。かえちゃん」


 妹からの言葉に彼女はそうだねと首をコクリと頷く。昔から彼女のことを「かえちゃん」という愛称で呼んでいた妹。まさか、この後に魔族が襲ってくるなんて思ってもなかった。


「かえちゃん、今日はどうする? ――まって、かえちゃん、危な……」


 何が起きたのか。突然彼女を庇うかのように、妹がカエデの上に飛び乗る。彼女は妹と共に地面に倒れた。カエデは状況を確認する。そこには目を疑う光景があった。


「――え? もみちゃん……」


 妹の身体に槍が突き刺さり、赤い血が、水たまりを染めあげる。一瞬の出来事に理解が追いつかない。

 私を含む神龍族には本来、全てのステータスを上昇させ、相手からの被弾耐性を軽減させる特別な加護を持っている。けれど、それはドラゴンの姿であって、人の姿ではない。つまり、無防備の状態ということになる。そこに、鋭い先端を持つ槍が目にも見えぬスピードで飛んでくるのは、どうなるか言われなくても分かるだろう。


 そんなときに、魔族はどこからかカエデに向かって槍を飛ばしてきたのだ。


「もみちゃん!! おきて!!」


 カエデは必死に妹を揺り起こす。


「かえちゃん、ごめんなさい。――でも、守れて良かった」と妹は言う。大量の血を吐いた後、「お姉ちゃん、げ、元気で……ね」と言って息を引き取った。


 妹を目の前で失った彼女。何もしてないのに目から涙が溢れる。しかし、彼女はその悲しさと共に、自分の不注意に怒りが湧く。昔に戻れるなら、自分を律してやりたい。その後私は怒りを抑えられず、地神龍として「地」属性の龍力を開放し、その大地ごと破壊した。槍を投げていた魔族やその周辺の種族諸々、10キロにも渡る巨大な亀裂の底に追いやった。


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 今思えば、正直やりすぎたなと感じる。


 雨の音が静かになるにつれ、カエデの心も少しずつ穏やかになっていた。木の葉を通り抜ける雨滴の音は徐々に小さくなり、遠のいていく。雲に隠れていた月もゆっくりと見え始める。


「もし、私に仲間が出来たら、二度と同じことは起こさない」


 雨の中の記憶、経験した妹の死、その辛さと悲しみは時間が経つにつれて、彼女の心に深い痕を残しつつも、彼女には新たな決意へと変わっていった。


 ――あ、雨が止んだみたい?


 彼女はゆっくりと立ち上がり、頭上の木々を見上げる。木の葉の隙間から覗く月の光が、彼女の顔を優しく照らす。雨はすっかりやんでおり、夜空は澄み渡っていた。星々が輝いている。その星の光はまるで過去の記憶と現在の彼女を繋いでいるかのようだった。


「もみちゃん、見てる? 私ね、まだやることがあるんだ」


 そっと呟くと、星空に一つの流れ星が見えた。彼女は笑みを浮かべ、深呼吸をする。失われた妹への最大の敬意として、彼女の中で生き続ける。


 静かに、しかし確かな足取りで、カエデは再び歩き始める。彼女の目的地はまだ遠く、冒険は続く。今、彼女の心には、過去の重さを乗り越えるための力が宿っていた。


 月明かりの下、彼女の面影がゆっくりと伸び、夜の静けさの中を進んでいく。




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