#8 元魔王は噂される


 サターナスはギルド本部から召集が掛かったのだが、魔族は簡単には王都に近付くことは出来ない、そして近付いたものは肉体が滅ぶ……というのが魔族に伝わる迷信なので、何となく行きたくなくて断った。

 しかし、一度勇者よりも強い事をみせた噂は消えることなくむしろ大炎となって急速に広まることになる。


『ニグルムという村に勇者を越える強さを持つ者がいる』

『それは魔王のように容赦が無く強い』

『その者に戦いを挑めば経験値が上がり強くなれる』


 ニグルムという町は魔王城から二番目に近い場所に有ること、そして地図にも載らない森の中に隠れている町であることから、いきなり勇者やギルド関係者が大挙して押し寄せるということにはならなかった。

 しかし噂は噂を呼び、いつの間にか[勇者を導くもの]との称号まで付けられていることをサターナスはまだ知らない。


■■■


 サターナスの日常が今日も始まる。


「体が痛い」


 家は作り上げたが、家具は何もなくベッドも何もない。

 仕方がないので床に転がり眠ったのだが、寝心地は最悪だ。

 なので今日は家具を作ろうと決意して家を飛び出した訳だが、細々とした家具の作り方は分からないので村長に作り手を教えて貰うことにした。


「ヘルマンさん、そろそろ家具を作りたいと思うのだが家具の作り方を知っている方を教えてもらえぬか?」

「そうですな……本来であればそういう話は商業ギルドにお願いしたいところでは有りますが、この村には有りませんから自分で作るしか有りませんからね。いいでしょうこの村で一番家具を作るのが上手い者を紹介しましょう」

「よろしくたのむ」


 ということで連れてこられた家は拡張に拡張を重ねられた家だった。


「マルクス、マルクスはいるか!」


 村長が扉を叩き、中にいる住人の名前を呼ぶ。すると、中からなにやら物が崩れる音がしながら人が顔を見せる。

 髪はボサボサで、髭も剃っていない、そして服はよれよれでいかにもだらしがない男だ。


「へ、ヘルマンさんおはようございます。今日はどのようなごようで?」

「安心せい、今日はクレームではなくお前に来客だ」

「なんだ、それなら早く言って下さいよ、慌てたじゃないですか」


 どうやらこのマルクスという男は色々と問題を起こして、迷惑をかけているみたいだな。いかんなそういうことは、うん。


「はじめましてマルクスさん。ワシはサターナスだ。あたらしくこの村に引っ越してきて家を造ったは良いが家具が何もない故、お主に作り方を教えて欲しいのだ」

「何だそういうことでしたか。もちろん貴方のことは知っていますよ、何と言ってもこの村で今一番の有名ですからね」

「そうかちなみに何と噂されておるのだ?」

「何でも一夜で居城を造り上げ、勇者を屠ふり、子供を侍るロリコン魔王とか」

「なっ!!!」


 はなはだ不本意な噂がたっているみたいだが、この噂の出所はいったいどこから。


「ヘルマンさん、こんな噂が出回っているとは本当ですか?」

「ハッハッハ、本当ですよ、まぁキケとサラが歌いながら町を練り歩く物ですから一瞬で広まりましたな」

「あいつら……」


 子供のやったこととはいえ、一度しからなくては駄目かもしれない。


「まぁ許してあげて下さい、あの子達も悪気があってやっていることではななく貴方という遊び相手が出来て嬉しいのですよ」

「そうですか……」


 そう言われてしまうと怒るに怒れなくなってしまうが、本当はあんまり目立つことを避けたい。もう既に手遅れになってしまっている気もするが。


「まぁ良いが、マルクスさん家具の作り方をワシに教えてくれんか?」

「ええ、魔王様の頼みでしたら喜んで教えて差し上げましょう」

「まったくその呼び方は村中に広まっておるのだな……まぁ悪い気はせぬからよいが」

「そうなのですね、てっきり魔王と呼ばれることが嫌なんだろうなと思っていましたが」

「なぜだ? 人にとって敵とはいえ最強の存在である魔王と呼ばれて何を嫌がる必要がある?」

「それは……」


 どうやら口にいても良いものか迷って居るみたいである。何か深刻な問題でも有るというのであろうか?


「何だ、遠慮せずに申してみよ」

「そうですね、私たちは生まれながらに魔族と同じ黒い目をしています。それ故に迫害を受けてきました。それこそ魔族は人の村から出て行けとね。なのでこの村の人たちは自分たちの事を魔族よわばりされることをトラウマに思っている人たちも多いのです。キケとサラはこの村で生まれた子供なのでそんな経験はないみたいですがね」

「そうか……」


 やはりこの村には黒い目に対する偏見というのは根深い問題として有るみたいだな。

 何とかしてやれんかとも思うが、ワシが声を大にして叫んでも人に伝わるとは思えん。


「まぁワシはここのむらより更に田舎の村で生きてきたからそんなことはなかったからな。それに良い仲間にも恵まれておった。だから魔王と呼ばれることに抵抗はないしむしろ誇らしいぞ?」


 まぁワシは魔王そのものでもあるからな。魔王様と呼ばれて嫌な気分になる方がおかしな話では有るのだが。


「そうなんだ……まぁでもキケとサラに怒られそうだから魔王様と呼ぶのは程々にしておくよサターナスさん」

「そうか? まぁワシはどちらでも良い。それより早く家具の作り方をおしえんか」

「ああ、そうだったね。でも私が造ってあげるのでは駄目なのですか?」

「それでも良いが、せっかくだから自分で造ってみたいのだ」

「なるほど、それだったら幾らでも教えてあげましょう。それでは私の工房に案内しましょう」


 マルクスは色々と自分で造るので、自らの工房まで構えてしまっているらしい。その結果、色々と造りすぎるので家が手狭になり増築を繰り返しているので、今のつぎはぎハウスが出来上がってしまったらしい。


「それでは私は仕事も有りますので、この辺で失礼するよサターナスさん。それでは後は頼んだよマルクス」


 そういって村長とは別れ、マルクスの構える工房に移動した。


■■■


 マルクスの工房は町外れの、それもワシが建てた家の反対側に位置する場所に設けられていた。

 マルクスは多少は身なりを整え、作業着に着替えているが、やはりどこかだらしがない。


「ここなら幾ら騒音を出しても他の人に怒られないからね」


 マルクスは過去に町の中で作業を行って、さんざんに怒られてきたのだろう。


「さてまずは何から作るんだい?」

「そうだな、まずはベッドからだな。ベッドがないせいで体中が痛い」

「ふむふむそうだね……ベッドの本体はその辺の木を使えば良いとしても、マットレスの素材は調達してくる必要はあるね。素材を積める布とかその他の準備は進めておくから、中身の調達は任せていいかな? やっぱり中身によって寝心地が代わるから自分でこだわった方が良いと思うし」

「そうだな、ではワシはギルドで素材の情報を手に入れてくるかな」


 ということでギルドに移動するのだが、そこにたどり着く前にキケとサラに捕まってしまう。


「あー! 魔王様いた!!」


 目があったと思ったらしがみつかれてしまう。


「どこにいたの魔王様。家に行ったのにいないんだもん、しんぱいしたよ!」

「すまんすまん、家具が無くて不便だから朝一から出かけておったのだ」

「かぐ?」

「ああ、ベッドや机なんかのことだな」

「おもしろそう! 私たちもやる!!」

「そうかそうか、手伝ってくれるか。だがこれから素材を入手するために村の外に出ねばならんかもしれんからな、どうするかはギルドで話を聞いてからにしよう」

「「はぁーい」」


 うん聞き分けが良くてよろしい。こう普段から扱いやすければ子供というのは可愛いのだが。


 ギルドの中に入り受付嬢に話を聞く。

 そしていつまでも受付嬢と名前を覚えぬのも失礼かと思い名前を聞くと、この頭の中がお花畑な受付嬢の名前はマリーと言うらしい。


「それではマリーさん、何か良い情報は無いですか?」

「そうですね……このスリープゴートの羊毛なんてどうですか? 大量に発生して近くを通った人を眠りに陥れてしまい、他の魔物の格好の的になるので、可愛い見た目をしながら近付くことをおそれられている魔物です」


 たしかにスリープゴートの羊毛はふかふかで格別なものだ。魔王城のワシのベッドにも使われていた。


「よし、ならそいつの情報をくれ。ワシが羊毛を刈り尽くしてくれよう」

「はい分かりました。でもいいですよねスリープゴートの羊毛。気持ちよくて直ぐに寝ちゃうし……あっもしかしてキケとサラをこのスリープゴートの毛のベッドで寝かしつけて襲うつもりじゃないでしょうね!?」

「そんな訳がないでしょうが! てか本当にそのロリコン魔王の噂は全員に広まってるんですね」

「アハハ、この子達がいつも歌ってるからね」


 ここまでくるとその歌とやらを聞きたくなってみたではないか。


「キケ、サラ、一体どんな歌を歌っているんだい?」


 キケとサラは顔を見合わせ、息を合わせて答える。


「「魔王様にはおしえなーい!」」

「なんで?」

「だってはずかしいんだもん」

「みんなには知られているのに?」

「うん、魔王様には聞かれたくない」

「そうか……」


 露骨にがっかりしてみせると、キケとサラが慌ててフォローシてくる。


「でも、でもね魔王様がどうしてもっていうなら、こんどまた家に行った時にうたってあげる」

「そっか、それなら楽しみにしてるよ」


 教えてくれるのなら今でもよいとは思うのだが、この子達なりにまた遊ぶ約束をしたかったのかも知れない。


「それではサターナスさん、こちらが依頼になります」


■■■□□□■■■

[スリープゴートの毛狩り]

ランクD

スリープゴートの毛がまた、もこもこしてきやがった。

道行く冒険者が眠りに誘われて他の魔物に襲われないように毛狩りを要請する。


スリープゴートの羊毛のみを刈ること。

■■■□□□■■■


「この羊毛のみとはどういうことですか?」

「ええ、スリープゴート自体はほとんど無害ですし、その羊毛のみ価値が有りますからね。生かしておけばまた復活するので殺さないでということです」

「へーそんな依頼も有るのですね、知らなかった」

「でもこれならキケとサラでも連いてこれるかも知れないですね」

「ええ? 二人を連れていくつもり何ですか!?」

「二人がつ連いてきたそうなので、駄目ですか?」

「いや駄目というか危ないというか……まぁサターナスさんでしたら守れるのでしょうから大丈夫かも知れませんが、連れて行く前に二人のご両親に許可をもらって下さい」

「そういうものですか……」


 魔族であれば早いうちから戦闘訓練をさせるしスリープゴートごとき問題にもならんのだが、やはり人の子は過保護に守られておるのだな。

 しかし確かにこの子達を預かるので有れば筋は通さなくてはなるまい。



 こうしてサターナスはキケとサラの両親に挨拶に向かうことになったのであった。

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