復讐のランニング・ホイール

山本て

1. 両雄並び立たず

平家が世の中を掌握してから間もなく清盛が死に、それから20余年がたったころ。ひとときは官位人臣をきわめ、わが世の春を謳歌した彼らの勢いも失われ、あとは没落の道をたどるばかりでした。


代わりに台頭してきたのは、東国の武士たちです。鎌倉に拠点をもつ、さきの兵衛佐ひょうえのじょう頼朝よりとも。そして、北陸28郡を従える北のゆう木曾きその義仲よしなか。この二人が代表格といえましょう。戦いにのぞんで負けることがなく、平家からの鎮圧勢力を次々とやっつけて、新時代の寵児となりつつありました。


二人はイトコ同士にあたるのですが、互いをライバル視していました。まあ、どっちかというと、一方的に頼朝よりとものほうが義仲よしなかを敵視していたとも言えますが。頼朝よりともは疑い深い性格で、自分よりすぐれた人間が大嫌いなのです。


さて、頼朝よりともの家来に、石田いしだ為久ためひさという男がおりました。彼はあるとき、頼朝よりともにこう進言します。


石田「最近、心配の多そうなお顔をしておいでですな。それは、義仲よしなかの活躍のことですか」

頼朝「うん、まあ」

石田「確かに、最近勢いづいており、放ってはおけませんな。ワタクシに、あれを押さえるためのアイデアがございます。私は、義仲よしなかの陣営に潜り込んで、内部から弱らせてやろうと思うのです」

頼朝「ほう?」

石田「義仲よしなかの部下である小室おむろという男は、実は私の古い友人です。彼のコネを頼む形で、私と何人かの部下が義仲よしなか側に潜入します。そして、チャンスがあったら内部的に仲間割れでも仕掛けて、最終的に自滅させます」


頼朝「なるほど… でも、いくらなんでもそういう作戦は気が乗らん。もちろんライバルだし、目の上のタンコブみたいに思っているが… 平家を倒すのが我らの大義で、最優先事項だ。別に義仲よしなかに深い恨みがあるわけでもなし、敵の前でそんな仲間割れみたいなことをして、笑いものにはなりたくないな」


石田はこの作戦が頼朝よりとものためになると主張して、なかなか食い下がってがんばりました。頼朝は結局、石田のやりたいようにやらせてみることにしました。


頼朝よりとも「じゃあ任せてみるが… 潜ってみて、あいつらにこちらへの敵意があることが分かったら、その反間はんかんの術とやらをやってみろ。そうじゃなければ、普通に向こうでがんばって軍功をあげろ。無茶すんなよ」


石田「あざっす! アイアイサー!」


石田はやがて頼朝よりともの陣を出て、部下の堀江ほりえたちと一緒に信濃にくだりました。そして友人の小室おむろに頼んで義仲よしなかに紹介してもらい、まんまとその側近のひとりになることができたのでした。義仲よしなかはなんの疑問ももたず、「うーん、遠くから部下になりたいと言って来てくれるとは、俺もけっこうカリスマあるんだな」程度に喜びました。



その数年後、頼朝よりとも義仲よしなかの仲が急に悪化する出来事がありました。(ここは、石田が何かしたわけではなく、平家によるある種の情報工作が原因です。)頼朝よりともは、義仲よしなかが自分を滅ぼそうと画策していると信じ込み、モウレツに怒って、数万騎の軍隊をひきいて信濃に押し寄せました。


義仲よしなかは、これに立ち向かわず、越後に逃げてしまうことにしました。これを見とがめた石田が、馬のにすがりついて意見します。


石田「どうしたんです、頼朝よりともの理不尽な進軍に立ち向かわないんですか! 臆病者と呼ばれてもいいんですか、ヘタレと呼ばれても」


義仲よしなか「別に、頼朝よりともと雌雄を決しなければいけない理由はないよ。逃げるのが恥じゃないさ。平家を討たずに、内輪争いでグダグダするほうが恥に決まっているだろう」


こうして義仲よしなかはアッサリと信濃を捨てて越後に退きました。頼朝よりともはこの様子を知って、「ふむ、思ったより神妙じゃないか…」とすこし感心し、それ以上追撃をするのをやめました。


ただし、すっかり義仲よしなかへの疑いを解いたわけではありません。直接越後に軍を向けないかわりに、頼朝は天野あまの岡鷺おかさぎにひとつの伝言をあずけて、越後の義仲よしなかのもとへ向かわせました。


「謀反の意志がこれ以上ない証拠として、子息・義高よしたかをこちらに養子として渡されたい。こちらの大姫おおひめとめあわせ、一家のよしみとしようではないか。言うまでもないが、この条件を断れば、さらなる誅罰ちゅうばつが差し向けられるであろう」


養子とはもちろん建前で、つまり人質をよこせというのです。この条件を受け取った義仲よしなかの陣営では、さっそく緊急会議が催されます。開口一番に強硬論を主張しはじめたのは石田でした。


石田「御曹司おんぞうしを人質にとは言語道断。こちらの戦力は十分です。全力をあげて頼朝を叩き潰すべきですぞ!」


対して、穏健派の代表は、今井四郎兼平かねひらという男です。


兼平かねひら「いや、せっかくさきの信濃では穏便に引き下がったのです。この方針を貫き、若君わかぎみを向こうに渡しましょう。平家を倒す前に、多数の兵を失うのは愚かなことです」


双方の意見を黙って聞いていた義仲よしなかですが、もとより心は決まっていました。新参者の石田(どうも、軍功を立てたくて仕方がないらしい)より、より信頼する兼平かねひらの意見が心にかなったということもあります。


義仲よしなか「よろしい、私の腹は決まった。義高よしたかをここに呼べ」


やがて目の前に現れた、若干14歳の少年、見妙水しみず(清水)冠者かんじゃ義高よしたかに向かい、義仲は静かにたずねました。「頼朝よりともとのよしみを固めるためなのだ。先方からのたっての願い、おまえは受けてくれるか。婿むこに行ってくれるか」


すべての事情をのみこんだ義高は、臆することなく「はい」とのみ答えました。


義高よしたかは早くに母を亡くしており、唐糸からいとという乳母のもとで育てられていました。(唐糸は兼平かねひらの妹です。)彼はさっそく唐糸からいとのもとへ行き、事情を説明して、「しばらくのお別れなのです」と言いました。そして、「ちょっとした形見までに」と、彼女の前で笠懸かさがけ七番の技を披露しました。唐糸は、義高との別れが実際には永遠になるであろうことを分かっており(とうぜん義高自身にも分かっているはず)、涙を隠すことができませんでした。

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